衝動的に始まったアメリカでのものづくり。
西野金子さんと何気なく話をしているときに「西野くん、アメリカ好きなんだから、アメリカ製の〈ニート〉とか作ったら面白くない?」みたいな感じに言われて、「そんなのできるんですか?」というところから始まりました。
西野そうです。アメリカでのコネクションもないですし、英語も堪能ではないので、そういった場所を探すことすら難しくて。もちろんアメリカ製でやりたい気持ちは最初からあったんですが、できたらいいなで終わってしまうことがほとんどで。なので金子さんのお話も、話半分で聞いていました。
金子完全に立ち話だったしね(笑)。でも、ぼくのなかでは結構本気で、スイッチが入っていました。というより、そもそもアメリカ製じゃないとおかしくない?くらいに思っていました。こんなにアメリカが好きで、過去に〈ブルックスブラザーズ〉でプレスをやっていて、自然に考えたらアメリカで作るべきだよなと。それが夢であって、自分になにかできることがあるなら協力したいなって。そこから動きはじめた感じです。
西野スケジュール的に、1月くらいにアメリカへ行こうよという話になりました。そしたら、金子さんから12月くらいに「どこかアメリカの工場知ってる?」って聞かれたんです。あと1ヶ月で行かなきゃいけないのに(笑)。というかそこで「この話、生きていたんだ!」って。そこから周辺の詳しそうな人に聞いてみたんですが、「ロット数がないと引き受けてくれないよ」という感じで言われたんです。それを金子さんに伝えると、かぶせ気味で「もう見つけました」と返答がありまして(笑)。
ということは、金子さんが西野さんに「アメリカで作ろうよ」と話をもちかけたときに、あてがあったわけではないんですね?
西野工場が見つかりましたというのが年明けでした。急だったので、すぐ航空券を予約して、次の日には渡米するぐらいのスピード感でしたね。
金子しかも見つかった工場がニューヨークだったので、一緒に行きましょうとなりまして。
西野余談ですが、買った航空券がニューアーク空港(ニューヨークの近隣にある空港)だったんです。それは成田空港についてから気づいたのですが、そんな場所を知らなくて。
JFK空港(ニューヨーク市内にある空港)じゃなかったんですね?
西野はい。でもNew Yorkってカタカナにしたらニューアークなのかなって?(笑)。そんな調子で、アメリカでさえも行き先がわからないので「もしかしたらニューアークってアフリカ大陸のどこかだったりするのかな?」と不安になり、まずは行き先だけ確認しようと思って空港のスタッフに聞いたところ、ニューアークはニュージャージー州の都市で、ニューヨークからも近いということがわかったんです。そして、これが着いた日の夜です。
左:「レショップ」コンセプター、バイヤー金子恵治さん 右:〈ニート〉デザイナー西野大士さん
西野段取りもあまりしていなかったので、ここで話を詰めました。
金子打ち合わせもせずに「工場決まったから、いつでもニューヨークに来てください」とだけ伝えていました。それ以外は何も打ち合わせをしていなかったですね。
西野金子さんは先にアメリカに着いていたんです。ぼくは厚紙のパターンと〈ニート〉のサンプルを持って、追っかけでニューヨークへ行きました。
金子さんはブログに“〈ニート〉とは何か”というようなことを書かれていましたが、改めて金子さんから見た〈ニート〉について教えて下さい。
金子ブログに書いている通り、非常に東京らしいパンツというか。コンセプトの通り、〈ニート〉を穿けばどこへでも行くことができて、ラフにもドレッシーにも穿けてしまう。あと、人柄がすごくアイテムに現れていると思います。同じもの、コピーは作れるけど、それを超えているパンツなのかなという気がします。西野さんだからこそのアイテムだなと思っています。
世の中にパンツブランドが数多くあるなかで、西野さんはどういう物を作っていこうと思ってブランドを始めたんですか?
