ー今回、お一人で韓国というか、現場に行かれたと伺っています。また作品で身につけている洋服も私服だとか。
加瀬: そうですね。僕が私服を写真に撮って送った中から、監督が選んでという流れでした。そういえば、(アッバス)キアロスタミ監督のときは私服と衣装のミックスでしたね。そのときも思ったんですが、私服はやっぱり“強い”んですよね。
ー強いというと?
加瀬: 私服なので当然なんですが、全てのアイテムを自分で選択しているわけで、それを着た時点で自分の個性がすでに出ているわけです。これが衣装を用意されて着るとなると、私服よりはどうしても弱いかなと。
ー衣装を着ることで、スイッチが入るというパターンもありますか?
加瀬: もちろんそういう時もあります。
ー今回はそれが切り替え、というよりは自分と役柄が地続きな感じだったのでしょうか。
加瀬: それがホン・サンス監督の考えなんだと思います。役者の素の素材から出発して、それを受け入れて、そこから作っていくという。どういう映画を、どういう映画作りをしたいのか、の問題だとおもいます。これが照明や美術がすごく作り込まれていて、という世界なら“自然”の意味合いも変わってくるわけじゃないですか。あくまでも画面の環境に合う“自然”なわけで。
ーはい。
加瀬: 監督によっては、役者と遠くかけ離れたものを演じてほしいという方もいますし、今回のようにあなたという素材を存分に出してほしい、ということもあります。
ー作品を見ていると、役者全員がとにかく自然な表情ですし、演技といえるのかというくらいリアリティのある雰囲気は全くもって新鮮でした。ちなみに、現場では同じシーンを何テイクも重ねたんでしょうか?
加瀬: はい。わりとたくさんやりましたね。それに1シーンが1カットで成り立っていて、それがけっこう長いんです。先ほどもお話しましたが、監督は当日台本を書いていて、役者はその場でそれを覚えるので、けっこう間違えたりしましたね。そうなると、当然最初からやり直しということになります。
ーアドリブが混ざっているようにも見えますが、あまりそういう感じでもないのですね。ちなみになかなか話しづらいとは思うのですが、ラストシーンについても聞かせてください。抑制の利かせ方というか、つなぎ方がすごく好きで、とても印象的な終わり方でした。人によっては?と思うのかもしれませんが。
加瀬: ラストには衝撃を受けました。映画自体も時間がシャッフルされて時間軸がまっすぐではない構成ではありますが、あのラストがあることですべてのピースが循環し始めるといいますか。
ーときとしてそうした演出は鼻につく場合もありますが、本作でのそれは全くそういう印象を受けませんでした。
加瀬: わかります。
ー監督は、この映画に関しては初めから時間をテーマにして、シーンを入れ替えたりしようという狙いがあったそうですね。
加瀬: そのようですね。現場では時系列通りに撮影をしていたので、出来上がりをみてびっくりしました。撮っているときは、時間軸を入れ替えるということは知らなかったんです。
ー加瀬さんは何回かご覧になっているかと思いますが、観る度に印象が違う作品なんだろうなと思いました。まだ一回しか観ていないのですが、何度か観返したくなる映画ですし、そのたびにゆらゆらしながら解釈が深まっていくような気がします。
加瀬: そうかもしれませんね。ありがとうございます。
ー本作のように、少数人数でごく自然なスタイルで撮影したことがすごく幸せな時間だったとしたら、もう一回こうした形の映画に関わってみたいと思いますか?
加瀬: それは本当に思いますね。すごく特別な監督ですし、特別な現場でした。ただ、ここで教えてもらったことを、他の現場でどのように生かしていったらいいかというのはまだはっきりとはわからないんです、あまりにも違うので。
ーそれほどまでに加瀬さんの中に、確かなインパクトを残したわけですね。
加瀬: そうですね。ただ、今回のようにとてもいい経験をしてしまうと、それが自分の中での新しい基準になってしまうので、そのへんは難しいなとも思います。役者はやっぱり監督の元でやるわけですし、色々な考え方の監督がいますから。自分としては歳を重ねてきて、色々な経験や失敗をして、こういうのがいいなと思えるものがはっきりしてきたとは思います。ただ、現場は毎回違いますから、それが邪魔になるときもあるんです。だから、自分が今まで教わってきて良いなと思えることはどこかに握ったまま、どの現場でもどの人を前にでも、しなやかに応えられるようになれたらいいなと思っています。
いかがでしたでしょうか? あまり作品の内容自体については触れず、あえてアウトラインの部分に絞って話を訊いてみました。ホン・サンス以前、ホン・サンス以後でどのように加瀬亮が変わったのか。おそらくは今後もたくさんの監督の作品に出演するかと思いますが、その変化を確かめるべく、今後も加瀬亮を追いかけていきたいと思います。