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FEATURE|Sneaker Journal vol.2 ミタスニーカーズはなぜ世界から注目されているのか?

ミタスニーカーズはなぜ世界から注目されているのか?

Sneaker Journal vol.2

ミタスニーカーズはなぜ世界から注目されているのか?

スニーカーにまつわるさまざまな事象を取り上げ、フイナム的な視点で掘り下げていく連載企画『Sneaker Journal』。今回は、東京・上野を代表するスニーカーショップとして知られる『ミタスニーカーズ』をフィーチャー。近年は様々なブランドと積極的にコラボレーションや別注を展開している同店は、日本国内はもとより、海外のスニーカーマニアからも熱い視線が注がれています。いったいいつから、どのようにして、『ミタスニーカーズ』は世界から注目される存在へと昇華したのでしょうか? また、そもそもこのショップのルーツはどういったところにあるのでしょうか? 同店のクリエイティブディレクターを務める国井栄之へのインタビューを通じて、その謎を解き明かします。

  • Photo_Shin Hamada
  • Interview & Text_Issey Enomoto
  • Edit_Hiroshi Yamamoto
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国井栄之 / ミタスニーカーズ クリエイティブディレクター

1976年生まれ。1996年より東京・上野のスニーカーショップ『ミタスニーカーズ』で働き始め、後にクリエイティブディレクターとして同店を率いる立場に。様々なメーカーやブランドと別注やコラボレーションを数多く手掛け、世界中のスニーカーフリークから注目を集めている。


もともと『ミタ』は、下駄や草履をつくっていた!

ー『ミタスニーカーズ』はいまでこそ日本を代表するスニーカーショップとして世界中に名前が知られていますが、その成り立ちを知る人は意外と少ない気がします。そもそも『ミタスニーカーズ』はいつ頃どういったかたちで始まったのでしょうか?

国井:いまから5〜60年前、創立者である三田耕三郎氏が、文京区の根津で下駄や草履の製造販売を行っていました。それが『ミタスニーカーズ』のルーツです。

それを家業としていた三田家の商いを三田耕三郎氏も手伝っていましたが、紆余曲折を経て、その後いったん倒産してしまいます。で、借金を返すために、卸先だった問屋さんを回って在庫をかき集めて、その販売を新たな自分の事業にしました。事業は成功し、無事に借金を返し終わった後、上野のアメ横に店舗を借りて、『三田商店』という名前で商売を始めます。

『三田商店』では、しばらくは下駄や草履を販売していましたが、1980年代に入って日本でもスニーカーというものがポピュラーになりつつある頃、お店でスニーカーを売り始めたら、下駄や草履よりもそっちのほうが断然売れるようになってしまった。

その後、取扱商品はスニーカーが中心になり、1990年代に到来したスニーカーブームを経て、僕が入ってからはコラボレーションや別注などをするようになって、いまに至る。これが『ミタスニーカーズ』の創業から現在までのおおまかな流れです。

ーもともとはスニーカーではなく、下駄や草履ではあったものの、そのルーツが「履き物」であることには変わりはないと。

国井:そうですね。三田耕三郎氏の息子である三田弘昭氏が、現在は『ミタスニーカーズ』の代表取締役を務めています。また、ショップの名前に関しては、正確な年代はわかりませんが、途中で『三田商店』から『スニーカーのミタ』に変わり、その後は『ミタスニーカー』を経て最終的に『ミタスニーカーズ』になりました。現在は海外を意識して英語の『mita sneakers』を正式な店名としています。


国井栄之、『ミタ』に入る前に『ABCマート』でアルバイト!?

ー国井さんが『ミタスニーカーズ』に入ったのは何年ですか?

国井:1996年です。今年ちょうど20年になります。

ー1996年というと、社会現象にもなった「エアマックス95」の影響で、スニーカーシーンが大いに盛り上がっていた時期ですね。

国井:僕が『ミタスニーカーズ』に入った初日は、真っ黒の「エアマックス95」、いわゆる「トータルマックス」の発売日でした。当時はすごい盛り上がりでしたね。ただ、その反動も大きく、1990年代後半以降はスニーカーバブルが弾けていくのを目の当たりにすることになるのですが。

ーどういうきっかけで『ミタスニーカーズ』で働き始めたのですか?

国井:僕はもともと、クルマのレーサーを志していました。でも結局挫折して、そろそろ働かなきゃと思っているときに、たまたま『ミタスニーカーズ』でバイト募集の貼り紙を見かけて、応募したんです。

ーそのときからスニーカーが好きだったり詳しかったりしたんですか?

