—「ポンポンケークス ブールヴァード」ができるまでの、立道さんの辿ってきた道を教えてください。

もともとは建築をやりたくて大学もそっち方面の学校に行っていました。ただ、授業があまり自分には合っていなかったようで、座学よりも旅に行って好きな建築を見に行くというようなことをしょっちゅうやっていました。それで漠然とですが、大学卒業したら設計とかやるのかなと思っていたんですが、次第にそういう将来に違和感を感じるようになって。

—何年か職人さんをやっていたそうですね。

はい。古い建物に携わる“茅葺屋根職人”のことが、ある雑誌で紹介されていて、そこで見習いをやっていました。日本中の現場を転々としながら、修行修行の毎日でした。二年半くらいたってこのままこの仕事を一生やるか覚悟がつかず、いったん鎌倉に戻りました。その時点でなにをするかは決まってなかったのですが、就職するのではなく、自分で何かをやりたいとは思っていました。

—建築から離れようと思ったんですか?

いや、そういうわけではないです。建築は好きだし、何かしらで建築に関わりたいとは思っていました。でも次第に建築そのものよりも、建築を通して街でなにかを表現したいと思うようになったんです。

—それが食だったというわけですね。

旅をしていたとき、サンフランシスコによく行っていました。初めは建築とかストリートアート、グラフィックなどがお目当てだったんですけど、5〜6年くらい前に行ったときに食の文化がものすごく盛んになっていたんです。コーヒー、パン、ケーキ、とにかく様々な食を通じて、街と人が繋がっている様子を見て、すごく衝撃を受けました。オープンして間もない「ブルーボトルコーヒー(Blue Bottle Coffee)」とか「フォーバレルコーヒー(Four Barrel Coffee」を見て、自分もこういうことがやれないかな、と思ったのを覚えています。

—ところで、地元も鎌倉なんですよね?

はい。しかも駅の方ではなくこのあたりが地元なんです。ただ、鎌倉育ちではあるんですけど、サーフィンは全然やらないんですよ。だから、最近注目されている「海の街 鎌倉」みたいな感じがあんまりピンときてなくて。でも、改めて自分の育ったところを見てみると、時間がゆっくり流れていたり、ローカルのひとがのびのびと暮らしていたりで、すごくいい街なんじゃないかなと思うようになったんです。

—確かにこのあたりはすごく気がいいですよね。ただ、ここでお店を始める前に、カーゴバイクを使った移動販売の「ポンポンケークス」を始めたわけですが。

はい。うちの母がお菓子の先生だったので、食のなかでもケーキがいいかなと思って。ケーキを使って街とコミュニケーションをとれる方法はないかなと考えていたところ、移動販売というスタイルを思いつきました。海外に詳しい知人に、こうした行商っぽいスタイルはわりとメジャーだと聞いていたことも背中を押してくれました。

—「ポンポンケークス」のトレードマークである、カーゴバイクはどこで手に入れたんですか?

青山のファーマーズマーケットに行ったときに、たまたまこういう自転車が置いてあったんです。そこでビルダーの方と知り合って、一緒に作りました。埼玉で作ってもらったので、そこから乗って帰ってきました(笑)。それが約5年前のことです。

—お母様がお菓子の先生だったとはいえ、この時点ではケーキ作りに関してはまだまだこれから、という感じですよね。

そうですね。でも料理を作るのはもともと好きでした。職人時代、ものすごい田舎に住んでいたときがあって、3食自分で作らないと生きていけないような状態があったので。でも本格的に料理というか、お菓子を作り始めたのは「ポンポンケークス」を始めるときからですね。

—それが今も続いてるっていうのは、性に合っていたんですね。

そうだと思います。お菓子作りはすごく面白いですね。やればやるほど美味しくなるし、あとは一生懸命作れば作るほど、どんどん仲間が増えていったんです。

—それは食を通して、友達や知り合いができたということですか?

そうですね。ちょうど僕が1人で「ポンポンケークス」を始めたときに同世代の子がコーヒーを始めたり、ほかにも食がらみのことを始めたりする人がいたり、ということがいくつか重なったんです。結果、本来繋がるはずのない全国のひとたちとたくさん知り合えたんです。とても恵まれていたと思います。

—今おいくつなんですか?

今年で32歳になります。

—同世代である、奥沢「オニバスコーヒー(ONIBUS COFFEE)」、渋谷道玄坂「アバウト ライフ コーヒー ブリュワーズ(ABOUT LIFE COFFEE BREWERS)」の坂尾(篤史)さんとも交流があるそうですね。

篤史さんも前職が大工だったりで馬が合いました。昔はとにかく時間があったのでスケボーもって地方に大工仕事に行ったこともありました。『俺たちこれからどうなるんだろう」なんていいながら(笑) 今も会うとすごく刺激をもらう大切な友人です。そんなときに知り合ったひとの中に、松陰神社「メルシー ベイク(MERCI BAKE)」の田代(翔太)さんなどもいました。


いちじくのタルト ¥480


シフォンケーキ ¥300

—なるほど。ところで、移動販売をやっていた時期はどれくらいの頻度で街に出ていたんですか?

