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映画『自由が丘で』主演 加瀬亮インタビュー。

ー念願のホン・サンス監督の作品にご出演されていかがでしたか? これまでの出演作の中でもかなりお気に入りの作品になったと伺いました。

加瀬: そうですね。演じていてここまで無理がない作品というのは初めてでした。でも、それも考えてみれば当然なのかもしれません。というのも、ホン・サンス監督は毎朝僕を見てから、その場で今日の台本を書いていたわけですから。

ー当て書きともまた少し違うのでしょうか?

加瀬: 当て書きというのは、僕の過去の作品を何かしら見て、事前にイメージで書いているわけです。当然、それは生身の僕自身ではないので、実は意外と演じにくいものなんです。ホン・サンス監督はそのときの役者自身に、つまり今現在の自分に会って、書くわけで。

ー確かに演技をしているという風には見えない、とても自然な佇まいで画面の中に加瀬さんが存在していました。ちなみに監督にお会いしたのは、数年前に日本で初めて会ったとき以来になるのですか?

加瀬: メールのやりとりはしていましたが、会ったのはこの作品が始まってからですね。久しぶりに会って、共演者、スタッフさんみんなで飲み食いして、撮影に臨みました。

ーそのあたりのお話を聞くだけでも、ホン・サンス監督の映画に対する向き合い方はとても個性的なのだと思います。加瀬さんはこれまでにホン・サンス監督の作品を多く鑑賞してきたかと思うのですが、どのような映画だという感想をお持ちですか?

加瀬: どういう映画と表現するのはなかなか難しいんですけど、韓国の批評家の方が「experience cinema」と評されていて。それはひとつの表し方として、いいなと思えた言葉でした。この『自由が丘で』という作品も、頭で考えればテーマは“時間”ということになるのかもしれませんが、それよりも時間自体を“体験する”という風に表した方が近いのかなと思います。

ー心優しく、まっすぐで、じつに人間臭い。加瀬さんが演じた「モリ」というキャラクターは見れば見るほど、加瀬さん本人に見えてきて仕方がなかったです。

加瀬: (笑)。でも、見ていて自分自身にも似ているところがあるな、とは思いませんでしたか?

ー…確かにありましたね。

加瀬: それが僕が今まで監督の映画を見ていて、毎回登場人物に対して思ったことなんです。実際にそうした行動には出なかったとしても、きっとみんな本音の部分ではそういう風に思うよな、ということが多々ありました。今回はたまたま自分が演じていますが。今回韓国に行って、今までのホン・サンス作品の主演俳優に会ったんです。すると、作品で演じていたキャラクターとは全く違う感じでした。

ーもの静かで、どこか愛らしくて、という感じではなく?

加瀬: 全然違いました。 女優さんは色々な性格の方がいましたが、俳優さんはみんな健康で男らしくて、ものすごくたくさん喋る、エネルギーに溢れた感じでした。もちろん表向きにそう見えただけかもしれませんが。

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ーこの映画では、英語、韓国語、そして時々日本語が飛び交います。国籍や言語を超えたコミュニケーションをとる出演者たちをみて、とてもうらやましく思いました。加瀬さんは、日本人というアイデンティティを強く意識する機会はありますか?

加瀬: 僕はたまたま小さい頃アメリカで育ったのですが、学校のクラスは白人がほとんどで、あとはカンボジア人と中国人が一人ずついました。自分の住んでいたエリアにはヒスパニック系の人も多かったですし、韓国系アメリカ人の友人などもいました。そういう環境だったので、7歳で日本に帰ってきたときに、色々な人種がいないという環境の方にかなり面食らいしましたね。馴染むのにけっこう時間がかかりました。

ー本作には「人種でひとくくりにするのはばかげてる」という台詞がありましたが、それをまさに体現するような映画でした。

加瀬: 僕自身も人種というか、国籍のようなものはあまり気にならないですね。文化が違うということで、それはすなわち新鮮な興味へはつながりますが、どこの国の人だからこうというイメージはあまり意味がないように思います、それぞれに違う個人が自分の目の前にいるわけですから。イメージよりも、いま目の前にあるものを見ようよ、ってことなんだと思います、あの台詞は。

ー「モリは日本人っぽくないね」なんて台詞もありました。それは思ったことをはっきり言うという姿勢を指しての言葉だったと思いますが、加瀬さん自身もそういうところがあるのでしょうか?

加瀬: そうですね。はっきり言うほうだと思います。日本に帰ってきて、はっきり言ったら駄目なんだって思ったこともありましたが。

ー英語は帰国されてからも、勉強されていたんですか?

加瀬: 中学生のときにアメリカの友達の家に遊びに行ったんですが、そのとき英語があんまりできなくて、スラスラ話せなくなってることにショックを受けたんです。なので、それからけっこう勉強しましたね。

ー本作は第二外国語として英語を操る人たちの話なので、とにかく英語がすごく聞き取りやすかったです。英語を勉強したくなりました。

加瀬: 英語を勉強するとなると、みんな発音ばかりに意識がいきがちなんですが、この『自由が丘で』には単語としては中学生レベルぐらいまでしか出てこないですし、発音はみんな自己流です。でもそれでいいんだな、と思えました。自分の言葉として話すことが大事なんだとおもいますね。

ーどんな現場だったのでしょうか?

加瀬: 監督もアメリカで学んでいましたし、役者さんも海外在住経験のある方が揃っていましたので、みんな本当は英語が上手なんです。ただ、今回はみんな発音を母国語に近づけて話していて。僕もそのやり方を今回初めてやってみたんですが、すごくやりやすかった、というか馴染みやすかったです。それに第二外国語を話す人たち同士なので、みんながお互いを理解しようと相手の話をよく聞くんですね。これがネイティブのひとだと、その気遣いがそこまでないことが多い。とくに仕事の場で会うと英語ができることが前提ですし。こちらもずっと英語を使っているわけではないので、行って1週間ぐらいしないと耳が馴れないんです。ただ、先ほども言いましたが、そんなに必要以上に発音に神経質になる必要はないんだなと今回でよく分かりました。