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BEDWIN & THE HEARTBREAKERS  「終わりなき旅」

There is a light that never goes out.

BEDWIN & THE HEARTBREAKERS 「終わりなき旅」

原宿発世界行きとして世間を席巻した裏原と呼ばれた、グラフィティやスケート、ヒップホップといったサブカルチャーを背景に独自の価値観を持ったストリートウェアは、やがてメインストリームへと組み込まれるうちに、飽和状態となり方向性が見えなくなっていった。そんな時に誕生したのが、東京発のストリートとして、ベースにメンズウェアの要素を取り込み、クロップドパンツに無地Tやシャツを組み合わせるスタイルを打ち出し新風を起こした〈ベドウィン & ザ ハートブレイカーズ(BEDWIN & THE HEARTBREAKERS)〉だった。ブランド設立から10年、オンライン全盛のいま、待望の旗艦店を出店したディレクター渡辺真史に聞く、過去と現在、そしてこれから。

  • Photo_Rintaro Ishige
  • Interview&Text_Kunichi Nomura
  • Edit_Jun Nakada
  • Special Thanks_HOTEL DRUGS
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昔はカメラマンになりたかった。

ーブランドを初めて今年で10年目ということなんですか?

渡辺:正確に言うと違うんだけど。最初はブランドというかグローブとか小物を作っていて、それが2004年からで。ブランドをBEDWIN&THE HEARTBREAKERSとしてちゃんとフルラインのコレクションというか、展示会をやり始めたのが2007年だからそれから考えると10年です。

ー会社としてDLXを立ち上げて、最初に手掛けたのがデラックスというブランドでしたよね?

渡辺:そう。ただデラックスは最初からちゃんとしたラインで服をつくるところから最初から始めたんだけど、ベドウィンの方は何か新しいことを提案して始めたかったから、ジャケットつくったり、グローブをつくったり、サングラスつくって、まずは小さく始めたんです。地方の卸先からちょっとずつオーダーを取ったり、東京ではかつてあった「メイド・イン・ワールド」とか「スペース」といったセレクトショップに少しだけ置いてもらったりして。それを3年位かな、やりながら少しずつ広げていって。ブランドをバンドみたいな名前に変更して、シーズンごとに好きな音楽やアルバムをテーマに服をつくるようになったのが2007年のことで、それから考えると10年なんです。

ー音楽をテーマに服をつくるのがおもしろいなと思うんですが、そもそも服をつくる前は何をしようとしていたんですか? 美大に通っていて、カメラマンになろうとしていたということを覚えてますが。

渡辺:それ言っちゃう(笑)。確かにカメラマンになろうと考えていたんだよね。ファッションフォトを撮るというより、作品撮りというか友達のポートレイトを撮ったり、ランドスケープを撮ったりしたくて、それでヨーロッパを旅したり。それでロンドンに引っ越して住んで、色々面白い人がたくさんいたから写真を撮りまくろうなんて思ってはいたんだけど、ついついシャッターが押せない。その瞬間を逃すというか、押すのを忘れちゃったりして(笑)。それで俺には、瞬間を撮るというのが向いてないな、性格的に、と自覚するようになって。そうこうしているうちに元々モデルをやっていたんだけど、それも服が昔から好きだったことがあって、それでつくってみようかなと。

ーそれでロンドンに住んでいる頃に服作りを実際に始めたんですよね?

渡辺:そう。先輩や友達たちと一緒に。それがテンダーロインで、6年間そこで働いたんだけど、自分で今度はつくってみようかと思って独立したのが、2004年。その時に小学校の同級生だったHUEと一緒にやろうとなって。彼もちょうどニューヨークから帰ってきたばかりの時で、自分なりにやりたいことがあったのでそれをデラックスという形で始めて。俺は前の会社を辞めた後で、自分がやりたいことをゆっくり探そうと小さく始めた中で、こういう形だったらおもしろいんじゃないかと形にしたのがベドウィンだった。

ーその時までは結構ストリートにどっぷりな感じで、自身の格好もそんな感じでしたよね? それがベドウィンとして新しく提案したいと思うようになったコンセプトというのは自分も歳をとってきた中で、着たいものや興味が変わってきたということがあったからなのですか? クロップドパンツを普及させた先駆けとなったり、それにシャツや無地Tを合わせることで、それまでのストリートのスタイルからどこかクリーンな感じのルックを表現して、裏原以降というかストリート上がりの男の子が少し歳を重ねた時に、何を着たらいいのかを形にした最初の東京ブランドとなったと思うのですが。

渡辺:そうだね、始める前までは、確かにデニムにTシャツっていうのが基本でまだちょっとサイズも大きめなのを着ていたかもしれない。けど04年位かな、シャツやタイといったいわゆるメンズウェアをストリートの感覚でカジュアルに表現できたらなと思うようになってきて。ちょうど自分が30代半ばを迎える前で、これから自分がどんな格好をすればいいんだろうと、色々考えていた頃だった。いまでこそハイストリートというか、大人でも着れるストリートというのも一般的になったと思うけど、その頃はそんな人はあまりいなくて。もちろんシャツを綺麗目にきたスケーターなんていう人もいたけれど、やっぱりTシャツ着てデニムなストリートっていうのがまだ多かった。

