PROFILE
1968年大阪府生まれ。高校卒業後、長野県松本技術専門校木工科で家具づくりを学ぶ。その後、大阪で椅子をつくる木工所で働き、1997年に唐津裕美とともに〈TRUCK〉を設立。2009年現在の大阪市旭区に移転。現在にいたるまで、徹底的にディテールと品質にこだわった唯一無二の家具を生み出している。
見どころはあえてつくらない。
ー2024年12月にスタートした〈S.T,N.E.〉ですが、改めて黄瀬さんがを始めた経緯を教えてください。
黄瀬: 〈TRUCK FURNITURE〉(以下、TRUCK)を、はじめて28年になるんですね。実はもう10年前あたりには、なんとなく初期のシンプルやけどあんまり何も考えてなかっただけみたいな、その頃のよさに戻りたいという気持ちが湧いていたんです。けど、その頃つくっていた新しい家具は、ディテールにも工夫をこらして、“足して足して”みたいなものだったんですよ。もちろんそれはそれで面白かったけど、不思議なものでその裏でそぎ落としたような、単純な形に戻りたいという気持ちもあって。でも、しばらくそれは形にはなってなかったんです。
取材を行ったのは、東京でのお披露目となったエキシビション会場。自宅から家具などを持ち込んでリビングが再現された空間に、黄瀬さんはジャズピアノのレコードを流した。
黄瀬: 去年、3年ぐらいかけて新しく家を建てました。で、その家に何を求めたかというと、抜け感やスッキリとした、ほとんど何もないような白い空間です。というのも、5年間ぐらいロサンゼルスのダウンタウンにロフトを借りていましたが、天井高が5メートルくらいあって、スコーンとして気持ちいいんですね。そういう空間が日常的に欲しいなと、家のことも考えながら新しい家具をつくっていたんですけど、当初、ぼくは“おとなTRUCK”と呼んでました。
それが何かって自分でもよくわかってなかったけど、“おとなTRUCK”と呼んで、ちょっとずつものをつくっていきました。ぼく自身がはっきりわからんから、スタッフはもっとわからなくて、何言ってんのかな? と。でも、つくるうちになんとなく形づくられていって。やりたいことは、基本的に何もしないっていうこと。極端な話で言えば、〈S.T,N.E.〉のテーブルや棚を絵に描いてと言ったら描けそうなものじゃないですか。めっちゃ単純なんですよ。でもね、これがなかなか難しくて…。
ーどのような難しさがあったんでしょうか?
黄瀬: ずっと”見どころをつくる“というデザインをしてきたんですよ。自分でもその“見どころ”をつくって喜んでた。でも今回は、その“見どころ感”をなくしたかった。とはいえ家具屋だから、商品として値段をつけて世の中に出さないといけない。ただ、自分用ではないという緊張感はありました。
左のL(¥363,000)と右のS(¥253,000)の2サイズで展開している「PLACE SHELF」。ディスプレイされているなかには、今回のエキシビションに向けて黄瀬さんが撮影・執筆も手掛けた本(¥6,050)も。
黄瀬: たとえばこの棚も、商品になるのかなって。でもショールームに置いて写真を撮ったら、いいなと思えた。それが、自分のなかで第一段階OKという感じでしたね。そこからはお客さんや、いろんな人が見てどう感じるか、それが大事で。ありがたいことに、「これを見に来た」と言ってくれたり、「棚が一番気になる」と言ってくれたインテリア系雑誌編集長もいて。何かしら伝わってるんやな、と嬉しかったです。長年の〈TRUCK〉ファンの方にも「これも〈TRUCK〉らしい力強さを感じる」と言ってもらえて、本当に嬉しくてね。
ーつくり方の根源は変わってないんですか?
黄瀬: 流行りでつくったことは一度もないです。いつも自分が欲しいものをつくってきた。今回も家づくりと並行してつくった家具で、考え方は〈TRUCK〉と同じ。ただ、〈S.T,N.E.〉を立ち上げた最初の頃は、〈TRUCK〉との差をつけすぎていたんですね。ウェブサイトでもモノクロでクール過ぎたのか、「裏切られたわ」と言うお客さんもいました。でも実際に店で見た人たちは「優しい」「癒される」と言ってくれて。見せ方が間違ってたなと反省しました。
ー〈S.T,N.E.〉という名前の由来を教えてください。
黄瀬: 途中までは“おとなTRUCK”って呼んでたんですけど、それもただの呼び名みたいなもんで。LAで知り合ったコンセプトづくりに携わるデザイナーのブラッドにも相談したんですが、ピンとくる名前がなかなか無くて。そんな話を友人のスティーブン・ケンにも話してみたら、後日メッセージが届いて。それは古い車をレストアするとき、外見はそのままでエンジンだけ新しくする、みたいな発想で、その新しいエンジンが自分の新しいデザインに対する情熱なんだ、と。うまいこと言うなあと思ったけど、「Same TRUCK, New Engine」だと長すぎて、一旦放置してたんですよ。でもふと思って、頭文字を取って〈S.T,N.E.〉にしてみたんです。
ー先ほどの通り、黄瀬さんはご自身の好きなものや生活とそこからつくる家具にはズレがないという印象ですが、〈S.T,N.E.〉の構想が生まれた10年前に何かきっかけはあったんですか?
黄瀬: これがね、ひとつもないんですよ。急にこっちが好きになったみたいなことではなくて、ぼくは好きなものがずっと一緒なんです。たとえば、中学1年のときに買ったマウンテンバイクや高校のときに塗ったヘルメットをいまだに持ってたりと、モノ持ちがいいタイプ。新しい好きなものももちろん増えるけど、基本はずっと同じ。
いままでの〈TRUCK〉はワークウェア的なイメージが強かったんです。工場で毎日家具をつくって、靴はスチールキャップ入りのワークブーツがお気に入り。デニムのパンツにカバーオール。そういうスタイルがベースでした。でも、いろんなものに触れていくなかで、少しずつ違うものも手に取りたくなって。音楽もジャズだけが好き、というひともいてそれはそれでかっこいいけど、ぼくはいろいろ聞きたいし、新しいものにも少し手を出して、馴染んだら取り入れたい。幅が広がる、というのかな。家具も同じです。
ー新しいご自宅もこの展示空間も、白い空間“ホワイトキューブ”というのは意外だった、という声はもちろんありましたよね。
黄瀬: ここにある植物やいろいろなものはみんな、その辺で拾ってきたものなんですよ。で、よく思うのが、たとえば錆びて曲がった釘が道端に落ちてても誰も気にしない。でも、白いギャラリーにポンと置かれていたら多分めっちゃかっこいいやろって思うんですよ。置き場所が変われば見え方も変わる。だから、抜けのあるスコーンとした器も好きなんです。
拾ったモノは置くだけでなく身にもつける。ハットに刺していたのは道端で拾ったという鳩の羽根。ラベルではなく、出合いや記憶、感覚を大事に自分のものさしでモノを選ぶ。