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FEATURE|BANGKOK NITES 空族と田我流が語る「バンコクナイツ」。オルタナティブな映画の作り方。

空族と田我流が語る「バンコクナイツ」。オルタナティブな映画の作り方。

BANGKOK NITES

空族と田我流が語る「バンコクナイツ」。オルタナティブな映画の作り方。

「移民・土方・ヒップホップ」をテーマに、大資本に頼らず作った前作『サウダーヂ』が国内外の数多くの賞を獲得した映像制作集団・空族。多くのひとが首を長くして待った、6年ぶりの次作『バンコクナイツ』が2月25日(土)から公開します。バンコク、イサーン(タイ東北地方)、ラオスで撮影を敢行し、娼婦、家族、在タイの日本人などさまざまな登場人物を描きながら、歴史や戦争、資本主義など孕んだテーマは壮大そのもの。そのリアルな語り口、ストーリーや登場人物の心情を代弁するような音楽の使い方など、見所は数多くあります。そして大資本に頼らず、彼らはどんなスタイルで映画を撮っているのか。今作でも登場する盟友・田我流(stillichimiya)と、空族の中心人物である富田克也、相澤虎之助とタイ料理をつまみながら、作品を振り返ってもらいました。作品の話はもちろん、このメンバーでないとあり得ないような脱線話も必読です。

  • Photo_Erina Fujiwara(interview)
  • Text_Hikaru Sudoh
  • Edit_Shinri Kobayashi
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STORY
タイの首都、バンコク。日本人専門の歓楽街タニヤ通りの人気店、「人魚」でNO.1のラックは、イサーン(タイ東北地方)からバンコクへ出稼ぎに出て5年が経った。日本人のヒモ、ビンを連れまわし高級マンションで暮らす一方、ラックの支える大家族は、遥かラオスとの国境を流れる雄大なメコン川のほとり、ノンカーイ県に暮らしていた。確執が絶えない実母ポーンと今は亡きアメリカ軍人だった2番目の父との息子、ジミー。ラックは種違いの弟ジミーを溺愛している。
ある晩、謎の裏パーティーで、ラックは昔の恋人オザワと5年ぶりに再会する。ノンカーイから出て来たてだったラックの初めての恋人がオザワだった。元自衛隊員のオザワは、今では日本を捨てバンコクで根無し草のようにネットゲームで小銭を稼ぐしかない沈没組。オザワがラックに会うには金がいる。戸惑うふたり…。そんな折、オザワはかつての上官で、現在はバンコクで店を営む富岡にラオスでの不動産調査を依頼される。
かくして、いくつもの想いを胸に秘めたラックとオザワは、バンコクを逃れるように国境の街ノンカーイへと向かうことになったが…。
古来、国境紛争に翻弄され続けたイサーン。物語はその雄大な“イサーンの森”の闇の奥へ、舞台はやがてラオスへと、かつてインドシナを深く抉ったベトナム戦争の癒えぬ傷を映しはじめる―。

左:富田克也(空族)、中央:田我流、右:相澤虎之助(空族)

登場人物が重なる、空族的パラレルワールド。

-空族が過去に制作した『国道20号線』(07年)と『サウダーヂ』(11年)には「タイは楽園だぞ」というセリフがあるように、富田さんと相澤さんはかねてからタイを意識されていたことがうかがえます。また、『バンコクナイツ』試写会での舞台挨拶のとき、相澤さんは「構想10年」とおっしゃっていました。まず、なぜタイを舞台に映画を撮ろうと思ったのですか?

富田:構想10年ってことでいうと、いまから10年前はちょうど『国道20号線』を撮ってた時期と重なるんですけど、そもそもぼくと相澤が「空族」と名乗り始めるよりも前に、相澤はすでに…。

相澤:90年代にぼくはバックパッカーやってたんです。それで、リュック背負って東南アジアとかインドとかいろいろ回るときの中継地点が、タイのバンコクだったんですよ。

田我流:まだ直行便がなかったから?

相澤:そうそう。で、そこで8mmカメラを持って旅しながら、“アジア裏経済3部作”と銘打った「バビロン」シリーズっていうのを構想したんです。東南アジアの町を歩くと、タクシーの運転手とか現地の人が寄ってきて、だいたい3つのことを聞いてくるんですよ。まず「女は要るか?」、それから「ドラッグは要るか?」、極め付けは「銃を撃ちたいか?」。これはいったいどういうことだと、「麻薬・武器(戦争)・売春」をテーマにカメラを回し始めたのがそもそもの始まりですね。

富田:その3部作の第1作で、3つの裏経済のうち「麻薬」を扱った『花物語バビロン』(97年)って作品の自主上映会を学生時分の相澤たちがやってて、それをぼくが観に行ったんです。そこで初めて相澤と出会って、それから数年経って空族として『国道20号線』を共作したんです。その撮影が終わった段階で、それまで彼からずっと聞かされていた東南アジアに一緒に行こうって話になって。これがぼくにとって生まれて初めての海外旅行になったんですけど。

-それでタイへ?