そんな中で、自分はタイを締めてジャケット羽織りながら、丸の内とは違う着方というものをストリートブランドとして提案できたらいいなと思うようになった。で、そこに無地のTシャツとかを合わせたいなと。いまはまたリバイバルというか、ロゴものとかグラフィカルなものが戻ってきたけれど、当時はそういうロゴものがまだ全盛期で、それにちょっとお腹一杯な気持ちがあったんだよね。なので、シンプルな形のものを、ストリート的な感覚でつくりたい、それをいま着たいって思ったんだよね。最初はやっぱり何のことだ? と理解されなくて。というのもメンズライクなものとストリートというははっきりと分かれていたから。

最初は全く売れなかったんだけど、2007年に、フルラインのコレクションとして服をつくり出した頃に丁度そんな感覚が受け入れられるようになったのかな、それで売れるようになって。いまはまた時代が一周して、グラフィカルなものやショーツ、オーバーサイズなんていうのが戻ってきたけど、それはそれで自分がもともと若い頃に着ていたスタイルでもあるから、それがおもしろくなってきる。それは若い子たちが教えてくれたことなんだけど。

服としてもカルチャーとしても自由だった90年代。

ー90年代のリバイバルというのは、この数年ずっと続いていると思うんだけど、それについてはどう思いますか? 90年代、それも初頭は自分たちがそれこそまだ10代だったり若くて、めちゃくちゃ元気に遊んでいた時代でしたよね? その頃にも70年代のリバイバルなんていうのもあって、デッド好きとか、絞り染とか。 あれから20年以上経ち、当時の自分たちが70年代を見たような距離感で、いまの子が90年代を見るわけです。自分たちが本当に着ていたものがとうとうリバイバルとして戻ってくる歳になったわけですが(笑)。

渡辺:(笑)。本当だよね。90年代に実際、70年代の格好フレアのパンツとか穿いて長髪だったこときもあって、そんな時に大人に、「俺も昔こんな格好していたよ」って言われたりしてたこと覚えてるけど、いまになって今度は自分の子供くらいの子が、全く一緒じゃないけど知った格好をしてたりして、「あれ? これ知ってるよ」って。当時の大人の気持ちがいまになってわかるというかね。それはもちろん全く一緒ってことじゃないんだけど、音楽と一緒で当時の気分に戻れるというか。例えばオーバーサイズのものに袖を通して、「あぁ楽だな、思い出した!」みたいな感覚もあれば、「へぇあれをこんな感じで着るんだ」とか感心したりもする。自分が服を本当に楽しむようになった時代だから、それなりに引き出しはあるわけで、それを楽しみながらまた服をいまはつくれてるところもある気がする。

自分のルーツは90年代、なぜなら一番多感な時期だったし、いろんなことを吸収していた時期だったと思うから。一生大人になれないってわけじゃないけれど、あの頃の気持ちは一生持ち続けたいと思ってる。もちろんカルチャーとして50sが好きだったり、60sに興味はあるよ。けれど80年代終わりから90年代の、いろんな人に出会ったり、旅して感じたものは本当に特別で。何でもありのぐちゃっとした時代だったし、服としてもカルチャーとしてもとても自由だったと思う。90sは本当いろんなものがあって、様々なことが飽和状態になった中で自由なものが生まれてきたと思うんだけど、いまの状況ってそこにも近いのかなとも感じるんだよね、ただスタイルのリバイバルというのではなくて。

服はコミュニケーションのためにある。

ー90年代というのは、10年一括りで年代がどんなだったって言える最後の時代ですよね。あとはもう移り変わりが早すぎて。00年代とか10年代というが一体なんなのか、いま振り返ってみてもわからないというか。その中で90年代というのは、いろんな時代をリバイバルさせながらも自由にいろんなことができて、それでいて年代というものを感じさせてくれる最後の時代かもしれません。

渡辺:本当は色々あったよね、グランジにニュースクール。ヒップホップもメジャーになったし、裏原もそう。だからタイトなシルエットもビッグも実は両方あったり。92年に生まれて初めての海外がニューヨークで、そのあと94年にロンドンに行ったんですよ。「おぇすげぇ!」ってなって(笑)。見たこともない人や、ものにびっくりして影響を受けたけれど、旅そのものや、その中での時間の流れに一番受けたかな。

