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小西康陽音楽家NHK-FM「これからの人生。」は毎月最終水曜日夜11時から放送中。編曲家としての近作である八代亜紀『夜のアルバム』は来年2月アナログ発売決定。現在、予約受付中。都内でのレギュラー・パーティーは現在のところ、毎月第1金曜「大都会交響楽」@新宿OTO、そして毎月第3金曜「真夜中の昭和ダンスパーティー」@渋谷オルガンバー。詳しいDJスケジュールは「レディメイド・ジャーナル」をご覧ください。pizzicato1.jphttp://maezono-group.com/http://www.readymade.co.jp/journal

小西康陽・軽い読み物など。

小西康陽
音楽家

NHK-FM「これからの人生。」は毎月最終水曜日夜11時から放送中。編曲家としての近作である八代亜紀『夜のアルバム』は来年2月アナログ発売決定。現在、予約受付中。都内でのレギュラー・パーティーは現在のところ、毎月第1金曜「大都会交響楽」@新宿OTO、そして毎月第3金曜「真夜中の昭和ダンスパーティー」@渋谷オルガンバー。詳しいDJスケジュールは「レディメイド・ジャーナル」をご覧ください。
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台風は去った。

2011.09.22

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台風は去った。
 

 
今週の月曜日、「探偵はBARにいる」、という映画をようやく観た。
 
出来れば封切り初日に観たい、と思った映画だった。この東直己の書いた「ススキノの便利屋」?を主人公としたシリーズを全部かどうかは怪しいが、ほぼ全て読んでいるはずだったから。
 
だから、映画館の暗闇でこの作品の予告篇を観たときは驚いたし、さっそく主演の大泉洋に「お前じゃないだろ」、と心の中でダメ出ししていた。
 

 
そもそも、東直己の小説を読んだのは偶然だった。仕事で海外に行ったとき、機内にあった文芸誌、というか、中間小説(という言葉がいまでもあるのか)専門誌で、たまたま読んだ短編小説がひどく印象に残ったのだった。それは酒場にやってきた奇妙な客について、の話で、ミステリーでもハードボイルド小説でもなかったはずだ。
 
その後、書店で再び偶然にこの人のエッセー集を見つけて、札幌在住の作家であること、ススキノを舞台とした探偵小説のシリーズがあることを知り、さきの「便利屋」シリーズ?を読み始めたのだった。
 
その頃、自分はまだ大病をする前で、つまりまだ毎日、浴びる程の大酒をしていた。だから、ススキノの、いきつけのバーでいつも酒を飲んでいる探偵の話、というのは、もうそれだけで読むのが楽しかった。
 
さらに言えば、札幌の薄野は、自分の生まれた場所である。生まれてから三歳まで、そして中学と高校の六年間しか住んでいなかったが、それでも札幌は故郷であり、その街で夜ごと酒場に集っては知り合いとくだらない会話を交わす酔っぱらい連中のことはなんとなく解る。
 

 
ようやく観た映画は、悪くなかった。
 
連休の日曜と月曜にそれぞれ二本ずつ、自分は映画館で映画を観たのだが、その中で唯一、この映画のみ落涙した。
 
ちなみに四本はいずれもアクション映画、新宿ピカデリーで「アンフェア」と「ハンナ」、有楽町ヒューマントラストシネマで「ゴーストライター」、我が家の近所の劇場で「探偵はBARにいる」だった。
 
文句無しに素晴らしかったのはロマン・ポランスキーの映画。始めから終わりまで、こんなの映画じゃないだろTVでやってろ、と悪態を吐きながら、それでも欠点も含め印象に残ったのが「アンフェア」。その反対に、悪くないのに、いや、かなりの拾い物だと思うものの乗れなかったのが「ハンナ」。そして、「うわスローモーションのシーンで泣いちゃうオレって最悪」、と思いながら落涙したのが「探偵」だった。
 
それより、「ヴィヨンの妻」でも「ノルウェイの森」でも「ゲゲゲの女房」でも何でも構わないのだが、よく映画を貶すときにあるでしょう、「原作とあまりに違い過ぎる」、「登場人物のイメージとはかけ離れている」、「小説を冒涜している」、というような意見。それらとほぼ同じ言葉を自分も頭の中で呟く、ということを経験した。
 
先程も書いたが、それはほぼ、主人公を演じた大泉洋に対してだった。体格も、服装のセンスも、自分が想像していた<便利屋>とは、まるで違う。
 
たしか小説の中では、主人公はいつもサイドベンツ、ダブルのスーツを着ていて、サスペンダーでズボンを吊っている。一般市民のファッション・センスとはだいぶ異なる、いわゆる、横山やすし的な<エクストリーム>スタイルではないか。
 
ちなみに、自分がイメージしていた主人公はどんな感じか、といえば、うえやまとち、の漫画「クッキング・パパ」の父親。ガタイが良くて、しゃくれ顎のタフガイ。もっとも、かつてロバート・B・パーカーの「探偵スペンサー」のシリーズを何冊か読んでいた時も、主人公に抱いたイメージはやはり「クッキング・パパ」、だったのだけれども。
 
