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special interview koreeda director そして、家族になる。是枝裕和の『海街diary』。

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-ともするとキャラクター中心の物語と捉えられがちだと思うのですが、実はかなり引いた視点で街全体を捉えようとしていることは、撮影監督である瀧本幹也さんの画からも伝わってきました。特に今回は1年を通じて四季の変化を捉える撮影だったこともあって、この景色の中に四姉妹を中心とした人物をどう配置するのかがかなり重要だったと思います。その辺りは瀧本さんとどのような話をされたのでしょうか。前作『そして父になる』で一度組まれているのでお互い勘所はわかってらっしゃるとは思うのですが。

是枝:絵コンテは描きましたけど、それほど細かく指示はしてないんじゃないかな。目指す画について、お互いにブレはなかったので。「『そして父になる』よりは意識的にカットバックをしたり、やや古典的な映画の手法に少し比重を置いて今回はカットを割っています」という話はしましたけど。

-特に日本家屋に四姉妹がいるシーンでは、ちゃぶ台をどこに置いて、姉妹をどう座らせるのか、結構悩ましい問題ではないかと思いますが、たとえば瀧本さんとイメージを共有するために何かされたというようなことは…。

是枝:一緒に小津(安二郎)や成瀬(巳喜男)を観たりとか?

-いやまあ、さすがにそれはないでしょうけど(笑)。

是枝:ないですね。瀧本さんはもともと日本映画をそれほど観ているわけではないと思いますし、僕のほうから何かを参照してもらうようなこともしていないですね。

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-あと、この四姉妹が反目し合いながらもどこかで結束している感じとか、娘と父との関係性に向田邦子の世界を想起する瞬間があります。(※原作の単行本2巻に収録されている『花底蛇(かていのじゃ=美しいものの下には恐ろしいものが潜んでいるの意)』では、幸がすずにそのことばを「以前読んだ作家のエッセイに出てたわ」と教える場面がある。向田邦子の『男どき女どき』には『花底蛇』と題された短いエッセイが掲載されている)。それから、姉妹のやりとりには山田太一作品を思わせる空気を感じたりもしました。是枝さんは向田邦子も山田太一もお好きだと思いますし影響も受けていると思いますが、その辺りは自然と出てしまうものなのか、どこか頭の片隅に意識としてあったのでしょうか?

是枝:小津よりは向田さんの『阿修羅のごとく』のほうがありますけどね。まあ、どちらも四姉妹の話ではあるんだけど、でも今名前が出た山田太一さんのほうが、原作のもっている匂いという意味では近いような気がする。向田さんほど、女を見る目が辛辣ではないというか。僕も最初、原作を読みながら、向田邦子との違いは何かとかいろいろ考えましたよ。もちろん、小津的な人間観とか時間に対する目線のようなものは、原作の中にすでにあるんだと思いますけど、僕自身が撮りながら意識していたものがあるとすると、話は違うけど山田太一さんの『想い出づくり。』とか、あの辺の女たちのやりとりのリアルな感じをちゃんと四姉妹の中で出せるかとか、それは家の中での人物の動かし方も含めてですけど、そんなことは考えてましたね。あと、原作者の吉田秋生さんに確認したわけじゃないけど、この話のベースには『若草物語』があるのかな、と思ったので、その辺はさかのぼって見直して、四姉妹の配置の仕方みたいなことはちょっと意識しました。『若草物語』も父親がいない話なんだけど、あれは最終的に父親が戻って来て完成する家なんだよね。

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-欠けていたピースが揃う、と。

是枝:その安定感というものが理想としてあって出来上がっている非常に古典的な話だと思うんだけど、四姉妹の描き分けの描写なんかは当然ながら非常にうまい。そこは参考にしつつ、現代版の『若草物語』をつくろうとした時に、それはもはや父親と母親がいないことが前提になる。逆に母親が戻って来ると安定していたものが壊れるという(笑)。そこは、原作がかなり意識したところなんじゃないかとは思いましたね。

