FEATURE
『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』公開。監督オダギリジョーが仕掛ける映画としての余白。

『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』公開。監督オダギリジョーが仕掛ける映画としての余白。

「ただ2時間を消費させるだけの映画なんて、つまらない」……数多くの作品に出演するだけでなく、無数の映画に触れ、批評の視点を養ってきたオダギリジョーの言葉は、今の時代に微かに残る、映画の良心にも似た叫びなのかもしれない。俳優として唯一無二の存在感を放ちながら、監督としても挑戦を続ける彼が率直に語る言葉からは、映画づくりの本音が見えてきます。

  • Photo_Naoto Usami
  • Styling_Tetsuya Nishimura
  • Hair&Make_Yoshimi Sunahara(UMiTOS)
  • Text_Shinri Kobayashi
  • Edit_Yuri Sudo

狭間県警鑑識課警察犬係のハンドラー・青葉一平(池松壮亮)。一平の相棒である警察犬オリバーは、一平以外には優秀な警察犬に見えるが、なぜか一平には、酒とタバコと女好きの欲望にまみれた犬の着ぐるみ姿のおじさん(オダギリジョー)に見えている。ある日、隣の如月県のカリスマハンドラー・羽衣弥生(深津絵里)が、一平とオリバーに捜査協力を求めてくる。これまで失踪者を次々と発見してきたスーパーボランティアとして知られるコニシさん(佐藤浩市)が、行方不明になったという。「コニシさんが海に消えていくのを見た」という目撃情報をもとに、一平とオリバー、羽衣はコニシさんのリヤカーが残されていた海辺のホテルへ向かうが……。

PROFILE

オダギリジョー

1976年2月16日生まれ、岡山県出身。日本とアメリカでメソッド演技法を学び、『アカルイミライ』(2003)で映画初主演。以降『血と骨』(2005)や『ゆれる』(2006)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007)など、数多くの作品で異彩を放ち、日本アカデミー賞やブルーリボン賞をはじめ国内外の数々の賞を受賞。海外の映画人からの信頼も厚く、『宵闇真珠』(2019、ジェニー・シュン/クリストファー・ドイル)や『サタデー・フィクション』(2019、ロウ・イエ)、『人間、空間、時間、そして人間』(2020、キム・ギドグ)などに出演している。また、テレビ朝日の連続ドラマ『帰ってきた時効警察』(2007)第8話では脚本、監督、主演の3役を務めた。初の長編映画監督作品となった『ある船頭の話』(2019)は同年のヴェネツィア国際映画祭に選出され、世界各国で高い評価を受けた。2021年からはNHKドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』の脚本、演出、出演、編集を2シーズンにわたり務め、劇場版である今作公開に至る。待機作として『兄を持ち運べるサイズに』(2025年11月28日公開予定、中野量太監督)がある。

2時間観て何も残らない映画なんてつくりたくない。

ー先日、作品を拝見して、観終わった後に「あのシーンはどういう意味だったんだろう」と考え続けてしまいました。映画としての余韻が強く残りました。

オダギリ: この作品は仰る通り、簡単に答えを渡すようなタイプの映画ではありません。むしろ、観るひとによって解釈が少しずつ違う、自由な作品なんだと思います。一度観ただけでは全てが伝わらないかも知れませんが、もう一度観てもらえたら、ここが実はここと繋がっていたんだ! とか、このシーンはあそこへのフリだったんだ! というような発見が次々に見つかると思います。「わからない=つまらない」としてしまうのではなく、わからないことをおもしろがってもらえたら、この作品の真意が伝わるのかなと思っています。観てくれる方々がそれぞれ自由に受け取って、自分の考察の中で映画を完成してもらえたら、最高ですね。

ーなるほど。テレビドラマと映画の違いについても気になりました。映画になったことで、やはり自由度は増しましたか?

オダギリ: 自由度の話でいうと、それはたしかにあります。テレビはスポンサーの方々からいただいた制作費の範囲内でやれるものをつくることになるし、そこには一定の制約もあります。一方、映画は製作委員会を組んで、その委員会が設定する制作費でつくることになるので、テレビドラマよりは余裕があるのかもしれません。脚本のつくり方でいうと、テレビは枠の時間がはっきりと決まっていて、それを1秒も超えることは許されません。しかもその中で次週への期待値を上げる引っ張りが必要になったり、コンプラ的に使用可能な言葉も決まっていたりするので、想像以上に制約の多い世界なんです。その反面、映画はそこまでの決まりごとがないので、自由度が高いと言えます。

ー自由度が高いということは、逆に問題提起がしやすいということでもありますよね。例えば、映画の自由度の高さが逆にテレビの制約の多さを裏付けたり。

オダギリ: そうなんですが、とはいえ、映画に問題がないかというと、当然あるわけです。どの世界も良いところと悪いところがあって、テレビにはテレビの良さもまたあるんですよね。先ほど話したテレビの決まりごとはたしかに窮屈です。たとえば、どんな凶暴な殺人鬼であろうと、車に乗る時にはシートベルトをしないといけません(苦笑)。ただ、その縛りを逆手に取ったクリエイティビティを模索したくなりますからね。一方で映画は自由だからこそ、何をしていいのか迷う難しさが根底にあるんだと思っています。この世界には数えきれない映画が生まれていて、その中で勝負する強さを持った作品を生み出すには何をするべきなのか。漠然とした中にも必然性を持たなければならないんです。この作品でいうと、全てのひとに受け入れられるような作品ではないかもしれないけど、突き刺さるひとにはとんでもなく深く突き刺さる作品にしたいと思っていました。2時間観て何も残らないような作品にはしたくないじゃないですか。つくる方も観る方も、何かしら強く心に残るものにしたいとは常に考えてきましたね。

