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『深夜食堂』が恋しくて。 ドラマと映画と、時々、ごはん。Special Interview 小林薫

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「続編をつくりたいと思っているスタッフは多いですね」

-話は変わりますが、小林さんにとって、「めしや」のような行きつけの店はあるんですか?

小林: 基本的には何でもいいっていうタイプなんで、それほどこだわりがあるわけじゃないんだけど、そうはいっても気に入っている店はやっぱりありますよね。店構えから軽く見てたら、すごくちゃんとしたものを出してきたりする店は気に入りますね。特に居酒屋ってメニューが多いじゃないですか。魚から野菜から肉まで、それぞれの品が及第点じゃないといけないだろうし、「これがこの値段?偉い!」と思わずうなってしまう店とかありますよね。

-よく分かります。基本的には料理重視ですか?

小林: とはいえ、居心地の良さ、悪さも重要ですよ。中には「この程度でこの値段? もっと安くてうまい店あるよ」と思うこともあるけど、基本的には値段と出てくるものは比例していて、ある程度のお金を払って評判のいい店に行けば、それなりのものが出てくる。でも、そこが居心地がいいかというと、それはまた違いますよね。そういう意味では、先ほどの話のように、ゴールデン街や横丁に若い人たちが惹かれるのは分かりますよ。今までおしゃれでかっこいい店を探して行っていたのが、ふと横丁の居酒屋に入った時に居心地の良さに気づく。変な気取りは必要ないし、かっこうを気にしなくてもいい。リラックスできるし、それで思っていた以上においしいものが出てきたら言うことないっていう気持ちになりますよね。

-店を選ぶ時にグルメランキングやネットの評価などはチェックするんですか?

小林: 基本的に僕はそういうランキングとか、星いくつみたいものは信用しないんですよ。いろんなカラクリもあるだろうし、点数が高いから行くっていうのもどうなんだろう、と。若い時はそういうものに頼るのも仕方ないのかもしれないけど、結局、自分の足で探して、自分の感じたものがいちばんじゃないですか。基本的に僕は自分の気に入ったところしか行かない。たとえ人の評価が低くても、「自分にはこのテイストがちょうどがいいんだよ」という気持ちになれるし、裏切られた感もないしね。
ファッションでもそうだけど、若い時はどこか無理をしてしまって、それがだんだん身の丈に合ってくる人もいれば、身の丈に合わないものをずっと追いかけている人もいる。ファッションってそういうものだと思っている人もいるじゃないですか。でも、ある程度、歳を重ねてきた時に、ふと「自分にはこういうテイストは合わないな」とか「こっちのほうが楽だな」となって、引き算が生まれてくる。足し算足し算で表現していこうとしたら、絶対にどこかで息切れしますよ。人は、おのずと落ち着くところに落ち着くような気がしますけどね。食べ物の話からズレましたけど、ものごとを引き算をしていくという意味では、食べ物もファッションも近いものなのかもしれない。

-いやー、すごく本質的なお話しだと思います。役者としても実生活でも、今は引き算という考え方が大きくなってきているんですか。

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小林: 足し算に目がいっている時を思い起こすと、やっぱり無理があるんですよ。感情を昂ぶらせたり泣いたりすることが芝居だと思ってやっていると、ヘトヘトになると思う。そういうものが芝居だ、演技だと思ってやっていると、どこかで限界がきますよ。そういう人は、何かちょっとスランプに陥ったときに、「もうこの世界でやっていけない」と思うんじゃないですか。
引き算というのは、そういう足し算の思考から一歩引いた視点に立って、自分だけでつくるんじゃなくて、相手とのキャッチボールでいただくものもあるし、セットの雰囲気から生まれてくる感情もあるし、衣装やメイクも含めて、自分の周りのものを全部利用したほうがいいという考え方ですね。すべて自分でゼロからつくり上げていくよりも、いろいろなことを感じる方向に行ったほうがいいような気はします。まず自分で引き算をしておいて、ゼロベースから、いちばん採り入れやすいものを少しずつ足していくというように発想を変えることもできるだろうし。

-そういう意味では、『深夜食堂』のマスターを演じるのも引き算の考え方に通じますよね。いろんな人の人生を受け止めて、説教をするわけでもなく、一皿の料理をそっと差し出す。それも、凝ったものじゃなくて、家でもつくれるような簡単な料理。とはいえ、あの空間でマスターが魅力的に見えなければ成立しない世界でもありますよね。そうじゃないと、なぜこんなに常連が日々通ってくるのかなと思ってしまいます。キャラクターの内面を出さずに、それを見る人に感じさせるというのは一体どうやったらできるのか、と。

