About Grammy Awards
まずはグラミー賞について。

そもそもグラミー賞というのは、ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンス、通称NARASが主催する音楽賞のこと。混同されがちなアカデミーは映画賞なので、ここだけはくれぐれもお間違いなく。

開催は今年で58回を数え、テレビ視聴者数はアメリカ国内だけでも2495万人。非公表ながら今年はストリーミング視聴者数が過去最高を記録したそうなので、それを合わせれば何人になるのやら。そんな国を挙げての一大イベントなのです。

受賞対象となるのはアメリカ国内でリリースされた楽曲とアーティストで、部門数は意外と多く、その数なんと83。中でも最優秀新人賞、最優秀楽曲賞、最優秀アルバム賞、最優秀レコード賞の4部門が、特に栄えある栄誉とされています。ただ、受賞者の発表が全世界に中継されるのはわずか8部門のみ。だから小澤さんの受賞の瞬間も、生放送では中継されなかったんですね。

司会は、自身もグラミー受賞経験者で、俳優としても活躍するヒップホップアーティストのLL・クール・Jが5年連続で担当。こうして第58回グラミー賞は幕を開けました。

The Weeknd
初ノミネートにして堂々の2冠。

今回フイナムは、彼を追いかけてロサンゼルスまで行って来たのです。ニュースなどでも何度かご紹介してきたザ・ウィークエンド。テイラー・スウィフトと並ぶ7部門でのノミネートということで、否が応にも期待が高まるというもの。

ちなみに彼、実はまだ日本ではデビューしていないため、まずはご紹介を。

2011年に自身のレーベル「XO」から無料配信のミックステープをリリースし、それを嗅ぎ付けたメジャー・レーベルへとすぐに移籍。初のコマーシャル・アルバムとなる『キッスランド』は全米で初登場2位を獲得して、インターネット/ミックステープ時代を代表するミュージシャンとして知られることになります。

その後アリアナ・グランデとのコラボレーションや映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』への楽曲提供などで飛躍的に知名度を上げ、満を持してリリースしたのが、この度ノミネートされた『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』というわけ。“今最も旬の音“としてソウル/ファンクが再評価されつつあるアメリカの市場に、そのグルーブを併せ持った彼のポップ・ミュージックが見事にマッチして、全米チャートで3週連続1位の快挙を成し遂げました。

そんな期待をもって、自身の誕生日前夜に乗り込んだグラミー賞。惜しくも主要部門の受賞は逃したものの、初出場にして最優秀R&Bパフォーマンスと最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバムの2冠を達成し、フォーブス誌に「マイケル・ジャクソンを彷彿とさせる」とまで言わしめた評価が間違いではないことを証明してみせました。

ライブパフォーマンスも行い、『Can't Feel My Face』と『In The Night』の2曲を熱唱。噂されていたローリン・ヒルとのサプライズ共演はなりませんでしたが、他のアーティストが大掛かりな演出を施す中で、シンプルなステージがむしろその歌声を際立たせており、会場はスタンディングオベーションに(その中でも真っ先に立ち上がっていたのはアデル!)。アコースティックバージョンにアレンジされた『In The Night』なんて、伸びやかな美声にただただ鳥肌が立ちっぱなしでした。

先にも触れた通り、彼の日本デビューはこれから。『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』国内盤のリリースは来たる3月16日(水)を予定しています。現代のポップ・ミュージックの最前線として日本でもヒットすることは確実ですので、ぜひ一度ご拝聴を。

ちなみにローリン・ヒルとのエピソードには後日談があり、米テレビ番組『The Tonight Show Starring Jimmy Fallon』で念願の共演が実現したことも付け加えておきます。

This Is American Music
これぞアメリカのリアル!

グラミー授賞式直前となる2月14日にアカデミー賞のノミネーションが発表された際、“#OscarsSoWhite”というハッシュタグがTwitterのトレンドワードに入り話題となったことは記憶に新しいはず。

「ノミネートされた人間のほとんどが白人だったという、大手メディアを巻き込んでの騒動を鑑みて」なんてことはタイミング的に不可能なのはもちろんですが、グラミーはよりアメリカ社会の今を捉えた内容となりました。

ベタベタなギャングスタ・ラップではなく、社会における人種差別や警察による暴力問題に深く切り込むリリックと、豊かな音楽性で高い評価を得るケンドリック・ラマーが5冠を達成したのはわかりやすい例で、最優秀ラップ・アルバム賞のプレゼンターとして登場した、同じくコンプトン出身のアイス・キューブが「彼のようなラップがしっかりと評価されるよる現在のアメリカ社会を誇らしく思う」と語っていたシーンは、それを象徴する瞬間ともいえるでしょう。

注目のパフォーマンスでも、鎖に繋がれた黒人ダンサーを引き連れて登場。ここまで人種的なメッセージを前面に押し出したパフォーマンスは過去を振り返っても珍しく、この日一番ともいえる内容に。

