HOME  >  BLOG

Creator Blog

川村由紀作詞家/作家/DJ/しぶや花魁プロデューサー2001年に「灼熱」でCDデビュー後、DJとして国内外の多くのフェスティバルやファッションショーの音楽演出を担当。2007年に「アスファルトの帰り道」(ソニーマガジンズ)で作家デビュー。以降、作詞家としてSony Music Publishingの専属作家となり韓流からアニメまで多くの作品に関わる。現在、渋谷道玄坂にて近代日本的飲食音空館/ウォームアップバー「しぶや花魁」を運営中。

新連載WEB小説「東京は午前四時」

川村由紀
作詞家/作家/DJ/しぶや花魁プロデューサー
2001年に「灼熱」でCDデビュー後、DJとして国内外の多くのフェスティバルやファッションショーの音楽演出を担当。2007年に「アスファルトの帰り道」(ソニーマガジンズ)で作家デビュー。以降、作詞家としてSony Music Publishingの専属作家となり韓流からアニメまで多くの作品に関わる。現在、渋谷道玄坂にて近代日本的飲食音空館/ウォームアップバー「しぶや花魁」を運営中。

Blog Menu

第一章「サイレンが音を止めて、奪われた僕らの自由」第二章「音楽なしでは生きられない」公開

2012.05.29

このエントリーをはてなブックマークに追加

二つの騒音に挟まれている。


第一章「サイレンが音を止めて、奪われた僕らの自由」


困惑した誰かのグラスから飛び跳ねた薄いカシスソーダが、ヒロの睫毛を濡らした。マスカラがソーダを弾くのを気にして、目は見開れたまま殺伐とした景色が脳裏にどんどんと焼きつく。


DJが鳴らすタフなビートが警察官によって止められようとしている現状を、暫くの間は驚かぬように。


ヒロはiPhoneを握りしめて立ち尽くしているシュンのTシャツの裾を掴んだ。


「どうして?何をしたというの?」


COLDPLAYの「Every Teardrop Is Waterfall」のブートレグが二度目のブレイクに差し掛かるその瞬間、普段は出来る限り視界に入れないようにしている、黒い制服を着た一群がボクらのリズムを止めた


一分前までは両手をあげてDJの紡ぐビートを崇拝するかのように、それぞれの祭りに酔いしれ、人生のビューティフル・モーメントを分かち合っていたというのに。


大阪アメリカ村は午前四時の景色を待たなかった。


風営法による摘発の為、営業を中止させて頂きます」とのアナウンスがクラブ中に響いた。


シュンは震えるヒロの手を引いてクラブのエントランスに向かって急ぐ。


「帰ろう」


「うん。」


エントランスを出るとパトカーのライトと、街のネオンサインが交互に点滅している。ダンスフロアを遮った騒音の一部のように。


シュンはヒロを守るように走り出し、滞在しているホテルへと向かった。


50メートルほど走った所で、シュンはヒロが静かに泣いていることに気がつく。


「もっと...踊りたかったね」


「初めて二人で旅行にきたのに...」


2011年、2月に入りすぐ二人は住み慣れた東京を離れ、大阪へと遊びにきた。


シュンとヒロは同じ大学に通うカップル。入学間もなくダンスミュージックのサークルで出会い、自然な流れで付き合うように。


WOMBのメインフロアでいつかDJをするのが夢のシュンと、映画「ヒューマントラフィック」を観てからクラブシーンに憧れ、VJとして活動中のヒロが打ち解け合うことに時間はほとんど必要なかった。


シュンが12月に20歳の誕生日を迎えたことをキッカケに、二人のナイトクラビング熱は高まっていった。


「部屋で何か音楽でも聴こう...」


ヒロの涙を拭くことが、なぜかシュンには出来なかった。だから、いまこの瞬間の空虚感を心から憎み、この夜の終わり方を色々な角度から探している。


仙台出身のヒロは心のまま、思うように話す事ができない。どうしても欲しいものを欲しいとはすぐには言えないし、三人兄弟の長女だったせいか、知らず知らずのうちにすべてを我慢してしまう。


