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WORK NOT WORK SPECIAL TALK 長谷川踏太×サイモン・テイラー "TOMATO"を巡る2人の対話。

2014.07.10

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『TOMATOはフリーメーソンみたいなクラブなんですよ(長谷川)』
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-そんな少数精鋭の1人として、長谷川さんが在籍しているわけですね。そもそも長谷川さんはTOMATOがスタートした91年頃は何をされていたのですか?

長谷川: ロンドンに留学したのが、ちょうど91年なんですよ。だから大学生ですね。TOMATOの存在は、その2年後になる大学3年の頃に知りました。日本のデザイン系の雑誌に載っていたのを、友達に見せてもらったのが最初ですね。それからあっという間にデザインシーンを席巻していって。

-長谷川さんは当時、TOMATOにどんな印象をお持ちでしたか?

長谷川: いや、普通に「そんなグループがいるんだー」っていう感じですよ(笑)。そういえば、僕が通っていた大学の特別講師としてTOMATOのメンバーが来ることもありました。それがまた態度が悪くて(笑)。学生の質問に「そんなこと知らねえよ」って答えていましたからね(笑)。

-大学の講義にお呼ばれするほど人気があったわけですね。

長谷川: そんななか僕はコンピューターをイジることに没頭していて。そのときの先輩がantirom(のちのTOMATO INTERACTIVE)というユニットを始めたんです、僕もたまに参加したりして。そのantiromがオフィスを構えた場所が、TOMATOと同じビルだったんですよ。

-そこでサイモンに出会うわけですね。

長谷川: antiromのオフィスにお邪魔しているときに、僕の作品をTOMATOのメンバーに見せることになって。そのときに見てくれたのが、サイモンでした。

-そのときに見せたのはどんな作品だったんですか?

長谷川: コンピューターにマイクを付けて、そこに息を吹きかけると何かが起きる、インタラクティブアートのようなものですね。今となってはそんなに目新しいものではありませんが。

サイモン: とはいえ、当時は携帯電話もコンピューターも普及していない時代ですよ。まるでサイエンスフィクションの世界に迷い込んだような気分でした。同時に彼自身にクリエイターとして大きな可能性を感じたのを憶えています。

長谷川: そこからTOMATOのサブメンバーみたいなポジションで、お仕事をお手伝いするようになったんです。ただ、僕はビザの問題もあったので、日本に帰らなければいけなくて。

-帰国した日本でソニーに就職したということですね。

長谷川: 僕は最先端テクノロジーに興味があったので、大きな企業であればそういったテクノロジーに触れることができるだろうと思い、ソニーに就職したんです。ただ、徐々にロンドンに戻りたくなってきてしまって(笑)。ソニー時代の最後の1年はとても実験的な部署に所属していて、自分がやっていることを世の中に見せる事ができないというジレンマもありましたし。そんな時期にTOMATOのメンバーがワークショップを行う為に日本に来ていたんです。そこで、当時のTOMATOのマネージャーが「就労ビザはなんとかするから、うちに来い」と言ってくれて。

サイモン: その頃は日本での仕事も増えてきていたので、トウタのような人材を求めていました。しかも、彼の作品はとびっきり素晴らしい。トウタをTOMATOのメンバーとして招き入れるのは、自然というよりも必然でした。

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-その後、サイモン、長谷川さんのコンビで仕事をすることもあったんですか?

サイモン: たくさんのプロジェクトを一緒に手がけてきました。なかでも思い出深いのはVJとして世界各国を2人で旅したことですね。ヨーロッパに東京、ニューヨーク。当時はVHSが全盛の時代だったんで、荷物がとにかく重くて(笑)。

長谷川: KDDIデザイニングスタジオのオープニングのインスタレーションも手がけましたよね。携帯電話のGPS機能を利用した宝探しのようなワークショップを開催したり。

-お互いに仕事仲間としてはいかがでしたか?

長谷川: 正直言ってしまうと、TOMATOのメンバーのなかではサイモンが一番仕事しやすかったですね(笑)。とにかく判断が速くて、具体的。オファーを受けた瞬間にやるべきビジョンが明確に見えていて、そのビジョンを伝える能力にも長けている。

サイモン: 僕は常にいろんなことを考えているからね。いろんなアイディアをストックしておくことで、クライアントの要望にスピーディに答えられるようにしているんです。

長谷川: そのアイディアが明確だからこそ、僕らもすぐに取りかかることができるんです。結局、10年くらい在籍していたなかで、サイモンとの仕事が一番多かったんじゃないかな。

-長谷川さんは現在、TOMATOのメンバーでありながら、W+K Tokyoのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務めています。これは一体、どういうことなんですか?

サイモン: TOMATOはクラブみたいなものなんだ。

長谷川: フリーメーソンみたいな感じなんですよ(笑)。TOMATOは会社組織のようにシステマチックに人を管理していない。オーストラリアの大学の学長もいれば、ドイツの大学の教授もいる。サイモンだってロンドンを拠点に日本のパートナーと共に〈ワーク ノット ワーク〉というブランドを展開している。そして僕はW+K Tokyoの職に就いている。例え一緒にいなくとも、メンバーのみんなとはTOMATOとして繋がっているんです。いずれ各々の経験を持ち寄って、改めてTOMATOとして何ができるのか。それが楽しみなんですよ。

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