週に3〜4回です。気が向くときにふらっと。

—そこからここに至るまではどういう流れだったんでしょう?

移動販売をやりながら、2年前に鎌倉の駅近くに「ザ グッド グッディーズ(THE GOOD GOODIES)」というコーヒースタンドを始めたんです。そこはコーヒーが専門の友達と一緒に経営しています。街の観光案内所っぽい感じで、美味しいコーヒーとケーキがあって、みんながだらだらと話をできるような場所が作りたくて。場所も駅前なので便利なんですけど、次に何をしようかなと考えたとき、もう少し地元に根付いたというか、ローカルな場所で一からやってみたいなと思って、家の近所を歩いてたらここの物件が貸し出しに出ていたんです。

—偶然の出会いだったんですね。

はい。このあたりは駅からも遠いし、決して交通の便がいいわけではないんですが、なにより空が広くてゆっくりしてるし、気持ちがいい場所だなって。駅前ほど家賃が高いわけでもないし、ここだったらお店をゆっくりやれるんじゃないかって思ったんです。

—お店がオープンしたのは今年の4月ですね。

はい。準備してから半年くらいかかってしまいました。

—そのかいあってなのか?ウッドを基調とした店内の内装がとてもいい感じですね。

「ポンポンケークス ブールヴァード」も、駅前の「ザ グッド グッディーズ」も松陰神社で「スタディ(STUDY)」というお店を営む、インテリアデザイナーの鈴木(一史)さんにお願いしました。鈴木さんは、僕の大学の先輩なんです。「オニバス コーヒー」の坂尾くんとも仲が良くて、お店をやるんだったら、内装は絶対鈴木さんにお願いしたいなと思っていました。

—松陰神社の駅前にあるいくつかのお店も、鈴木さんによるものだとか。

「ノストス ブックス(nostos books)」とか「メルシー ベイク」とかもそうですね。松陰神社の駅前周辺は、今挙げたようなお店ができてから街の風景がすごく変わりましたねよね。そういうことがこのあたりにも起きたらいいな、と思っているんです。

—確かに。栃木、黒磯の「1988 CAFÉ SHOZO」のような感じで、色々集まってきたら楽しいですね。

はい。このあたりって、分かる人にはすごい良い場所だなって言ってもらえるんですけど、鎌倉にずっと住んでる人からすると、梶原といえば山だけで何も無い場所っていうイメージだと思うんです。いや、確かに何もないんですが(笑)。

—のどかではありますよね。お客さんはご近所さんだけではなくて、遠くからも来るとか。

そうなんです。東京からのお客様が比較的多いですね。こんな辺鄙な場所でやっていても、良いかたちで発信ができれば、遠くからでも来てくれるんだなと思いました。もちろん近所のおじいちゃんおばあちゃんも来てくれるし、そういう感じは東京のど真ん中でやっていたら、見ることができない風景だったと思うんです。

—お店ができたからといって、積極的に宣伝をしていないイメージがあります。

特別なことはなにもしてないですね。おもに口コミで繋がりができて、お店に来てくれているみたいで、とてもありがたいなって思います。

—お店ができてからも、カーゴバイクはたまに使っているんですよね?

そうですね。イベントに呼ばれたりして、色々なところで出店させてもらっています。実は、一箇所に留まるのがそんなに得意なタイプではないので、外に出れるときは積極的に行きたいなと思っています。

—ケーキの話も少し聞かせてください。初めて「ポンポンケークス」のケーキを頂いたときには、甘くて濃厚という一般的なケーキのイメージとはまったく違う味に本当に驚きました。

ありがとうございます。コンセプトの一つにもありますが、とにかく毎日バクバク食べられる、気軽なスタンスのケーキを目指しているんです。


サバラン ¥450


レモンチーズパイ ¥500

—定番のレモンチーズケーキや、キャロットケーキなど、本当に毎日で、、も食べられるようなさっぱりとした仕上がりですよね。それでいてきちんと素材の味が生かされてるところが素晴らしいです。ちなみに季節限定のメニューというのは、どのように決まるんですか?