富田:いや、タイは相澤がすでにだいぶ回ってたんで、カンボジアへ。ただ、さっきデンちゃん(田我流)も言ったように直行便がないから乗り換えのために行きと帰りにバンコクで一泊するわけです。その夜にバンコクの町を歩き回ってたら、タニヤストリートっていう、『バンコクナイツ』のテーマになる場所を目撃して。

相澤:タニヤっていうのは、日本人の観光客や駐在員向けの、いわば高級な歓楽街。だからぼくもバックパッカー時代は行ったことがなかったんですね。バックパッカーはだいたいカオサンロードみたいな安宿街に集まるんで。

富田:2人で初めてタニヤを目撃して、「ここはいつか絶対に映画で撮りたい」ってなったのが10年前です。そのあとぼくらは8mmを回しながら東南アジアをちょくちょく歩くようになって、その中で相澤の「バビロン」シリーズ2作目の『バビロン2 -THE OZAWA-』(12年)ができる。これはベトナム戦争、つまり「武器(戦争)」を扱った作品なんですけど、そこで元自衛隊員の「オザワ」っていう、『バンコクナイツ』でぼくが演じたキャラクターが初めて登場するんです。

相澤:とどのつまり、一緒に現地に行く人が役者になるだけという(笑)。

富田:初めてカンボジアに行ったときに、現地に着くなり相澤から「ちょっとこれに着替えて」ってアロハシャツを渡されて、「じゃ、映画撮るから」って言われて(笑)。

相澤:しかも主役でしたからね(笑)。

富田:さらにいうと、『バビロン2』はオザワがベトナム、カンボジア、つまりインドシナを旅する話なんですけど、そこで一人の日本人男に出会う。それが「古神(コガミ)」っていう自称革命家で、オザワは彼に連れ回されてインドシナの歴史を知っていく。この古神も、オザワと同じく『バンコクナイツ』に出てくるんで、そうやって全部『バンコクナイツ』にスライドしていってるんです。

結局、ぼくらは20年近く映画を作ってきたけど、いろんな作品の中に同じ名前を持つ登場人物がいて、それぞれの作品が関連し合っているというか、パラレルワールドみたいな。

田我流:輪廻転生に似てますね。

富田:そうなってたね~。

相澤:『バンコクナイツ』の前にタイで撮った短編『チェンライの娘』(12年)では、俳優の川瀬陽太さんが主役の「金城」っていう男を演じてるんですけど、やっぱり『バンコクナイツ』でも同じように川瀬さんに金城を演じてもらってて。この2人の金城はちょっと関係があるんだけど、厳密には違う。そういう感じで使い回してる。

富田:結局、この10年のあいだに『バビロン2』を作ったり『サウダーヂ』を作ったりしつつも、根底には「いずれ『バンコクナイツ』を撮ろう」っていうのが脈々とあったから、やっぱりいろんな場面で絡み合っていったんでしょうね。

現地でのリサーチとアピチャッポン監督が交わる「イサーン」という地。

-『バンコクナイツ』制作にあたっては、どのくらいの期間、あるいは頻度でタイに行かれたんですか?

富田:『バンコクナイツ』の制作に本腰を入れてからだと、4年ですね。『サウダーヂ』の公開がある程度済んで、ぼくたちの手を離れたあとようやくバンコクに行って。たとえばぼくと相澤でまず1カ月滞在して、そこで得たものを持ち帰って、日本で3カ月くらい過ごして、また2カ月バンコクに行くとか。徐々に向こうに滞在する期間を延ばしながら断続的に4年間通い続けて、クランクイン前の1年間は、ぼくはバンコクにずっと住んでました。

相澤:結局、のべ2年以上は向こうにいたってことになるのかな。

-そうやって日本とタイを行き来しながらリサーチをしていく過程で、構想時に思い浮かべていたシナリオが変化したり膨らんでいくこともあったと思われますが、そのあたりはいかがですか?