西野ぼくは〈ブルックスブラザーズ〉でのキャリアが長かったので、アメリカントラッドというか、アメリカのドレスっぽいものがベースにあります。長い歴史があるので尊敬できる部分はたくさんあるんですが、「こういうシルエットだったら、ゆるく履けるのにな」というような思いがあって。ぼく自身スニーカーを履くことが多いんですけど、単純にスニーカーやサンダルでも履けるスラックスを作りたいと思っていました。コンセプトにもあるんですが、〈ニート〉のパンツにボロボロのTシャツ、というスタイルを表現したくて。
金子西野さんが〈ブルックスブラザーズ〉を辞めてから、ネクタイをしないとか、スーツを着ないといった傾向が強くなり、その時流とうまく合った感じはありますね。だから仕事で穿く方も多いんじゃないかと思います。「ネクタイをしないで穿くパンツってなんだろう」と思ったときに、その辺のチノパンではないし、かといって固すぎるドレスパンツでもない。そうなったときに〈ニート〉のパンツがしっくり来る人は多いんじゃないかと思います。時代の流れと考えが合うっていうのは、すごく大事なことなんじゃないかなと。
西野タイミングもすごくよかったです。金子さんと先日“インタック”について話したんですが、ぼくのなかではインタックでツープリーツというのが身近なものだったんですけど、それが時代とうまくマッチしてしまったというか。ワイドパンツは昔から穿いていて、流行ってるから穿いてるわけではないですけど、時代がマッチしたっていうのは正直ありますね。
金子狙っているわけではないんですよね。“マーケットがこうだから”というのではなく“自分がこうだから”と思ってやっていることが、たまたまマーケットで必要とされている物だったということだと思います。そうじゃなければ、決して安くないのに、これだけ売れることもないと思いますし。
西野そうですね。3万、3万3千円、3万5千円という感じです。
そういった感じの物が市場にないんでしょうね。キチンとした雰囲気と見た目と。
そもそも、自分でものづくりがしたいから〈ブルックスブラザーズ〉を辞めようと思ったわけですよね?
西野いや、最初はどちらかというとフリーのPRとしてやっていきたいという思いがありました。ただPRを始めた当初はなかなかブランド数が集まらなくて、メシも食っていけないような状態で…。この時期は18時とか19時くらいに仕事が終わっていたんですが、この歳でこんなに時間の余裕があるなら、なんかやったほうがいいよなとなりまして。その時にパーンと浮かんだのがパンツだったんです。その時点で売ることは考えていませんでした。15-16AWからのスタートなんですけど、個人オーダーだけで最初は始めて。PRの仕事をやっていましたけど、大々的な告知をすることもなく、近しい人で穿いてくれる人がいればいいなくらいのスタンスで始めたんです。そしたら金子さんが「いいですね」と言ってくれて、卸が始まったんです。なので、売りたくて始めたわけではないんです。そもそも売れるとも思ってなかったですし、それまでにものづくりはまったくやっていませんでしたから。
なるほど。それでは話を戻しまして、ニューヨークでのものづくりのお話を聞かせていただけますか?