-そういう意味では非常に現代的なテーマですよね。

是枝:だと思います。父親と母親がいないことでむしろ安定している家族。

-もっと言えば、親はいらないという。

是枝:そう、いらないんです。そこに母親が帰って来ちゃうことで母親役をやっていた長女がブレるんだよね。いきなり娘にならざるを得ないから。そこが面白いなと思ったので、現代版『若草物語』として四姉妹をどう撮るのかは考えました。

-あと、何よりこの映画で驚かされるのは、末の妹・すず役の広瀬すずさんです。もはやこの役を演じるために生まれてきたんじゃないかと思うほどの圧倒的なハマり具合でした。

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是枝:はい。現場でもみんなそう言ってました。

-おそらく3年前でも3年後でもかなり事情は変わってしまったと思うんですが、今この年齢の広瀬すずさんがいて、今この映画がつくられたのはひとつの奇跡のような気がします。

是枝:1年ズレてたら違ったかもしれません。オーディションは2013年の秋だったので今から2年近く前でしたけど。

-やはり、監督としては「キター!」という感じだったんでしょうね。「これでつくれるぞ」と。

是枝:でしたね。もちろん、上の三姉妹も素晴らしいキャスティングが出来たので良かったんですが、キーになるのは、すず役の子を見つけることと、四姉妹が暮らす家を見つけることでしたから。スタートした時点から、「とにかく家を見つけないと」ということと、「四女どうしよう」というのが課題でした。それが想像以上の形で手に入ったので…(含み笑い)。

-勝ったな、と(笑)。

是枝:いや、勝ったなというか、ワクワクしました(笑)

-四姉妹が暮らす古い民家は、実際に人が住んでらっしゃる家をお借りしているんですよね。時間の蓄積や家族の歴史が観る人に一瞬で画として伝わらなければならないわけで、あの家自体が家族の歴史を見つめてきた主役だともいえるかもしれませんが、そういう意味でもあの家が見つかって良かったですね。

是枝:はい。築80年くらいの家なんですけど、あれをセットでつくっていたら厳しかったと思いますね。

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-撮影用に内部は変えているわけですよね。

是枝:そうですね。最初は外観だけというお願いをして、「いやー、2階もいいですねえ」とか言いながら徐々に内部に浸食していったという(笑)。住んでらっしゃる方には本当に申し訳なかったんですけど、全面的に協力していただきました。しかも1年を通じての撮影だったので、季節ごとにウイークリーマンションに移っていただいて、その都度、家具などの入れ替えをさせてもらって撮るという感じでした。

-あの家に暮らす姉妹たちを、どう座らせてどこから撮るのか、ということについては監督の中にあらかじめアイデアがあったのでしょうか。

是枝:それは、あの家が見つかってから、「あの三姉妹がここで暮らすとしたらどこに自分の部屋を持つだろうか」ということから考えました。居間にちゃぶ台を置いて3人が座ってごはんを食べる場合、ごはんを運ぶのは母親役の幸だろうから、幸がいちばん台所に近い場所に座るだろうなとか、空間から姉妹が座る位置や動線を考えました。

-そこにすずが入って来るとどう変わるか、と。

是枝:そうです。そこも含めての配置、ですね。あと、玄関を入ってすぐ右に3畳くらいの小部屋があって、三女の千佳(夏帆)が「おかえり」と言って顔を出す部屋なんですけど、そこは実際にあの家に住んでいた亡くなったおばあちゃんの持ち物などを置いていた部屋だったと知って、「じゃあ原作の亡くなったおばあちゃんもここにいた設定にしよう」と。だったら、おばあちゃんのつくる「ちくわカレー」が好きだった千佳はここにいることにしようとか。そうなると、おばあちゃん子っぽく、着ている服もちょっとおばあちゃん風にしたり。

-なるほど。確かに千佳の服はおばあちゃんのお古をアレンジして着ている感じがありました。

是枝:それは、あの家があって生まれてきた設定だったりするんです。

-じゃあ、あの家の空間には助けられた部分も大きかったんですね。

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