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special interview koreeda director そして、家族になる。是枝裕和の『海街diary』。

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―『海街diary』拝見しました。原作のファンとしては、映画化されると知った時は期待半分、不安半分というか…。

是枝:不安のほうが大きかったんじゃない?(笑)

-監督が是枝さんだと知って正直ホッとしました(笑)。是枝監督は、2007年に単行本の第1巻が出た時点で「これは何としても自分が映画化したい」と思われたそうですが、その時点ではまだ物語ははじまったばかりですよね? 脚本はどうやって書き進めていったのですか?

是枝:実は最初に僕が手を上げた時点で、すでに別の人に映像化権が押さえられていたんです。

-え、そうなんですか!?

是枝:連載の途中ですでに手を上げられた方がいて、その方に映像化権が渡っていた。だから、2007、8年の時点で僕はいったん諦めたんです。それが2011年頃に「戻ってきました」という連絡が出版社から来て、それで再度手を上げました。脚本に取りかかったのは2012年くらいなので、単行本は4、5巻くらいまで出たあたりですね。

-なるほど。じゃあその時点までのエピソードをすべて洗い直して一本の映画としてどうまとめるのかを考えつつ、同時にキャスティングも進めていった、という流れですか?

是枝:そうです。同時に進めていきました。

-キャストに関しては、原作のファンからすると長女の幸(さち)を綾瀬はるかさんが演じるというのはけっこう意外な気がしたんですが、実際に映画を観たら納得しました。

是枝:でしょ?(笑)

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-「日本のお母さん」というか、「昭和の母」の雰囲気があって、「ああ、幸ってこういう人だったんだな」と映画を観て改めて気づかされたというか。そういう目で原作を読み返すと、長女がだんだん母になっていく感じがよく分かります。監督が綾瀬さんを選ばれた意図はどの辺りにあるのでしょうか。

是枝:この映画とは関係がなく、綾瀬さんとは以前一度お会いしたことがありました。事務所に来ていただいて雑談をしながら、「何か将来的にご一緒できれば」という話をしていたんですけど、その時の印象が、ドラマや映画などで見る天然のような感じとはちょっと違っていて、まあ「昭和の匂いがする」って言っちゃうと…。

-ちょっと語弊があるかもしれませんね(笑)。

是枝:非常に、居ずまい、佇まい、所作が綺麗で。

-凛とした感じがある。

是枝:そう、凛としていた。すごくちゃんとした人だなと思いました。言い方が難しいんですけど、「ちゃんと育てられた人」という感じがすごくしましたね、いろんな意味で。その時の印象がずっと残っていたので、この映画を動かし始めた時に、あの印象だったら幸ができるなと思ったんです。

-幸と腹違いの妹・すず(広瀬すず)の2人が似ていてるというくだりが原作にもありますが、映画では幸とすずを軸にしていこうという狙いは当初からあったんですか?

是枝:ありました。これは幸とすずの物語として描こう、と。

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-原作は登場人物の数もセリフもモノローグも多く、それに対して作者のツッコミが入ったりして笑いの要素もかなりある。情報量がむちゃくちゃ多いですよね。あるエピソードを使うとして、セリフやモノローグのどの部分を活かしてどこを省きながら、映画として奥行きのある表現にしていくのかを考えるのは、かなり大変な作業だったと思うんですが。

是枝:大変でしたね。まず脚本を書く段階でモノローグはやめようと思ったんですよ。原作のモノローグの純度が高すぎて、これは勝てないなと思った。それをやっちゃうと単に原作をなぞるだけになってしまう。あのモノローグは非常に洗練された文章だけど、それをやめてみようというところから始めました。

-映像として勝つために、モノローグは禁じ手にしよう、と。

是枝:そう。たとえば幸と母親が墓参りに行く場面で、幸が母親を見ながら「そうか。この人も“娘”だったんだ」というモノローグが原作では入ってくるんだけど、モノローグを入れずに、芝居だけでいかにその感情を観る側に伝えられるか。映画ではそれをやったつもりなんです、随所で。

-しかも原作だと、章ごとに語り手が変わったりしますよね。小説で言うと一人称が章ごとに変わるというか。

是枝:風太(すずと同じサッカーチームの同級生)の章とかもありますからね。やはり、一本の映画としてそこまで主体が変わるというのは難しいなと思いました。もちろん、オムニバス的な描き方というのもなくはないんだけど、それをやる映画ではないなと思ったんですね。

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-是枝監督が以前つくられた連続ドラマ『ゴーイングマイホーム』が大好きだったんですが、『海街diary』も、たとえば年に1本のスペシャルドラマみたいなスタイルでつくることも出来なくはない題材ですよね? 