金子まず、この人たちが工場長とマネージャーですね。
金子ニューヨークに到着した翌日がアポイントでした。工場はミッドタウンのビルのなかにあって、まずは持っていったサンプルを見せながら、〈ニート〉のインラインをベースに作ってほしいという説明をしていきました。
西野本当にこれが作れるのか?っていうところからでしたね。
金子でも、「全然OKよ~」みたいな感じだったよね(笑)。
西野これが厚紙です。日本から持ち込んだものです。ロストしたら嫌だなと思って、機内持ち込みにしました。
金子この工場ではファクトリーブランドも作ってるんです。事前にほとんど情報はなかったんですけど、蓋を開けてみたら某ブランドのシャツや布帛類を作っていたり、メジャーどころの製品をいろいろ作っていました。
西野びっくりしましたよね、工場に行ったとき! 見学させてもらったんですけど、某国旗を普通に縫っていたのを見て…。
西野これが生地ですね。やっぱMade in USAってことで、生地もMade in USAを使いたいというのがあって。
金子今アメリカ製の生地ってすごく減っていて、特に綿100%とかになると、本当に少ないんです。そんな現状でも、ここにはアメリカ製が数多くありました。いいブランドを縫っている工場だけあって、すごく良い生地を用意してくれていて。そして大量にある生地のなかから、これぞというものが見つかりました。シェイプは「アメリカンフィット」という新型を作ろうと思っています。同時に商品名も考え中なんですけど「ニューアーク」がいいかなと…。
西野金子さんが「ニューアークでいいんじゃない?」みたいな(笑)。
金子基本的には、アメリカのトラウザーなどを踏襲したものを〈ニート〉で作ろうということで、最終的にこの生地を選んだんです。チノ生地ですね。でも普通のチノだと面白くないので、一番目が立ってる生地を選びました。〈ニート〉は常に過剰で大袈裟なんです。タックも深かったり、味付けが濃いので、そういう生地選びが大切なのかなと思いました。
西野シアサッカーも普通のものより太かったり、千鳥柄も大きい、みたいな。ちょっと大げさなものを使うことが多いですね。
金子最後に出てきたんですよね、このごつい生地。これは日本でもなかなか見ないし、カリッとしてるし、最高じゃないかという話になりまして。これが決まらなかったら、どうしようもなかったもんね。
金子工場があっても生地がないこともありますし、ぼくらは本当についてました。色も昔のワークパンツみたいにしようって言ったらこれがでてきて。
西野そういえば、このときのニューヨークは超雪でしたよね(笑)。
西野ボタンもやっぱり、こっちでやろうってなりまして。
西野ここは、某有名デザイナーが使っているお店って言ってましたよね?
金子そのデザイナー周辺のブランド御用達みたいなところでしたね。ここでボタン選びは終えて、詳細は日本に戻ってからにしようという話になりました。次に「Made in USAのタグが必要だよね」という話になって。もう、全部思いつきなんですけど(笑)。
金子街を歩いていて、たまたま付属のネーム屋さんみたいなところを見つけたんです。ここには国旗だったり、MADE in USAというタグの箱が並んでました。
こういった細かい素材を売っている場所もあるんですね。
金子そうなんですよ。ものづくりって大変だなと改めて感じましたね。
西野このお店で透明のガーメントバッグを見つけたんです。中が見えるのでリースの時に便利だなと思い、自分用に買っていきました。
西野今後の予定ですが、現在パターンの修正を行っていて、もうすぐサンプルがあがってくると思います。
金子珍道中ではありましたが、でも意外とちゃんと進みましたね。みんな不安視してたんですけど、ちゃんと結果を出しました(笑)。
西野現地で聞きましたもんね、「この辺にボタン屋ない?」とか。
ニューヨークだけで、すべて完結できてしまうんですね。
金子そうですね。今回は完全な「MADE in NY」です。
西野あのエリアは生地屋とか、工場なんかが多く集まっていましたしね。
きっとガーメントディストリクトのようなエリアだったんでしょうね。
金子買い付けと一緒で、半分くらいは予定をたててあとはアドリブで、っていう感じが良かったですね。その方が思い出深いものにもなりますし。最初から「ボタンはここに行きましょう」というようなスケジュールがあったとしても、現地に行ったら結局なかったなんてこともありますし。
事前に完璧に仕込んでしまうと答え合わせみたいになってきますよね。余白を残して現地へ行くからこそ、どこにもないものが生まれるのかもしれません。