富田:『バンコクナイツ』っていうタイトルと、タニヤを撮ることだけは10年前に決まってたんですよ。で、いよいよバンコクに乗り込んで、まずは夜の町をほっつき歩くところから始まるわけですけど、ぼくらはトゥクトゥク(三輪タクシー)とかに乗ったときに、必ず運転手に話しかけていったんですね。で、「どこの出身ですか?」って聞くと、運転手の90%以上が「イサーンから来た」って。タニヤで働いてる女の子たちにも同じ質問をしていくと、彼女たちの80%近くが「イサーン」って答えるわけです。

相澤:要は、“バンコク”ナイツを撮りに行ったのに、そのバンコクの労働力は、イサーンの人たちに大きく依存しているということがわかった。

富田:だから当然気になって調べてみると、イサーンというのはタイの東北地方19県の総称で、非常に貧しい地域であると。だから大量の出稼ぎ労働者がバンコクに流入してる。じゃあ、イサーン地方も見に行かなきゃならんと北のほうにどんどん旅をしていくことになって、イサーンという場所が大きくシナリオに入り込むことになったという流れがひとつ。もうひとつ、ぼくたちは音楽にも興味があって。

-『バンコクナイツ』には音楽映画としての側面もありますね。

富田:まずは、とにかく現地で見聞きするあらゆることを吸収しようと、勝手に耳に入ってくる音楽から始まっていろいろ聴いていった。そのなかで引っかかるものがいくつか出てくるんですけど、その道筋をたどっていくと、どれもイサーン発信の音楽だった。つまりイサーン・ミュージックっていう強烈なジャンルがあることを知ったわけです。だから出稼ぎ労働者と、音楽っていう2つのルートからぼくたちはイサーンに到達したことになりますね。

相澤:あと、カンヌ映画祭でタイ映画史上初のパルムドールを受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が、ずっと映画のテーマにしてた場所もイサーンだったんですよ。

富田:そう。だからある意味、ぼくらは直感的、体感的にイサーンに辿り着いたわけだけど、アピチャッポン監督がその選択に裏付けを与えてくれたというか。それで「よし、イサーンに照準を合わせるか」って話になりました。

相澤:この時点で、イサーンから出稼ぎでバンコクに来て、タニヤで働いている女の子「ラック」の物語っていう、映画の根幹部分ができたんです。それ以降は、現地に入って、いろんなものを溜め込んで溜め込んで、ある程度溜めきった段階で「よし、いまからシナリオ書きましょう」みたいな。

-まさに劇中でラックとオザワがバンコクからイサーンへ旅したように、映画そのもののシナリオも旅の中で膨らんでいったわけですね。

富田:今回、ぼくたちはイサーン地方の中でもノンカーイという場所をラックの故郷に選んでるんですけど、このノンカーイが特徴的だったのは、国境の町であるということ。つまりメコン川がタイとラオスの国境の役割を果たしてるんですけど、ノンカーイはそのメコン川に沿った横に長い県で、川を渡るとすぐラオスの首都ヴィエンチャンがある。で、ラオスという国はベトナム戦争と深く関わっているということを『バビロン2』の経験から知っていたので、そのラオスとの国境の町・ノンカーイを次の舞台として設定したんです。

相澤:イサーン地方というのは、北と東はラオスと、南はカンボジアと国境を接していて、国境紛争が絶えなかった場所でもあるんです。それもあって、イサーンの人々は文化的にも民族的にも、実はラオス人に近い。というより、もともとラオス人の土地だったのが、国境紛争でタイに編入されたっていう歴史があるんですね。だから特にノンカーイとか北部で話されているイサーン語っていうのは、ほとんどラオス語に近い。それゆえタイの中央からしたら差別の対象でもあった、そういう地域なんです。

富田:イサーンの人たちは古来より国境紛争に翻弄されてきて、トドメにベトナム戦争があった。だから、自分たちのアイデンティティを強く保たなければいけなかったんじゃないか。それが、彼らの音楽に非常によく表れている気がするんです。

相澤:まさにそうなんです。自分たちのカルチャーをちゃんと持ってるっていうことが、音楽から見ても一目瞭然。しかも明るくて力強いんです。

富田:当然、最初は言葉がわからないから音から入るんですけど、一聴して「かっけー! 古いレゲエみたいじゃん!」って思ったんですよ。独特の裏打ちのビートがあって、音作りも似ていて。それで今度は歌詞を調べていくと、その多くが娼婦や、身売りされていく自分の姉や妹たちのことを歌ってる。「君を買い戻す」なんて直截的なタイトルがあるくらい。

あとは貧困をはじめとする国内の社会問題や、ときには世界情勢を厳しく批判するような歌があって。一方で「クサがあれば何もいらねえ」みたいなグダグダな歌詞もあったり。

相澤:ガンジャの歌もいっぱいあります(笑)。あとはタイ人賛歌や故郷賛歌も。こうしたイサーンの音楽は「プア・チーウィット」と呼ばれていて、これはタイ語で「生きるための歌」という意味なんです。

富田:要するにイサーンの音楽は、ものすごいレベルミュージックでありプロテストソングなんだと。それを知って、その土地の持つ歴史や音楽や、つまりその土地の文化に『バンコクナイツ』は鼓舞されていったんです。それで『バンコクナイツ』の中であれだけたくさんの音楽が流れるようになったというわけです。

