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FEATURE|Interview with Lee Lang. イ・ランの、型破りな音楽の作り方。

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Interview with Lee Lang.

イ・ランの、型破りな音楽の作り方。

コミック作家で映像作家でシンガー・ソングライター。そんな多彩な才能を発揮して、韓国のアート/音楽シーンで注目を集めているのがイ・ランだ。天性のソングライティング・センスとウィットに富んだ歌詞は高い評価を受け、デビュー・アルバム『ヨンヨンスン』は音楽誌だけではなく、『GQ』『NYLON』『Harpers Bazaar』『Cosmopolitan』など数多くの雑誌に取り上げられて、彼女は一躍、時の人となった。これまで何度も来日して、柴田聡子、王舟、Alfred Beach Sandalなどと共演してきた彼女は、日本のインディー・シーンと親交が厚く日本でもイ・ラン・ファンが急増中。『神様ごっこ』と『ヨンヨンスン』の日本盤もリリースし、いまではすっかり日本語が上達した彼女は、通訳を介さずにそのユニークなキャリアや音楽に対する自由な向き合い方についてたっぷり語ってくれた。

  • Photo_Mitch Nakano
  • Interview & Text_Yasuo Murao

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音楽をやる前は映画の勉強をしていたそうですね。

イ・ラン16歳で高校をやめて絵を描いてましたが、それは趣味みたいな感じ。それで芸大で勉強しようと思ったんですけど、絵のコースはテストが難しかった。でも、映画のコースのテストは簡単そうだったから受てみたら受かりました。

どんなテストだったんですか。

イ・ラン新聞の殺人事件をもとにして、誰が、なぜ、どうやって殺したのか、シノプシスを作ってと言われました。でも、“シノプシス”の意味がわからなくて手を挙げて訊いたら「何訊いてるの?」みたいな顔されて教えてもらえなかった。

受験をするなら、それくらいは知ってて当然だろうと。

イ・ランそう。わからないから何もしないで座ってたら、試験官のアシスタントの人が見かねて教えてくれたんです。「シノプシスはストーリーを書くことだよ」って。

それで受かったっていうのがすごいですね。受験勉強しなかったのに。

イ・ラン国立の芸大で、何年も準備して入れたっていう人も多いところだったから、他のみんなは私とレベルが違う。1年の時は仲良くやってたけど、アッと言う間にみんなに差をつけられました。みんな真面目に映画作るけど。私は休んだり、また学校に戻ったりを繰り返して8年学校にいました。

8年も! じゃあ、音楽を始めたのは大学にいた頃?

イ・ランはい。映画コースのアシスタントをやってた人がミュージシャンで、学校のイベントで歌ってたんです。その歌がすごくおもしろくて、それをカヴァーしたり、同じコードで曲を作ったりしてました。

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プライベートではどんな音楽を聞いていたんですか?

イ・ラン音楽はあんまり聴いてなくて、彼氏ができたら彼氏がオススメしたものを聴いてました。彼氏がDJだったらダフトパンクみたいなのばっかり。インディーが好きな人だったらインディーばっかり。アニメおたくだったらアニソンばっかり(笑)。私の好みで聴いているんじゃないから、仕事中に(BGMとして)かけていたくらい。私が一番好きな歌手はジュリー・アンドリュースです。子供の頃から『メリー・ポピンズ』が大好き。

なるほど。イ・ランさんの歌い方って、ロックでフォークでもないと思ってたんですけど、ルーツはミュージカルだったんですね。

イ・ランお母さんの妹がカナダに住んでいて、ディズニーのミュージカル映画のビデオとかを送ってきてくれたんです。でも、字幕が読めなかったので歌だけ聴いてました。音楽ではディズニーの影響がいちばん大きいと思う。

だからメロディーがシンプルで歌い方もクセがないんですね。最初のアルバム『ヨンヨンスン』は宅録で作られたそうですが……。

イ・ラン学校で作りました。学校に住んでたから。

えっ、学校に?

イ・ラン学校の授業料が高くてアパートを借りるお金がなかったんです。そんなにお金たくさん払ってるんだから、学校に住んでもいいんじゃないの?って思って、学校のスタジオで寝泊まりすることにしました。そしたら、電気代もガス代も無料。パソコンもストーブも24時間使い放題だから超ラク(笑)。人からもらった洗濯機を学校のトイレに置いて、それで洗濯して、シャワーは学校のを使って、ご飯は学食で食べて……。

私物はどうしてたんですか?

イ・ラン全部スタジオに置いてた。二段ベッドを買ってきて、そこに寝てたんです。机とか椅子は、学校で使ってないやつを借りて、本を読みたくなったら図書館に行って読んでました。

そんなことして学校側に怒られませんでした?