あとはね、90年代というと92、3年だと思うけどクラブカルチャーにもうどっぷりハマって、そこが自分のルーツになってる。80年代からディスコとか行っていたんだけど、90年代はもう毎日(笑)。男にも女にも、とにかく外に遊びに出かけて、そこで酒飲みながら会うというね。クラブというと、当時はもう平日も行く皆の溜まり場というか社交場で、もっとカジュアルに使う場所だったと思う。服好きの子にとってはお洒落して出かけるための場がクラブで。新しい服着て、クラブに着ていかないとしたら、一体それをどこに着ていくの? って。お洒落して夜お披露目に行こうなんて感じで出かけていって、あぁでもないこうでもないと話しながら過ごした日々というのがいまの自分やそのライフスタイルのルーツになっていると思う。

ーそれはありましたね。クラブへ出かけて行って全身チェックに合うという(笑)。クラブには若いのから大人までいて、全身の格好見られて値踏みされる、そんな感じはありました。こいつは只者じゃないとか、格好いいおっさんだなとか。

渡辺:海外帰りのやつで現地で何かを手に入れて着てるやつとか、何か格好があからさまに違ってなんかズルい! となったりね。だから昔のクラブじゃないけれど、服を着て遊びに出かけて、それをきっかけに自分の世界が広がっていく、そのためのツールとしての服づくりというのが根底にはあると思います。そのために自分も服を買うし。そうじゃないと、ただの服のコレクターになっちゃうというか。色々集めて一人で喜ぶっていう服との付き合い方もあると思うけど、俺はやっぱり服を買ってみんなと遊んだりするためにファッションはあるんじゃないかなって思う。

コミュニケーションのために服はあるっていうか。もちろん最終的には着た人がハッピーになれることが一番大事なんだとは思うんだけど、それを着て外に出ていくとろが大事かな。そういうことをちゃんと提案したかったというのが、店というものをいま開けた一番の理由かもしれない。もちろん他にもきっかけはあるんだけど。展示会に頼っていたブランドのものづくりじゃなくて、自分たちでちゃんと服を売っていくとか、お客さんと出会って会話していくとか。ブランドを始めて10年以上経ったいまになってより街とちゃんとリンクしていたいし、人と繋がっていたいと強く思うようになったと思う。

いまの気分を大事に、自分を上書きしていきたい。

ーこれからの10年というのはどう考えていますか? いままでの10年というのはその時々で自分が着たいものというのがもちろんあったとは思うんですよ。それが例えば501®だったらどの年代のものじゃなきゃ嫌だというようなこだわりがあったところから、生デニムを穿くようになったり、ストレッチになったりと。いま45歳として、あくまでも自分が着れるこれからの歳に合わせたものをつくっていきたいと思うのか、それとも逆に歳は意識しないというか。そもそも想像していたより歳を取ってもどカジュアルな自分がいて(笑)。そんな感じをものにしていくのか。どう思っていますか?

渡辺:(笑)。若い頃は自分のスタイルを持とうとどっか必死で。白い無地Tを一生着てやる! とかオックスフォードのシャツをトレードマークにしてやるとか。けど、それはもういいかなと。そもそもファッションってきっと上書きだと思うようになったんですよ。そもそも、昔の自分を消すことはできない。結構、恥ずかしい自分の過去ってのもあって、例えばシルバーのパンツなんかを穿いてたこともあったし(笑)。ただ、それから5年、10年と経って、そういう恥ずかしい過去も大事にしていきたいし、それがあるからいまもあるというか。サイクルでそんな昔の服のスタイルが戻ったりもするかもしれないし、その時はただまんま昔と同じに戻るんじゃなくて、いまはこうしたいなとか、気持ちはなんかちょっと違う、上書きされた自分がそこにはいる。

僕はこれからの10年をこういう格好してやろうとか、これだけつくろうっていう気持ちはなくて、どんどんいまの気分を大事に、いままでの自分に上書きしていきたい。そして、そのいまの気分というは、昔は自分の先輩たちから吸収したりしたものだけど、いまは若い子たちからもらってる。ただ彼らから刺激をもらうだけじゃなく、そこにはいままでの自分の経験や知識もあるから、ただ今ってだけじゃなく、自分のスタイルを持って上書きしていくというか。それこそ80歳過ぎても、タケ先生(菊池武夫)とかエアフォース1とか履いてるし、そういう大人でいたいなと。着たいものを着る。着せられた感のあるものっていうのが昔すごく嫌で、それは突き詰めていきたいですけどね。その中で自分たちのルールをつくるというか。そのためには店舗を持つっていうのがやっぱり大事だと思うんですよ。

ーではベドウィンのいまのブランド感を感じたり、これからどうなっていくのかに興味がある人こそ、ぜひ店に来てくださいと。

渡辺:そう(笑)。なるべく自分も店に行って、お客さんとコミュニケーションを取りたいと思っているし、店には自分のものづくりの元になった本やレコードなんかもたくさん置いてあるから、ぜひ立ち寄って声をかけてみてください。

The Heartbreakers

住所:東京都渋谷区神宮前2-22-1
電話:03-6447-0361
時間:11:00〜19:00(月曜休)
www.bedwintokyo.com
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