「これが好きだからもっと使いたい」という意識にしたい。
- ー「ザ・ロビー トウキョウ」についてお伺いする前に、外山さんのブランド〈ユウイチトヤマ〉について教えてください。
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外山:ぼくのブランドでは、コンセプトに“ニュートラル”という言葉を掲げています。眼鏡ってずっと顔にかけているものだし、体の一部という考えがぼくの中にあるんです。自分のデザインした眼鏡をかけて豊かな気持ちになってほしいし、多くの人にそう思ってほしい。そのために伸びしろのあるデザイン、余白のあるデザインというのを心がけているんです。
- ー主役はあくまで人であるということですね。
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外山:そうあるにはやはり、顔になじむデザインやかけ心地が大事になってきます。ファッションとしての側面も大事だし、日用品としての側面も然り。加えて、それを長く愛用するために“メンテナンス”という要素も重要だと考えているんです。
- ーひとつのモノを大事にするということですか?
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外山:そうです。壊れたからといって新しい眼鏡を買うのではなくて、「これが好きだからもっと使いたい」という意識にしたいんです。そう思ってもらえる眼鏡をつくりたいな、と。
5つのルーティン。伝統と革新。
- ー実際にデザインをする上で大事にしていることはありますか?
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外山:ぼくは「見る、考える、描く、作る、壊す」という5つのルーティンを大事にしています。まずは市場であったり、いろんな景色を見てインプットする。頭の中に入れた情報を自分なりに考え、編集して、ラインを描く。描いたものを形にする(=作る)。そして最後にそれを壊すんです。
- ー壊す?
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外山:一度つくったものを頭の中で分解するんです。一度俯瞰して眺めて、デザインしたモノへの気持ちをリセットする。それができてから、もう一度考えて、アップデートをすることを心がけています。
- ー固定概念を一度はずすということですね。
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外山:現状に満足していたくないというか、やっぱり常に前へ向かっていたいんですよね。常にお客さんへよろこびを与えていたいので、それをするためには止まっていられないんです。
- ーアイテムのクオリティーにもこだわりはあるんですか?
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外山:もちろんです。生産はすべて福井にある鯖江の工場にお願いしています。実は5つのルーティンに加えてもうひとつ、ものづくりをする上で大事にしていることがぼくにはあって。
- ーそれは何なんですか?
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外山さんがデザインするサングラスラインの〈ユウイチトヤマ S(YUICHI TOYAMA. S)〉は、レンズ自体がフレームの一部であるかのようなデザインになっている。
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外山:“伝統と革新”です。鯖江の職人さんたちが持っている技術をお借りして、新しいデザインを提案するんです。ぼくは6年前から海外の展示会でコレクションを発表しているんですけど、当時言われていたのは、日本のものづくりはクラシックだということなんです。つまり、クオリティーは最高だけれど、デザインは新しくないと。
- ーなるほど。
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外山:すごく悔しかったんですよ、それを言われたとき。ぼくらは日本だけに留まらず、世界に向けて発信をしていきたいのに、このままでは永遠にクラシックと言われ続けてしまうなぁ、と。だから新しいことに挑戦しなければならないと強く感じました。
- ー日本の技術を土台に、外山さんが新しいデザインを考案すると。
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外山:ぼくのブランドに“ダブルダッチ”という名前のアイテムがあるんです。通常、眼鏡のフレームは、リムとブリッジという部位から構成されるんですが、“ダブルダッチ”はそれをひとつにまとめているんです。
〈ユウイチトヤマ〉の代表作ともいえる「ダブルダッチ」。アイテム名は2本の縄を使って飛ぶ縄跳び競技の名称からつけられた。外山さんが公園でこの競技の練習をしている場面に遭遇し、グルグルと回る縄の曲線からインスピレーションを得てデザインをしたという。
- ーまるで1本の針金でフレームを象ったようですね。
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外山:実際の素材はチタンなんですが、これは日本の職人さんじゃないとできないことなんです。デザインを頭の中で考えるよりも、それをどう形にするかのほうがよっぽど時間も労力も必要で、それが可能になったのは、これまでずっと工場とパートナーシップを結んできたからできたことだとぼくは思っています。
より自分らしいデザインができるようになった。
- ーそもそも外山さんのデザイナーのキャリアはいつからスタートしたんですか?
