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課長 渋谷直角 Mou Sou Poetic Column

2014.04.11

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渋谷直角、34歳。肩書、課長。出世にあくせくする気もないが、新しい椅子の座り心地はなかなか悪くない。そんな渋谷が日々の業務をこなす中で出会った、マスターピースで働く女性たち。ハードボイルド漫画家が放つ、試みの地平線とは......。時代を鋭く斬りつける、Mou Souコラムがスタート。

Kacho_Chokkaku Shibuya
Edit_Jun Takahashi

「まいったな。壊れてしまった」
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大阪出張に来た帰りだ。
取引先へのプレゼンを終えた後、帰りがけの駅の階段にひっかけて、キャリー・バッグのタイヤが破損した。
「だいぶボロだったしな...。入社時に伊勢丹かどこかで買ったんだった。どうする。このまま手持ちで運ぶか?」
とはいえ、新商品のサンプルがたくさん入っていて、ぜんぶで6キロもある。手持ちで運ぶのもなかなかコトだ。
「そうだ、近くにマスターピースがあったぞ」
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梅田駅に直結している、ルクアというファッション・ビル。そこの7階にマスターピースのショップがあったはずだ。
渡りに船。災い転じてってやつかもしれない。そろそろ新しいバッグが欲しいと思っていたところだ。マスターピースなら、気に入るものが見つかるだろう。踵を返すと、少しテンションが上がっている自分を感じた。旅先でカバンを替えるというのも楽しいかもしれない。
「とはいえ、やはり人が多いな」
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梅田駅の地下を歩いていると、人の多さにウンザリする。重いバッグを抱えてとなると、なおさらだ。
正直、大阪には、何度通ってもあまり馴染めない。
嫌いなわけではない。仕事でしか行かないこともあるのだろうが、東京のふだん降りない街へ行くのとそんなに変わらなく思えて、いつも用事が終われば「早く戻ろう」と思ってしまう。街のBPMが早く、常に急かされている感覚が残るのだ。なので、旅の楽しみにするような予定も、行きつけの店も見つけられないまま。サッと来て、何かを適当につまんで、お土産に『蓬莱』の豚まんを買って帰るだけ。それだって、マンネリに感じてきたところだ。俺は大阪のことをまるで知らない。
ルクアというファッション・ビルは、すぐに見つけられた。
7Fまで、エスカレーターで上がっていく。エスカレーターのすぐそばに、マスターピースのショップがあった。京都店より店の規模は小さいが、数々のバッグが所狭しと並んでいる。
「何をお探しですか? あっ、大変。カバン壊れちゃったんですか〜」
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女性店員が話しかけてきた。柔らかくて、少し高い声。ネルシャツにプリーツ・スカート。
「見ての通りさ。何か代わりになるバッグはないかな、と思ってね」
すると、女性は満面の笑みを浮かべる。
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「ありますよ〜。キャリーバッグならこのへんになります」
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その女性店員のアテンドで、いろいろ見せてもらった。バートン社とコラボレーションしたもの。「エクスペディション」というシリーズのキャリーバッグ。また、P01社とのコラボレーションであるという大きなリュックなども薦められる。
彼女はえいしょえいしょ、あっちこっち、と動き回り、カバンを出してくる。一生懸命な姿がファニィだ。
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「まあ、ビジネス用だからね。これにしようか」
結局、「エクスペディション」シリーズのキャリーバッグを購入した。包装するのを断り、荷物を詰め替えた。なかなか具合が良い。
買い物を済ませたあと、このビルの同じフロア内にカフェがあることに気付く。「ワイアード・カフェ」。渋谷のTSUTAYAにも同じ店があったはずだ。若者ばかりなので普段は入ることはないが、新しいバッグを買って、少しテンションが上がっていたのもあり、気まぐれに入ってみようという気になった。
 「あれ? さきほどのお客さん」
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コーヒーを飲んでいたら、目の前にさっきの女性店員が現れた。「休憩なんです」。俺が「よかったら、一緒に飲んでかないか?」と誘うと、彼女は「ヤッター」と無邪気に笑って、テーブルの前にピョコンと座った。
「私、大石って言います。大石しずき」
__しずき、って珍しいけど...どんな字を書くんだい?
「滋寿生です。なんか、"生きてるだけで、めでたいことが生い茂る!"みたいな意味らしくて(笑)」
__いい名前だね。
「ふふ。IMALU的なものです」
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__マスターピースは長いの?
「去年の4月から、新卒入社です。就活で、マスターピースのサイトを見つけて。説明会に行ったら、働いている人がみんなマスターピースを愛しているなあって思って。私も入りたいな、って思ったんです」
__どうだい? 実際愛している?
「愛してます! すごく楽しい」
__言われてみたいものだね。
「休みの日は、バンドやってます」
__バンド? きみが?
「はい。ドラム叩いてます」
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__意外だ。ロック・バンド?
「そうです。弟と一緒に」
__なんていうバンド名なの?
「"ビッグ・ストーンズ"(笑)。グリーン・デイのコピーとかしてます」
__最高だね。
「でもあたしのドラム、パワーだけって言われてる(笑)。力強いだけで」
__ワオ。そいつはクールだ。
「おばあちゃんになるまでドラムやりたい」
しずきは、そう言うと、大きなあくびをした。「スイマセン、昨日、あまり寝てなくて」と照れる。素直な仕草がチャーミングだ。
