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マイケル・ジョーダンとティンカー・ハットフィールドによる、超貴重なトークセッション。

マイケル・ジョーダンとティンカー・ハットフィールドによる、超貴重なトークセッション。


フイナムでも先日アナウンスした、バスケットボールシューズ"エア ジョーダン"の誕生30周年を記念した展覧会『MUSEUM 23 TOKYO』。開催は本日10月16日(金)からですが、それに先立ち行われたメディア向けのプレスプレビューに、なんとマイケル・ジョーダン本人が登場。エア ジョーダンの生みの親でもあるティンカー・ハットフィールドも会場に駆けつけ、超貴重なトークセッションが実現しました。


なかなか実現することのない2人のインタビュー、ノーカットでお届けします。


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まずはエア ジョーダンシリーズのデザイナー、ティンカー・ハットフィールド(右)から。


- ジョーダンブランドが誕生して今年で30周年を迎えましたが、30年前にこうなることが想像できましたか?


当時は少しでもいい仕事をしようと思っていただけで、30年も続くブランドになるとは正直想像もできませんでした。しかし、こんなにも素晴らしい空間が今こうして作られています。


- それでは、エア ジョーダンにまつわるエピソードについて。みなさんご存知の通り、エア ジョーダンは常にパフォーマンスイノベーションのリーダー的な存在で、これまで実に29ものモデルがリリースされました。その中でも特に大きなイノベーションが"ビジブルエア"。エア ジョーダン3で初めて搭載されましたが、マイケルとどのように協力しながらこのシューズは作り上げられたのですか?


私としてはまず誰よりも、アスリートとしてのマイケルを理解しようとしました。その過程でわかったのは、彼がファッションやデザインにも多大な関心があったということ。アスリートとの協業は過去にもありましたけど、彼ほどの知識を持っている人に会うのは初めてでした。「履き慣らさなくても快適なシューズが欲しい」というのがマイケルからのオーダーだったので機能性はもちろんですが、「やわらかくて質の良いレザーを使おう」だとか「エレファントプリントを使おう」といったアイデアも、彼とだからこそ上がったんです。


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- それらのアイデアは、どういうプロセスで浮かんだのですか?


はっきりとは覚えていないのですが、マイケルの家に行って彼の車や服を見ながら、どうやってスポーツシューズのデザインを変えていこうか話し合いました。当然他のバスケットボールシューズよりも機能的に優れているべきだと思いましたし、かつ細身で洗練されたファッショナブルなモデルが理想だったんです。バスケットボールシューズについてそこまで考えた人は、かつていなかったのではないでしょうか。


- それをきっかけに、スニーカーカルチャーが変わっていったわけですね。


そうですね、マイケル本人も言っていました。「スニーカーの世界が変わった」と。だからこそマイケル・ジョーダンがアスレチックフットウェアにハイデザインをもたらした存在だと、多くの人が認めているのだと思います。


- その後、引退という大きな転機が訪れます。マイケルは野球を始めるわけですが、ジョーダンブランドへの影響はありましたか?


マイケルがバスケットボールをプレーしていなくともデザインは引き継げると思いましたし、実際に彼が野球をやっているときも、私は彼のバスケットボールシューズを作り続けていました。あとから知ったのですが、〈ナイキ〉の人たちですら、継続してシューズを作ることは難しいと考えていたようです。私はそうは思っていませんでしたが。


- どうしてですか?


マイケルはバスケットボール選手以上の存在だと思っていたからです。モダンカルチャー、ユースカルチャー、ファッション。その全てにおいてあそこまで偉大な存在であれば、続けることは十分に可能だと感じていました。


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- そうしてマイケルのためにシューズを作り続けた結果、エア ジョーダン11という人気モデルが誕生しました。


彼がバーミンガムに行っているときにこのシューズのデザインについてミーティングをしたんです。〈ナイキ〉の誰もが11を作るべきタイミングではないと考えていた中で、私としてはマイケルと繋がりのあるシューズを作りたい一心でとにかくがんばりました。10を作った時も彼は引退していましたが、その時は"マイケルらしさ"が失われがちだったので。


- だからこのシューズに特に思い入れがあるんですね。


そうです。歴史上最も優れたバスケットボールシューズとしてイノベーションをもたらしたいと思ったこと。それと同時にこのシューズを通してブランドの経営陣に、マイケルが一人のバスケットボール選手以上の存在だと知らせたかったからです。


- そして"I'm back"の言葉と共に戻ってきました。これはもうひとつのジョーダンブランドの始まりだったとも言えます。


私は、彼が本当に辞めるわけではないと思っていました。3連覇の後でプレッシャーもすごかっただろうから、ただ少し休みたいだけなんだと。復帰が発表されたのはシーズン途中で、当初は10を着用して、プレイオフが始まってから11に履き替えたんですね。でも、売れるかとても不安でした。


- 当時ツイッターやインスタグラムがあれば、大変なことになっていたでしょうね。


そうですね。彼がプレーオフで11を履いている姿を見て、たくさんの人が感激し電話や手紙をくれました。そして、その数ヶ月後に発売を迎えた際には何キロもの行列ができたのです。欲しいあまりに暴力に走ったり、モールのガラスを割ったりという残念な出来事はありましたが、世界的に見れば盛り上がってくれて本当によかったです。


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そしていよいよ、マイケル・ジョーダンが登壇。


- そんな歴史的なプロダクトのインスピレーション源となり、またバスケットボールを画期的に変えた人物こそ、マイケル・ジョーダンです。久しぶりの東京はどうですか?