自分のなかに何かを降ろして、音楽を生み出す。

相澤:もうひとつ、劇中では「モーラム」っていう音楽も使われていて、これはラオス発祥の音楽なんですけど、イサーン・ミュージックといっても過言ではない。このモーラムについてもいろいろ調べて、日本でタイ音楽の再発シリーズを監修したりしてるSoi48(宇津木景一&高木伸介。『バンコクナイツ』の音楽監修も担当)っていうDJユニットがいるんですけど、彼らによれば、モーラムは歌じゃなくて語り芸なんだと。

富田:「モー」は「達人」、「ラム」は「語り」っていう意味だから、モーラムを直訳すると「達人の語り」なんです。要は、トラックに合わせて即興で語り芸をする。まんまヒップホップのフリースタイルと同じなんですね。

相澤:モーラムの起源はラオ族の精霊信仰、つまりシャーマニズムにあるとされているんですけど、そんな伝統音楽が、現代でもポップスやテクノと融合して広く聴かれているんです。マニアックな民族音楽好きの人たちじゃなくて、一般の人たちが普通に聴いて踊れるダンスミュージックとして。それを知って、これはものすごい文化なんじゃないかって。

富田:ただ、そういう裾野の広がり方をしている一方で、古くからある正統的なモーラムは危機に瀕してもいるんですね。『バンコクナイツ』に出演してもらったモーラム歌手のアンカナーン・クンチャイさんは、タイの人間国宝で、彼女のモーラムは一子相伝なんです。つまりものすごく高度で複雑な技術を必要とする。だから昔は村で一番歌の上手い子供をモーラムのお師匠さんが引き取って、一生かけてその子を一人前の歌い手に育て上げていたんですけど、いまやその継承者がいなくなりつつある。

-『バンコクナイツ』劇中で、そのアンカナーンさんがラックに向けてモーラムを披露するシーンは、ハイライトのひとつですね。

富田:さっき相澤がモーラムの起源はシャーマニズムだって言いましたけど、なかでも特に古いとされるラム・ピー・ファー(「ピー・ファー」は「天の霊」という意味)というモーラムは、病気になった女性をシャーマンが自身に精霊を憑依させて治療するというものだった。イサーンは貧しい土地ゆえに家庭に生まれた女性が代々娼婦をやらなければならないという、途切れることのない連鎖があるわけですよ。

『バンコクナイツ』の劇中でも、ラックの母親もかつて娼婦だったであろうことを臭わせているし、ラックの下の世代もおそらく娼婦になっていく。だから「そういう女性の人生を癒すようなモーラムを」とだけアンカナーンさんにお願いして撮れたのが、いまおっしゃったモーラムのシーンなんですよ。

相澤:あれは、ただただすごかった!

富田:ぼくらがバタバタと撮影の準備をしている最中、アンカナーンさんはずっと祭壇に向かって目を閉じて手を合わせていたんです。ようやく準備が整っても彼女は同じ姿勢のままじっとしてたんですけど、こちらが「よーい、スタート」ってカチンコ鳴らした瞬間、くるっと振り向いて一発であのカット。それを見て、『サウダーヂ』でデンちゃんがやったフリースタイルのルーツも、ここにあったのかって思いました。

田我流:自分に何かを降ろす?

富田:そうそう。あのシーンでは、モーラム発祥の瞬間に近い状態を捉えたいっていう思いがあってさ。それをアンカナーンさんにお願いして、彼女がそれに応えてくれたわけ。彼女が発する“ラム(語り)”の源流はシャーマニズムであり、人を癒すためのものだということで。デンちゃんも『サウダーヂ』で「猛」というキャラクターの背景を全部言葉にしたわけじゃない。そういう意味ではモーラムもラップも同じなんだなと。もちろんヒップホップっていうのはアメリカ発祥の音楽なんだけど、根源はまったく一緒だろうなっていう感覚があったんですよね。

田我流:やっぱり音楽って、なにかしら受け取って作ってるものだから。俺も最近よく思うんですけど、ものすごく穏やかな人が、ものすごく暴力的な音楽を作ったりするじゃないですか。「こんな人がなんでノイズ・ミュージックやってんだろう?」みたいな。だから、理由がないとその音は出てこないから、みんな何かを受け取って、自分をフィルターにするみたいな形で音楽にしてるんだろうなって思いますね。

映画話から脱線し、「おまえは俺か」という意識へ。

-田我流さんは、タイの音楽には以前から触れてらしたんですよね?

