PROLOGUE )
PROLOGUE

ネットやスマホの進化に伴い、
インスタント化するショッピング。
生成AIの登場もこれに拍車をかけています。
ググればさまざまなモノがすぐ出る時代、
ベターではなく、ベストなモノを探し出し、
手に入れるという行為も大切です。

価値あるモノは値段も高いわけですが、
手にした時の喜び、そこから得られる経験は
何ものにも代えがたいはず。
この特集は “GENUINE(本物)” と “HOUYHNHNM” の
頭文字を組み合わせた「GH」というタイトルのもと、
いま買うべきモノを探ります。

エルメスと、
カレの可能性に賭けた
男の話。

Interview with Christophe Goineau

〈エルメス(HERMÈS)〉を語る上で外すことのできないものといえば「カレ」です。
誕生から一世紀近く経つそのスカーフは90センチ四方の大きさに、
さまざまな色柄を乗せて多くの女性を魅了してきました。
これを男性に向けて提案したのが、ヴェロニク・ニシャニアンとクリストフ・ゴワノー。
二人はメンズシルクというまっさらなキャンバスに無限の可能性を見いだした立役者です。
「私がこの仕事を終える日が来ても、すべての願いは叶わない」
と言うクリストフにその真意を聞くと、彼らが〈エルメス〉で描く世界の一端が見えてきました。

Photo : Kazuma Yamano
Edit : Ryo Muramatsu

Introduction :

今年の10月中旬、「WHY KNOT ?!」ディナーという一夜限りのイベントが東京・北区の洋館「旧古河邸」で開かれました。その晩餐会は招かれたゲストに〈エルメス〉のメンズシルク製品の世界観を紹介する内容で、ホスト役をフランスから来日したクリストフ・ゴワノーが務めました。

念のため説明すると〈エルメス〉におけるシルク製品といえば、馬具や革小物などと並ぶ、象徴的なアイテムのひとつ。その歴史は古く、1937年にメゾンの新たな提案として正方形のスカーフ「カレ」が生まれ、49年にはカジノへ行く男性たちのドレスコードを満たすためにネクタイがつくられました。

クリストフが入社した87年の時点で、シルク製品はすでにメゾンの顔のひとつだったといいます。そうした中で彼は〈エルメス〉から託さたこの製品が持つ可能性を広げ、2011年にメンズシルク部門のクリエイティブ・ディレクターに就任。革製品&乗馬、メンズとレディスの各プレタポルテ、ジュエリーなど “メチエ” といわれる、〈エルメス〉に16ある製品部門のトップのひとりとして腕をふるいます。

Profile : 

クリストフ・ゴワノー

1987年、21歳の若さで〈エルメス〉に入社。メンズシルク製品のクリエーションを追求し、2011年に同部門のクリエイティブ・ディレクターに就任。聴かない日は無いというほどの音楽好きで、日本人アーティストの中では坂本龍一の作品を愛す。来日は今回で15度目。

Keyword :

人々の情熱に押され、
扉を叩いた新世界。

ークリストフさんは〈エルメス〉一筋で社歴が約40年と聞きました。そもそもなぜ入社したのでしょうか。
クリストフ:実は自ら〈エルメス〉を希望したわけではなく、学生時代に通っていた学校の研修で訪れたことがはじまりです。

そこで情熱にあふれ、その情熱を与えてくれる方々と出会いました。シルク製品もレザー製品も関係なく、なぜこんなに情熱を持って仕事に向かえるのか不思議に思い、それを知りたいと思ったんです。もちろん、当時こんなに長く勤めるとは考えていませんでしたけど(笑)。
ーいまやファッション業界は移籍や独立が当たり前です。そんな中で、ずっと同じメゾンに尽くし、長年ひとつの製品の可能性を追求するひとはなかなかいません。
クリストフ:メチエ=仕事というのは、それが情熱になることをここで学びました。何かをよりよくしたいという願い、思いですよね。