国井:実は全然好きでも詳しくもなくて(笑)。『ミタスニーカーズ』の採用が決まってから、急いでスニーカーのことを勉強しておかなくちゃと思って、『ミタスニーカーズ』に入る前に『ABCマート』で一週間ほどバイトをして、スニーカーのことを頭に叩き込みました。

ーそれはまた意外なエピソードですね。

国井:実はもうひとつ話があって、『ミタスニーカーズ』の前に『山男フットギア』も受けたんですよ。結果、不採用でしたが……(苦笑)。

ーへぇ、そうだったんですか……。人に歴史あり、ですね。

国井


マーチャンダイズの一環として、別注やコラボレーションをスタート。

ー『ミタスニーカーズ』で働き始めた当初、何を担当していたんですか?

国井:しばらくはアルバイトとしてショップスタッフをしていました。当初は上から怒られたり注意されたりしたこともありましたが、当時社長だった三田耕三郎氏が個人的に右も左も分からない僕のことを応援してくれていて。

三田耕三郎氏は、「時代は常に変化していくものだから、若い人の発想で物事を進めたほうがいい」という考え方の持ち主。僕に対しても「やりたいことがあれば、どんどんやれ」と言ってくれて。もちろんやりたいことを言って全部が通るわけではないけれど、言うのはタダだし、良かれと思ったことで失敗する分には自分がケツ持ってあげるからと密かにおっしゃってくれて。とても心強かったです。

ー『ミタスニーカーズ』はその後、ショップによるコラボレーションや別注の先駆けとして名を轟かせるようになるわけですが、そこに至るまでに何があったのでしょうか?

国井:コラボレーションや別注は、僕が『ミタスニーカーズ』で働き始める前からやりたいと考えていたことです。ただ、当時はいまで言うコラボレーションや別注は、ほぼ皆無でした。

最初に門を叩いたのは、〈ナイキ〉です。1999年に企画をスタートさせ、2001年リリースの上野シティアタックシリーズとしてリリースされた「エアフットスケープ」ですね。ただ、そのときは『ミタスニーカーズ』だけでなく、『山男フットギア』と『アスリートフット』の3店舗合同企画でした。

ー1999年というと、入社3年目ですよね。ずいぶんとトントン拍子な感じがしますが、当時からクリエイティブディレクターという肩書きだったんですか?

国井:いや、当時は肩書きも何もなくて、勝手に動いていました(笑)。名刺すら持たされていなかったので、自分で名刺を作って、担当者との直談判に臨みました。

その後、ショップスタッフからマーチャンダイザーへと立場が変わり、マーチャンダイズの一環として、コラボレーションや別注を積極的にやっていくようになりました。


出店依頼は多々あるが、上野から出るつもりはない。

ー『ミタスニーカーズ』は海外での知名度も非常に高いですが、初期の段階から海外からの目を意識していましたか?

国井:はい、意識していました。ただ、海外の目線に物事を合わせていくのではなく、あくまでも自分たちの主観で本当に良いと思えるものを国内外に向けて提案する、という姿勢を大事にしています。それはいまも変わりません。

ー『ミタスニーカーズ』はずっと上野を拠点にしていますが、他のエリアに出店する予定はないのでしょうか? 新しい商業施設などから出店の誘いがあってもおかしくないと思うのですが。

国井:「出店しませんか」というお話はキリがないくらいありますね。何回かは本気で考えたこともありました。でも、結局はお断りしました。

自分たちは上野を拠点にずっとやってきたし、コラボレーションや別注においても上野という街をレペゼンしてきた。それなのに、他の街にも出店してしまったら、その姿勢がブレてしまうんじゃないかと。

結果として、他の地域に出店しないで良かったと思っているし、これからも出店することはないでしょう。

また、インターネットを活用したビジネスを始めてから、実店舗を上野以外に出さなくても、全国のお客さんと繋がることはできたという実感を得ることができた。それも大きかったですね。


コラボレーションや別注を積極的にやる理由とは?

ー『ミタスニーカーズ』と言えばコラボレーションや別注をたくさんリリースしているイメージがありますが、具体的にどれくらいの数を手掛けているのですか?

国井:年によって異なりますが、昨年を例に挙げると、1年間で24型リリースしました。

ーそれだけたくさんの数のコラボレーションや別注をリリースしているショップは他にないと思いますが、そのアイディアの源泉はどういったところにあるのでしょうか?