「お客さんは東京の人ですよね」
__そうだね。
「お仕事で大阪に?」
__まあね。僕のスケッチ・ブック日記さ。あとは東京に帰るだけ。
「えー、もったいない。大阪楽しんでってくださいよ」
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__そうしたいのはやまやまだけど、なにぶん、大阪のことをまるで知らないんだ。
「どうして?」
__この街と、良い形でセッションできないんだ。相性かな。
 すると、みずきはふふん、と鼻を鳴らす。
「セッションのコツ、教えましょう!」
「止まらないことです」
__ん?
「セッションは失敗しても続けるのが大事です。止まっちゃうとよくない。止めないで続けるほうが、上達するんですよ」
__なるほど。
「だから大阪とセッションするなら、失敗しても続けてチャレンジするといいです。あと、アドリブは、休符を大事に」
__休符?
「演奏の息継ぎ。間を取るってことです。リズムを作って演奏すると、音が締まって聞こえます。初心者のアドリブは演奏するのにいっぱいいっぱいで、休符を忘れちゃうんです」
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__......すまないが、少し電話してもいいかい?
「どうぞ」
__渋谷だけど。すまないが、今日は会社に戻れない。明日の午後出社と書いておいてくれ。ん? トラブルじゃない。休みにしようと思って。ではよろしく。
携帯を閉じて、俺はしずきにウィンクした。
__キミの言う通り、休符を大事にしてみたよ。
しずきは「わー!」と拍手をする。そして「よかったら、私、大阪のお店案内します! あとでデンワください!」
しずきの言葉には一理あった。以前、心斎橋のとあるバーに入ったとき、酔っぱらった客に絡まれたことがある。その客は我が社の製品と東京に対する鼻持ちならなさを嫌味たっぷりにからかった。その記憶もあって、大阪の街を楽しまないようになっていたのかもしれない。
一度の失敗で、この街を判断してはいけない。そんな気分になった。
「続けるのがコツ、か」
なんばと心斎橋に行き、我が社の営業所に寄って挨拶まわりと、昨年作ったカレンダーの不備の謝罪をしてから、再び梅田に戻る。休みにしたとはいえ、何かしら仕事をしてしまうのが悪いクセだ。「休符を忘れる、というヤツだな」などと一人思う。
しかし、今日は違う。しずきと大阪の夜を楽しもう。フレンチか、イタリアンか、懐石もいいかもしれない__。
「お待たせしましたあ〜。こっちです!」
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しずきは会うなり、俺の手を取り引っ張っていく。とつぜん手を握られ戸惑ったが、もちろん悪い気はしない。連れられていったのは「新梅田食道街」。古くからある、立ち飲み屋や焼き鳥屋などが雑然と並ぶ飲み屋街だ。仕事帰りのサラリーマンで溢れている。少々面食らってしまった。
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「こういうとこはお嫌いですか?」
俺の表情を見て、しずきが不安げな顔をする。
__いや、大好きさ。ただ、フレンチだのイタリアンだのをイメージしていたからビックリしたものでね。
「フレンチ? いやいや! 大阪楽しんでもらうんですから!」
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そういって、しずきとお好み焼き屋に入った。豚肉とイカと、焼きそばの入ったモダン焼。サッと食べて、「次はあそこです」と促す。立ち飲み屋。そして串カツ屋。ちょっと食べては、すぐ移動。落ち着いたのは、たこ焼きを食べたあとのビアハウスだった。
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「食い倒れましたあ?」
ニコニコと聞いてくるしずき。
__ああ。お腹いっぱいだ。でも、どこも美味しかったよ。
「よかったあ。良いセッションできました?」
__少しばかり、演奏が長かったかもね。
「うふふ。セッションって、どう終わらせるかも大事だったりするんです」
__終わらせ方か。考えたこともなかった。
「だいたいアイコンタクトして、ヴォーカルやテーマを取っている人が指示するんですよ。あと何小節繰り返そう、とかサインを送って」
__今日はしずきがヴォーカルだろう?
すると、しずきがまたニコニコしだす。
「まだ終わりじゃないですよ〜!」
__ええっ?
今度はおでん屋に移動する。だいこんと牡蠣。里芋。クジラのさえずりとコロ。美味いが、さすがにもう限界だ。燗酒だけにさせてもらった。
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「どうです? 大阪の味は」
__最高だけど、少し休ませてくれ。
「うふふ。この辺にしときましょうか。もう3軒、連れてきたいお店あったんやけど」
__今日はやめておこう。初心者には、休符が必要だろ?
「(笑)」
__それにしてもしずきは、もう少しおっとりしたタイプの子だと勝手に思ってたよ。
「ああ、私サバサバしてます。もっと女子っぽくなりたい」
__そうかい? じゅうぶんチャーミングだよ。
「ほんまですか? えへへ。結構強いタイプなんです」
__でも、大阪の街が好きになったよ。
「わー、うれしい!」
しずきはそう言って、少し飛び跳ねた。
「どこがいちばん気に入りました?」
__今、目の前にキミがいること。
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「......」
__大阪でこんなに楽しかったのは初めてだよ。ありがとう。
「そんな、たいしたことできなくて...」
__キャリーバッグが壊れたおかげで、キミと楽しいセッションができた。マスターピースさまさまだね。
そう言って財布を出そうとすると、しずきは瞳は潤ませ、俺を見つめてきた。 急に空気が練り込まれる感覚。二人の顔から笑みが消える。俺はアイコンタクトを送った。
__(セッションの、終わらせ方は、どうする?)
しずきも、アイコンタクトで返した。
(まだ、あと3小節だけ)
セッションはもう少しだけ続く。ここからは再び、アドリブになる。
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この物語はフィクションであり、登場する課長・店員さんのキャラクターは半分妄想です。お店は本当にありますし、おでんはおいしいです。

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