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Fred Perry,The Roots of UK Subculture. Vol.1 UKサブカルチャーを宿す、メイド・イン・イングランド・シャツとフラッグシップショップ。

スポーツブランドとしての始まり。

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1952年、希代の洒落者であり、テニスの花形プレイヤーであったフレデリック・ジョン・ペリーによって設立された〈フレッドペリー〉。今よりも社会における階級の住み分けが色濃く、貴族階級のスポーツだったテニスにおいて、ワーキングクラス出身の氏が優勝したのは非常に珍しいことでした。さて、開祖の始がテニスプレイヤーだったことから、フレッドペリーはテニスウェアのスポーツブランドとしてスタートします。

フットボールクラブから生まれたカラーリング。

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オリジナルの「M12 メイド・イン・イングランド・シャツ」は、カラーの付いたティップラインをどこよりも早く取り入れたシャツでした。とくに、写真のこのカラーは、労働者階級のロンドンっ子が応援席でエネルギーを爆発させていた、フットボールとつながりをもつ。ロンドンのサッカークラブチームである「ウェストハム」のファンは、クラシックなフレッドペリーのシャツにクラブカラーを加えることができないか、ロンドンの有名なショップ「リリーホワイト」に持ちかけます。そして同ショップを通じて、色のついたティップラインが正式にラインナップに加わったのです。

“歴史は夜つくられる”を体言したメイド・イン・イングランド・シャツ。

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M12メイド・イン・イングランド・シャツ ¥12,000+TAX

その後、UKサブカルチャーとの蜜月時代が始まる。品行方正なスポーツで汗を流す代わりに、クラブで音楽に合わせて踊り、夜な夜な汗をかいていた、"モッズ"と呼ばれた英国の若者たち。彼らにとって夜通し着ていても、型崩れせずファッション性を損なわない、このシャツを着こなしに取り入れるのは当然の流れでした。ほかの多くのカルチャーと同じく、フレッドペリーのシャツがスポーツからストリートへと流入したのは、まさにこんな夜のできごとが関係しているのです。

こうして、モッズカルチャーの追い風を受けることで、世界中のストリートへと飛び火していった、フレッドペリー。スポーツブランドからストリートカルチャーへと横断した、初のブランドであり、いまやUKサブカルチャーそのものを体現するブランドである。とくにメイド・イン・イングランド・シャツは、誕生から半世紀以上を経たいまでも英国製にこだわることで、袖を通せばUKサブカルチャーをまさに身にまとうことができます。

そして、メイド・イン・イングランド・シャツと同じくUKサブカルチャーの薫陶を受けた、待望の旗艦店が神宮前にオープンしました。UKサブカルチャーを礎にする同ブランドらしく、その建物も随所にUKが色濃く影響しています。そのこだわりぶりを徹底紹介しましょう。

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