日本の国民食ではないにしろ、きっと誰もが口にしたことのあるピザ。とはいえ、習慣として食すということもあまりない。そんなピザを”ホール売り”ではなく”スライス売り=カット売り”というスタイルで日本に定着させようと誕生したのが、代官山の「PIZZA SLICE」だ。
東京・代官山に突如として現れ、トレンドに敏感な人々の間で話題となった「PIZZA SLICE」。”スライス売り”というスタイルでピザを販売する同店は、その他にも数々のコダワリを持っている。オーナーの猿丸浩基氏に伺った。
「まず、このお店の特筆すべき点は内装ですね。基本的に日本人がイメージする“ニューヨーク”のピザ屋ってこういうスタイリッシュなお店だと思うんです。しかし、事実はそうではありません。アメリカのピザ屋って全然綺麗じゃないし、いわゆるイケてるお店ってわけじゃないんです。そこで、めちゃめちゃスタイリッシュなピザ屋があってもいいんじゃないか、と。実際にこのお店のインスピレーションになったのは、僕がニューヨークで修行していた頃に見た高級レストラン。本当に金持ちのヒップスターみたい人たちがタマっていて、そこの内装も空気感もすごくイケてたんですよ。そのハイエンドなお店の内装と、どこでも食べられるアメリカのソウルフードのピザという2つの要素を混ぜあわせたのが「PIZZA SLICE」です。ホワイトのタイルとウッディなインテリアをベースに、ミラーやブラックボードには僕と一緒にお店を経営する相方が描いたペイントが施されています」
そもそもなぜ猿丸氏はピザに打ち込むようになったのか。何に影響を受け、なぜスライス売りを好むのか。
「本当に幼い頃からピザが大好きだったんですよ。僕の母親がアメリカンカルチャーがすごく好きな人で、小さい頃からよくアメリカやアメコミ、アニメの『タートルズ』なんかを見て育ったんです。アメリカのストーリーにはやたらとピザが出てきて、とくに影響を受けたのは『ホームアローン』の8歳の少年ケビン・マカリスターが自分でピザを頼んでいるシーン。子供があんな贅沢にピザを食べているのを見て、同じことしたいなって(笑)。 それで僕も小学校3年生くらいの頃から、自分でピザを頼んで食べるようになっていたんです。おばあちゃんが払ってくれるのもわかっていたんで(笑)。その頃は”スライス売り”なんて知らなかったんですが、中学の頃ハワイに行ったときに初めて見て。純粋に、なんで日本にないんだろう、あったらいいなって思ったんですよね」
少年時代からの“ピザが好き”という純粋な想いがキッカケとなり、猿丸氏は現在「PIZZA SLICE」を経営している。具体的にはどのような経験を積んできたのだろうか。実現するまでの過程、苦労話を訊いた。
「中学の頃から“夢ノート”みたいのを自分で作って、漠然と思いついた将来像を書き続けていたんです。もちろん、ピザ屋だけでなく色んなことを描いてたんですが。そして、時が経った頃にはピザのことなんて忘れていて、25歳になった時にふと幼い頃を思い出したんです。子供の夢ってすごくピュアだし、本当に自分がやりたいことなんじゃないかなって。で、ピザのスライス売りのお店が日本にあったらいいなって思っていたんで、ただピザ職人にはなりたくなかったんですよね。でもとりあえず自分が作れないと指示出せないし、2年くらい自分の身を削って修行しようと思い、ニューヨークに行ったんですよ。」
幼い頃の夢に忠実に、ピザを修行するべく単身ニューヨークへと渡った猿丸氏。とはいえ、なかなか働かせてくれる場所もなく色々苦労したんだとか。
