「出会ったというより、呼ばれた感じがした」

—〈ポータークラシック〉に誕生した新定番シリーズ「PC SASHIKO」。見た目のインパクトもそうですが、実際に着てみて驚きました。恥ずかしながら、生地に糸で幾何学模様を配す手芸のひとつくらいにしか思っていなかったのですが、そもそも“刺し子”とはどんなものなのでしょうか?

克幸:これは要するに生活の中から生まれたものなんですよね。特に青森が盛んで、本来は民の貧しい暮らしの知恵から生まれたもの。寒さをしのぐためにどうしようかって考えて、生地に刺し子をして丈夫にして、それで暖をとるようにしたっていうのが歴史としてありますね。服にしたり、布団にしたり。いろんな用途がありました。

玲雄:畑仕事なんかする人たちは着ているうちにすれて弱くなってきたりするわけですが、そうしたらまた裏に別の生地を当てて刺し子でつなげる。それを繰り返しながら大事に着ていたわけです。そうすると偶然的なパッチワークが生まれてとても面白い。克幸は「これをボロだという奴は誰だ!?」なんていって怒ったりするんだけど本当にそうで、とてもじゃないけどボロだなんて呼べない。貧しくても穴が開いた服は着ないっていう、ある意味では日本人の美意識とか品の表れのようなものでもあると僕は思うんです。

克幸:刺し子は生きる知恵から生まれた技術であって、伝統文化でもある。ボロだから刺し子をするってだけじゃなくて、それ自体が芸術的な価値を持っています。晴れ着にも装飾としてあしらわれていたりね。労働でもそうだし、お祝いでもそうだし、いろんなことに使われてきたものなんです。それと面白いのはね、その刺し子でもって、ああこの人はどんな職業なんだとか、どこの家の人なんだってことが分かったりしたわけです。アイルランドのフィッシャーマンセーターなんかもそうですね。いつも思いますけど、先人の知恵とはすごいものです。

—そもそも出会いのきっかけは何だったのでしょうか?

克幸:出会いはやはり青森の刺し子ですね。初めて見たときには衝撃を受けました。出会ったというよりも呼ばれたような、言葉では言い表せない感情が沸きました。すごい引力に引きつけられるような。それからその歴史を調べて、生地を集めました。

—今回は昔使われていた古生地を用いた一点モノもありますね。刺し子に出会ったときにすぐそういったアイデアが生まれたのですか?

克幸:その時点でこれをああしようこうしようってことはなくて、この伝統をどうにかして継続していかなければいけないっていう気持ちが先でした。あとになって、これを洋服にしたらどうだろうとか、シャツにしたらどうだろうとか、これをこういう風に表現したら生地が喜ぶんじゃないかとか考えが広がっていきましたね。無理やりなことじゃなくて、どうすれば本当に生地が喜んでくれるかなって、そういう気持ちで二人で模索していった結果です。

玲雄:最初はもう感動しかないんですよ。いつもそう。別に“ネタ探し”をしているわけじゃない。自然と出会って、そこから生まれるんです。

克幸:日本ていうのは本当にすごい国。世界中からいろんなものが集まるでしょ。美術館でもそうだし、ショップだってそう。でもね、日本の歴史の中には、そういうところでは出会うことのできない素晴らしいものがたくさんある。言うなれば、生活の中で自然に生まれた、美術館にない美術。人それぞれ捉え方はあると思うけど、僕にとってはそういうものでしたね。感動もそうだけど尊敬しましたよ。先人達をね。

「苦労はあった。でも惚れてしまったんだからやるしかないよね」

—刺し子という習慣はやはり少なくなっているのでしょうか?

克幸:時代が違いますから、やはり在り方というのは変わっていますね。伝統的なものを伝える先生はいらっしゃいますが、先ほど言われたように、手芸のひとつという側面もあると思います。だけど僕らが見る刺し子はちょっと違っていて、もっと生活に密接したものなんですね。僕は、これはデニムに匹敵する、あるいは超えてしまうすごいものだと思っています。あなたも今着てくださっているけれど、まるでもう自分のもののように見える。着心地だってそうでしょう? 体にちゃんと馴染む。和のものだけど洋服にも合うし、性別も年齢も問わない。クラシカルなものでいながら、一方でアートのような美しさもある。こういうものは世界中を見渡してみてもなかなかないですね。非常に大きな可能性を感じます。

—当時それを作っていた人は、まさか後の時代になってこのように取り上げられるとは思っていなかったでしょうね。もともとは美術とか芸術とかではなく、必要に迫られて作っていたものなのでしょうから。そう思うと、日の目を浴びることなく、いつの間にか消えていってしまった日本の伝統は他にもあるのかなって想像してしまいます。