イ・ランめっちゃケンカした!(笑)。でも、私は学校にたくさんお金払ってたし。

確かにそうですけど(笑)。

イ・ランみんなも学校に住めばいいのに(笑)。

じゃあ、学校で寝起きしながら曲を作ってたわけですね。

イ・ランそうです。映画専攻の人は1年生でみんなMacBookを買います。私も買ったら、そこにガレージバンドが入ってて、その使い方を学んでからは録音することが超おもしろくて。ギターを弾いたり、歌を重ねてコーラスを作ったり、ピアノとかドラムの音をキーボードで入れたり。雨とか風の音を入れたかったら、こうして録音しました(MacBookを開いて外に向ける仕草)。『ピイピイ』っていう曲では、イルカの鳴き声を録音したかったから、学校の編集室でイルカの鳴き声を探して、それを録音した。でも、私のMacBookは古いから、すぐ充電がなくなってしまう。だから、MacBookのコードが繋がる範囲でしか録音できません(笑)。

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曲作りの方法も自己流で?

イ・ランいつも即興。歌詞もメロディーも同時に出てくる。まず歌ってみて、それを整えて、録音して、友達にあげたりしてました。歌いたくなったら、アンプを運んで学校の食堂の前で歌ったり。

完全にDIYだったんですね。それが新作の『神様ごっこ』になると、ュージシャンとセッションする形態になりましたね。

イ・ラン人が入ったー(笑)。

それは自分の意志で?

イ・ラン『ヨンヨンスン』のときは、デモテープの状態でリリースしました。レーベルの人が「これで出しましょう」と言ったから。でも、『神様ごっこ』の時は「今度はちゃんと録音しましょう」と言った。私は「意味がわからない」って思いました。「一人で全部できるのに、なんでセッションする必要があるの?」って。でも、レーベルの人は「ほんとの楽器でやったらもっと素晴らしいから」と言うから、とりあえずやってみたらほんとに最高だった。人が演奏するのは素晴らしい!(笑)。

でも、人とやるとコミニュケーションの問題が生まれるじゃないですか。自分のやりたい音楽を、プロのミュージシャン達に伝えるのはうまくできました?

イ・ラン私は音楽のことをあんまり知らなくて。いまもバンドの練習をするとき、メンバーに注文するのが難しくて「どうやって説明したらいいんだろう?」って思うけど、なんとなくできる。「サンダーライト(稲光)みたいにやってください」とか、いろんな説明をして。そんな風にイメージで説明したら、みんなミュージシャンだから「この曲だったらBPM75じゃないの?」「85だよ」とか専門的に考えてくれる。それがすごく不思議な感じ。映画も同じところがあって、私がストーリーを書くでしょ。で、それをもとにして撮影監督が撮ったり、俳優が演技したして、それが全部集まって映画になる。私一人のイメージから生まれたものなのに、私のものみたいじゃない。新しいものだけど、私のものみたいだし。音楽もバンドでやったら映画と同じ感じ。「おお! いいなあ」って思いました。

自分の想像を越えて世界が広がっていく。

イ・ランそうそう。不思議、不思議。

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『神様ごっこ』ではチェロの存在感が大きいですが、楽器編成に関しては最初から頭の中にあったんですか?

イ・ランこのアルバムのほとんどの曲はガレージバンドのデモがあって。そのデモにキーボードで入れたチェロもあるし、ドラムもある。このアルバムの曲を作った時はギターに興味がなくなってました。

どうして?

イ・ラン音楽を始めたときは、コードがわからなくて。コードがひとつわかったら、そのコードだけで何百曲も作ったりしてました。でも、コードが全部わかったら興味がなくなってしまった。フィンガーリングは難しいから、あまりやりたくなかったし(笑)。だから、このアルバムは、ギターを使わないで曲を作ることを考えました。ちょうど曲を作っていた頃、小学生に作曲を教えていたけど、子供達は楽器が使えないから、手拍子とかのリズムから曲を作ったり、遊びみたいなやり方で曲を作っていて。このアルバムには、そんな風に作った曲もあります。

音楽の先生をやってたんですか。

イ・ラン『ヨンヨンスン』が出た時は超ビンボーで、貯金通帳の残高がゼロになってて、どうしようかと思いました。それで『ヨンヨンスン』を聴いた人に感想を訊くと、「イ・ランさんの音楽は子供の音楽みたい」っていう感想が多かった。コードもメロディーも簡単だから。それで子供と一緒にチルドレン・アルバムを作ろうと思って、そのカリキュラムを作って知り合いの小学校の先生に見せたら、1クラスを担当して1年かけてアルバムを作る授業をする仕事がもらえたんです。そしたら、結局、その学年の全クラスでやることになって。すごく疲れたけど、授業はめちゃくちゃおもしろかった!

