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FEATURE| スタイリスト馬場圭介とUKとアドミラル。

スタイリスト馬場圭介とUKとアドミラル。

スタイリスト馬場圭介とUKとアドミラル。

100年以上の長い歴史を持ち、スポーツとの蜜月な関係から独自の進化を遂げた〈アドミラル(Admiral)〉。今季、その背景ともなるロンドンをテーマとした2型の新作スニーカーがローンチされた。そして今回、同じくロンドンを背景にした様々なカルチャーに造詣の深いスタイリストの馬場圭介氏を招き、プロダクトの魅力から自身のロンドン観についてまで話を聞いた。さらに盟友でもある写真家、戎 康友氏との撮り下ろしで実現した、貴重なファッションビジュアルも必見。

  • Photo_Yasutomo Ebisu
  • Styling_Keisuke Baba
  • Hair&Make_Takeo Arai
  • Model_ Keisuke Baba, Karolina(BRAVO)
  • Edit_Yuho Nomura
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馬場圭介

1958年熊本生まれ。スタイリスト大久保篤志氏より独立。長年、ファッションの一線で活躍しながら、自身がディレクションを手掛ける〈イングラテーラー バイ ジービー(ENGLATAILOR by GB)〉のディレクターとデザイナーも兼任。さらに現在も都内のクラブを中心にDJとしても活動するなど、その活躍は多岐に渡る。

スニーカーを選ぶ基準は、シンプルかどうか。

ー馬場さんといえば、あまりスニーカーを履かないことでも知られていますが、ご自身にとってスニーカーはどんな存在なのでしょうか?

馬場:そうだね。俺は本当に普段からスニーカー履かないからね(笑)。日本では、多分学生の頃から履いてないかな。撮影で海外に行ったときなんかには、たまに履くこともあるけど。俺らが若い頃はスニーカーなんて言葉も巷では使っていなかったし、年がら年中ほとんど革靴を履いているからね。

ー愚問でしたね(笑)。では、お仕事でスニーカーを使ってスタイリングを組む際などはどんなことを心掛けていますか?

馬場:仕事でスタイリングを組むときには、コーディネイトの邪魔にならない程度に、あくまでもアクセントとして使うかな。色もモノトーンを選ぶことが多くて、最近街でもよく見かける発色の良いカラーリングのものとかはあまり選ばないね。選ぶ基準はシンプルかどうか。単純明快だろ?(笑)

ーそういった意味では、今回のテーマでもある〈アドミラル〉の新作スニーカーの中でも〈マッキントッシュ フィロソフィー〉との共作モデルは、その条件ともマッチするのではないでしょうか?

馬場:そうだね。なんだか懐かしさを感じさせるデザインで、〈マッキントッシュ フィロソフィー〉とのコラボということもあってか、どこか上品な印象も漂っているよね。あとはやっぱりオールホワイトのカラーリングが良いかな。

ーもう1型の新作スニーカー、ブランドオリジナルとなる特殊なウール素材を採用したアドミラリティークロスシリーズはいかがでしょうか?

馬場:間近で見ないと認識できないほどのさりげないチェック柄がポイントだよね。スニーカーでツイード素材をあしらっているのも面白いし、レザーやスエードとの切り替えも絶妙。他にもブラウンとかあったらもっと売れそうだよね。

ーさらにこのモデル、最大の特徴としてウール素材でありながらも、ボディ全面に撥水加工が施されているんです。加えて耐久性が高いこともポイントになっています。

馬場:撥水なの? すごいね。日本だとあまり感じることは少ないかもしれないけど、〈アドミラル〉の背景でもあるロンドンはやっぱり雨が多いからね。俺は常に汚れても、濡れても平気な革のブーツばかり履いていたけど、このモデルなら便利そうだよね。しかも耐久性も強いなら尚更だね。

ザ・クラッシュの「London Calling」のPVで完全に魅了されたね。

ー続いて、今回の2型のそれぞれのスニーカーのテーマにも伴って、馬場さん自身のロンドン観なるお話も聞いていきたいのですが、そもそもいつ頃からUKカルチャーへ傾倒するようになったのでしょうか?

