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フイナムテレビ ドラマのものさし『素敵な選TAXI』

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『素敵な選TAXI』フジテレビ 火曜22時
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画像は公式HPより引用
かっこいいけどちょっとヘン。枝分さんが導く人生やり直しの旅
芸人バカリズムが初めて連続ドラマの脚本を書く、と知った時は、「ドラマというよりコントに近いものなんだろうな」と思っていた。1話完結スタイルで、過去に戻れるタクシーに乗客(ゲスト)が乗り、物語が動き出すという設定からして、やはりコント的ではあるのだが、想像以上に堂々たるドラマだったことに、まず驚いた。そして、何より面白い。

人生の時間軸は、さまざまな分岐点の連続だ。ある地点で何を選択したのかによって、その後の展開が変わり、結果、幸福にも不幸にもなり得る。もし不幸なできごとがあったとき、そこに至る選択をした分岐点にまで立ち戻れば、別の選択肢を選んでやり直すことができる。そんな都合のいい話は現実にはないわけだが、このドラマに登場する「過去に戻ることのできるタクシー」に乗れば、それが可能になる。

竹野内豊演じるタクシードライバー・枝分(えだわかれ)は、乗せた乗客が何かに困った様子だと、趣旨を説明して「時間の逆走」を薦める。もちろん、それなりの料金は発生し、戻る時間が長くなればなるほど高額になる(7話では、10年戻ると17億かかることが判明)。一体どのような理屈でそんなことが可能なのか一切説明はなく、戻る時間を設定したらあとは普通に運転しているだけ。気がつくと設定した過去の時間に戻っているのだが、「これじゃあタイムスリップ感、ないですよねえ」(枝分)ということで、3話からは運転席にむりやり取り付けたスピーカーで「ビヨ~ン」というチープな電子音を流してSF感を演出し、6話では水中メガネのようなゴーグルをかぶることを客に強要するのだが、「これ、いります?」と冷たくあしらわれてしまう。

レストランで婚約指輪を渡してプロポーズしようとするも彼女と揉めてフラれてしまう売れない俳優、かつて駆け落ちに失敗し田舎町から出られずに細々と民宿を営む中年男、IT企業の社長と不倫関係を続け結婚を迫る秘書、町工場をクビになりバスで1億円当選の宝くじを拾った青年、婚活パーティーでライバルを蹴落とすことに命がけの女医、描かない人気マンガ家になんとか描かせようとする女性編集者、元ヤンの過去を隠してIT企業の社長と結婚しようするOL。これが、現7話までに登場したワケありの乗客たちだ。いずれもが何かにつまづいており、枝分のアナウンスによって、事態がおかしな方向へ転がった分岐点まで立ち戻り、やり直そうとする。しかし、ある地点からやり直すことで、さらにおかしな方向に事態が転がっていくことになり、また枝分のタクシーにすがってさらに前の分岐点に戻り…という展開になっていく。

なんらかの方法で過去に戻って人生をやり直す話は古今東西を問わず山ほどあるが、戻るのに料金がかかり、さらに戻る時間によって高くなる、という設定はなかったのではないか。たとえば、「もしドラえもんがポケットから何かを出すたびにお金を請求したら、はたしてのび太君はどうするだろう」というような発想に近いものがある。

人生は分岐点の連続だが、ドラマや物語もまた分岐点の集積の上に成り立っている。ある設定があり、その人物にAという選択をさせるのかBという選択をさせるのかによって話の展開が変わり、本来死ぬ必要のなかった人物が死ぬことになったりするし、逆もある。無数の選択肢の中から何かひとつを選ばなければ物語は先へ進まない。それを考え、決定するのがドラマだ。つまり、この『素敵な選TAXI』というドラマ自体が、ドラマづくりの構造をトレースしているのだともいえる。

バガリズムという芸人について、筆者は特別詳しく知っているわけではないが、突拍子もない着想や発想の転換を得意とするひとだというくらいの認識はあった。さらに、このドラマを見ると、みずからのアイデアに溺れるひとではないのだな、ということがよく分かる。「これ、気が利いてるでしょ」というようなドヤ顔の設定やセリフはほとんどない。才気溢れるひとにありがちな、自分の脳内だけで箱庭的に世界を完結させてしまうこともなく、むしろ俳優の存在感を信頼して託しているようなところがある。それが、一種の風通しの良さや、さわやかな笑いを生んでいるのではないか。

現時点で、完成度の点で出色だったのは、栗山千明演じる女性編集者・美空が人気マンガ家になんとか連載マンガを描かせようと四苦八苦する第6話だ。美空を乗せた枝分が『おひとよしトレジャー』なる人気マンガのファンで、マンガ家が逃げて次週も休載だと知ったことから過去へ戻ることを提案。そこに、彼氏の浮気を疑う美空の友人・祐香(臼田あさ美)も加わり『おひとよしトレジャー』を地でいく怒涛の展開へ。バカリズムと並んで脚本に放送作家のオークラ(テレ東『ゴッドタン』『ウレロ』シリーズ等)がクレジットされているので、その功績もあったのかもしれない。

枝分が仕事の合間に立ち寄るカフェ「choice」では、バカリズム本人が演じる迫田店長をはじめ、店員の夏樹(南沢奈央)やカンナ(清野菜名)、常連の標(升毅)らがいつもテレビで『犯罪刑事』なるドラマを見ている。宮藤官九郎がよくやる「ドラマ内ドラマ」「メタドラマ」の類なのだが、クドカンだったらこうしたアイテムをもっと上手に使うだろう。しかし、クドカンのように、それが何かのメタファーや伏線になっていたり元ネタがある訳ではない、というのが実にバカリズムだ。「うまいなあ」というクロウト的な評価をあえて回避しているようにも見えるし、クドカン的小ネタの応酬に転ばないところが、万人受けしている要因なのかもしれない。実際、初回視聴率が10.7%で3話が12.6、最新の7話が10.5となかなかの健闘ぶり。1話完結の見やすさと、毎回変わるゲストの豪華さも相まって、連ドラ初脚本としては大成功といってよいだろう。芸人にここまでやられちゃ敵わんよとプロの脚本家は戦々恐々としている頃かもしれない。

バカリズムは、竹野内が主演ということだけ決まっている中でアテ書きをしたそうだが、ようするに「竹野内豊という入れ物を借りて自分の言いたいことを言う」という、普段は絶対にできないことをやろうとしたのだと思う。その結果、かっこいいけどちょっとヘンな「枝分さん」という特異なキャラクターが誕生したのだ。

かつてバカリズムは、『世にも奇妙な物語』の中の1編「来世不動産」(2012年)の脚本を書き、自身も出演しているが、竹野内豊はこのショートドラマを見て、「いつか一緒に仕事がしたい」と思い、今回この異色のタッグが実現したという。最近の竹野内豊は、自身が面白がれるような仕事を慎重に選んでいるように見える。たとえば、劇団「五反田団」の前田司郎脚本の『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』(2011年)や、今年公開された井口奈巳監督の6年ぶりの新作『ニシノユキヒコの恋と冒険』など。ヒットするかどうかではなく、その脚本家や監督のことが好きで、出たいと思うかどうかが基準なのだろう。という意味では、竹野内自身が出たいと思い、かつマスにもウケている今回のドラマは、これまでやってきたことのひとつの成果といえそうだ。まさに、さまざまな分岐点で「素敵な選択」をし続けた結果である。

※2014年12月2日公開