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課長 渋谷直角 Mou Sou Poetic Column

2014.04.11

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渋谷直角、34歳。肩書、課長。出世にあくせくする気もないが、新しい椅子の座り心地はなかなか悪くない。そんな渋谷が日々の業務をこなす中で出会った、マスターピースで働く女性たち。ハードボイルド漫画家が放つ、試みの地平線とは......。時代を鋭く斬りつける、Mou Souコラムがスタート。

Kacho_Chokkaku Shibuya
Edit_Jun Takahashi

------ ひさしぶりの出張。ひさしぶりの京都だった。




俺はクライアントとの打ち合わせを終え、ふう、と一息つき、時計を見る。
新幹線の時間にはまだ結構あるな。少しゆっくりと、コーヒーを飲みたい。どこか、近いところで__。
「そうだ、ここからはマスターピースに近いな」
俺は駅に向かい、嵐山本線の切符を買った。
京都の三条通は、不思議な街並みだ。明治時代からそのままだという中京郵便局のレンガ造り。曲線を描く形のマクドナルド。着物のお店。新しいアパレル・ショップ。歴史に敬意と配慮をしながら、すきまに新しいものを埋め込むような佇まいが続く。東京にはそんな敬意も配慮もない。なんでも取り壊し、なんでも更地にして、大きなものを建てたがる。ビジネスに走っていく。そんな顔ばかりだ。俺は逆の方向へ歩いていく__。
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*MSPC PRODUCT sort KYOTO STORE*
住所:京都市中京区三条通富小路東入中之町26番地
電話:075-231-6828