田我流:俺は、前々からレコードが気になってて。大阪のEM Recordsっていうレーベルが、それこそさっき話に出たSoi48が監修したタイ音楽シリーズとか、ほかにもハワイの宗教音楽とか奇怪な音源をいっぱい再発してて、「これはおもしろいな」って思ってたまたま個人的に買ってたんですよね。で、実際にタイに行ったときも、当時タイのレコード屋に勤めてた知り合いにタイ音楽の成り立ちとかをレクチャーしてもらったんですよ。そしたら、たまたま虎さん(相澤)も監督も同じものを聴いてるし、しかもこれが『バンコクナイツ』の音楽になるっていうのは、導きだなって。

富田:“導き”だね。

田我流:点と点がつながって線になって、やがては面になるみたいな。特に音楽ってそういう側面があって、たとえばよくレゲエで「ガイダンス」とか「ナビゲーション」とか言ったりするけど、自分が向かう先に流れてる音楽がキーになってどんどん物事が発生していくから。そういうことを考えるとさっきのシャーマンっていうのは、いまの俺らの生活からはかけ離れた存在だけど、やっぱり第六感的なところで勝負してるっていう意味では、音楽やってる人間と近いのかもしれないですね。

富田:そのシャーマンとか第六感とか、超自然的なものの話で思い出したんだけど、こないだデンちゃんがおもしろいこと言ってたんですよ。つまりデンちゃんは「自分と他人の境目が薄れて消えていくような状態をイメージできるか」って言うんです。でね、そういうものを感じる背景ってなんなのかなと考えたら、やっぱり「ワイルド」ってことなんじゃないかなと。つまり自然とかそういった“周囲”と自分や自己といった割と新しい人間の意識の境目の曖昧な状態、いうなれば“まどろみ”に近い状態に身を置いておく、という感じですかね。

田我流:ワイルドな土地って意味では、俺はまだタイとラオスとカンボジアしかまだ行ったことないですけど…

相澤:十分だよ(笑)。

田我流:一人で1カ月くらい東南アジアを回ったことがあるんですけど、とにかく果てしなく疲れるんですよ。その疲れる理由がすごい知りたくなっちゃって、その後も何回か行ってて、『バンコクナイツ』の撮影でも行って、いろいろ考えた末に思ったのが、土地が持ってる力が強いからじゃないかってこと。それプラス、そこに住んでる人の信じてるものの強さも関係してるのかな。

もともと日本も八百万の神とか、そういう意味での信仰心は強いと思うんですけど、東南アジアは、音楽も含めて神様と直結してる感じがするというか…。さっき「パラレルワールド」って話が出ましたけど、俺は昨日、ちょうど「パラレルワールド」って曲を書いてたんですよ。

富田・相澤:おおお~(笑)。

田我流:そのね、なんで自分と他人の垣根が…。

富田:いいタイトルじゃん。

田我流:この話やめましょうか。たぶん映画関係ないし。

富田:いや、それしたほうがいいよ。

田我流:その曲を書いたきっかけは、藤子・F・不二雄の『パラレル同窓会』っていう短編なんですよ。要はいまこの瞬間に、違う時間軸を生きてきた自分が全員集まって同窓会をするっていう話なんですけど、この世の中で、いまここに自分がいるってことは、たぶん天文学的な確率と、絶妙なバランスの上に成り立ってると思うんです。

それをものすごい大きなスケールで見ると、たとえば輪廻転生があるんだったら、未来に行こうが過去に行こうが、誰に生まれ変わろうが、あんまり関係ないんですよ。それこそさっき言ってた映画の配役みたいに、俺はまたすごい確率でどこかの誰かに転生してるんじゃないかって思ってて。だから自分と他人の境目がないって話は、そこからきてるんですよ。「おまえは俺か」みたいな。

相澤:すごいね。

富田:結局シャーマンとかもさ、自分の中に何かを降ろして、自分ではない何者かになろうとしたり、そういうことじゃん。

田我流:そういうのあると思うんですけどね。

人生観が変わる、ラオスという圧倒的な土地。

中央:金城役・川瀬陽太さん

-先ほど少しキャスティングの話が出ましたが、空族は基本的にプロの俳優を使わず、信頼できる友人を役者として起用しているというのも特徴的ですね。

相澤:ぼくたちは自分たちの周りの友達を撮ってるだけなんで。例外的に川瀬陽太さんだけはプロの俳優ですけど。

富田:ほんと川瀬さん一人だけだよね。

相澤:あの人は友達っていうか、もはや空族なんで(笑)。

富田:『バンコクナイツ』を撮るにあたっては、当然タニヤの女の子たちにも出演してもらってるわけですけど、彼女たちも含めて、ぼくらが町ほっつき歩いてる中で「あ、この人に出てほしい」って思った人々、要は仲間になっていった人たちに出てもらうっていう流れなんですよ、いつも。

右から二人目:古神役・田我流

-田我流さんをラオスに現れる古神役に起用したポイントは?