これは日本と〈エルメス〉に通じると思いますが、書家は人生を懸けて、完璧なジェスチャーを求め続けます。決して手に入らないと分かっている完璧を。それは〈エルメス〉も同じで、我々の情熱でよりよいものを求め続ける。私が手掛けるシルク製品でも、理想とするモチーフや色をすべてやろうとしても、絶対にできないわけです。

「カレ」のグラフィックに小さくあしらわれた作家のサイン。

「カレ」について説明するクリストフさん。

ー〈エルメス〉がシルク製品のためにつくった色は75,000色以上と聞きました。その中からカラリストがモチーフに合うものをひとつひとつ選び、リヨンの職人がひとつひとつ調合の異なるインクでプリントする。考えただけでも途方もない仕事です。今日、クリストフさんが巻いた「カレ」はいつのものですか。
クリストフ:今シーズンの新作です。このグラフィックはユアン・メサという、スイスのデザイン学校で建築を学んだ若手デザイナーが手掛けました。広げてみると、“HERMÈS” の文字を建物のように見立てた、ユニークなグラフィックの構造が分かると思います。

これは〈エルメス〉のクリエーションがいかに自由であるかということの一例で、私はただ真ん中に “HERMÈS” と描いた「カレ」をつくろうと言われてもOKしません。

Carre H 100 “Hermès Optical Perspective”

  • Type

    100×100 cm

  • Material

    Cashmere 70 %,
    Silk 30 %

  • Price

    ¥166,100

立体感を出す遠近法で表現されたグラフィック。“HERMÈS” の文字をアレンジしたユニークなデザインが特徴。取材時、クリストフさんが巻いた私物の色違いで、男性用に考案された1メートル四方のサイズ。

ーこのデザイナーはどこで出会ったのでしょうか。
クリストフ:彼の学校の卒業制作を発表する場です。アーティストとの出会い方は3つあります。ひとつ目はアーティスト側からオファーするケース。2つ目は私から声を掛けるケース。最後はバイチャンスで、友人が教えてくれたり、何かの縁で会うケースです。
ークリストフさんの元には、たくさんのアプローチがあると思います。その中でも魅力を感じるアーティストは?
クリストフ:アーティスト側から作品の提案を受ける時は、そのすべてに必ず目を通します。そして、全員に返事を書きます。これは今後、どんな予想しないことが起きるか誰にも分からないから。

特に重要なのは、我々と違う視点を持っていることです。それぞれのアーティストの世界観を〈エルメス〉に加えることで、異なる価値観がもたらされ、メゾンがより豊かになる。相手のパーソナリティが〈エルメス〉から少し遠く感じたとしても、何らかの接点を見いだせれば、会う約束をします。

「カレ」について説明するクリストフさん。

Keyword :

キーを握る3人との会話。

ー〈エルメス〉にはレディスシルク部門もありますが、そこを仕切るセシルさん(注1)とはコミュニケーションを取りますか。
クリストフ:私はセシルと仲がいいので、彼女から「レディスでこういうものをつくる」と聞いたり、私から「メンズはこうだよ」という会話をよくします。私はメンズとレディスのシルク製品を全く異なるビジョンにしたいと思っていますが、それを手に取り、最終的に判断するのはお客さまです。男性がレディス製品を、女性がメンズ製品を手にすることも素敵なことだと思います。 注1…セシル・ペス。2020年からレディスシルク部門のクリエイティブ・ディレクターを務める。
ーその一方で、メンズプレタポルテ部門を長年指揮するヴェロニクさん(注2)とはコレクションづくりの面で連携が求められます。
クリストフ:製作のファーストステップで、ヴェロニクからコレクションのアイデアを聞きます。彼女には明確なビジョンがあるので、一緒にまだ世に出ていないデザインやアーカイブを見ながら、ヴェロニクの考えに寄り添えるアーティストの選定に入ります。自由な形で話し合える関係なので、いろいろなことを話しますよ。 注2…ヴェロニク・ニシャニアン。37年近くエルメスのメンズ部門を率いる。今回の取材後、来年1月発表のコレクションを最後にそのアーティスティック・ディレクターの座を退くことが発表された。
ーそういった流れで進めて行くのですね。
クリストフ:メンズコレクションが完成したら、ヴェロニク、そしてピエール=アレクシィ(注3)と必ず一緒にチェックします。ひとつひとつのモデル、ひとつひとつの色を。そして、互いの意見を聞きながら、変更したり、時には外したり。かなりの量なんですが、目を通さないものはありません。しっかり時間を掛けながら、それぞれが意見を口にする、大切な話し合いの場です。 注3…ピエール=アレクシィ・デュマ。〈エルメス〉の5代目社長ジャン=ルイ・デュマを父に持ち、全部門を統括するアーティスティック・ディレクターを務める。

