編集部がその時々に気になることをレポートする、「HYNM EYE ~フイナムの視点~」。今回は、あたらしいMacBookについて語ってもらうべく、フイナムが常にその動向に注目している造形作家・古賀充さんの元を訪ねました。平日の昼下がり、古賀さんの近況とあたらしいMacBookと。フイナムらしいガジェットレビュー(という名の雑談)をお楽しみください。
Text_Satoru Kanai
うつくしき造形を削り出す
—本日伺ったのは、すこし前になりますが、あたらしいMacBookが出まして、それを造形作家の視点で見るとどうなんだろうと。編集長の小牟田に続き、僕も1ヶ月遅れで鎌倉に引っ越しまして、それなら湘南にお住まいの古賀さんだということで、やってまいりました。まずは、最近の活動について伺えればとおもいます。
最近だと、「Atelier」というハケや道具を木から削り出した作品のシリーズを、パリの「colette」と恵比寿の「post」で展示しました。友人でもあるデザイナーの橋詰宗さんと一緒に合板みたいな構造の作品集もつくりましたね。今回の展示では、スライドも流したんです。完成までの過程を定点観測で追ったもので。作業プロセスが見せられたらいいかなと思って。
—仕事部屋でも紹介させて頂いた、あの小屋でかわらず作業をされているんですか?
あの小屋で作ってます。だいぶ年季が入ってきてるんですけど、もうそのままにしとこうかなと思って。
—古賀さんの作品といえば、木や石から削り出す作品を思い浮かべる人も多いと思います。新しいMacBookもボディを削り出しでつくっていて、両者のモノづくりにはリンクする部分があるのではと思って。今回、お話しを伺おうと思ったのも、そのあたりのことを聞いてみたいという気持ちがありまして。
それは、あるのかもしれないですね。Macも、造形物としてはどんどん減らす方向にいっていますし。ボディの裏側をみると、削りだしでピタッとはまってる感じも気持ちいいですよね。
Macと僕の作品が同じ造形物だとした場合、こちらはとんでもないですよね。もう、彫刻というか……。僕の作品は、機能があるものを機能のないものにしていくような流れのなかで美しさを探るところがありますが、Macはちゃんと機能があって美しい。そこがすごいことだと思います。
例えば、自然物を素材としたときは、ちょっとしたずれは、ある程度人間らしさや魅力として許容してくれる。だけど、工業製品のように機械で作られているものは、すべての精度が絶対に一致してないと、それは味じゃなくて失敗になってしまう。そういうのが人工物にしかない格好良さっていうか、不思議さだなって思ったりもしていて。これはもう味がないじゃないですか。
—ある意味では、無味無臭ですね。
でも美しい。このテーブルとの質感の違い、すごいですもんね。自然のなかに宇宙船が下り立っているみたい。あと、みんなケースに入れて、すごい守ってますよね。そもそも中身はボディ部分が守っているのに、それすらも守るっていう。その、守らせちゃう感じってモノとして最強ですよね。かつて人はこんなにモノを守ったことがあっただろうかっていう。
どんな道具でも、そこまで過保護にはしないですし。それが、Macは大事にしたくなる美しさを持っている。分厚いのだとラフに扱えるけど、こんなに薄くて繊細だと持ち方も変わるし。昔のMacとか、少しへこんだりしても、「まあいっか、それも味かな」って感じだったけど、ここまでなるとそうじゃない。
—ちょっと高級車的な感じですよね。
そう。ピッカピカで使う良さがありますよね、モノとしての魅力というか。エッジの幅とか、すごいキレイですし。