克幸:きっとあるでしょうね。歴史に埋もれちゃってね。だとしたら非常にもったいないことですよね。

—そういった伝統的なものを誠実な姿勢を持って現代に蘇らせるにあたり、多くの点で苦労があったと思うのですが。

克幸:非常に長い時間をかけて作りました。過去に前例がなく、当然自分たちだけではできないことですから。5年以上の月日を費やしたと思います。生地の質感にこだわり、刺し子という伝統技術を再現し、クオリティは絶対に落とすことなく、ある程度量産しなればいけない。「そんなのは無理だ」という専門家の方もいました。私のわがままな思いつきに真剣に付き合ってくれた職人と、面白がって付いてきてくれたスタッフのおかげです。やはり、本当に価値のあるものにはみんなハートが動きますよね。結局惚れちゃったんですよ。そうしたらもうやるしかない。それがすべてだと思います。

—100年以上も前にできていたことが、いろんなことが発達した今になってむしろ逆にしにくくなっている。何かジレンマみたいなものを感じます。

克幸:そういうことは多いんじゃないですか。

玲雄:アメリカメイドのものなんかもそうでしょう。土壌が変わってしまって素材がそもそも作れないということもあるし、経済のシステムが邪魔をすることもある。

克幸:目先のことに惑わされて肝心の文化を殺しちゃうっていうね。そういうのはたくさんあると思います。もったいないですね。手間ひまかけずにいいものなんか作れないんだから。

玲雄:いろんなハードルを一つ一つクリアして、すごく手の込んだものだけれど、克幸が言った通り、ある程度量産できることが重要でした。希少性もひとつの価値だけど、やっぱりできるだけ多くの人にこの素晴らしさを伝えたかったから。生地を織るための機械も職人さんのひらめきで工夫して頂いて、結局そこにも人の知恵と手間がかかっているんです。

「刺し子」の可能性は本当に奥深い

克幸:私はね、ファッションとかブランドとか正直よくわかりません。考えたことがないんです。雑誌も見ないし、たいていを浅草で過ごしていてあまり人にも会わない。すごく単純な生活。じゃあ何をしているかっていうと、想像と空想(笑)。それがこの歳になるとすごく嬉しいんですよね。過去も未来もジャンルも全部ひっくるめて妄想する。家の壁じゅうどこにでもスケッチをかけるようにしてね。今はそれが幸せ。

—でもそれがクリエーションの純度を上げているわけですよね。

克幸:洋服って誰でもいつでも着られるものだから、どこの国に行っても負けないものがいいんです。

玲雄:これ着て海外に行った時にいろんな人に聞かれました。「それはなんだ?」って(笑)。

克幸:何度も言うけれど、刺し子は本当に可能性のある素材。それこそジバンシィとかシャネルのスーツなんかにも合いますし、ロングコートなんかはビートニクにもなる。許容力がすごい。そんな素材ってないんですよ。そんなことを想像していると、あれもできるこれもできるって、もういてもたってもいられなくなっちゃうんだよね(笑)。

玲雄:まだ言えないんですけど、ものすごいアイデアをこの間克幸から聞かされたんですよ。「そうくるか!」って思いましたね。それは来年の夏くらいに形にしたいと思っています。きっと驚きますよ!

「また次の世代が作り変えてくれればいい」

—〈ポータークラシック〉はこういったものを作り続けていくことについて、何か使命感のようなものを感じているのでしょうか?

克幸:世の中には素晴らしい、本物の魅力を持ったものがたくさんある。それをできるだけ多くの人に見てもらいたいんですよ。年齢、職業問わずね。次の世代に残していくべきものですから。その気持ちだけです。あとはその時代時代で作り変えていけばいい。

玲雄:僕はやっぱり日本の素晴らしいものを海外の人たちにも見て欲しいなって思いま すね。“使命感”って大きい言葉ですけど、それを想像するとワクワクする。「これ見てほしい!」っていう、そういう単純な気持ちです。

—この「PC SASHIKO」は克幸さんにとっての集大成、最後のライフワークとも言われていますが。

克幸:私もあと2年で70。もう赤ん坊と一緒。ただただ自分が楽しめるおもちゃが欲しいだけなんですよ(笑)。それに付き合う方も大変でしょう。

玲雄:本当だよね(笑)。克幸もキャリア50年近くで、その最後の方でこれが出てきた。だから、ただの新作発表っていうものじゃないのは確かですね。


新陳代謝の激しいファッションは、それはそれで楽しい。それがファッションの醍醐味だとも思う。しかし〈ポータークラシック〉の試みはそれとは異なるものだ。言うなれば、ファッションではなく、文化を育んでいる。彼らにそのつもりはないが、本物と真に向き合ってモノづくりをするとうことはそういうことだと思う。そしてそこからまた新しい芽が生まれてくるんじゃないかと思う。インタビューのあとに、今年でクローズしてしまう現在のショップについての話になった。

克幸:ビルの改修工事で出なければいいけなくなってね。思い入れのある場所だったか ら本当に寂しくてね。でも皆がまたすぐ近くに場所を見つけてくれたから、また銀座に通うことができる。嬉しいですね。「PC SASHIKO」で三つ揃いのスーツを作って通おうかと思っているよ。

玲雄:今回もM&Mさんにお願いして、12月25日のクリスマスにオープン予定です。

克幸:新しい店もすごくいいよ。楽しみにしてて!