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FEATURE|“agnès b. STYLISTE” アニエスベーのありのままが一冊の本に。

アニエスベーのありのままが一冊の本に。

“agnès b. STYLISTE”

アニエスベーのありのままが一冊の本に。

パレスホテル東京17階の一室。ドアを開けたら、ベランダから大きく身を乗り出して一心にシャッターを切っている女性がいた。なんともチャーミングな後ろ姿の主こそ、アニエスベーその人だった。2015年にブランド創立40周年を迎えて、これまでの道程を振り返る初の書籍『アニエスベー スティリスト』の日本語版が発売されたのを機に来日したアニエスは、〈アニエスベー〉というブランドが紡ぐ世界観そのままだった。

  • Photo_Tohru Yuasa
  • Text_Kei Takegawa
  • Edit_Ryo Muramatsu
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このたびは出版、おめでとうございます。その本はアートであり、文学でした。まさにアニエスベーのこれまでが詰まった一冊。

アニエス:そういっていただけるとうれしいわ。

ーアートディレクターとして携わったそうですが。

アニエス:原稿はジャーナリストのフロランス・ベン・サドゥンに書いてもらったけれど、彼女と膝付き合わせて、半生を振り返って話しに話しました。写真の選定はもちろんイチからやったわ。半年以上、毎日のように夜なべしたわね。とどのつまり、本づくりのすべてに携わったことになる(笑)。

ープライベートな写真もふんだんです。

アニエス:ラクダに跨って撮ったモロッコの砂漠、ストリートアート、タクシーの窓に貼られた格子状のフィルター越しの空…。東京の風景も何枚もおさめているわ。わたしが美しいと感じたものを選り抜いたつもりよ。そこには世の中の若手のデザイナーやアーティストにもっと自由に自分を表現してほしい、という思いがあったの。

写真の子供を抱いた女性は、34歳のアニエス。1976年に雑誌『エル』に掲載されたもの。

写真家のブルース・ウェバーが〈アニエスベー〉のニューヨーク店を出たところで、ビル・カニンガムと出くわした写真。1984年頃。

一冊の本として完成したとき、グッと深みを増すのに成功していますね。それにつけても圧巻だったのは、たっぷり掲載された過去の作品。どの服も古びていなかった事実にあらためて感じ入りました。

アニエス:ありがとう。わたしがこの本でもっとも伝えたかったのは、〈アニエスベー〉の服はタイムレスであるということでした。反省点をあげるとすれば、(アーカイブを)発表した年をもっと大きく入れるベきだった。そうすればいかにタイムレスであるかが一目で伝わるでしょ。

ーおっしゃるとおり、〈アニエスベー〉はタイムレスとほとんど同義です。家族で愛用している俳優の柳楽(優弥)さんも何年も前の服がいまだ現役なんですって語っていました。いまでこそありふれたコンセプトになっていますが、本来ファッションと矛盾するはずのタイムレスという概念に、だれよりもはやく価値が見出せたのはなぜですか。

アニエス:それはわたしの本質的なものだからよ。4人兄弟の2番目に生まれたわたしのワードローブは、端からみれば恵まれているようには感じられなかったかも知れない。数の面ではたしかにそうね。けれど、一つひとつが上質でベーシックなものだったから、ちっとも退屈じゃなかったわ。

普遍的な服は着こなし方ひとつでがらりと印象が変わる。言い換えれば、着る人の個性を引き立てくれるということ。あまり主張の強い服ではこうはいかないわ。

アニエスの自宅で行われた1979年のサマーコレクション。

ブルース・ウェバーが撮影した写真。大きめのスウェットシャツを着た少女の姿が印象的。

〈アニエスベー〉の代表作「カーディガンプレッション」を紹介したページ。写真はアニエス本人。

ートレンドに振り回されるファッション・ビジネスに一石を投じたかったのもあったのでは。世界的なブランドにのぼりつめた40年の歴史は、もっと別のアプローチがあることを証明するための壮大な実験だったと思っています。