「とりあえずアメリカに滞在するために”学生VISA”を取得しました。そして、色んなピザ屋で食べては働かせてくれって手紙書いたりしていたんですが、全然相手にしてもらえなくて。でも、たまたま向こうで知り合った人がピザアクロバット(ピザ回しとか)のチャンピオンを紹介してくれたんです。それで、彼が経営するピザ屋に足を運び、修行したいとお願いすると『給料は出さないけど、べつにお店にいるのはいいよ』って言われて(笑)。で、ピザは作らせてもらえなかったけど、とりあえず毎日お店に行って掃除だけしていたんです。そうしたら、少しずつお店に立つメキシカンも僕が店にいることに慣れてきて、冗談で『お前触ってみろよ』みたいに言ってくれるようになって。でも、僕はひそかに練習していたんではじめから作れたんですよ。しっかりしたレストランだったら品質にもすごくこだわるんですが、スタンドだったから僕が作っても誰も気づかなかったんですよね(笑)。でもお金もらってないんで、そのメキシカンの職を奪うわけでもないし、害がないじゃないですか。それで、彼らも『働くのめんどくさいから、猿丸作っといて〜』みたいになってきて(笑)。僕的にはもう修行できるからよっしゃ!! ってなっていて。それで、ある程度作れるようになったら、オーナーがアドバイスをどんどんくれるようになったんです」
28歳でピザ屋をオープンするという漠然とした目標を持っていた猿丸氏。25歳でアメリカに旅立ち、27歳の頃に日本に帰国。想いを実現するためのバイタリティは海外でも通用し、その人間性が「PIZZA SLICE SLICE」の人気に直結している。そう語るのは、取材時に同店に遊びにきていた猿丸氏の友人であり、東京とニューヨークを拠点にするブランド〈OH SHIT!〉のジリとケンタ。
「ジリとはニューヨークで一緒に“ピザイベント”をやっていた仲なんです。向こうにいた頃、ピザ屋で働きながら結構デカいイベントをやっていて。その頃に出会った人がデザイナーやモデルもいれば、商社マンや金融マンまで。ジャンルレスに面白いやつらが“ピザが好き”っていう1つの理由で集まっていたんですよ。ニューヨークって誰がやってるとかそういうのどうでもよくて。面白いところにはどんなビッグネームでも普通に足を運んでくれるし。僕がやっていたのは単純にピザが食えるってだけだったんですが(笑)。まぁジリのように向こうで知り合った人がこっちに来たとき、日本にいる感度の高い人をお店に連れ来てくれたりして。日本からではなく、ニューヨークでできた繋がりが日本の繋がりを作ってくれているのかもしれないですね」
「PIZZA SLICE SLICE」を訪れる人はとにかく洒落た人が多い。モデル、スタイリスト、デザイナー、海外からのゲストなどなど、とにかく感度も高くてワールドワイド。それは、わずか2年間のニューヨーク生活で積み上げた濃密な時間と現地で出会った人との信頼関係によるものだった。
同店が提供するピザは、ニューヨークらしさ溢れる薄めのクラシックなスライス。ピザだけでなく、ピザ生地にガーリックやパルメザンチーズなどを練り込んだガーリックノットや、その他ビールに合うアペタイザーなどもメニューに並ぶ。
お店に並ぶメニューは全部で8種類。チーズスライス、ペパロニスライス、イタリアンソーセージ、マッシュルームスライス、ハラペーニョスライス、ガーリックノットが6種類が定番で、Today’s スライスとしてホームメイドミートボールスライスやベジタブルミックススライスなどなど、猿丸氏の気分で様々なメニューがラインナップする。
お好みで振りかけるスパイスは4種。ちなみに猿丸氏は、ガーリックパウダーとオレガノをがっつり振りかけて食べるのが好きとのこと。また、ニューヨークにはホットソースがないので、ペパロニスライスにレッドペッパーをかけるのが定番のスタイルなんだとか。ちなみにファンの1人でもある僕は、定番のチーズスライスにブラックペッパーとオレガノを振りかける。もちろんドリンクにはコーラをオーダーし、タバコが吸いたくなったら外の喫煙所に移動する。ここではなんだか時間の流れもゆっくりに感じるし、普段よりも会話が弾む。「PIZZA SLICE」は、猿丸氏の人柄とニューヨークのオープンマインドな空気感が漂う、まったく新しいローカルスポットなのだ。この場所を訪れた際には“スライス売り”だからこそ、1種類ではなく何種類かオーダーしてみては? おそらく2枚はイケるはず。そして店内の空気感を満喫し、友人やスタッフと気兼ねなくコミュニケーションを取ってみてはいかがだろうか。