この先映画を撮るつもりはない。

ー作品のトーンとして、ライトでコミカルな部分も印象的でした。笑いは、やりすぎると途端に笑えなくなったりと、さじ加減が難しい要素ですよね。

オダギリ: この作品をテレビシリーズとして立ち上げるときは、まだ世の中はコロナ禍で、一瞬でも現実の苦しみを忘れ去ることができるような、バカバカしいコメディ作品をつくろうという思いがありました。ただおっしゃる通り、笑いは本当にさじ加減が難しいんです。正直、泣かせるよりもずっと難しいと感じています。少しでも「ここで笑ってください」というような過度な演出が見えると、笑えなくなりますよね(苦笑)? 観るひとに媚びるような笑いはやりたくなかったし、そのバランスが作品の佇まいにつながると思っていたので、笑いを求めるのではなく、笑っても笑わなくてもどっちでも良い、くらいのスタンスでいます。

ー見どころの一つとして、「こんな俳優がこんなシーンを演じるんだ!」という、いい意味での驚きがたくさんありました。その中でも監督としてちょっと無茶振りしたかなと思うシーンはありますか?

オダギリ: みなさん、それぞれ大変だったと思います。たとえば犬カフェのダンスシーンは、稽古に2〜3か月かけてもらって、本番は2、3日くらいで撮影することになりますから。でも、いまのご質問のポイントを想像すると、鹿賀丈史さんや佐藤浩市さんといったベテランの方に思い切ったことをやらせているという部分ですよね?

ーまさにそのことを想像しながらの質問でした。

オダギリ: ベテラン俳優の方々に対しては、周りが忖度しすぎて、そんなこと頼めないと勝手に決めつけていることが多いんです。ベテランになればなるほど、堅物な役ばかりになり、遊びを持った役のオファーは少なくなるものです。でも僕は同業者として、その寂しさを理解できます。俳優ならばもっと自由に、おもしろいことに挑戦したいと思っているはずなんです。だからこそ、こういう “自由で挑戦的な作品” で声をかけると、純粋に喜んでくださるし、楽しんで演じてくれているのがわかります。

ー同業者ならではのシーンでもあるんですね。監督として作品をつくる立場になって、俳優の時とは違う景色も見えましたか?

オダギリ: この作品がいまの時代にどう受け止められるのか、そこが大きな挑戦だと思っています。たとえば、プロデュースに関わった『夏の砂の上』や、自分が初めて長編監督作品としてつくった『ある船頭の話』も、興行的に大ヒットとはいえません。でも、世界に胸を張れる良質な映画をつくりたいという思いは叶っているんです。実際に各国でさまざまな賞をいただきました。何をもって成功とするのかは、それぞれの価値観によるとは思うのですが、国内の動員だけで計るのであれば、自分がやっていることは成功とはいわれないでしょう。その価値観でいえば、自分は何のために映画をつくっているのか。

そんなことを考えるのは、やっぱり監督やプロデューサーとしての経験からだと思うんです。俳優として参加するだけなら、映画の興行的な成功や失敗をそこまで気にする必要はないし、自分の芝居だけに責任を持てばいい。でも監督やプロデューサーになると、作品全体の責任を背負うことになりますからね。結果的にこの『オリバーな犬』が大きな赤字で終わるなら、もちろん次はないと思っています。責任を負う立場として、いまのところまた映画を撮るつもりはありません。

ーでは、興行面の結果はともかく、どれだけ突き刺さったのかという一人ひとりの声の濃度のようなものが届くといいですね。

オダギリ: そうですね。映画って、個人的な経験だと思うんです。劇場で観た時に何を感じるかはそれぞれだし、こちらが測り得ることではないんですよね。ただ、何物にも邪魔されない空間で、この作品に浸ってもらうことは、他に変え難い経験だと思いますし、ひとによってはその人生を大きく変えるほどの衝撃になることもあり得るんです。興行的な数字も大切ですが、観ていただく一人ひとりが何を感じるか…それが大切なんでしょうね。自分の仕事はつくるところまで。公開後は観客の皆さんに全てを委ねたいと思っています。

INFORMATION

『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』

脚本・監督・編集・出演:オダギリジョー
出演:池松壮亮、麻生久美子、本田翼、岡山天音
黒木 華、鈴木慶一、嶋田久作、宇野祥平、香椎由宇
永瀬正敏
佐藤浩市
吉岡里帆、鹿賀丈史、森川 葵
髙嶋政宏、菊地姫奈、平井まさあき(男性ブランコ)
深津絵里
製作:「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」製作委員会
制作プロダクション:MMJ
配給:エイベックス・フィルムレーベルズ
2025年9月26日(金)全国公開
© 2025「THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE」製作委員会
公式サイト
公式インスタグラム
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※衣装クレジット:ジャケット 参考商品、シャツ ¥97,900、パンツ ¥148,500(すべてヴィヴィアン・ウエストウッド)、シューズ スタイリスト私物