11年もかかってしまいましたが、また来ることができてうれしいです。日本の〈ナイキ〉チームがみんなでジョーダンブランドの魅力を伝えようとしてくれているのがわかるし、たくさんのファンのサポートを感じることもできますし。


- 14回のオールスター出場、2回のオリンピック優勝、5回のMVP受賞、そして6回のNBAチャンピオン...。その他挙げればキリがないくらい輝かしいキャリアを過ごしてきましたが、何があなたをそこまで突き動かしたのですか?


それは非常に難しい質問ですが、バスケットボールを愛していたからこそ、毎日毎日プレーすることができました。私のプレーを見ていた人は、それを感じることができたのではないでしょうか?イノベーションも必要ですが、試合に対する愛情がなければ何も始まらなかったと思うので、それを糧にがんばってきました。


- 試合への愛ですね。それを史上最高の選手がいうことに意味がありますね。


ありがとうございます。


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- そんなあなたが持つ、シューズに対するこだわりとは?


ティンカーたちとデザインについて話す中で、〈ナイキ〉のチームは様々な革新的なアイデアを出してくれました。それに対して私は常に、「これを履けば自分の求めているレスポンスが提供されるのか」をデザインチームに訴えかけていたんです。だからこそ、見た目がかっこいいだけでなく、安心して履くことができたのです。「これを履けば、最高のパフォーマンスを見せられるだろう」と。それが、何年にも渡って最高のプレーを続けられた理由のひとつだったのではないでしょうか。


- 〈ナイキ〉というブランドを本当に信頼していたんですね。


ティンカーに対してかはちょっとわからないですけど(笑)。でも、自分たちのバックボーンから様々なヒントをひっぱり出して、それに基づいて毎年アップデートさせ続けているのは、本当にすごいことだと思います。


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- 最近のバスケットボールもご覧になっていると思いますが、あなたの現役時代との違いについてはどう思いますか?


ゲームのペースは早くなってきていますが、根本的なことは何も変わっていないと思います。昔のエア ジョーダンを今履いても通用するんじゃないかと、よくティンカーと話をします。たしかに選手の身長は高くなりましたし、より早いスピードでプレーしているかもしれませんが、20年前に作られたシューズでも彼らのプレーを十分にサポートできると、自信をもって言えます。


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- ティンカーは、もしマイケルがまだ現役の選手だったら、どういうプロセスでシューズをデザインしますか?


それは今も昔も変わりません。現在リリースしているモデルも、「もしマイケルが現役だったら?」という基準がいつも根本にあるので。今でも彼が一番の理解者でもありますし、一番の消費者でもあります。彼もそういった目線で色々アドバイスをくれるので助かります。


- ジョーダンブランドは現在、様々なスポーツにおける最高の選手達と契約しています。今後のブランドの発展についてはどうお考えですか?


私たちはもちろん革新性を追い続けていますし、スタイル、ファッションといった要素も引き続き提案していくつもりです。ただそれは決してバスケットのコート上だけでなく、ベースボールやフットボール、アメフト、そしてウィメンズなどの分野にも通用するものでありたい。私の経験を、どの分野にも通用できるようにしたいのです。


- ではファンは、この先の30年間はどんな期待を持てばいいのでしょうか?


私たちは、どこかの部屋に籠って自分たちだけで考えているわけではなく、消費者の声に耳を傾けています。みなさんのことを一生懸命理解しようと努力し、バスケットボールプレイヤーひとりひとりからの声を吸い上げて、商品開発に励んでいるのです。だから、みなさんの声が集まれば集まるほどいいブランドになっていくので、これからもぜひ応援してください。


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ジョーダンの胸には、"EVERY SINGE DAY"の文字が。


- お二人にとって、ジョーダンブランドが持つ意味を教えてください。


マイケル・ジョーダンという一人の人間よりも、遥かに大きい存在です。何事においても成功するには、自分で努力をしなければいけません。毎日、日々怠らずに。それを現役時代にもそうしてきましたし、毎日練習を重ねてスキルを磨いてきました。それはどの世界でも通用する概念だと思います。ティンカーはどう?


昔は、「ジャンプマン=マイク」と思っていました。空を飛ぶような男というイメージだったんですけども、今ではそれを超える存在になっていると思います。マイケルが言ったように、何をしようとしても最高の結果を出せるように努力すること、それがジョーダンブランドの根本にあるのではないでしょうか。


- バスケットボールをプレーする人に何かメッセージをお願いします。


バスケットボールを愛さなければいけないし、毎日のプレーを怠ってはいけません。私自身今もTシャツを着ていますが、「毎日欠かさず何かに打ち込んで行く」というのが大切だと思います。それによって自分自身を磨くこともできますし、選手としても成長できます。これはバスケットだけではなく、ビジネスにおいても通用する精神だと思っていますし、人生に対しても言えるのではないでしょうか。


- ありがとうございました。


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では最後に、展覧会の模様を写真で少しだけ。


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今からちょうど30年前に発売されたエア ジョーダン1から最新作となる29まで、歴代モデルが一度に拝める機会というのもなかなかないのでは。


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奥には、マイケル・ジョーダンのほか、タイガー・ウッズやモハメド・アリらを撮影して数々の賞を受賞したことでも知られるアメリカ人写真家ウォルター・イオスの作品が並び、そのほかアパレルコレクションや読者から集められた写真を表示するための大型ビジョンも設置。


以前にもお伝えしていた通り、会期は本日10月16日(金)から18日(日)までの3日間のみ。これ以上多くは語りませんが、行かないと絶対に後悔するとだけは断言しておきます。


Text_Kenichiro Tatewaki

MUSEUM 23 TOKYO

日程:2015年10月16日(金)〜10月18日(日)
場所:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
時間:10:00〜20:00

ナイキ コンシューマー サービス

電話:0120-6453-77

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