だが、何よりも違和感を抱いたのは、大泉洋の、大泉洋そのもの、という感じの甲高い喋り方と、スロー・モーションと同じくらい嫌いな主人公のモノローグ、という演出に対してだった。
 

 
もちろん、この映画はまず、北海道で制作されたTV番組から全国的な人気を掴んだ大泉洋があって作られたものなのだろう。東直己の小説が大ベストセラーとなっている、という話は聞かない。
 
だから、服装やキャラクター設定などは、大泉洋の方にぐっと引き寄せたのだろう、とは想像出来る。いや、映画が始まってから数分間で、自分は「なるほど、そうか、こういうことだったか」、と感心してしまった。
 
つまり映画館の暗闇の中で自分は、この夏、映画の公開に先立って出版された「半端者」、という文庫書き下ろし小説のあとがきとして書かれた作者・東直己による<ハードボイルド映画>論に書かれていたことを思い出していたのだった。
 
映画と小説は別物であり、小説の映画化は小説家のものではなく、映画監督のものであるーーという意見を、当然とも、そんなに潔く構えているなんてさすがハードボイルド作家なのね、とも思って読んだ。
 
だが、その文章の後半、とつぜん東直己はロバート・アルトマンの「ロング・グッドバイ」と、その主演エリオット・グールドを激賞し、いっぽうロバート・ミッチャムがフィリップ・マーロウを演じる「さらば愛しき人よ」を切り捨てる。
 
かつて自分もエリオット・グールドの「ロング・グッドバイ」にはとことん入れあげ、やはり「さらば愛しき人よ」を退屈だと思ったから、この小説家の意見には少なからぬ親近感を抱いたのだが、その文章を読んでから何日も経った後で、もしかして、大泉洋 = エリオット・グールド、っていう意味なのか、と気付いたときには面食らった。
 
はたして、自分はスクリーンの中にエリオット・グールド以上にボケる探偵を発見した。
 

 
とはいえ、先に原作小説を読んでいれば、どんなキャスティングだろうと、何がしかの違和感を抱くものだ。北日本新聞の記者でバイセクシュアルの松尾が田口トモロヲ。インテリやくざの桐原が片桐竜次。なるほど。相田、というやくざを演じる俳優は知らなかった。
 
素晴らしい、と思ったのは、北大恵迪寮に住む空手の達人・高田を演じる松田龍平。その後、小説の中ではミニFM局のディスクジョッキーを始める、という人物設定を知っているから、映画を観る前は絶対違うな、と思っていたのだが、 冒頭の愚連隊との立回りの場面ですっかり魅了されてしまった。
 
じつはいままで、この俳優を一度も好きになったことがなかったのだが、このキャスティングは自分の抱いていたイメージを大きく上回っていた。<探偵の相棒>、というのは、この俳優にとって当たり役ではないか。そう考えると、「まほろ駅前多田便利軒」を見逃しているのが悔やまれる。
 
自分より先にこの映画を観たという女性の友人が、かつての松田優作主演のTVシリーズ「探偵物語」に影響を受けているのではないか、と一緒に観た人が言ってました、と教えてくれた。たしかに、主人公の住む部屋の一階にある「モンデ」という、このシリーズの読者にとってはおなじみの喫茶店の場面などは、まさにそんな感じだった。
 
だが、松田優作はいきなり人気俳優になってしまって、作品はほとんど全てが主演作、「相棒」とか、「バイプレイヤー」、あるいは「仇役」といった役柄にあまり恵まれなかった、という印象がある。だから、松田龍平には期待してしまう。いま、そう書きながら「ブラックレイン」のことを思い出しているのだが。
 

 
見どころは他にもある。ジャックスの名曲「時計をとめて」が使われていること。札幌の様々な場所が登場すること。電車通り・西11丁目の老舗の喫茶店「声」が登場したのは驚いた。まさかセットを組んだのではないだろう。
 
そういえば、「アンフェア」という映画で、やはり北海道の紋別の盛り場の風景が出てくる。あれはいかにも美術、というふうに見えたのだけど、本当のところはどうなのだろう。いっぽう、この「探偵はBARにいる」は全編オールロケに見えた。なんというか、ススキノの雑居ビルのどうしようもなく安普請な感じとか、まったくそのままスクリーンに現れるのが、自分にとっては大きな見どころだった。 
 
別な女性の友人の話では、続編の制作も決定したのだという。調べてみたが、映画の公式サイトにはまだ書かれていない。そのことを教えてくれた彼女は、旦那が大泉洋のファンだから一緒に観た、と言っていた。そうか、男性ファンが多い俳優なのか。なるほど、そうかもしれない。
 

 
しかし、それにしても。この文章を書くのに、延べ四日かかった。仕事やら病院やら、忙しかったのは確かだが、台風の日は別の映画の試写にも行き、夜はロンドンから来たDJのパーティーにも行った。
 
ブログの文章を書き上げるのが遅くなるのは、つまり、誰からも催促をされないからだ。