Carre H 80 “Grand Manege”

  • Type

    77.5×77 cm

  • Material

    Silk 100 %

  • Price

    ¥81,400

グラフィックを担当したのは、アンリ・ドリニー。彼は長年〈エルメス〉の製品を手掛けていることでも有名。この作品は、乗馬から着想を得て、曲線や螺旋がシルクの上で踊る様子を表現。縁のフリンジは手作業であしらった。

ーそういった流れで進めて行くのですね。
クリストフ:メンズコレクションが完成したら、ヴェロニク、そしてピエール=アレクシィ(注3)と必ず一緒にチェックします。ひとつひとつのモデル、ひとつひとつの色を。そして、互いの意見を聞きながら、変更したり、時には外したり。かなりの量なんですが、目を通さないものはありません。しっかり時間を掛けながら、それぞれが意見を口にする、大切な話し合いの場です。 注3…ピエール=アレクシィ・デュマ。〈エルメス〉の5代目社長ジャン・ルイ・デュマを父に持ち、全部門を統括するアーティスティック・ディレクターを務める。

Carre H 65 “AWOOOOO! Bandana”

  • Type

    65×65 cm

  • Material

    Cashmere 70 %,
    Silk 30 %

  • Price

    ¥81,400

バンダナモチーフの一枚に描かれたのは、月夜に吠えるオオカミ。実はこのオオカミ、2018年発表の作品をアレンジしたものなのだとか。グラフィックを手掛けたアリス・シャーリーは、動物モチーフの作品で知られる。

この手がメンズシルク製品の数々を生み出してきた。

ーピエール=アレクシィさんといえば、現在の〈エルメス〉に欠かせない年間テーマを決める立場でもありますね。今年のテーマ「ドローイング -描く-」を最初に聞いた時、どう思いましたか?
クリストフ:(頭を抱えて)わぁ、困ったな! 描くっていうのは、ずっと私がやってきた仕事です。それを新しい解釈で、何かを導き出すってどうすればいいの? って思いました。

でも、最終的にはいままでのコレクションづくりと同じやり方で進めました。シルク以外の部門はドローイングといえば、さまざまな面白いアイデアが浮かぶと思いますが、シルク製品にはデザイン=ドローイングやデッサンという面があり、私たちにとってそれは色彩を広げるための糸口です。結局、それが私たちの日常でもあるから。
ー年間テーマというある種の制約がある中で、さまざまなひとと協力しながらよりよい製品をつくる。大きなメゾンの中で、それを長年続けてきたわけですが、これまで手掛けた製品で最もエポックメイキングだったと思うものを最後に教えてください。
クリストフ:1メートル四方のカレです。これは男性に使ってもらうのに、理想的なシルク製品は何だろうと、ヴェロニクと何度も何度も話し合って生まれたものなんです。大きさ、フォルム、色、デザイン、素材をゼロから考えました。そうして生まれた製品を誇りに思っていますし、ヴェロニクとの共同作業の末、〈エルメス〉の本質を感じてもらえるものができたと自負しています。
編集後記 Editor’s note
編集後記 Editor’s note

来日の疲れを一切見せず、キュートで気さくだったクリストフさん。失礼の無いように、かなり構えて行ったのですが、その心配は無用でした。大きなメゾンのなかで、彼が長年愛され、活躍し続ける理由がよく分かった小一時間。最近ハマっている音楽は、フランスのバンド「Astels」の楽曲だとか。

Information

HERMÈS JAPON

Tel : 03-3569-3300

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