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フイナムテレビ ドラマのものさし 『問題のあるレストラン』

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問題あり女が男社会に反旗をひるがえす
『問題のあるレストラン』(フジテレビ・木曜22時~)
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画像は公式HPより引用
クリスマスのイルミネーションがきらめき、人々が華やいだ表情で行き交う表参道を1台のパトカーが走る。後部座席には、手錠をかけられ連行される女がひとり。田中たま子(真木よう子)である。その姿に、たま子のモノローグがかぶさる。「いい仕事がしたい。ただ、いい仕事がしたいんです。ドキドキしたいんです。手に汗を握って、息をするのも忘れるような、そんな瞬間に出会いたい。人生ってきっと、地位や名誉やお金じゃない。人生は、どれだけ心が震えたかで決まると思います」。

第1話の冒頭、いきなり主人公が警察に連行されるシーンから物語は始まる。ん? 何、何があったの?「いい仕事がしたい」って、あんた今警察に捕まってるじゃん!? と思いながら見守っていると、表参道の裏道にある古いビルの屋上に三々五々集まってくる一癖も二癖もありそうな女性たち(オカマ1名)の姿が。どうやら、たま子に召集された面々らしいのだが、肝心のたま子は警察に捕まって不在。ベケットの『ゴドーを待ちながら』というか朝倉かすみの『田村はまだか』というか、たま子を待ちながら、おのおのがたま子との関係を語り始める。たま子の学生時代からの友人で離婚調停中の主婦・鏡子(臼田あさ美)、東大卒で頭脳明晰だが就職が決まらない全身黒づくめの喪服ちゃんこと結実(二階堂ふみ)、かつてたま子と移動カフェをやっていたバブル世代の烏森(YOU)、女装癖のあるゲイのパティシエ・ハイジ(安田顕)、たま子逮捕の原因となった元職場の極悪社長の娘でコミュ障のひきこもり・千佳(松岡茉優)。年齢も背景もバラバラのメンツをたま子が集めたのは他でもない。元職場の会社が経営するビストロ「シンフォニック表参道」を見下ろすビルの屋上でビストロを開くためだったのだ。

たま子がなぜ逮捕されたのか、その理由を描きながら複数の登場人物の人となりを説明し、ラストにたま子が屋上に現れた時にはすべてのカードが出揃っている、という連続ドラマの第1話としてはこれ以上ないような見事な手さばき。脚本・坂元裕二、メイン演出・並木道子という『最高の離婚』のタッグがまたしてもやってくれた。

たま子が勤めていたのは、「セクハラ・パワハラの総合商社」のような会社だ。男性社員が女性社員にセクハラをしまくる「飲み会という名の無料キャバクラ」が日常的に行われ、手柄は男性社員が横取りし、食中毒の責任を女性社員1人に押し付けて左遷させる(菊池亜希子が責任をとらされて男性社員20名の前で全裸に!)…と、書いているだけでムカムカしてくるありさまで、さすがにここまで極端な職場も現実にはないだろうとは思うものの、昨年の都議会における男性議員の女性議員に対するセクハラ野次問題などを見るにつけ、大なり小なりこうした差別がいまだ横行しているのもまた事実だろう。分かりやすく誇張して描いてはいるが、女性を蔑視することで己の優位性を誇示し、ハリボテの自尊心を満たそうとする男たちの愚かさを、物語は痛切に批判する。

しかし、フェミニズム思想にのっとり青筋立てて男たちを糾弾するようなヒステリックさは、ここにはない(この言い方もセクハラか?)。なにしろ当のたま子は、友人・鏡子の言葉を借りれば「たま子は、『田中たま子』っていう、ああいう感じで」というくらい、天真爛漫というか屈託がない。それでいて人の気持ちが分かり、受け止めるやわらかさがある。真木よう子のあまりいいとは言えない滑舌や発声とクッションのように弾力がありそうな体躯も、このキャラクターにハマっている思う(これまたセクハラか?)。普通に考えれば、天海佑希あたりが演じそうなリーダーシップを発揮してバラバラのメンツをまとめ上げる勇ましいキャラクターの方がふさわしいのかもしれないが、たま子は色とりどりの個性的な料理の中心にあって、ほかほかと温かいごはんのように、ふかふかとやわらかいパンのように、ニコニコとそこに居るのである。

シンフォニック表参道の、腕はいいが性格の悪いシェフ・門司(東出昌大)は、店の前からたま子たちのいる屋上を見上げ、ビストロに掲げられた旗を鼻で笑いながら「アホだ」とつぶやく。「bistro feu(火)」と書くべきところを「fou(アホ)」と書いてあったからなのだが、「アホだ」のことばは、天に吐いたツバのようにシンフォニック表参道に降り注ぐ。ドラマを見ている誰もが思う。「アホはおまえらだ」と。

「『そんなことないよ』とか自分より上の人から言われるの、ちょっと苦手なんだ」「たま子は働いてるもん、専業主婦より上でしょ?」と自虐的になる鏡子に、たま子が言う。「誰? 誰が、どんな時間が、どんな生活が、どんな言葉が、あなたをそう思わせたの? 鏡子、それは間違ってるよ」。あるいは、離婚調停中の夫に鏡子が言い放つ「いい話って時々人を殺すんだよ」「それ、誰かに押し付けた途端、美談じゃなくなるんだよ。夫を支えるために一生を捧げた妻の話なんて、私には呪いの言葉でしかなかった」というセリフ。次から次へとキレのあるセリフが飛び出すので、すべてを書き起こすのは到底無理。ぜひシナリオ本を出してほしい。

第3話では、料理の腕前は確かだがコミュ障でひきこもりの千佳をフィーチャーしていた。自分を棄てた母親と再会し、また一緒に住めるかもと淡い期待をしていた千佳に再婚して新しい家庭をつくると告げる母親。「ママ、よかったね」と精いっぱいの気持ちを伝え、「私の孤独が完成しました」とネットカフェで暮らす友人にメールを打つ千佳。目線の定まらない泣き笑いの表情で小首をかしげ、千佳のセンシティブな心情を松岡茉優(『あまちゃん』GMTのリーダー)が見事に表現していた。幼い千佳が料理を覚えたのは、父親がよそに女をつくって出て行ったことでひきこもりになった母親に食べさせるためだったというくだりは、坂元脚本の『Mother』を彷彿とさせる。笑わせていたかと思うと突然感情をゆさぶるシーンが用意されているから涙腺的には要注意だ。これ以降も、各登場人物たちの過去・現在を順番にフィーチャーしつつ、bistro fou対シンフォニック表参道の闘いが進行していくものと思われる。

表参道のきらびやかなビストロと、その裏側の古いビルの屋上でひっそりと旗を掲げた小さなビストロ。訳あり、問題ありのメンツがはじめた店が、そう簡単にうまくいくはずもない。屋根のない店は雨が降れば営業が出来ないし、台風が来たら一体どうなるのか。しかし、たま子は「短所とは、魅力の別名なんです」とあっけらかんとしている。華やかなスポットが当たる場所と、そうではない場所。華やかな場所に居る人と、そうではない人。テレビドラマが本来描くべきなのは、後者だろう。負け組だとか社会的弱者という言葉は好きではないが、今はまだ報われていない人たちに寄り添い、抱きしめるような物語が必要なのだ。ドラマとは、本来そうであるべきなのだ。