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羽田からロンドン、マルセイユへ飛び、サンティアゴへ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼で名高いガリシア州に行くためには、直航便のない9月の場合、日本からまるまる飛行機で1日以上かかった。なかなかの長旅だ。
カンタブリア海と大西洋に面するガリシア州は、「リアス式海岸」の語源になったと言われるほどの複雑な海岸線を持つ、漁業が盛んな地域。ヨーロッパ最大の漁港を有し、活発な養殖産業に世界中から注目が集まっているそうだが、海産物以外にも牧場や農園など、面白いものはたくさんあるという。でも日本にいると、なかなか情報が落ちてこない。
「いったいどこに向かえばいいのか?」
ガリシアの魅力を知るにはガリシア州の観光課に案内してもらうのが一番だ。世界的な日本料理のマエストロがガリシア州に来るということで、相談にのってくれた観光課が、どうしても小山を連れて行きたいところがあると幾つかの場所を親切にもセッティングしてくれた。
というわけで、我々はガリシア州自らを水先案内人に、この地方の豊かな食について探求すべく、港から離れ2つの“農場”を目指すことになった。
ガリシア伝統の唐辛子、「ピミエント・デ・パドロン」
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世界遺産に登録される巡礼の聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂」から車で30分ほど、「パドロン」と呼ばれる地域にある、農業共同体の施設「ア・ペメンテイラ」が最初の訪問地。
ここは、この土地の名を持つ獅子唐辛子、「Pimiento de Padrón(ピミエント・デ・パドロン)」を扱う一大拠点だという。さっそく、小山と我々は生産者のゴンサレス・レフォホ・ミラグロスさんにお話を伺った。
ビニールハウスに入ると広がる、一面緑の唐辛子畑。ガリシア州・ア・コルーニャ県の南西に位置するパドロンは、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に祀られている聖大ヤコブの遺体がエルサレムから流れ着いたといわれている歴史ある土地だ。
そんなパドロンで伝統的に生産されているのが、ガリシア州の特産品である「ピミエント・デ・パドロン」。見た目は日本の獅子唐のような、小さなピーマンのような形をしており、丸みを帯びた緑色は鮮やかに目に映る。
代々この地で獅子唐芥子を作り続けてきたミラグロスさん。会うなり、小山がミラグロスの緑色の袖を優しく掴んだ。
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小山:「このコーディネートは唐辛子に合わせてますね?」
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ミラグロス:「ハーハッハ!!(爆笑)」
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スペイン語はわからないが、お茶目なジョークでいきなりハートを鷲掴みするのが小山流。さすがである。
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ミラグロス:この唐辛子は、この地域のオリジナルのもの。古い伝統と習慣があります。他の場所で育てられたもので、パドロンを名乗るのもありますが、それは別物ですね。パドロンはこの地の名前ですから。
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起源は16世紀末にさかのぼるという。パドロンにある小さな村の修道院に訪れた宣教師によってもたらされたのがはじまりと言う。
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ミラグロス:宣教師が「この種を貧しい人に分けて、栽培しなさい」と配ってくれたんです。それから受け継がれて、3〜400年前から続いているんですよ、私のおばあさんもおじいさんもこの唐辛子を作っていたんですよ。宣教師が南米から持ってきた野菜のひとつだったのでしょう。
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ミラグロス:パッケージには、ガリシアの女性が履く黒いスカートを履いて農作業をしているイラストがあります。実際にこういう感じでいまも収穫をしていますね。ぜひ食べてみてください!
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青々とした唐辛子を生でかじると小山は驚いた表情をした。
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小山:ほろ苦い。これはオリーブオイルで揚げたら美味しいね!
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ミラグロス:そうなんですよ! 「ピミエント・デ・パドロン」と言えば、スペインのタパスにはかかかせないおつまみ。シンプルにオリーブオイルで素揚げし、塩で食べるのが定番なんです。
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タパスで出てきたピミエント・デ・パドロン。大粒の岩塩がかかっており、肉厚で食べ応えがあり、食べ始めると止まらない。とにかくビールがすすみ、後に小山が大いに気に入り、山のように食べることになる。
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ミラグロス:一袋買うと必ず2つ3つ辛いのが入っているんですよ。ロシアンルーレットみたいな感じです。
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小山:辛いのではなく、ちょっと苦いね。僕は全然食べれる。
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ミラグロス:真っ赤に熟させているものは、種を取るためにそうしています。
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ミラグロス:唐辛子の旬は夏。 5月から10月末までしか栽培されないのですが、年間通して食べてもらいたいということで、ジャムを作ったりもしています。辛いものと辛くないものの2種類。
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ミラグロス:ぜひ小山さんには、このジャムにインスピレーションを得て、新しいメニューを作っていただきたいです!