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外山:26年前、専門学校を卒業して、ぼくはファッションブランドを保有する会社に、ハウスデザイナーとして就職しました。その会社はファッションとしての可能性を追求することに力を入れていました。でも、専門学校ではプロダクトデザインを専攻していたので、次第に日用品としてのメガネにも力を入れたいと思うようになっていったんです。
- ーアクセサリーではなく、ということですね。
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外山:そうですね。若いときは誰でも、自分のセンスを理解してもらうと躍起になるじゃないですか。でも、一方通行では誰もよろこんでくれない。たくさんの人によろこびを与えることがデザイナーの役割だということに気づいたんです。
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外山:それでその会社で12年ほど働いた後に独立して、フリーのデザイナーとしていくつかのブランドのデザインを任せてもらうようになったんです。そうして力をつけて、お金も貯めて、ようやく自分のブランドを2009年にスタートさせました。いまも〈ユウイチトヤマ〉を続けながら、他のブランドのデザインも担当させてもらっています。
- ーご自身のブランドはもともと〈アッシュ(USH)〉という名称でやられていましたよね。それから去年の春夏より〈ユウイチトヤマ〉とされたのはどうでしてなんですか?
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外山:ぼくがアイウェアのデザインに携わって、去年でちょうど25年目を迎えたんです。その節目として、自分の中の意識を変えたいと思ったのがきっかけです。
- ー景色を変えようと思ったわけですね。
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外山:これはブランド名を変えてから気づいたことなんですが、アッシュ時代は、〈アッシュ〉というブランドを客観的にデザインしていたなぁと思うんです。
- ー〈アッシュ〉は紛れもなく外山さんのブランドなのに、まるで一枚フィルターを通したかのようにデザインをしていたと。
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外山:その通りです。でも、ブランド名を〈ユウイチトヤマ〉としてからは、より自分らしいデザインになっていったと思います。ぼくはよく口癖で「これよくできてんなぁ」と言うそうなんです。一見すると普遍的なんだけど、よく見ると一手間かかっていたり、ひねりがあるものを見るとそう発してしまうそうで。
- ー〈ユウイチトヤマ〉となって、そういったプロダクトを生み出していこうとしているわけですね。
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外山:いまのお客さんはとにかく幅広い情報を持っているので、それに負けられないというか。日用品なので大きな驚きは必要ないと思うんですが、「なんかこれいいなぁ」って思ってもらいたいんです。
「THE LOBBY TOKYO」を通して人と人を繋げたい。
- ー「ザ・ロビー トウキョウ」をオープンさせようと思ったのはどうしてなんですか?
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外山:冒頭で話した通り、眼鏡をインスタントなものではなく、ひとつのプロダクトとして見てほしいという願いがぼくにはあって。デザイン、使い勝手がいいのはもちろんなんですが、壊れたりしたときにちゃんとメンテナンスをする場所が必要だなと思ったんです。靴のリペアのお店はたくさんあるのに、眼鏡でそういったお店ってないですよね。
- ーたしかに、そうかもしれません。
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外山:ぼくらがつくっている眼鏡って、未完成品なんですよ。サングラスは別ですが、ぼくらは基本的にフレームを眼鏡屋さんに卸していて、お店でスタッフの方がご案内してお客さんの目に合わせたレンズをはめるんです。そこではじめて完成なんですよ。
店前に掲げられた「THE LOBBY TOKYO」のサインや、眼鏡、コーヒー、メンテナンスのアイコンは、アーティストの今井みのりさんに制作を依頼。鉄をつかった作品を多数発表しており、店内の什器やランプシェードも今井さんによるもの。
“ニュートラル”をコンセプトとするブランドの世界観を表現するように、「ザ・ロビー トウキョウ」も白を基調とした空間に。眼鏡が左右対称のプロダクトであることから、シンメトリックな設計になっている。
- ー完成までのプロセスの一部はお店が担っているんですね。
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外山:そうなんです。そうすると、思わぬ不具合が生じる可能性がある。だからいろんな症状に合わせてしっかりと面倒をみる場所が必要なんじゃないかと。フレームを卸して終わりにしたくないんです。
- ーその症状というのは具体的にどんなことを指すんですか?