国井:うーん、なんだろう……。これというものは特にないけれど、唯一自分に課しているのは、「同じことは絶対にしない」ということかな。

〈ニューバランス〉とやるときは〈ニューバランス〉らしさとは何か、〈アディダス〉とやるときは〈アディダス〉らしさとは何か、といったことを、じっくりと時間をかけて考えたうえで、そこにもちろん『ミタスニーカーズ』らしさみたいなものも織り込みながら、ひとつひとつ、丁寧に、ストーリーを積み上げていく。

「最近はこれがトレンドなんで」「いまの気分はこれなんで」みたいな安易なノリで、同じ色や柄を様々なスポーツブランドで使い回すようなことは、死んでもやりたくありません。

ー『ミタスニーカーズ』が、そして国井さんが、コラボレーションや別注を積極的にリリースするのはなぜでしょうか?

国井:コラボレーションや別注って、正直なところ、ビジネス的なうまみはほとんどありません。一部コンシューマーからは華やかに見えるかもしれないけれど、提案側からしたらリスクしかないんですよ。良くも悪くも自分たちの名前が出るし、スポーツブランドさんといい感じで話が進んでいたとしても、失敗したらせっかくのチャンスを潰すことになる。もちろん、ショップとしては在庫のリスクもあります。

それでも僕らがコラボレーションや別注をやり続けるのは、そのベースとなっているインラインの魅力をより多くの人に知ってもらいたいから。それに尽きます。

コラボレーションや別注だけが話題になってたくさん売れても、インラインが売れないのでは意味がない。そう考えています。

2016年に『ミタスニーカーズ』がリリースしたコラボレーションや別注の一部。左上/アシックスタイガー「GEL-LYTE III "Souvenir Jacket" "BEAMS x mita sneakers”」※すでに完売、右上/リーボック クラシック「Reebok PHASE I PRO CNL "mita sneakers" "YEAR OF COURT" "LIMITED EDITION for CERTIFIED NETWORK”」¥14,990、右下/ナイキ スポーツウェア「AIR FOOTSCAPE NM PREM QS "SAKURA" "mita sneakers”」¥16,000、左下/ニューバランス「MRT580 "Naotake Magara(A-1 CLOTHING) x Yoshifumi Egawa(Hombre Niño) x Shigeyuki Kunii(mita sneakers)" "580 20th ANNIVERSARY"」※すでに完売

ー国井さんが『ミタスニーカーズ』に入って、今年でちょうど20年。それだけの長いあいだ、スニーカーシーンの変遷を見てきて、何か感じることや思うことはありますか?

国井:世の中はものすごいスピードで変化していきますよね。でも、僕自身はあまり変化を好んでいません。大切なのは、“変化”することではなく“進化”すること。変わらずに淡々とやっているけれど、昨日よりは今日のほうがいいし、今日よりは明日のほうがいい。そうありたいと考えています。

もちろん、インターネットの登場でスニーカービジネスのスタイルは大きく変わりました。ただ、商売の本質は、どんな時代も変わらない——『ミタスニーカーズ』に入った当時から、三田耕三郎氏にそう言われていましたし、僕自身、その言葉をいまも大切にしています。


近日発売予定の最新コラボ、そして個人的な注目モデルをご紹介!

ー 

国井

最後に、『ミタスニーカーズ』で近々リリースを予定しているコラボレーションモデルをご紹介。あわせて、国井自身が個人的に注目している3足をピックアップ。ぜひこの夏のスニーカー選びの参考にしてみてください!

アシックスタイガーとのコラボレーション最新作。カラーリングや素材使いは、上野恩賜公園内の蓮で埋め尽くされる事でも有名な不忍池から着想を受けたもの。アッパーのスウェードの一部には、まるで水を弾く蓮の葉が持つ特性を連想させる撥水加工が。アシックスタイガー「GT-COOL XPRESS "lotus pond" "mita sneakers”」¥18,500(2016年9月3日発売予定)

かつての「アクアソック」や、近年のヒット作「ルナフライ306」の流れを組んだ、インラインのニューモデル。ウィメンズモデルではあるものの、メンズ対応サイズもアリ。ナイキ スポーツウェア「(WMNS) SHINSEN FLY FORM」¥8,500

これは隠れた名作かも? 根強い人気のレトロランニングカテゴリーの今季の新作。国井自身もひと目惚れしたほどだとか。ナイキ スポーツウェア「AIR BERWUDA "LIMITED EDITION for NSW BEST”」¥12,000

『ミタスニーカーズ』では基本的にサンダルを取り扱っていないものの、スニーカー好きにもグッと来るものであれば、例外的に取り扱うことも。サンダルとスニーカーのイイトコどりのこのモデルは、まさにそんな一足。キーン「UNEEK O2」¥11,000

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