富田:やっぱり『サウダーヂ』の猛よりも、というか、パラレルワールドだとするならば、あの猛のその後っていう意味に捉えることもできるし、だとしたら、それこそどういう展開にするかってのは、我々にとっても最高の工夫の面白みなわけですよ。

田我流:なんか俺、ヤバいセリフ言ってましたよね。

富田:「桃源郷、ユーノウ?」とか(笑)。まさか一宮(日本一の桃の里であり、04年の町村合併で消滅した山梨県東八代群一宮町。田我流が所属するヒップホップユニット「stillichimiya」はこの町村合併に反対するムーブメントとして生まれた)のことを、というか、これまでstillichimiyaが音楽でやってきたことの根幹を、ラオスの山岳地帯で、しかもセリフとして言わされると思わなかったでしょ(笑)。

相澤:あのシーンのセリフは、実はぼくたちがstillichimiya自身から聞いた言葉なんですよ。一宮の山道を車で走ってる最中に。

富田:stillichimiyaのMMMがね、「このへんの桃畑もいつかなくなって、いずれ昔のジャングルに戻るときがくる。そしたら俺たちはそこに立てこもって、反逆の狼煙を上げようと思ってるんです」って。

相澤:かっこいい!

富田:そのセリフいただき! みたいな(笑)。それを彼らにもう一度言ってもらったっていう話なんですけど、よくよく考えてみればstillichimiyaがやってきたことってのは、きっとそういうことだったんだっていうのをぼくたちはそこで再発見することになって。まあ『バンコクナイツ』ではね、デンちゃんが演じる古神はオザワに「あんたたち共産ゲリラなの?」って聞かれて否定しますけど、『バビロン2』での古神っていう男は…。

相澤:自称革命家。

富田:っていう設定だったんで、「よし、デンだろう」って話になって。映画中盤の最大のピークでもあるラオスシーンでどうだ!不足ないだろうって(笑)。

田我流:あのシーンもヤバかったけど、それ以外のラオスもヤバすぎて。ラオスはね、何回行ってもヤバい。

相澤:ラオスはヤバいんですよ、ほんとに。

田我流:行けばわかるけど、もうヤバい。人生観が変わる。自然もすごいし、木とか土とか、プリミティブな力がハンパない。さっきも言ったけど、だから疲れちゃうんですかね?

相澤:実は東南アジアの中でも、ラオスは自然も人も日本に近い感じがするんですよね。タイの南部とかカンボジアはほとんど南国なんですけど、ラオスに入って北上するにつれて自生してる植物とかもだんだん日本と似てくるし、人々の顔や佇まいも日本人とそっくりになってくる。

富田:地形的にも、ラオスは東南アジアで唯一海のない山岳国なんですよね。山梨県も海のない県だからか、ぼくもカンボジアもタイもベトナムも回りましたけど、ラオスが一番しっくりくるんですよ。「なんだろう、来たことのない国に感じるこのノスタルジーは」みたいな。おそらく我々はどこかで、自分たちの原風景みたいなものをラオスに重ね合わせてるんでしょうけど。

田我流:強烈な何かがね、ありますよね。DNAレベルで刻まれてるような。

相澤:やっぱりラオスは、ぼくたちの郷愁、サウダーヂみたいなものにダイレクトに響く場所でもあるんです。それでいてモーラムみたいな音楽が表現としてあって、ほんと不思議な国。

田我流:ガツーンときますね、あそこ。行くたびにトバされる。超トバされる。だから俺の中ではラオス=トビの国(笑)。

富田:はっはっは(笑)。

田我流:危なすぎる。俺、初めてラオスに行ったときに熱出しちゃったんですよ。それまで現地で会った外国人とかおもしろい奴らと何人かで一緒に行動してて、みんな「次の飛行機でベトナム行くぞ」みたいな感じになってたところで、俺だけ一人でルアンパバーンのゲストハウスに取り残されて。

そこで3~4日間ぐらい熱が下がらなくて、ずーっと悪夢っていうか、何かを見続けたんですね。で、やっと起き上がれるようになって、ふらふらとストリートに出たときに「ここはどこなんだ!」みたいになって。

富田:そのとき、デンちゃんからスカイプきて話した(笑)。

田我流:ほんと綺麗だったんですよ。ナイトマーケットがぐわ~んて歪んで見えて、地元の人もめっちゃニヤニヤしてて、それがなんか、なんていうんだろ…。

富田:「おまえは俺か」?