馬場:正確には覚えていないけど、大体中学生くらいの頃かな。既に解散していたけど、ビートルズの影響は大きかったね。当時、東芝のオーディオのCMで起用されていた、彼らの姿が特に衝撃的だった。それから19歳くらいの時にセックス・ピスルトルズが鮮烈なデビューを飾った。本格的に自分自身のムードがロンドン一色になったのはこのあたりの時期かな。そしてその後にザ・クラッシュの「London Calling」のPVで完全に魅了されたね。

ーロンドンのカルチャーと接触するきっかけは音楽だったんですね。その一方でファッションに対してはどんな嗜好をお持ちだったんですか?

馬場:ファッションも同じ。いや正確には、最初はみんなと同じようにアメカジだったかな。ネルシャツにデニム履いて。でもやっぱり音楽は変わらずイギリスだったってことと、23歳の時に初めて観た「さらば青春の光」を観てからはすぐにUKを意識するようになっていたね。鑑賞した後すぐにモッズコートを買いに上野の中田商店に向かったよ(笑)。

ー衝動買いしたわけですね(笑)。音楽、ファッションと少しずつロンドンへのムードが高まっていく中で、実際に渡英されたのはいつ頃ですか?

馬場:20代後半くらいの時期かな。2年くらい住んでいたかな。高校を卒業して熊本から東京へ出て来たんだけど、3年くらいして一度地元に戻ったんだよね。そしてしばらくの期間をおいて、また東京にやって来た。それからしばらくして急に思い立ってロンドンへ行こうと。そしてロンドンで暮らし始めて、しばらくしてからキュリオシティ・キルド・ザ・キャットのツアースタイリングをしていた大久保(篤志)さんがロンドンに来ていて、共通の知人を介して出会ったんだよね。それから日本へ戻って29歳の時に大久保さんのアシスタントをすることになったんだ。ロンドンに来たことで、そんな出会いがあったっていうのも面白いよね。

歴史がしっかりと紡がれているブランド。

ーなるほど。そんな運命的な出会いから師弟関係が始まったんですね。実際にロンドンでの暮らしはいかがでしたか? 当時のムーブメントやトレンドなどはどのように感じていましたか?

馬場:当時はすごく住みやすかったね。英語圏だし、言葉が分からなくてもなんとかなるもんなんだよね。ただ、その頃のトレンドはあまり記憶にないんだよな。ニューウェイブ系やニューロマンティック、パイレーツなんかの流れが一度終わって、これといったムーブメントがなかった気がする。ただ音楽では抜群にザ・スミスが流行っていたよ。その影響もあってか、クラブへはよく遊びに行くようになっていたと思う。当時はアンティークや古着なんかを日本へ送る仕事をしていたから、朝5時に起きて市場やフリマに行って、昼前には帰ってきて夕方まで寝ている、なんて生活をしていたんだよね。だからその後、夜にすることもなくなって、自然とクラブへと足が伸びていったんだ。なかでもリー・バウリーが手掛けた「タブー」ってクラブにはよく行ったね。パリを始めヨーロッパ以外の国からも沢山の面白い奴が集まってきて、いろんな出会いがあった。思い入れ深い場所だね。

ー今よりもずっと刺激のある時代だったんですね。その頃、〈アドミラル〉というブランドの存在は認識されていたのですか?

馬場:実は俺がロンドンに住んでいた時っていうのは、〈アドミラル〉ってブランドをよく知らなかったんだよね。でもロンドンに居た頃かは定かではないけど、例えばサッカーでマンチェスターユナイテッドの公式スポンサーだったり、あの象徴的なロゴの印象を目にする機会は何度もあった。スポーツとの関連性が強いんだな、というイメージは潜在的にあったと思う。

ーでは、いま改めて〈アドミラル〉のブランドについてどんなイメージを持たれましたか?

馬場:今の時代ってあまりUKをテーマにしたブランドは少ない気がしていて、そんな中でユニオンジャックの柄をしっかりと標榜していることは個人的には良いなと思いますね。また100年以上も歴史がしっかりと紡がれているブランドってそうそうない。それだけで十分に信頼が持てるよね。そういったロンドンのカルチャーが見え隠れするブランドなら、それだけで僕なんかはついつい買っちゃうんですけどね。

スニーカー 「Admiral×MACKINTOSH PHILOSOPHY」 ¥14,000、その他スタイリスト私物

スニーカー 「DOVER AC」 ¥11,000、その他スタイリスト私物

スニーカー 「Admiral×MACKINTOSH PHILOSOPHY」 ¥14,000、その他スタイリスト私物

スニーカー 「PARKLAND AC」 ¥13,000、その他スタイリスト私物

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