新連載WEB小説「東京は午前四時」
川村由紀
作詞家/作家/DJ/しぶや花魁プロデューサー
2001年に「灼熱」でCDデビュー後、DJとして国内外の多くのフェスティバルやファッションショーの音楽演出を担当。2007年に「アスファルトの帰り道」(ソニーマガジンズ)で作家デビュー。以降、作詞家としてSony Music Publishingの専属作家となり韓流からアニメまで多くの作品に関わる。現在、渋谷道玄坂にて近代日本的飲食音空館/ウォームアップバー「しぶや花魁」を運営中。
第三章「初めてのCDJ!」
2012.06.13
前回までのあらすじ → 第一章「サイレンが音を止めて、奪われた僕らの自由」第二章「音楽なしでは生きられない」
第三章「初めてのCDJ!」
シュンは急いで家に帰り、いつもならばテレビをつけてアニメの再放送を観るところを、ビデオデッキの上に置かれているCD Playerのスイッチを入れた。
普段は父親が聴く古いJAZZやCLASSICしか流れてこないCD Playerから、鮮烈な電子音が流れ出した。
北村先輩が貸してくれたSYSTEM Fのアルバムの冒頭曲「LOST IN MOTION」という曲だ。
まるで空を飛んでいるかのような旋律に、キラキラと点滅するリズムが交錯してくる。
それは今まで全く聴いた事がないカラフルでリズミカル、そしてとても奇麗で体の奥底から元気が沸いてくる音楽だった。
自分が特別な人間に進化したような感覚になり、体も二倍以上に大きくなったように感じた。
シュンはもっともっと大きな音で聴きたいと思い、どんどんとボリュームを大きくする。
アルバムの3曲目「OUT OF THE BLUE」 の中盤に差し掛かると、ボリュームは限りなく最大に近づいてゆく。
思い思いに体を動かしながら、シュンはリビングルームで映画やテレビで観たディスコのように、我を忘れて踊り狂った。家全体がクラブに早変わりしたかのように。
ガッシャーン!
テーブルの上に置いてあった花瓶を勢いで倒してしまう。
同時に、インターホンが軽快にピンポーンと鳴った。
「OUT OF THE BLUE」のシンセリフは、家中に颯爽と鳴り響いている。
シュンはハッと我に返り、急いでCD Playerのスウィッチを切って、インターホンに飛び出た。
「あの~隣の川口ですが...少し音楽を小さくしてもらえませんか?赤ちゃんが寝ているもので...」
「どうもすみません...」
シュンはインターホンの受話器をユックリと置いて、床に座りため息をついた。
「せっかく楽しかったのにな...」
テーブルの上では花瓶が倒れ、椅子は水浸し。百合の花はシュンを責めるようにこちらを向いている。
大きな音で音楽を聴きたい、音楽に心が反応するまま、正直に体を動かしたい。だけど、シュンの一家が暮らしているような東京の狭いマンションでは、部屋と部屋が隣接していて、大きな音を出して騒ぐことなんて許されるわけがない。
何となく判っていはいたことだけど、この音楽に出会うことがなければ、こんなにも不自由に感じることはなかったかもしれない。
シュンは花瓶を片付け、ビデオデッキやCD Playerが入っているデッキの下に置いてあったヘッドホンで音楽を聴くことにした。
これで誰からも文句を言われない。完璧に守られた自分だけの世界。
「先輩!ありがとうございました!最高でした!」
三日後、シュンは北村先輩にCDを返しにゆくと、音楽の感想を興奮しながら先輩に話した。
ついでにこの前の爆音を出し過ぎて、隣の家から怒られたことも報告...
先輩は静かに微笑みながら、シュンの言葉を全部受け止めてくれた。
「なぁ、今度、俺の家に遊びにこないか?CDJって触った事ないだろ?」
「ハイ!是非!」
そう告げると先輩はまた新しいCDを三枚貸してくれた。ALTER EGO、ORBITAL、Mijk Van Dijk...