田我流:そう。まさにそうなったんですよ、あんとき。あれはヤバかったな。そのあと、『バンコクナイツ』の撮影でまたあそこに行ったってこともけっこう衝撃だったんです。しかも俺の友達も出たりカメラやったりとかしてるし(『バンコクナイツ』にはstillichimiyaの田我流とBig Benが出演、MMMとMr.麿の映像ユニット「スタジオ石」が撮影、Young Gが音楽・音声で参加している)。話がそういうふうに進んでいくと俺も思ってなくて、「なんの因果かなー」と。

富田:カルマだね。

田我流:カルマっすね。

富田:そうそう、タイは仏教国で、その教えが生活に根付いてるからか、アピチャッポン監督も普通に「カルマ」って言うんだよね。何回か偶然彼と出会ったことがあって、俺は「いやー、偶然だね」って話しかけるんだけど、彼は真顔で「カルマだ」って。

田我流:カルマとかデジャヴとか、一番解き明かさなきゃいけない謎な気がするんですよね。デジャヴを見るってことは、たぶんもう死んでるんですよ。

富田・相澤:マジで!?(笑)

田我流:すでに死んでる。これは何回目のループなのか、自分で気づかなきゃいけない。でも、きっと同じルートしか生きられないんですよ。こういうこと言い出したらマズいな俺(笑)。

「危険な場所が楽園なんだ」。

-じゃあ、話を一度ラオスに戻しましょうか(笑)。

相澤:そう、ラオスって、自然が豊かでのどかで、そこに住んでる人たちも穏やかで感じがいいんですけど、一方で彼らはものすごく誇り高い人たちだとぼくは思ってるんです。要するに、自分たちの生活を守ってきたっていう歴史と、これからも守り抜くんだっていう意志みたいなものを節々に感じるんですよね。

富田:日本から見るとね、つまり先進国側の論理からするとラオスは発展途上国となり、貧しい国であり、人々もまだプリミティブな生活を送っている、となってしまう。でもそうじゃなくて、ああこの人たちは、いまの日本みたいにクソみたいにならないように自らを律し守ってきたんだなって。

相澤:簡単にいえば、自然を大事にしようっていう思想が根付いてるんですよね。だから料理もおいしいんですよ。野菜は新鮮だし、余計な味付けをしたりしない。そういうところも日本とけっこう似てて。

富田:ぼくらも最終的に生き物だから自然の中に含まれるわけじゃないですか。つまり大きな循環の一部であって、まさにデンがさっき言った「おまえは俺」みたいな、自分と他人の境目なんてはじめからないに等しいものに思えてくるんじゃないかな。

相澤:そういう自然の中に生きてる感じを再確認するっていうか、それが当たり前になるんでしょうね。だから、わざわざ「エコロジー」とか「ロハス」とか、そういうことを言わなくてよくなるみたいな。

富田:自然を味方につけたほうが間違いないなって。そもそもなんでラオスに行ったかっていうと、ある段階で虎ちゃん(相澤)の嗅覚が働いたからなんですよね。「俺、ラオスだと思う」って。

そのときぼくはまだカンボジアの衝撃直後だったから「ええ~、ラオスって北でしょ?もうちょっとだけ、この南国っぽい感じに浸らせてくれよ~」みたいな感じで渋々同行したんですけど、ラオスを見て「ああ! ラオスだった!」って、即座になったからね。

相澤:意味がわかんなすぎる(笑)。

-そのときの相澤さんの「ラオスだと思う」っていうのは、直感めいたものだったんですか?

相澤:まあ、本当のところ自分でもよくわかんなかったんですけど、ひとつだけ理由があって…。もう、くだらない理由なんですけど、自分もいろいろ旅をして、何回かものすごく危ない目に遭って「これはさすがにヤバい」って瞬間があったんですよ。そういう瞬間って、よくよく考えてみると、全部ラオスで起こってたんです。

富田・田我流:はははははは(笑)。

-でも、『バンコクナイツ』の劇中でも、「危険な場所が楽園なんだ」みたいなセリフもありましたし。

富田:その通りです!

相澤:だから、それは「ワイルド」ってことでもあるんですけど、もうひとつ、モン族という民族がラオスやベトナムの山岳地帯に昔からずっと住んでるんですよ。彼らはベトナム戦争を戦ったんですけど、なぜ彼らがアメリカを相手に戦い抜けたのかっていう疑問がずっと自分の中にあって。それには共産化が云々みたいな話がついて回るんですけど、実は彼らにとって共産主義なんてどうでもよかったんじゃないかなって。

つまり彼らは自分たちの土地を守っただけで、それは植民地支配を受けていた時代から変わらない気がするんですよね。そういうタフさっていうのはなかなか表には出てこないんですけど。

富田:前に虎ちゃんと話したんですけど、いま世界で共産主義もしくは社会主義が残ってるのは、キューバ以外は全部アジアの国々なんですよ。つまり中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス。カンボジアも一時期、ポル・ポト政権下ではそうだった。じゃあ、なぜこれだけアジアに共産主義が残ったのか。もちろん、それは厳密には字義通りの共産主義じゃないんですけど。