The First Award
悲願の受賞。

悲願達成といえば、エド・シーランを除いて他にいないはず。なぜなら、2013年には年間最優秀楽曲賞、2014年には最優秀新人賞、最優秀アルバム賞、2015年には最優秀ポップ・アルバム賞、最優秀アルバム賞、最優秀作詞作曲クと、これまで計6部門でノミネートされているにも関わらず、一度も受賞したことがないから。「今年受賞できなかったら、もうグラミーには行かない」と拗ねてしまう彼の気持ちもわからなくはありません。そんな気持ちが伝わったのか、今年はめでたく『Thinking Out Loud』で年間最優秀楽曲賞を受賞。自身もノミネートされていたにも関わらず、エド・シーランの名が呼ばれた瞬間に我がことのように喜んでいたテイラー・スウィフトのはしゃぎっぷりは(2人は大の仲良しで知られる)、本心なのか計算だったのか、果たして…。

また、冒頭でも少し触れた小澤征爾さんも、実に8回目のノミネートで待望の初受賞。『ラヴェル:歌劇《こどもと魔法》』で最優秀オペラ・レコーディング部門を制したのは、すでにみなさんご存知のはず。

Tribute Performances
亡きミュージシャンに捧ぐ、哀悼の意。

ここ1年間の音楽シーンにおける最大衝撃といえば、デヴィッド・ボウイの逝去に違いありません。その彼の追悼パフォーマンスという大役を担ったのが、ご存知レディー・ガガ。授賞式前から話題となっていたナイル・ロジャースとタッグを組んでのパフォーマンスでは、ボウイが1973年のアラジン・セイン・ツアーで身につけたのと同じ“出火吐暴威”と描かれたマントを身につけて登場(デザインも、オリジナルを制作した山本寛斎さんご本人が担当)。ほんの10分ほどの限られた時間で『Suffragette City』や『Rebel Rebel』、『Fashion』といった10曲もの名曲を、そのパワフルな歌声で披露しました。

その他に昨年この世を去った大物ミュージシャンといえば、モーターヘッドのレミー・キルミスターとアース・ウィンド&ファイアーのモーリス・ホワイトの2人。もちろん彼らの追悼パフォーマンスも行われ、前者はアリス・クーパーとジョー・ペリー(エアロスミス)、そしてジョニー・デップが参加したハリウッド・ヴァンパイアーズが、後者はスティービー・ワンダーが、ペンタトニックスを率いてアカペラで歌い上げるという何とも豪華なライブに。

もはやグラミー賞の伝統ともいえる追悼パフォーマンス。しかし今年は、大物ミュージシャンの相次ぐ他界により、授賞式を特に象徴するキーワードになったといえるでしょう。

話は少し逸れますが、最優秀レコード賞のプレゼンターも務めたスティービーは受賞者発表の際、通常は見せない封筒の中身を観客席に向けて開き、「みんな点字読めないでしょ?」といっておどけてみせました。会場が温かい笑いに包まれたのは言うまでもありません。

Historical Win
テイラー強し。

肝心の主要4部門を振り返ると、最優秀新人賞がメーガン・トレイナー、最優秀楽曲賞がエド・シーラン、最優秀アルバム賞がテイラー・スウィフト、最優秀レコード賞がマーク・ロンソンft. ブルーノ・マーズという顔ぶれ。

ここ日本でも至るところで耳にしていたマーク・ロンソンft. ブルーノ・マーズの“Uptown Funk”はさておき、注目したいのはテイラー・スウィフトの女性アーティストとしては初となる最優秀アルバム賞2回目の戴冠。前作『Red』でこれまでのカントリー路線から変化の兆しを見せ、受賞作となった『1989』では完全なポップ・アルバムへと変貌を遂げたことに驚かされました。「家庭教師のトライ」のCMで老若男女の軽快なダンスに合わせて流れる『Shake It Off』はそれを如実に表した一曲であり、新しい音楽性に舵を切りつつ同時に大衆性をもつかんだ、誰もが納得の受賞だったといえます。

ちなみに、これまでリリースした3枚のアルバムはすべてがノミネートされていて、うち2枚で最優秀アルバム賞を受賞。あらためて、現在のアメリカ音楽シーンでのテイラー・スウィフトの強さを痛感しました。口パクなんて当然無しの圧倒的な歌唱力も然ることながら、総スパンコールのボディスーツを嫌みなく着こなしてしまうルックスの良さ(と色々な意味のカメラ前でのパフォーマンス)に、本場アメリカのショウビズの頂点を見た気がします。

という感じで幕を閉じた、第58回グラミー賞。楽しみにしていたリアーナのパフォーマンスを観ることができなかったのが悔やまれますが、ここまで挙げたアーティストの他にも、アラバマ・シェイクスやジャスティン・ビーバー、そしてアデルが揃った豪華面々の共演は、日本では到底観ることのできないもの。来年までまた楽しみに待つとしましょう。