本当はシュンの胸で心のまま泣きじゃくりたいのに、冷静を装って感情を抑えていた。


シュンは長野県に産まれ、親の転勤で日本中を転々と暮らし育った。幼い頃に姉を病で亡くし、その後は一人っ子で、製薬会社で研究員として働く両親は留守がちな鍵っ子だったこともあり、一人で過ごす事を普通に感じて生きてきたが、大学進学と共に上京してヒロに出会い、少しずつ誰かを大切に思う気持ちや、さみしいという感情が芽生えてきたばかり。


しかし、その「さみしい」という感情にしかり、何か不平不満を漏らすという事に、全く不慣れなシュンであった。


「ホテルに着いたらボクが何か音楽をかけてあげるから...」


「ありがとう...」


シュンの優しい言葉にヒロは涙を束ねてユックリと頷いた。誰かに何かをしてもらうという事を、自覚して享受する態勢はシュンに出会うまでのヒロにはなかった。


素直に「ありがとう」を告げたい。今夜の音楽に、DJに、そして夜に。でも、上手には出来ない。


Basement JaxxAfrojackDevid Guetta...」シュンは頭の中でホテルに着いたら何を選曲して、ヒロに聴かせて喜んでもらおうかを悶々と考えている。


二人はホテルのそばにあるコンビニでお菓子とお茶を選び、一本のアイスキャンディーを分け合って食べた。真冬の風がダウンジャケットの中へと忍び込むが、気持ちを落ち着かせる為にもクールダウンの意味もこめて、ヒロはチョコレートアイスを選んだ。シュンは最初、真冬にアイスをどうして食べるの?という顔をしたけれど、流れるまま仲良く半分ずつ食べた。


「不安だね...私たち、将来どうなっちゃうのかな?」


ふと、ヒロは心に過った言葉を発してしまう。


シュンは黙ったまま、ヒロの手をギュッと掴んでホテルの中へと駆け込んだ。


「寒かったね...寒かったね...」


ポケットの中のカードキーを探しながら、エレベーターの壁でおでこを付けて冷やした。心配そうに見つめるヒロの視線を感じたが、この一瞬は自分だけの時間を過ごしたかった。シュンもヒロと同じように将来への不安を口にしたいが、するわけにはいかない。世の中の現状にに負けたくない、どんな塀だって飛び越えてやるという意気込みに溢れてはいる。もしも不安を口にしてしまった、自分自身の運命がそちら側へと引っ張られてしまいそうな気がした。だが、シュンはヒロのすべてを守ってあげられる力が今はない。自分自身さえ立っていることが精一杯なのに...。


「心配ないよ」その一言がシュンに言えたら...でも、その強さが何処にも見当たらなかった


「ごめんね...あったまろう...」


ヒロはシュンの頭を優しく撫でた。エレベーターの壁で頭を冷やしたまま、こちら側へと帰ってきてはくれないのか心配になっていた。


「眠ろう...mumを聴きながら、ゆっくり眠ろう...」


この夜に破れた夢の断片をかき集めて、眠りの湖へと浮かべ、音楽の魔法に抱かれたまま、二人は静かに小さなベットで目を閉じた。


明日になれば、何か変わるよ...きっと変わる。


明日を信じて眠ることしか、二人に残された夜の終わり方はなかった。


TYO.jpg



第二章「音楽なしでは生きられない」


まだ肌寒い初冬の夜明け、東京は昨夜の雪が嘘みたいに、頑張り過ぎな光に包まれている。月曜日の朝はいつだって物忘れの激しい猿のような、馴れない玉乗りにトライし続けている感触が続いて歯痒い。


シュンの暮らす狭いワンルームのアパートにも、頼りない光と共に窓越しから希望を授けようとしている。半開きだった深緑色の遮光カーテンと窓硝子に手をかけて、酸素を胸一杯に吸い込んだ。


何か音楽をかけよう。ターンテーブルには置きっぱなしのALTER EGOが。昨夜は眠る前に少しだけ、DJを教えてくれた北村先輩を思い出して、形見のレコードを廻した。