相澤:アジア的な共産主義なんですよね。

富田:要するに、共産主義がアジア的なものに融合しやすかった。結果、それはイデオロギー云々じゃなくて独立闘争の方便として機能した。その闘いっていうのは、守りたいものがあったからこそ生まれたわけで、じゃあ彼らは何を守ろうとしたのか? 「楽園を守ろうとしてたんだ」という結論に至ったんです。

田我流:おお~。

富田:彼らが守ってきたから、今も残ってる。だから、ちょうど『バンコクナイツ』がクランクインするちょっと前、俺たちが「ラオスだ!」って盛り上がってるときに、村上春樹が『ラオスにいったい何があるんですか?』って(笑)。

相澤・田我流:わはは(笑)。

富田:まあ、その本はラオス行って癒されましたみたいな旅行記だったみたいですけど(笑)。それで虎ちゃんがこないだね、どこかで書いたんでしょ? ラオスには何があったんだっけ?

相澤:「音楽があった」って、モーラムのことを書いた。

富田:でも、ぶっちゃけ「ラオスには何があるんですか?」みたいに言われちゃうのは、アメリカがラオス相手に行った秘密戦争の歴史を隠してきたからなんですよね。つまり、実はラオスっていう国はベトナム戦争中に、米軍による最も激しい爆撃を受けた国なんですよ。人類の戦争史上最大量の爆弾が落とされているのが実はラオスなんです。ナチス・ドイツに連合軍が落とした爆弾の2倍だと。

相澤:それは南にいるベトコンに北ベトナム軍が支援物資を送るための補給路がラオスに引かれてたっていうのと、北爆を終えた米軍機が帰りの燃料を節約するために、余った爆弾を全部ラオスに落としていったのが大きいんです。

富田:それをアメリカがずっと秘密にしてきから、世界的にラオスという国が謎に包まれたまま、「世界で最も秘密の場所」なんて呼ばれるようになっていったんですよね。

-空族は従来の日本映画とはまったく異なる手法で映画を撮り続けているわけですが、田我流さんから見た空族のおもしろさって、何だと思われますか?

田我流:たぶん、あるポイントにカメラを置いたとき、監督とかカメラマンとか役者も含めて、みんなそこで撮れる絵面をある程度想定してると思うんですよ。撮られてる側からすれば「たぶん、こういうのを撮りたいんだろうな」みたいな。でも、そういう想定を超えたものが撮れちゃってるのがおもしろい。だからモニターで見たときに、「これはいったいなんなんだ?」「なんでこうなった?」ってなるし、そういうよくわからなさみたいなものが一番魅力なんじゃないかなって。

富田:よくわからなさね(笑)。

田我流:普通だったら表情がどうとか声の調子がどうとか演技指導するんだと思うんですけど、空族の映画はその場で出てきたもので作っていく感じ。だからリアルで、リアルなんだけど、超フィクションってとこが一番ヤバい。

相澤:素晴らしいまとめだね。

田我流:フィクションとノンフィクションの境目が曖昧になって、そこにファンタジックなものが生まれるんじゃないかって俺は思いますけど。

-そう聞くと、メイキングも観たくなってしまいますね。

富田:実は、今回メイキングができるんです。『バンコクナイツ』の制作では初めてクラウドファウンディングにチャレンジしたんですけど、支援してくださったみなさまへのリターンとして魅力的なものを、と思いまして。その中に、DVD5巻組10時間ドキュメンタリーっていうのがあるんですよ。だけど、この10時間バージョンはクラウドファンディングで支援してくださった方だけのものなので、公開も販売もできないんですけど、いずれ2時間前後に再編集して劇場公開版を作ろうと思ってます。

相澤:10時間バージョンは、みんなの醜態を余すところなく?

富田:ヤバい(笑)。もう、ラオスに行ったときのデンちゃんなんか、完全にシャーマンになってるから(笑)。

田我流:えっ! あのときの映像って残ってるんですか?

富田:まあ、デンも我々も全員ラオスにトドメを刺されたってことね。

田我流:仕上がったってことですよね(笑)。

富田:おまえと俺の境もなくなった(笑)。

『バンコクナイツ』

監督:富田克也
出演:スベンジャ・ポンコン、スナン・プーウィセット、チュティパー・ポンピアン、タンヤラット・コンプー、サリンヤー・ヨンサワット、伊藤仁、川瀬陽太、田我流、富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
2016年/日本・フランス・タイ・ラオス/182分/DCP/
配給:空族
www.bangkok-nites.asia
©Bangkok Nites Partners 2016
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