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武田篤典ライター67年大阪生まれ・京都育ち・藤沢住まい。『R25』インタビューとか『スマートモテリーマン講座』とかを書いています。このブログは、かつて『ポパイ』『ハナコウエスト』誌に連載していたコラムのリメイク。街で見かけた赤の他人から勝手にいろいろ学んでいきます。

見知らぬあなた

武田篤典
ライター
67年大阪生まれ・京都育ち・藤沢住まい。『R25』インタビューとか『スマートモテリーマン講座』とかを書いています。このブログは、かつて『ポパイ』『ハナコウエスト』誌に連載していたコラムのリメイク。街で見かけた赤の他人から勝手にいろいろ学んでいきます。

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あ、やっぱりそれでいいのか。(後編)

2011.11.17

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(前回までのあらすじ)
考えごとをするために入ったカフェで、不穏な動きの4人の老人に出会ったおれ。
ハワイアンシャツとニューエラをまるで皮膚のように身につけ、にわかには聞き
取れない隠語で囁き合って笑い転げている。「組織のゴッドファーザーたちの闇
取引だ」と直感したおれは、老人たちの会話に耳をそばだて「セイント・ヘレン
ズまでドライブ」というフレーズを聞きとる。それはシアトルの火山の名前だっ
た。4人の老人は、ゴッドファーザーなどではなく、大昔にシアトルの飲食店で
働いていた仲間同士だったのだ。そしてこの日が久しぶりの同窓会だった----。


そのスジの人だと思ったのは、隠語を駆使していたせいもあるけれど、

ハワイアンシャツの着こなしが尋常じゃなかった

から。それこそもう、皮膚のようであり、空気のようでもあり。


いまはゴッドファーザーかもしれないけど(そんなはずはないんですけ

ど、その方が面白いから"そう思おう!"と思ったのです)、かつては全員

チンピラで、そのころからずーっと着用してきたからこその、ハワイアン

シャツの馴染み具合なのだと。


そういう推論を立てていたわけです。

そこはあながち間違いでもなかった。

ずーっと着続けてきたというところは正解。

ただ、チンピラだったのではなく、超年季の入ったアメカジ

だったわけです。しかも本場仕込みの。


背景がおおよそわかると、隠語だと思っていた言葉が聞き取れるようにな

り、そうすると、じいちゃんたちのライフスタイルもぼんやりと見えるよ

うになってきました。

当時、彼らが働いていたエリアには同じように日本人のヤングが働いてい

る店が何軒かあって、週末の仕事終わりには男子何人かで別の店の女子た

ちをピックアップして "beach"だの"bowling"だの"party"だのに繰り出し

ていたらしいのです。ちなみにこの辺も"ばうりぃん"とか"ぱーりぃ"って感

じの発音。


正直、闇取引よりもイイ!


じいちゃんたちが今70歳だとすると、ハタチのときは1961年。完全に

『アメリカン・グラフィティ』で『ポーキーズ』で

『グローイング・アップ』の世界観ですよ。

あのホントにイメージが貧困で恐縮なんですけど......

ピンクのクリームソーダやら、金髪でホットパンツでローラースケートの

ウエイトレスやら、シェビーのインパラやら、ビル・ヘイリーと彼のコ

メッツやらがワラワラ跋扈してたような時代のアメリカを、このじいちゃ

んたちはリアルタイムで体験してきたんだから!


京都府南部の府立高校に通っていたころ、ポニーテールの女の子がリーゼ

ントの男の子に背伸びしてキスする柄の刺繍が背中に入ったサテンのジャ

ンパーを勝負服にしていたおれは、もうコーフンですよ。


ひとり静かにじいちゃんたちの青春に思いを馳せていると、聞こえた。











「やったんか?」

 


 

 






  

え?
 












なんて?

 

 













「やったんか?」


ハワイアンシャツのじいちゃんが繰り返した。

はー、そういう言い方するんですねー、70歳でも。

ハワイアンはニューエラに尋ねてるようでした。

ニューエラはおずおずと答えるのでした。

 























「うん、やった」


当時よく遊んでた別の店の女子との話らしい。


「そうかあ......」

ハワイアンシャツはごにょごにょ言いました。

はっきりは聞こえないけれど「好きだったのにな」とかなんとか。

でも別に自分の彼女だったわけではないので責められないし、

ニューエラはニューエラでダマしたり薬を盛ったりしたわけでもないし。

だからちょっとまあ、お互いになんというか微妙な空気になってる。

 




......ていうか。







 

今さらですがこれ、おじいちゃんとおじいちゃんが50年前(推定)

の「やったやられた問題」について話し合っているのですよ。

アンタら、大学生か! と。


おれの胸はあたたかいもので満たされつつあるのでした。

もう『アメリカン・グラフィティ』の世界とかは、どっちでもいいので

す。すばらしいのは70ヅラ下げてフツーに「やった」とか「やられた」

とか言い、50年前のアバンチュールに、思い出としてではなくいま傷

ついたりしているところ。


40歳をすぎたおれは小林薫級にシブくチャーミングになっており、人生

経験豊富で酸いも甘いもかみ分けており、価格より素材で洋服を選び、

20歳ぐらい下の若いムスメたちを軽く籠絡する予定だったの

に......

そういう未来予想図を描いていたのに......。


おれ、たぶん24歳ぐらいのころからあんまり成長してないですわ。

でも、まあしょうがないのかなあと。これでいくか、と。

70歳で大学生みたいなじいちゃんが、この世には4人もいるわけですから

ね。


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