基本的には自分で農家に足を運んでいるので、そこで旬のものを選んで、という感じです。あとは「青果ミコト屋」という八百屋さんと仲良くさせてもらっていて、そこが定期的に持ってきてくれるものを使ったり。

—「青果ミコト屋」が出した書籍もお店に置いてありますね。

はい。あともう一件懇意にしている八百屋さんがあるんですが、彼らからの情報は大きいですね。自然栽培とか無農薬ものは、やっぱりまだまだ高いので種類としてはそんなにたくさんはないんですけど、それでも大切なラインナップのひとつです。

—「ポンポンケークス」が掲げている、「オーガニックでジャンキー」というキャッチフレーズについて、教えてください。

アメリカを旅していたときに、よく“オーガニック”という言葉を見聞きしました。でも、それはどちらかというと、富裕層のためのものという感じで、あまり一般的ではなかったんです。食品ひとつひとつにこだわることで、どうしても値段は上がってしまうし、そうした側面があるのは理解できたんですが、もう少し普通に“オーガニック”が広がればいいなと思ったんです。なので、素材にはこだわっていても、あまりその辺を全面に打ち出さず、気軽に食べてもらえたらいいなと思っているんです。

—確かに無添加で、素材にこだわっているというようなことを、そこまで打ち出していませんね。

はい。ただ、何も言わないことが本当にいいことなのかな、と思ったりもしています。果物や野菜を生産している農家の方のことを考えると、もう少しそのあたりを前に出していってもいいのかなって。

—難しいところですね。洋服の世界でも、同じようなことはあります。原材料や工程のことまで詳しく公開しているブランドがあれば、そうしたことは作っている側が知っていればいいことだと考えるブランドもあります。どちらがいい悪いという問題ではないように思います。

そうなんです。なので、いますごく悩んでいます。僕はそこまで言わなくていいかなというスタンスだったんですけど、生産地や生産者のことを明らかにすることで、そこに共感してくれるお客さんが来てくれるというのも、すごく幸せなことですし。安心で安全な食べ物が、もっと気軽に広まってくれたらいいな、とただそれだけなんですけどね。

—普段食べているものから、意識的にオーガニックなものを取り入れているほうですか?

比較的そうですね。そういう環境で育ってきたというのもあると思います。ただ、なんでも行き過ぎるのではなく、ニュートラルにやりたいんです。バランスを取りたいというか。

—一つの方向性を突き詰めて行けばいくほど、狭いというか敷居が高くなってきてしまうことはありますよね。でも、「オーガニックでジャンキー」という言葉ひとつとっても、「ポンポンケークス」のナチュラルなスタンスは十分に感じられますし、その風通しのいい感じが、お客さんにはきちんと伝わっているように思います。

ありがとうございます。

—これからのことはどんな風に考えていますか?

スモールビジネスをずっと続けていきたいなと思っています。事業を大きくしたり、店舗を増やしていくことにはまったく興味がありません。そういう意味では、このお店をもうちょっと早く朝開けられたら良いなと思っています。朝一杯だけコーヒーを飲みに来たりとか、もっともっと地域のおじいちゃんおばあちゃんとかが、デイリーに使えるお店にしていきたいですね。

—近年の鎌倉の盛り上がりとは、少し距離を置いている感じが逆に素敵だなと思います。生活の場であり仕事場でもある鎌倉は、立道さんからはいまどのように映っていますか?

僕は鎌倉の今の状況をあまり良いとは思っていないんです。少し人が多すぎるとも思いますし。今のフィーバーが終わったらどうなるんだろうって。それに盛り上がっているといっても、実は表層的な部分だけなのかな、という気もしています。

—メディアなどで取り上げられる回数は、ここ1〜2年でずいぶん増えたように思います。

行き交う人が爆発的に増えたことで、駅前の家賃はグングン高騰していきました。結果、気軽にお店を作ったり、ということが難しくなってきています。

—海外で言えば、例えばマンハッタンとかサンフランシスコ、ロンドンなんかも、家賃の上昇はものすごいみたいですね。みんな住居をシェアしないと住めないって言ってます。

そうですね。僕が「ザ グッド グッディーズ」を始めたころと比べても、まったく違いますね。余所から来てパッとお店を作って、儲からなくなったらお店をたたむ、みたいなことが多くなると寂しいですよね。何事もバランスよく進んで行けばいいな、と思っています。

—そういう意味では、このあたりには可能性を感じますね。

はい。まだわかりませんが、道路を挟んだ向かいのスペースで友達がなにかを始めるかもしれなくて。このあたりが変わってほしいわけじゃないんですが、鎌倉という街のレンジが広くなるのは悪いことではないんじゃないかなと。

—駅前とか海沿いだけではないんだぞ、というか。

そうですね。将来、このお店の前の通りが少しにぎやかになっていたら、それはとても素敵なことだなと思っているんです。そんな感じでゆっくりと少しづつ面白くなっていけばいいなと思います。