2025年6月1日(日)に24年目の幕があけた「トラスムンド(TRASMUNDO)」。だからといって特別なことはせず、お店の奥のカウンターの向こうから浜崎伸二さんが来るひとを迎える光景は、これまでの23年間と変わることはありません。日々音楽+αを通した“なにか”を伝え続ける。文章にするとたった20文字ですが、移り変わりの激しい世の中でそれを続けるというのは特別なこと。そんな姿勢に共感し、リスペクトを送るひとたちからのメッセージこそ、「トラスムンド」=浜崎さんの魅力を雄弁に物語るはず。前編の9名に続き、後編では10名の方々からの言葉が届きました。
Photo_Shiori Ikeno
Edit_Yusuke Suzuki
01_横瀬裕貴(SUNDAYS BEST)
YOUTH ATTACK!
2002年、僕が21歳の頃の話。
当時僕は明大前に住んでいて、隣駅の下高井戸に住んでいた1個下の友達の家にレコードを聴きに行ったり、散歩したりで下高井戸にはよく行っていました。
今セブンイレブンがあるところの手前の緑の建物の1Fが当時中古レコード屋さんで、たまにチェックしに行っていたのですが、ある日いつものようにレコード屋に行こうと公園通りに入ってすぐの2階に新しいお店ができていました。
そのお店のウインドウ部分にCHARLES BRONSONのYOUTH ATTACK!が飾られていて「うぉー!チャールズブロンソン!」って思わず飛び込んで行ったのがはじまり。
当時僕はBeta Bodega周辺のアブストラクトヒップホップとかエレクトロニカを聞いていた時期で、僕の周りには同じような音楽を聴いている人がいなかったので、その辺の話とかハードコアの話、本や映画の話を沢山聞いて頂いた記憶があります。
オープン当初は店内に入ってすぐ左手にスリーシーターのソファーが置いてあって、閉店間際にそこに座ってビールを飲みながらカウンター越しの浜さんと話すのが好きでした。
時がたって2014年。
僕がSUNDAYS BESTをスタートさせた年、
数年ぶりにTRASMUNDOへ行きました。
少し緊張しながら久しぶりに行ったTRASMUNDO。
「ロドリゲス久しぶりじゃん!」と昔のあだ名で呼んでくれる数少ない先輩でもあります(笑)。
数年前と変わらず浜さんが笑顔で迎えてくれました。
ここ数年の出来事を話しながら、良いのあるよと紹介して頂いたのがディープなチカーノソウルを集めたオムニバスCDでした。何となくジャケットのアートワークとチカーノソウルという響きに興奮したのを覚えています。
家に帰ってCDを再生した瞬間、初めてLos Crudosを聞いた時と同じような感覚で新しい音楽との出会いをしました。
ここからまたTRASMUNDOへ通う日々が始まりました。
なんだかよくわからないけど物凄く僕にフィットしたチカーノソウルは、素敵なメロディーにロマンチックな歌詞、自分のお店でかけるのにも最高の音楽です。
そしてチカーノソウル以外にもTRASMUNDOには色々な音楽家の自主製作CDがあるのですが、浜さんの作るTRASMUNDO DJs eternamenteを筆頭に新たな音楽の教材として現在進行形で勉強させてくれています。
2018年と2024年には僕のお店の周年に合わせてCDを作って頂けたのは本当に嬉しかったです。ありがとうございました!
2002年から23年、いつお店に行っても絶対浜さんがいる安心感と、尽きることのない好奇心は、本当に凄いし中々できることではないと思います。
同じようにお店をやっている人間として、こんなに長い時間お店に立ち続けている、その姿勢と情熱はマジ超尊敬してます。
これからも変わらずカウンターの向こう側から浜さんの音楽を聞かせてください。
いつも本当にありがとうございます。
2025/5/22 横瀬 裕貴(SUNDAYS BEST)
PROFILE
世田谷区の中でも、特にメロウな空気が流れる上町の「サンデイズベスト(SUNDAYS BEST)」店主。横瀬さんのフィルターを通し、アメリカ・音楽・スケートボードなどの空気をまとったセレクト&オリジナルアイテムを販売。不定期で更新され、いつも「アディオス!」の一言で締めるブログも必見です。
Instagram:@sundaysbest_yok
02_植本一子(写真家)
わたしの基礎教養。
初めてお店へ行ったのは、夫であった石田さんことECDと出会ったことがきっかけでした。そうなるとおそらく18年前ほど前になります。わたしがECDと共著で出した本『ホームシック 生活(2〜3人分)』には、赤ちゃんだった娘が店内で浜ちゃんに抱っこしてもらっている写真も載せました。産後1ヶ月検診で病院の帰りだったか、そんなタイミングで、タバコの匂いの染み込んだ店内に、こんな空気のよくない場所に連れてきちゃって大丈夫かなあ(失礼!)と不安になったのを覚えています。そんな娘も高校生になりましたが、写っている浜ちゃんも店内も、不思議と今と何も変わらないように見えます。
いつ行ってもそこには浜ちゃんがいてくれる、という安心感に何度助けられたかわかりません。そうやって場所を守り続けることは、並大抵のことではないと思います。今では自費出版で自分の本を出すたびに必ず置いてくれて、しかも常にいつも良い場所に置き続けてくれています。思えば、わたしがZINEカルチャーに初めて触れたのもTRASMUNDOだったような気がします。ハードコアバンドの人たちがコピーとホチキス留めで作ったものには、誰でも表現して良いし、こんなに自由でもいいんだ、と教えてもらった気がしました。そう考えるとTRASMUNDOは、今のわたしの基礎を作ってくれた場所といえるかもしれません。