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パドロン伝統の唐辛子の、苦みと辛さの洗礼を受けた一行は、陽気な農家にお土産をもらいつつ見送られ、「ア・ペメンテイラ」を後にした。
ワイルドなガリシア野菜との出会い
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次に訪れたのは「ラ・フィンカ・デ・ロス・クエルボス」農場。クエルボスとはスペイン語で「カラス(烏)」の複数形で、フィンカは「農園」という意味。直訳すると“烏の農園”だ。出迎えてくれたのは、オシャレな真っ赤なウィンブレを羽織った農産者のサンティアゴさんだ。背中に入る鳥のイラストもちょっと格好いい。こちらの農園では、ミシュランで星を取っている高級レストランなどに収めるための野菜が育てられていた。
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サンティアゴさんが、農園を案内してくれた。
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サンティアゴ:この農園の広さは約18,000㎡です。季節ごとに土地を分けて様々な野菜を栽培しています。春が終わったので、いまは夏の場所で、トマトやハラペーニョを作っています。日本の野菜もスペインのレストランでは人気があり、我々は小松菜などを生産しています。もちろんガリシアならではの野菜も作っていますね。
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サンティアゴ:ガリシア産のトマトと黄色いトマトの2種を栽培しています。甘過ぎても酸っぱすぎてもトマトはおいしくないと思うので、与える水をコントロールして酸味と糖度のバランスをちょうど良く調整して作っています。
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サンティアゴ:これ(上記写真)は大根です。葉っぱは食べませんが、身は生で食べられますよ。
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小山:あまい! 日本の大根と味が違うわ! おいしい。
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サンティアゴ:こちらは少し苦味があるガリシアの野菜です。この大きさくらいで収穫をします。
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小山:あ、美味しい! (驚いた顔で)甘い。ほろ苦い。サラダにしたら美味しいね。
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「最も純粋な状態の野菜を、出来る限り鮮度の良い状態でシェフのもとへお届けするのをモットーとしている」とサンティアゴは話してくれた。
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新しい野菜に出会い、驚きがあった小山は、広大な農園をひたすら歩き、次の野菜を料理に使いたいと選んだ。
ガリシア原産野菜であるミニトマト
ガリシア原産野菜であるミニポロネギ(左)とベルサ・プルポ・デ・ティエラ(右)
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小山:この大根は美味しそうだ。下に石があって、ねじ曲がったんだね。ぜひ葉っぱも使って料理に使いたいね!
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小山の目には、ガリシアの野菜はどのように映ったのだろう。
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小山:いろいろな種類の野菜をたべたけれど、全部風味が違うのに、ベースの味、フランス語でいう「terroir(テロワール)」、土壌の味は一緒。ガリシアが土に対して、とっても努力をしているのがよくわかった。
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ガリシア州の気候の最大の特徴は冬場の降水量の多さだという。そのことにより石灰質の少ない土壌になるのだが、腐植土と肥料を含む生きた土壌ともいえ、野菜の栽培に最適になるのだ。また、ガリシア州の土壌には野菜が必要とする全ての栄養素が含まれているため、ここで栽培された野菜は、それぞれが持つ本来の純粋な味に育つそうだ。
帰り際、ガリシアのテレビ局から取材を受けた小山は、インタビュアーに次のように答えた。
- —ガリシア地方に来てどうですか?
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小山:こちらに来るのを本当に楽しみにしていました。全体としては優しい感じがしますね。水も光も土も豊かなので、頑なところがないのが素晴らしいなと思いましたね。
- —特に気になったのは何ですか?
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小山:まだ着いたばかりなので、数少ないのですが、昨日調理した鯛がとにかく美味しかったですね。魚のコンディションが良かった。生き絞めとか、日本風の処理をうまくすれば、もっと美味しくなりますね。
ガリシアの豊かな土壌が生んだ野菜。ここでしか生まれ得ない「大地」の味は、小山さんの新たなるインスピレーションにつながっていくのだろう。
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(後編へ続く)