アニエス:(うなずきつつ)フランスの職人仕事も残したかった。それにはやっぱりある程度の規模が必要になってきます。できるかぎり、フランスの職人にコレクションを作ってもらっていますが、この点では日本との出会いが大きかった(アニエスベーは日本で140を超える店舗を展開、2015年には銀座にフラッグシップショップを構えた)。ただね、いまでも肉屋を改装してはじめたパリのレ・アールのお店があれば、わたしはそれで十分幸せなの。

アニエスさんがタイムレスだった。

ータイムレスな服を具現するためのキーワードのひとつが、実用性。

アニエス:今日もツナギを着ているけれど、これまでにも塗装工のサロペット、エプロンドレス、ギャルソンのユニフォーム…ありとあらゆるワークウェアをテーマにしてきました。理由は本にも書かれているわ。ここよ。「(アニエスベーは)衣服のもっとも重要で不可欠な機能から出発し、新しい着方を生み出そうとしたのだ」。

ジェンダーレスも大切なキーワード。男性用のハットを女性にかぶらせたり、クラシカルなスタイルの男性がミトンをはめたり。そういう試みはいっぱいやってきたわ。なぜかって。単純よ。素敵だから。

写真は、アニエス本人がブティックで撮影した1983-‘84年秋冬コレクション。

ストリートウェアのライン〈スポーツベー〉の2003-‘04年秋冬コレクション。写真の見開きは、モデルとダンサーを起用したショーのフィナーレ。

ー以前、エドヴィージュ・ベルモア(ニューヨークの伝説的なレズビアンのアイコン)がショーに登場して話題になりましたが、アニエスベーからは世の中をデザインしようという意思も感じられます。

アニエス:男女の境を曖昧にする服は一人ひとりが平等であることを教えてくれます。そうそう、エドヴィージュの新婦役には黒いミニのドレスを着てもらったの。これもお気に入りよ。

どのようなカタチであれ、語りかけることは、大切なこと。

フランスはいま、大変なときを迎えています(2015年11月、パリ同時多発テロ事件が起き、政府は非常事態宣言を出した)。たしかに観光客は減ったわ。オランド大統領への批判が高まるなか、カトリーヌ・ドヌーヴは毅然と異を唱えた。わたしも声をあげた。平穏を取り戻しつつあるのは、彼のおかげよ。

写真の左上に写るのは、アニエスと映画監督のハーモニー・コリン。

ニューヨークのライブハウス「CBGB」でアニエスが撮影した写真。

それにしてもお元気ですね。日本についた日も夜中までクラブで踊られたとか。

アニエス:ええ、そうなの。毎日がとっても楽しくて、疲れるヒマがないの。よかったら、ジスレーヌに聞いてみて。すでに四半世紀、一緒に仕事をしてくれているの。

ジスレーヌ:むかし、一度だけアニエスの提案に対し、「年も年ですし…。」と口を濁したことがあります。アニエスは即座にきっぱりといいました。「それは理由にならないわ」って。アニエスがいるから、メゾンも若々しくいられます。若さの秘密は、好奇心の塊で、気さくで、人が大好きなところ。それと、デスクの下にある足裏マッサージの器具(笑)。

アニエス:(来日初日に踊ったクラブの)DJが素晴らしかったので、ぜひパリに来てっていったら、目を丸くしていたわ。

11月に発売された書籍『agnès b. STYLISTE』。アニエスベー本人の誕生からブランドの設立、現在までを振り返った「アニエスベーの歩み」、代表的なクリエーションを掲載した「まなざしの問題」、デザイン哲学を言葉や写真で紹介した「デザインする:時を超えて?」の3つのパートで構成。ページ数は288。青幻舎刊。¥5,000+TAX

アニエスベー

フランス・ヴェルサイユ生まれ。雑誌『ELLE』のエディターを経てファッション業界へ。1973年に〈アニエスベー(agnès b.)〉を立ち上げ、その2年後にはパリのレ・アール地区にショップをオープンした。’80年代初頭に日本への上陸も果たし、フレンチカジュアルを代表するブランドとして根付いた。アートやカルチャーとの関わりも深く、2013年には初の監督映画『わたしの名前は...』が公開された。エイズ予防啓発運動やチャリティなど社会活動も精力的に行っている。
www.agnesb.com

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