イ・ランさんなら子供に人気出そうですね。

イ・ランうん。スーパースターみたいになった(笑)。週に一回しか来ないから、授業に行ったら子供達が窓から顔を出して「うわー、イ・ラン先生!」って手を振ってくれました。あと、手紙を書いてくれたり、学級新聞で授業のコメントを書いてくれたり。この授業の後、中高生とか大人にも教えたりもしました。

大人相手は大変でしょう。

イ・ラン最初は無理だと思いました。一般の人に映画のつくり方を教える学校があって、そこで私が卒業した芸大の卒業生が先生をやってたんです。その学校に映画以外のクラスがあって「作曲を教えたらどう?」って言われた。私は「ダメです、ダメです」って言ったけど、「やってみ、やってみ」って言われて。それで私のやり方を教えることにしたら、みんな曲を作ることができて、私も自信がつきました。「専門的な知識がなくても良いんだ」って。

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楽器が弾けなくても曲が作れるっていうのは、一般の人にとっては楽しいでしょうね。

イ・ランギターのコードを覚えるのが辛くて、学校をやめた人も多かったみたい。でも、私の授業ではコードを覚えるのは大事なことじゃない。コードはひとつ覚えれば曲はいっぱいできる。だから、人気の授業になっていまも続いてます。

楽器も弾けなくてもいいし、専門知識がなくても良いとしたら、音楽を作るうえでいちばん大切なことは何でしょう。

イ・ラン自分の話をすることです。私の授業には毎週宿題があって、それぞれが自分の好きな音を探してきます。それが楽器の音じゃなくても大丈夫。

例えば椅子がきしむ音とか。

イ・ランそうそう。自分の好みの音を探す。そうすることで、ギターで同じコードを弾いても、みんな違う歌を歌う。授業では、最初に私がコードをひとつ弾いて、みんなに小さな声で歌ってもらう。そして、「じゃあ、みんな大きな声で歌って」って言うと、全員が違うメロディーを歌って、それがハーモニーになるからみんなビックリする。私は音楽はここ(頭を指差す)の中にあって、自由に作れると思っています。でも、学校で勉強しているうちに、「それは音楽じゃない」とか言われて、どんどん(自分独自の音楽性が)カットされてしまう。でも、心の中には歌いたいことが眠っているから、それを探すやり方を授業で教えています。子供は1日で何曲もできるけど、大人は1曲作るのに2ヶ月くらいかかる。すごいギャップがあります。

大人になると「音楽ってこういうものだ」っていう自分のなかで枠組みができちゃうんでしょうね。あと、良い曲を作りたいっていう欲が出てきたりもして。

イ・ラン好きなアーティストみたいな曲を歌おうとしたりね。自分が本当に歌いたいと思っている曲を、なかなか見つけられなくて可哀想。

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そういえば、『神様ごっこ』には分厚いブックレットが付いてますね。そういう特殊な仕様にしたのはどうしてですか?

イ・ラン今回のアルバムは歌詞が多かった。それで前作(の歌詞カード)は手書きだったけど、今回はタイプしたら文字の量が増えて。それだったら、曲を書いた頃に書いたエッセイとか日記とかも組み合わせてブックレットにしようと思いました。

前作でも新作でも、アメリカのSF作家、カート・ボネガット・ジュニアの小説の一節を歌詞に引用してますね。ボネガットのシニカルなユーモア・センスは、イ・ランさんの文章とは通じるものあると思います。

イ・ランボネガットの考え方はすごく好き。ボネガットがなぜ、『スローターハウス5』を書いたか、という話がおもしろくて。彼は第二次世界大戦で体験したドレスデンの空襲を小説に書こうと思ったけど、あまりに辛過ぎてなかなか書けなかった。でも、地球の外から見たら、戦争は子供達の遊びに見えるかもしれないということに気付いて、ボネガットはSFコメディとして小説を書きました。戦争とか政治家の争いとか、醜いことや恐いことも、外から見たら子供が遊んでるみたい。いまの韓国も同じです。これまで韓国の人は、とてもしんどい思いをしてきました。生活が苦しいのは自分のせいだと思って、みんな韓国のことを“ヘル朝鮮”と呼んでたんです。でも、大統領のスキャンダルが明らかになって、辛かったのは自分のせいじゃなく、国家のせいだってことがようやくわかった。全部、大統領がバカなことをしてたから。だから、いまみんな笑ってます。バカすぎて。デモに行ってもフェスみたいに盛り上がってた。

確かにユーモアは、ひとつの武器ですよね。どうにもならない不幸な人生や権力者を笑い飛ばす。

イ・ランそうです。私は学校が嫌いで高校もすぐやめました。なんで学校が嫌いだったかというと、自分の意志とは関係なく集められて、そこに何時間もいないといけないから。それって収容所と同じ。だから、そこにいると辛くなる。そんな場所で必要になるのが笑いです。だから、学校は嫌いだけどコメディをやるのは好きで、私は娯楽部長になりました。

娯楽部長?

イ・ラン日本にはない? 韓国の学校には必ずあります。先生が疲れた時、「娯楽部長出てきて」って言うと、娯楽部長が出てきて何かおもしろいことをやる。みんなとゲームをしたり、お芝居をしたり、アイドルのダンスを踊ったり。だから、私はすごく忙しかった。

なるほど。いまも娯楽部長をやってるみたいなものですね。ヘル朝鮮で。

イ・ランそうそう(笑)。第二次世界大戦のとき、ナチスがユダヤの人をたくさん殺してたでしょ? その収容所のなかで、どんなジョークがウケてたか知りたいんです。いちばん辛い場所で、いちばん強いユーモアが生まれると思うから。

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