小林: 今言っていたことは、一つ一つ正しいですよ。確かにマスター1人でやっている店に夜な夜な客が集まってくるからには、その人に魅力がなければ成立しない。見ている人に「なんでこんなヘンなマスターの店に人が集まってくるんだ」と思われたらダメなんだろうなということは分かるんですけど、とはいえ、「魅力的」という抽象的な要素を足し算していっても限界がある。そこは常連のお客さんたちが手助けしてくれるわけだから、それを素直に受け止めていけばいい。それ以上のことは、おそらくできないだろうと思うんですね。お客さんが気兼ねなしに「マスター、アレつくってよ」と言って、「あいよ」って言ってサッとつくるという関係性が、お客さんにとって心地よいものとして感じられて芝居にも出ていれば、それがイコール、マスターの心地よさだし、マスターの魅力にもなる。僕がゼロから「魅力的でしょう」といってつくっていこうとしたら大変なことになるし、ちょっと気持ち悪い人なっちゃうと思う(笑)。

-確かにそうですよねえ。さて、来年公開の映画がヒットすれば、ドラマの第4弾や映画の続編がつくられる可能性も大いにあるとは思いますが、今の時点ではどうなんでしょう。

小林: それはもう、僕らのあずかり知らない領域の話なので、あまり楽観視はしていないんですけど、ただ、続編をつくりたいと思っているスタッフは多いですね。そもそも予算のないところからスタートして、つくり手の勝手な暴走でこういう作品が生まれたという経緯があるので。

-作品に対する愛着が強いスタッフが多そうですからね。

小林: 松岡組でやっていたスタッフが多く入っていることもあって、「松岡監督のためなら」という感じでまとまっている気はするし、予算を超えた人間関係によって成り立っている作品ともいえますね(笑)。松岡監督は、「飲み屋で『俺には声かけないのかよ』って別の監督から言われちゃったよ」と言ってました。監督や脚本家にとって、「自分だったらこういう風に料理したい」と思わせるものがあるのかもしれないですね、素材として。まあ、10年くらい経って、「そういえばそんなドラマあったよね。再放送で見たけどやっぱり面白い。なんでつくらないんだろう」なんて言われてるくらいがちょうどいいのかもしれないですよ(笑)。

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たとえば『ふぞろいの林檎たち』で中井貴一が演じた仲手川良雄の兄・耕一。たとえば森田芳光監督の『それから』の平岡。たとえば『イキのいい奴』の鮨屋の親方。たとえば久世光彦演出の『キツイ奴ら』の吾郎。たとえば『秘密』の平介。たとえば『東京タワー』のオトン。たとえば『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の酔いどれ上司・鈴木。たとえば『カーネーション』の頑固おやじ・善作。たとえば『Woman』の飄々としたナマケモノさん。筆者にとって、そしておそらく読者にとっても、俳優・小林薫は、さまざまな役柄とともに脳裏に刻まれている。演出家の久世光彦は、自著『ひと恋しくて』の中で小林薫についてこう記している。「卑怯で狡猾な人間もやりたがるし、弱みだらけの情けない男にも目を輝かせる。凶暴なヒーローにもとても向いているが、ひたすらに徒労を重ねていくような自虐的なキャラクターも好きなのだと思う。」ようするに、豊かで極端な振り幅をもった俳優なのだ。そのような人に向かって、「役づくりはどのように?」「小林さんにとって演じるとは?」「作品の見どころは?」といったありきたりの質問は最初からするつもりがなかった。しかし、『深夜食堂』についてじっくり話をお聞きしていくうちに、おのずとそれらに対する答えが浮かび上がってきたように思う。なにより、照明やカメラマン、美術など、裏方のスタッフについて聞いた時、いちばん目が輝き、身を乗り出すようにして話してくれたのが印象的だった。職人気質と柔らかさ。本人にお会いしてあらためて思う。『深夜食堂』のマスターは小林薫でなければならなかったのだ、と。

小林 薫(こばやし かおる)

1951年生、京都府生まれ。71年~80年まで唐十郎主宰の状況劇場に在籍。退団後、映画、ドラマ、舞台、CMなどで幅広く活躍。また00年からは、テレビ東京「美の巨人たち」のナレーターを務める。近作には映画『旅立ちの島唄~十五の春~』(13年)『舟を編む』(13年)『夏の終り』(13年)『春を背負って』(14年)、ドラマ『カーネーション』(11年)『Woman』(13年)『55歳からのハローライフ』(14年)など。
ドラマ「深夜食堂 3」

キャスト:小林薫 綾田俊樹 不破万作 松重豊 光石研 ほか
原作:安倍夜郎「深夜食堂」(小学館「ビッグコミックオリジナル」連載中)
企画:遠藤日登思、芝野昌之
プロデューサー:筒井竜平、小佐野保、石塚正悟、竹園元
監督:松岡錠司、山下敦弘、熊切和嘉、野本史生
脚本:真辺克彦、向井康介、荒井美早、小嶋健作
美術:原田満生
フードスタイリスト:飯島奈美
主題歌:高橋優「ヤキモチ」(ワーナー・ミュージック・ジャパン)
企画:アミューズ、MBS 制作:アミューズ映像製作部、ギークサイト
製作:「深夜食堂 3」製作委員会(アミューズ 小学館 東映 木下グループ ギークピクチュアズ MBS RKB)
10月よりTBS、MBS、RKB ほかで放送中。
ドラマ公式サイト:http://www.meshiya.tv/
2015年1月31日(土)映画「深夜食堂」公開
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