LUOMOを聴こう。メロウな朝だ。


キックが入るまでの長いイントロがある曲に惹かれる癖がある。「Tessio」のメロディを掌にのせて、幻想の壁に頭をもたげてみたり。緩やかにキックが入るその前に、午前七時半の東京の扉が隣家は開かれたようだ。勢い良く三軒茶屋の駅か近くのバス停を目差して駆け足で目的地を目差すのだろう。


どうしても先週末の大阪での出来事が、シュンの心に憂鬱を捉えて離さない。薄い靄がかかったように、あんなにも中学の頃から憧れ続けて、大好きなガールフレンドと一緒に行った初めてのクラブの夜なのに、あまりにも惨めな時間だった。


忘れように忘れられない。人生で初めての瞬間だったのに。動揺して泣き出したヒロを、男らしく慰めてあげることも出来なかった


ただ単に音楽が好きで、音楽に救われて、シュンは今まで生きてきた。ヒロもきっとそうだった。似ている所をお互いに感じて、一瞬で好きになった。だから、二人には揺るぎない絆がある。音楽の洗礼を浴び続けて、何度も生まれ変わる気持ち。ずっと大切にして生きてゆきたい。


ただそれだけなのに。


警察によって無理矢理に止められた音、そして一度きりのパーティ。確かに風営法という法律には違反しているのかもしれないが、摘発されるような悪い事をしているとは思えない


純粋に音楽で体を揺らして、人生を感じているだけなんだ。


僕たちの好きな音楽が、こんな形で世の中から否定されるのは間違っている。ヨーロッパやアメリカでは大きなダンスミュージックのフェスティバルに限らず、クラブやバーでさえも日常に密着した存在だ。そこから産まれた様々なリズムが、現在のミュージックカルチャーを支えていると言っても過言ではない。


テクノ、ダブ、ハウス、ダブステップ、ドラムンベース、ムーンバートン、ヒップホップ、レゲエ...言い出したら切りがないほどに、沢山の音楽スタイルがクラブシーンから産まれ、今も増殖し続けている。


「日本人は楽しむということに後ろめたさがある」


北村先輩の言葉を思い出した。シュンは両親の楽しむ姿が記憶にない。いつも無表情で暇な時は自宅で読書をしていたり...お酒を飲んだり、クラブやライブに遊びにゆく姿など一度も観たことがなかった。


長野の松本市で産まれたシュンは、両親の転勤で2年ごとに日本中を転々とした。友達が出来ても、仲良くなった頃には引っ越しをしなければならない。口下手な性格はその頃に出来上がってしまった。


共働きで帰宅が遅かった両親は、あまり仲が良いというわけではなかった。いつも自分で鍵をあけて、ひとりで親の帰りを待つ...そんな暮らしの中で、壁と話したり、テレビに向かって会話するような頃があった。


壁やテレビの向こう側から何か話しかけてくれるような、そんな予感を静かに待っていたのかもしれない。


中学校入学と同時にシュンは東京の杉並に引っ越す事になり、そこで一年年上の北村先輩と出会う。普通の不良とは少し様子の違う、何か特別に洗練されたお洒落な佇まいを感じさせる人で、モデルのように背が高く、あまり笑う事がない先輩は女子からも人気があった。


給食の時間を教室で過ごしたくなかったシュンは、放送部に入部をして、好きな音楽を校内放送で流しながら食事をするようになる。同じ放送部で出会ったのが、北村先輩だった。


シュンは何となく適当な流行のJ-POPを放送でかけていたが、北村先輩は聴いた事のないような音楽をたくさん知っていて、幾つかのCDを貸してくれた。


それは、ハウスミュージックやテクノ、トランスと呼ばれる音楽で、タイトルのほとんどは英語で書かれていた。


X-PRESS 2「Muzikizm」SYSTEM F「OUT OF THE BLUE」UNDERWORLD「A Hundred Days Off」...


「1週間に3枚づつ貸してやるよ」北村先輩の瞳は輝いていた。


「俺は音楽なしでは生きられない」放送室を出る寸前に先輩が告げた一言が、シュンの耳を捉えて離さない。


2222.jpg