それからシュンの登下校は、目に映るもの全ての色彩が鮮やかに見えた。
Portable MD Playerに録音した先輩から頂いた音源を手に、脳内に広がるダンスフロアを最大限に夢想する。
先輩に貸してもらったクラブ・カルチャー・マガジン「LOUD」のパーティレポートに書いてあった色々なクラブの景色を思い出し、恋し焦がれ憧れて、日々の生活のほとんどはダンスミュージックに支配された。
ヘッドホンで聴いているうちに細かい音が聴こえてくるようになった。電子音の粒子がシュンに語りかけてくるように。
最初は爆音で聴けないという理由でヘッドホンで聴くようになったのだが、今ではリズムや旋律の細部を知りたくて、神経を集中させながらサウンドの世界に浸っている。
「これがCDJだよ!」
「おぉ~!」
北村先輩の家を訪ねたシュンは、初めて見るCDJとミキサーに驚きを隠せない。
他にもサンプラーやDTMに関する様々な機材など、ずっと「LOUD」で見て憧れ続けていたお宝の数々に今にも目眩を起こしそうだった。
「先輩、これどうやって揃えたんですか?」
「俺のオヤジは昔、ミュージシャンだったんだけど、今はレコード会社でディレクターをやってるんだ。まぁ...俺の好きな音楽とは全然違うけれど、ガキの頃からピアノを習わされて...」
「うらやましいっすね!」
「オヤジは俺に最初、ロックをやってほしかったみたいなんだが、PRIMAL SCREAMとか聴かせたら、機材を買ってくれて、今では応援してくれているよ...」
北村先輩の部屋は洗練されていて、お洒落な家具がたくさん置いてある。そしてMacintoshの上には、「24・アワー・パーティ・ピープル」というタイトルのポスターが貼られている。
「このポスターは何ですか?」
「もうすぐ公開になる映画だよ。すっげえ、良いタイトルだと思わない?」
大きな目を更に輝かせながら、いつもクールな北村先輩が興奮したような声を。
「こんな風にパーティしたいっすね...」
「あぁ...俺の夢だ」
シュンも深く頷いて、北村先輩の言葉をゆっくりと噛み締めた。
「なぁ...シュン、来週に未成年でも入れる昼間のクラブイベントがあるんだけど行かないか?」
「すげえ行きたいっす!でも親が許してくれるかどうか...とりあえず聞いてみます!」
初めてクラブに行ける!大音量でクラブ・ミュージックで踊ってみたい。シュンのテンションはあがる一方だった。
しかし...頭のかたい親が許してくれるかどうか...それだけが心配。
最近のシュンは音楽に夢中になっている分、勉強は頑張っていた。成績が落ちたら、絶対に親から音楽を聴く事を禁じられるに決まっているから。
恐る恐るシュンは期末テストで100点を取った物理の答案用紙を持って、晩酌をしている父親に近づいた。
「あの...この前のテストで...」
「おぉ~立派じゃないか。」
シュンの父は製薬会社で研究員をしているので、何より物理で満点をとることを喜んでくれる。
「お前も将来は俺と同じ仕事をするか?」
「えぇ...まぁ...」
酔いがまわっているのか、研究室で何か良い事があったのか、父の機嫌がとても良い。
普段はあまり父とは口を聞かないシュンだが、頑張って晩酌に付き合ってみる事にした。
学校で先生に誉められた話から、自然な流れで父親が好きなジャズについての話題に持って行ってみる。
「ビル・エヴァンスが...」
何度か聞いた同じ話だが、いつもより大袈裟に相づちを打ってみる。
好きなレコードの話から、新婚旅行で行ったスペインで見たCaetano Velosoのコンサートの話へと...
「やっぱり生で音楽を聞くっていいよな~」
シュンはここぞとばかりに強調した。
「そうだな~シュンも好きなアーティストがいるなら、若いうちにどんどん生演奏を体験しにいった方がいいぞ!」
父はいつもは難しい顔をしているが、晩酌をしながら音楽を聞いている時は楽しそうだ。
「今度、行きたいライブがあるんだけど...」
思い切ってシュンは切り出してみる。
「行ってこい!行ってこい!」
父はすべての内容を聞かないうちに、酔っぱらっているせいか、行くことを許してくれた。
「ラッキー!」シュンは心の中でガッツポーズをする。
すっかり酔っぱらってしまった父は、シュンに満点を取ったご褒美に、五千円のこずかいを渡して、二階の寝室へと階段をのぼっていった。
「ヤッター!」念願のクラブへ行ける!
その夜は興奮のあまり、シュンはなかなか寝付けなかった。