是枝:実は僕の最初の発想は連ドラでした。

-あ、やっぱりそうですか。

是枝:これは連ドラに向いてる話かもしれないと思って企画書も書いたと思います。

-年1回、2時間枠のスペシャルドラマというのもあり得たのかななんて勝手に夢想してしまったんですが。

是枝:昔、久世光彦さんが演出してた『向田邦子新春スペシャル』みたいな?(笑)

-そうですね。それはそれで見たかったような気もしますが。ところで、是枝監督にとってマンガの映画化は2009年の『空気人形』以来です。あの時は原作が20ページほどの短編だったので、それこそ「どう空気を入れて物語を膨らますのか」という試みだったかと思いますが、今回は逆に長い物語、クロニクルのような物語をどう2時間という時間枠に圧縮するのかが問題になります。その際に、原作のファンや、映画ではじめてこの物語に触れる観客に対して、いちばん気をつけたことは何ですか?、ここはブレちゃいけないと思われた点というか。

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是枝:うーん、そうですねえ。僕自身、原作のファンなので、なぜこの物語に『海街diary』というタイトルがついているのかを考えたというのが一つありますね。『鎌倉四姉妹物語』でも『香田家四姉妹物語』でもなく、「海街」と「diary」ということばを作者がどう意識してつくったのかを考えなければいけない。そして、その匂いが、画面にちゃんと漂っていなければいけないと思いました。もちろん、幸とすずの話であり四姉妹の話ではあるんだけど、その外側に広がる街と、あの街にかつて暮らしていた人たち、今はいなくなった人たちの影を四姉妹の中にどう織り込んでいくのかが重要だと思ったんです。登場人物の数を増やすのではなく。というのも、あの物語は、「出てこない人たち」というのがたくさんいますよね。

-そうなんです。まず物語の根幹をなす四姉妹のお父さんの顔からしてわからない。

是枝:マンガとしては結構珍しいですよね。それから幸が勤める病院の部下のアライさんが出てこない。ここは原作では笑い所でもあるんだけど、なぜアライさんが出てこないのかを考えると…。

-実は「不在のアライさん」の存在が重要なのではないか、と。

是枝:そう。「不在のアライさん」が物語のキーだなと思った。画面に出ている人間を通して、そこにいない人物、不在の人間をいかに想像させるか。それがやれると、「街の話」になっていくんじゃないか。つまり、横の広がりではなく縦の広がりとして、あの街にいろんな人の人生が折り重なっている感じが表現できるんじゃないかと思いました。たとえば、街の中心的存在である「海猫食堂」の二ノ宮さん(風吹ジュン)がいなくなった後、アジフライの味を福田さん(リリー・フランキー)が受け継いでいくというエピソードが象徴的だと思うけど、かつてそこにいた人の過去と、そこから先につながっていく未来、そして、その間にある今というものをアジフライを通して描けないか、とか。おそらく作者は、四姉妹がいなくなった後のあの街のことも視野に入れて描いているはずなので、その辺りをどうすれば観る人に感じてもらえるのかを考えましたね。

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-そういう視点で観ると、姉妹たちが身長を測った柱の傷や、しらすトーストや、おばあちゃんの代からつくる梅酒など、連綿と続く時間の中で蓄積されていったものが、四姉妹の暮らす家や周りにいくつも置かれていますね。

是枝:梅酒の存在は大きいです。

-ひとつひとつは何気ないエピソードやもののように見えるんですが、それが積み重なって時間や歴史がつくられているということがジワジワと感じられます。

是枝:だから、人間中心の話じゃないんですよ。やっぱり、街の話なんです。

-はい。街とその歴史の物語。

是枝:原作にあるその匂いをきちんと捉まえないといけないなと思いましたね。

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