金子ニューヨークの初日の時点でも、どういうものができあがるのかが見えていませんでした。何が起こるかわからないなかでやるのはしびれますよね。
西野工場の人たちが「全然OKだよ!」という感じだったのが、すごく良かったです。「ここのディティルを英語で説明しろ」なんて言われても、説明できないので。一応英語の仕様書をもっていったんですけど、まったく必要なかったですね。「見本とパターンのデータがあれば大丈夫だ」と言ってくれました。
金子今回の企画をやったことで、〈ニート〉のパンツをより深く知ることができました。例えば「アメリカンフィット」をどうするかという話になったとき、タックはなんでインプリーツなのかを質問したんです。すると「〈ブルックスブラザーズ〉でもこだわりをもつお客さんは、みんなインプリーツなんですよ」と教えてもらって。あと、通常あるはずの場所にボタンがない理由もしっかりあって。
西野ぼくのパンツは生地もそうですが、シルエットも極端なんです。すごくテーパードしているか、すごくワイドかのどっちか。金子さんと「アメリカンフィットはどうしようか」って話をしたときに、アメリカ人ってわりと普通っぽいものをルーズに穿いてるよねという話になって、その中間くらいを作ろうと。
金子ワイドとテーパードの中間だね。ぼくはワイドもテーパードも極端すぎて履けないなと思っていたんですけど、そういう人って多いんじゃないかなと思います。個人的には今回の企画はすごくうれしいです。
西野〈ニート〉では一番ドレッシーな形を採用しています。いわゆるタキシードに代表される“モストドレッシー”なパンツって、とにかく無駄がそぎ落とされた形なんです。例えば普通のポケットってスラッシュポケットなんですけど、なかでも縦に一直線に付いてるのが一番ドレッシーだと思うんです。ぼくはいらないものを全部取っ払いたくて、バックポケットのボタンも不要だなと思っているくらい。財布とかを入れるときにわずらわしいし、そもそも閉めることなんてあるのかなって。そういう自分の使い勝手のよさと、ドレッシーな部分を掛け合わせたのが〈ニート〉です。すべて削ぎ落としたドレススラックスで、面白い素材とシルエットで作るというのがコンセプトなんです。
いいですね。感覚的な部分とロジカルな部分があって。
西野ロジカルな部分もあるんですけど、最近はそれを説明する機会がなくて…。バイヤーさんも「売れてるんでしょ?」くらいの感じでくるので、そこまで聞いてきません。今回は改めて自分のブランドについて考える、いい機会になりました。立ち上げて3年になりますが、今のままでいいんだ、間違ってなかったんだとも感じられました。
金子こういうことをやると初心に帰れますよね。思い返す部分がたくさんあって。
西野ぼくも「レショップ」さんにはファーストからやってもらっているので、思い入れもひとしおです。
西野今は「ユナイテッドアローズ 原宿本店」と、恵比寿の「コンティニュエ」というメガネ屋さん、あとは「かぐれ」ですね。
金子全然広げないんですよ。その方がぼくたちはうれしいんですけどね(笑)。
じゃあ「興味あるんですけど…」というお話は結構あるわけですね?
西野最近はとくに多いです。売れてるからと見に来て、ちゃんと商品を見てくださらない場合もあるので、そういうときはお断りしています。
金子どうバランスを取っていくのかは難しいですよね。モノ余りの時代ですから適正量を供給してくことは非常に大事だと思います。「どこにでもあるね」となった瞬間、冷めてしまうことも多いですから。それが決して悪いわけではないと思いますが。
西野ブランドを成長させていくという意味では、そういうことも必要だなとは思います。
金子これが完成したら、「レショップ」にまた定番商品が増えることになるので楽しみなんです。
西野ぼくも「レショップ」で買うということになりますよね。
金子うちが輸入するので途中で西野さんが在庫を抜くことは不可能なんです。西野さんのブランドなのに変な話ですが(笑)。
西野ぼく個人ではできないんですよ。向こうでの手続きやらなんやら…。何も言えないですね…。
金子うちの持ち物になっちゃうという(笑)。そういえばサイズの表記もインチにします。いつもイタリア表記でやっていたんですが。
西野普段は44、46とかでやっていたんですけど、今回はインチ表記で。
金子そうですね。あと「〈ニート〉のパンツ屋」のような、とにかくパンツに特化した空間を作るというのもいいですね。というか、アメリカ人にも穿かせたいです。
西野そうですね。タイミングがあえば、また行きたいですよね。
金子シューティングなんかもして。NYの〈ブルックスブラザーズ〉の店長に履かせるのもいいですね。まあこれから、色々考えましょうか。