娼婦とストリッパーと巡った古城の情景。

設楽:この絵について、ちょっと市川さんに話してもらいましょうよ。僕は絵そのものもすごいと思ったけど、制作の行程というか、成り立ちも含めてビックリしちゃったんです。

市川:なんて言うか、自分の描く絵はすべて過去に経験した情景や場所なんですが、そういうビジュアルが、匂いや、温度、気候などでフワッと思い起こされる瞬間があるんです。大抵の場合はそういうのはすぐに消えてしまうんですが、それを消さないように大事にずっと頭の中で確認して、描きとめることで安心する。それだけです。だから作品を作ろうって気持ちは一切ない。絵を作ろうとも思ってないし、美術家になろうとも思わない。ただ自分が安心したいだけなんです。

設楽:市川さんに聞いてビックリしたのが、こういう絵って我々常人は普通レイアウトを考えて描こうと思うじゃないですか。でも彼はこれを下書きもなしに、右上から左下に向かっていきなり書くらしいんですよ。しかも線香でですよ!

市川:描く情景のイメージが出てきたら、もう1ヶ月くらい頭の中で確認するんです。紙に絵が映るまでイメージできたら、あとはそれをなぞるだけですね。

ー描くと言っても、線香で描くわけですよね?

市川:はい。すべて線香です。ただ鉛筆や絵の具と同じようなもので、線香にも温度の違いがいろいろあって、経験でそれがわかっているんで、線香を使い分けて焦げ色や穴の開き具合を計算します。この絵は1万2000本くらい使って3日間かけて仕上げました。

設楽:作業場は空気清浄機がすごいって話です。

市川:ほんとに。メーカーさんから頂きたいくらい(笑)。

設楽:ちなみに、この絵の風景は娼婦とストリッパーと一緒に古城巡りをした、ある晩のものなんだよね?

ー娼婦とストリッパーですか!?

市川:そうです。パリの住み込み先で仲良くなった2人なんですが、片方の子が古城が好きで本を持っていて。じゃあ3人で旅しながら廻ろうということになりました。2人には半月くらい働いてもらってお金を稼いで(笑)、レンタカーを借りて大体3ヶ月で60個くらいの古城を見て廻りました。

設楽:3人でこの風景を見たのか......と想像しちゃいますよね。

市川:自分の記憶だったものが人の記憶にもなって、それで最後には煙になって消えちゃえば一番。 線香の煙で記憶をなぞって描くから最後までそういう感じです。

設楽:市川さんは良いだろうけど、僕は消えちゃうと困るなあ。これがなくなると寂しいよね。

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市川氏から発せられる言葉は、どこか独特で要点のみを簡潔に伝えてくれる。見た目の雰囲気とは裏腹に、物腰柔らかで丁寧な人柄が魅力的。


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市川氏が設楽社長の誕生日に贈ったというお揃いの仮面。ベネチアの職人が造ったものだとか。

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