マスターピースの京都店も、パッと見は新しい建物だ。漆喰の白い壁が美しい。変わっているのは、店内のカフェ・スタンドの奥に、小さな庭園があること。その先に和室も用意されている。あざとい、と意地悪に見る人もいるかもしれないが、これもまた、京都という街への敬意だろうと思う。
「渋谷さん...、ですよね」。
店員の女性が話しかけてきた。
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「そうですが......」
「以前も、ここに来られましたよね?」
「そうだけど...、何か?」
「よかったぁ! お渡しするものがあるんです」
その女性店員は胸に手を当てて、ほっとした顔を浮かべると、カウンターの引き出しから名刺ケースを持ってきた。
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「あっ、それは...」
「これは渋谷さんのものでしょう? 以前、ご来店いただいたときにお忘れになったんだと思います」
「そうか、ここにあったのか。なくしたと思っていたんだ。ありがとう」。
 いえ、それでは、と立ち去ろうとする彼女を、俺は呼び止める。
「よかったら、貴女にコーヒーを奢らせてください」。
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__きみの名前は?
「森脇菜津美です」
__ナツミ。フーン、いい名前だ。
「画数多くて(笑)」
__ここの看板娘なんだね。
「マスターピースは女の子、少ないんですよ。ショップに立ってる女の子が5人もいないんじゃないですか」
__なんで少ないんだい?
「なぜでしょう。メンズのイメージが強いからですかね? マスターピースは」
__ナツミはなぜ、ここで働こうと思ったんだい?
「家、めっちゃ近いんです。家から近いのっていいな、と思って(笑)」
__近いのは、確かにいい。ぼくも面倒くさがりだから。
「元々は、ハンドバッグのメーカーでWebデザインやってたんです。そこを辞めて、どうしようかな、って時に、よく遊びに来てたこのお店から誘ってもらって」
__デザイナーだったのか。
「一応、美術の教師免許を持ってます」
__素晴らしいね。アートが好きなんだ。好きな作家は?
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「エルネスト・ネト」
__現代美術か。
「インスタレーションが好きです。レンブラントとかもホーッてなりますけど(笑)」
__デートも美術館に行ったりするの?
「そう、ですね。でも自分のペースで見たいから、出口で待ち合わせたり」
__ナツミは、ちょっと、Sっぽい性格かな?
「あー...(笑)。そう見えます?」
__気の強い薔薇に見えるよ。でも、トゲも美しいものさ。
「確かに、昔のあだ名は『女王』でした」
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__ワオ。素敵じゃないか。
「仕切っちゃう性格だから(笑)」
__どんな男性が好きなんだい?
「ん......、自分の好きなものに対して、熱意がある人かな...。仕事つまらなそうで、帰ってパズドラしてるだけ、みたいな人は嫌いです」
__具体的だね(笑)。
「ふふふ」
 この京都店は、庭園のある喫茶スペースもそうだが、他の店舗とは色々と変わっている。路面に入り口は面しておらず、長屋のような奥まったスペースから入る。ドアも引き戸だ。什器もアンティークのものが置かれていて、気分が落ち着く。ディスプレイの棚が畳になっていたりするし、2階にはイベントができるちょっとしたスペースがあり、俺が行ったときには、山登りやアウトドアなどの古書が飾られていた。京都店であることの遊び心を活かしたつくりが随所にある。
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 そんなことをあれこれ、ナツミに教わっていたら、1時間も話しこんでいる。勤務中の女性に対して、ずいぶん、迷惑をかけてしまった。
__申し訳ない。お礼のつもりが。
「いえ。今日は平日の昼間だし、スタッフも他にいますので、大丈夫です」
__こんなオジサンにつきあわされて、迷惑だったよね。
「そんなこと言わないでください。オジサンだなんて。私、自分のことを卑下したりする人、嫌いです」
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 そういって、ナツミは俺を見つめる。
「だって、その人を"いいな"と思ってる自分が、バカみたいじゃないですか」
えっ、と一瞬、驚く。「お世辞でも嬉しいね。きみみたいな子に言われるのは」と返すと、「お帰りの電車は何時ですか?」と聞かれた。
__新幹線は、5時半の切符だけど。
「そうなんですか。私、5時で終わりなんです。駅までお見送りにいきます」
__そんな。いいのかい?
「いいんです。今日は仕事終わったら何しようかな、と困ってたんで!」
5時に、マスターピースの店の外で待ち合わせた。
「お待たせしました」
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小走りにやってきたナツミは、上から黒のコートとミックス・グレーのマフラーを羽織っていた。二人で、駅まで歩く。
__京都は好きかい?
「好きです。でも、ベトナムの方が好きです。食べ物美味しいし、物価も安いし。あったかいし」
__はははは。ぼくはベトナムより、京都の方が好きだね。
「なんでですか?」
__ベトナムには、きみがいない。
「......(ウットリした目)」
__これから、ベトナム料理でも食べにいくかい?
「えっ? だって電車が......」
__新幹線はキャンセルしたんだ。
「大丈夫なんですか?」
__どうせ急いで帰って、取引先のメールを見るより、きみをもっと見ているほうが楽しいさ(ウインク)。
「うふふ。キザな人!」
そういって、ナツミは俺の背中を軽く叩いた。「そうだ、新風館って建物があるんです。知ってます?」と、駅から少し、歩みを外れる。
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新風館は、元々電話局だった。1920年代からある古い建物で、現在は多くのショップやレストランが入った商業施設になっている。その中庭は、この時期、イルミネーションがライトアップされているのだ。エントランスは「光のシャワー」と呼ばれ、天井から吊り下がるようなライティングで空を埋め尽くしている。
__きれいだね。
「せっかく近いんだから、見てもらおうかと思って」
__近いのは、確かにいい。
「ベトナム料理屋さんも、近くにあります」
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 フレンチ出身のシェフが作るベトナム薬膳鍋の店を、二人で楽しんだ。エビと豚肉のつくね。バナナの花のサラダ。生春巻き。カエルのカレー炒め。マンゴーのアイスクリームを食べている頃には、新幹線の時間は終わっていた。
「今日は、どうされるんですか?」
__さあ、適当に探すさ。どこか素泊まりできるところがあるだろう。
そう言って、店を出ようとすると、ナツミは俺のコートの袖をつまむ。
「私の家も、近いです」
ナツミが微笑む。俺も「近いのは、確かにいい」と笑った。
京都の夜はまだ長い。
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この物語はフィクションであり、登場する課長・店員さんのキャラクターは半分妄想です。お店は本当にあります。

(次回につづく)
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