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『リップヴァンウィンクルの花嫁』岩井俊二監督インタビュー 残酷で美しい現代のフェアリーテイルはいかにして生まれたのか。

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この映画を紹介する時、どこまでストーリーに踏み込むべきかはとても難しい。ネタバレにことさら神経質な昨今の風潮には首をかしげるものの、本作に関してはできれば何も知らずに観たほうがインパクトが大きいはずだ。とはいえ、公式に発表されている設定や物語の導入くらいは触れても問題がないだろう。

黒木華が演じる皆川七海は、東京で派遣教員をする23歳。SNSでいとも簡単に彼氏を見つけることができ、とんとん拍子で結婚することになったのだが、結婚式に招待する友人が少ないため、これまたSNSで知り合った「なんでも屋」の安室(綾野剛)に代理出席を依頼する、というところから物語は始まる。夫に内緒で偽の友人たちを結婚式に招待する七海のささやかな嘘は、思いもよらない事態を引き起こす。安室は、あたかも『不思議の国のアリス』でアリスを誘うウサギのように、七海を未知の世界へと連れていく。

—この『リップヴァンウィンクルの花嫁』を昨年のクリスマスに試写で拝見しました。何かとてつもないプレゼントを渡されてしまったような気がして、それ以来、悶々としながらこの映画についてあれこれ考えていたのですが、いまだに自分のなかで消化できずにいます。

岩井:すみません(笑)。僕もまだはっきりとはわからないです。

—この作品を「岩井俊二の集大成」「最高傑作」と言う人も多いと思います。これまでの岩井監督の作品のテーマがすべて入った集大成であり、さらに別次元に到達した作品だと思うのですが、つくり終えた手応えとしてはどうですか?

岩井:自分でも何をつくったのか、今ひとつわかり切れていない感じですけど、僕のなかでは、何か「やんちゃな作品をつくったな」という手応えなんですけどね。

—なるほど。「あのシーンのアレが」というように、ストーリーに触れながらお聞きするのが難しい作品だと思うので、このとてつもない映画がどうやってつくられたのか、外堀を埋めるというか、創作の背景をお聞きしていきたいと思うのですが、そもそもこの作品は、「黒木華さん主演で何か」というところからスタートしたのですか?

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岩井:この物語自体、発端は東日本大震災にまで遡るんです。それまでしばらく海外で活動していて、あまり日本で作品をつくるモードではなかったんですが、3.11以降、いったん日本に戻ってドキュメンタリーをつくったり(『friends after 3.11』)、『花は咲く』(2012年復興支援ソング)の作詞をやったりしながら、僕自身が被災地出身ということもあって、これを機にあらためて日本という場所について考えつつ、いくつか物語の切れ端のようなものを書いていました。それがある形を成してきたのと同じ時期に黒木華ちゃんと「日本映画専門チャンネル」で番組をやっていて、この映画のプロデューサーの宮川朋之さんと「華ちゃんで何か映画を撮りたいよね」という話になったので、ちょうどそことうまくリンクしたんです。最初のラフをプロデューサーに読んでもらって、「これでいきましょう」となってからは完全に華ちゃんに合わせてアテ書きしていったという感じでした。

—その3.11以降に書かれた物語の断片は、すでに『リップヴァンウィンクルの花嫁』の主人公・七海が出てくる話だったのですか?

岩井:最終的には七海が主人公の話を選んだんですけど、それ以外にも津波の話や福島第一原発でロケーションをする話だったり、かなり震災そのものにアプローチした内容のものもありました。だいぶ書き上げたものもあれば書きかけのものもあって、今後また形を変えて世に出ていくことがあるかもしれませんが、しばらく日本を外から眺めていたこともあって、自分の中では『リップヴァンウィンクルの花嫁』は現代日本にスポットを当てて描ける物語のひとつという位置づけではあったんですけどね。

タイトルに引用されている『リップ・ヴァン・ウィンクル』はワシントン・アーヴィングが19世紀に書いた寓話的な物語だ。リップ・ヴァン・ウィンクルという名の男が森の中で酒盛りをして、ぐっすり眠って目覚めると町は一変し、恐妻は死に、アメリカは独立していた。ひと眠りしたと思ったら20年の時間が経過していたという「西洋版・浦島太郎」のような話である。松田優作の『野獣死すべし』で引用された、といえばご存じの人もいるだろう。

一方、小説版の『リップヴァンウィンクルの花嫁』で引用される『泣いた赤鬼』は学校の教科書にも掲載された浜田廣介の児童文学。山の中に住む赤鬼が人間と仲良くなりたいと願うも、誰からも信用されずに悲しむ様子を見て、友だちの青鬼が一芝居をうつ。村の子どもを襲い、そこを赤鬼が助けるという作戦は成功し、赤鬼は人間たちと仲良くなるが、青鬼は「もし、ぼくがこのまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。」という置手紙を残して旅立ってしまい、それを読んだ赤鬼が青鬼の友情に感銘して泣くという物語だ。

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—タイトルに用いられている『リップ・ヴァン・ウィンクル』と小説版『リップヴァンウィンクルの花嫁』で引用される『泣いた赤鬼』はどちらも寓話、童話というべき物語です。こうしたフェアリーテイル(おとぎ話)を下敷きにする意図はどのあたりにあるのでしょう?

岩井:これまでも、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93年)が『銀河鉄道の夜』をちょっと意識していたり、『Love Letter』(95年)が『幸福な王子』という童話を意識していたり、童話に寄せるというのは結構よくやるパターンなんです。そうすると書きやすいということもあります。今回の作品はストーリー自体は違うものの、なんとなく『不思議の国のアリス』みたいな話だなと思っていたんですけど、終わってからあらためて観ると、やっぱり『リップ・ヴァン・ウィンクル』だったなという実感はありましたね。

-たとえば?

岩井:『リップ・ヴァン・ウィンクル』は、お酒を飲んだ翌日に世界が変わっているという話ですが、この『リップヴァンウィンクルの花嫁』も、酒盛りをすると世界が変わっていくようなところがある。それは結婚式を含めてかもしれないですけど、タイムリープというか、酒盛りのたびにスイッチが切り替わって物語が分岐していく。結構、酒盛りとか宴会の場面が頻繁に出てきて、自分でも「なんでこんなに出てくるんだろう」と思ったんですけど、どこかで『リップ・ヴァン・ウィンクル』の話が頭にあったからなのかなと後になって思ったりしましたね。

—『リップヴァンウィンクルの花嫁』というタイトル自体はどの段階でつけられたんですか?

岩井:最初に物語を書き始めて2、3行目で既に「クラムボン」と「リップヴァンウィンクル」ということばが出てきて、早い段階でタイトルも『リップヴァンウィンクルの花嫁』だったんですけど、途中で「本当にこのタイトルになり得ているのか、この話は」と思って少し迷いました。シンプルに『花嫁』というタイトルにしてみたり、映像にアテていろいろ試してみたりもしたんですけど、結果的にまた戻ってきたという感じですね。

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