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外山:たくさんあると思うんですけど、例えば眼鏡をかけていると次第にズレてくるとか、ネジが外れてしまったとか。あとは、整髪料をつけていると、フレームが汚れてくるんですよ。それを磨いてあげると、使い古した眼鏡が新品のような輝きを取り戻すんです。そういったサービスも行う予定です。
- ー駆け込み寺のように、とりあえず困ったら来て欲しいと。
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外山:そうですね。メンテナンス自体は眼鏡の購入店に持っていけばやってくれると思います。でも、お客さんからすればメンテナンスを専門にしているところがあれば、そっちのほうが頼みやすいと思うんですよ。だから日本製の眼鏡であれば〈ユウイチトヤマ〉以外のブランドをお持ちいただいても可能な限り対応します。
- ー「ザ・ロビー トウキョウ」では〈ユウイチトヤマ〉のアイテムの販売は行わないんですか?
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外山:行いません。サンプルを置いているので、ショールームとしての機能は持たせていますが、メインコンテンツは基本的に“メンテナンス”になります。あとは、コーヒーショップとしても営業しますし、壁面を使って定期的にアーティストの作品を展示したりもします。
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外山:あと、コラボレートにも力を入れていこうと思っています。今後は眼鏡だけではなくて、オリジナルのダルマを販売したり、DJのMUROさんと一緒にレコードに関する何かをつくろうという話をしていて。あとは自分のアイデアソースとなっているステーショナリーや古本の販売もやっていこうかと思っています。
- ー眼鏡のメンテナンス以外の目的を持った人も訪れやすい場所にしたわけですね。
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外山:人が集まる場所にしたいんです。ここにあるものを通して、人と人が繋がってくれたらいいなと思って。それにはやっぱりコーヒーが必要だなと。
エスプレッソマシンは〈ラ・マルゾッコ(La Maezocco)〉を導入。いろんな人に相談しながら、安定しておいしいコーヒーを淹れることができるものに決めたという。提供されるコーヒーの豆は外苑前にある「ホテル ドラッグス(HOTEL DRUGS)」のナタリー氏がブレンドを担当。
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外山:コーヒーを飲んでいるとリラックスできるし、心がニュートラルになるじゃないですか。そういった気持ちで人と人がコミュニケーションを取れる場所にしたい。ぼく自身、とあるコーヒーショップでひとりのアーティストと出会って、コラボレートするまでに至った経験があるので、ここもそういった空間になったらうれしいです。
- ー外山さんのブランドにも好影響があるといいですね。
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外山:コーヒーを飲みながら、アートを眺めながら、ふとぼくのデザインした眼鏡が目に入って、なんとなくでもいいから気に入ってくれたらうれしいですね。そういった物欲のない瞬間に出会ったものって、意外といいものだったりするじゃないですか。その場では購入できないけど、スタッフに尋ねてもらえば売っているお店を紹介したりもできるので。
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外山:あとは自分自身がお客さんから刺激をもらいたいですね(笑)。ぼく自身、コミュニケーションがひとつのインプットの方法だと思っているので、ここで受けた刺激を〈ユウイチトヤマ〉のものづくりにフィードバックして、ブランドを前進させていきたいです。