PROFILE
1984年6月4日生まれの写真家。数々の著書やZINEの自費出版があり、最新作はわたしの現在地シリーズ第2弾となる『ここは安心安全な場所』。6月14日(土)と15日(日)に岩手県紫波町で行われる“本と商店街”というイベントで初売りになり、6月17日(火)以降の発送でオンラインでも購入可能です。
Instagram:@ichikouemoto
2002年6月1日のオープンから、ずっとお店は浜崎さんひとり。ただ、DJのときは“TRASMUNDO DJs”の名前で活動したり、まわりにいる友人や仲間たちとの繋がりを色濃く感じるのが「トラスムンド」っぽさ。それは音源やマーチャンダイズなどの商品だけでなく、飾られた写真やポスター&フライヤーなどお店の隅々から感じることができます。
03_noise(アーティスト)
ドアは開いている。
TRASMUNDO、東京は下高井戸駅から徒歩1分程にあるカフェの2階、階段を登っ
て、オープンしていればドアは開いている。
あの階段を初めて登ったのは、いつだったんでしょうか。
関西に住んでいた頃から、気が付けばお店に通うようになっていました。当時は、
様々なアーティストによってリリースされるCD-RのMIXCDだったり、知らない
アーティストが作ったZINEや手刷りのTシャツ、インデペンデントな雑誌を買うこ
とがとても面白く、遊びに行く度に色々と買って帰っていて、購入したものが自身
の中で繋がり解釈されていく感覚とその体験は、私の価値観の一端を形成している
ように感じます。
それからある程度の時間が経った後に、作ったZINEやTシャツを取り扱って貰った
り、友人たちと企画したライブや展示のフライヤーを置いて貰ったり、デザインし
たCDやレコードが店頭に並ぶようになったことなど、とても得難い経験をしまし
た。
浜さんと雑談しながら商品を見ることはいつも楽しく、大阪や名古屋にフラッと遊
びに行った話に、最近見た映画の話や、今年は何周年なのかを何気ない会話の中で
聞いたり、そんな会話の流れでお店のTシャツのデザインをさせて貰ったことも楽
しかった出来事の一つです。ここ数年は健康の話が多くなりましたが、長く通って
いることでの話の変化もなんだか嬉しく思います。
最近、ひとりで遊びに行くことが多かったので、今度は誰かを誘って遊びに行きま
ね。
PROFILE
パーティやイベントのフライヤー、〈プリルマル(PRILLMAL)〉や〈ディアスポラ スケートボーズ(Diaspora Skateboards)〉などブランドやMIX CD・カセットテープへのアートワーク提供、不定期で作品の発表&展示など、さまざまなフィールドで活動するアーティスト。過去にTRASMUNDOのTシャツのデザインも手がけたり、浜崎さんとはかなり古くからのお付き合い。
Instagram:@y_noise
04_Marfa by Kazuhiko Fujita(アーティスト)
なりたい大人。
アメリカから帰国してMarfaで初めてのMIX CD作品「Tenderloin」を作った際に流通の仕方がわからず、佐々木(KID FRESINO)に相談したら「トラスムンドに持って行ってみたら」と聞いて、とりあえず行って直接話をしてみようと、トラスムンドを初めて訪ねた。
すごく緊張していたと思う。
店の様相は自分が若い時から数少ない好きな場所でしてきた”自身にとっての新しいもの、ここにしかない何か”を探し、学ぶことに喜びを見出していた十代の頃の衝動を駆り立てるものたちで溢れていた。
自己紹介をすると、横丁の話は聞いてるよと言いながら、まず僕が持って行ったCDを店内でかけて聴いてくれて、そこに収録されている曲の話をしながら、その当時までの僕自身の話をしっかり聞いてくれた。店に置くかどうかの判断をちゃんと目の前でしてくれて、作ったものに反応をくれて、一瞬でなんて信用出来る大人なんだろうと思ったのを覚えてる。
Mixが終わる頃に取り扱うよと言ってもらえた時は本当に嬉しかった。
二度目に行ったときにはレビューまで貼られて売られていて、でも特にそれについては何も言わない。でも、認められたような気がして嬉しかったし、良いものは良い、良くないものは良くないとハッキリ表現すること、自分の思っている通りに生きることが当たり前だと信じてた僕たちにとって、同じように当たり前にそうしているハマさんのそういうところもかっこよくて、こういう人になりたいと思わせる態度と行動、僕らにはまだなかった知識や経験を決して押し付けず、ただその時をまっすぐ評価してくれる稀有な大人だった。
それからは突然不定期的に納品と称して、店を訪れると良かった!店開いてる!(なぜか毎回思う)、そこにはいつもとと変わらないハマさんがいて、ただただ最近見た面白かった映画の話を何時間もしたり、行くたびに増えてるこれまでに見たことのない、触れたことのないものを隈なくチェックしてまた自分の血肉になるものを持ち帰る。
二人で話をしている合間にも、いつもなんとなく積み上げられたものたちのタイトルやクレジットを目で追ってる。
常日頃、全てから学びたいと思う僕みたいなタイプの人間には最高の店。
帰り際ここから帰りたくないと内心思ってる。
継続することの大切さを先頭を行って見せてくれる今も、僕の信じるべき、自分自身の積み上げてきた知識と経験の年月が、そう遠くない未来に自信に変化していくのを確信してる。
PROFILE
日本横丁の名で10代からアーティスト活動をスタート。その後渡米し、カリフォルニアで数年間過ごしたのちに帰国。数年をかけてKID FRESINOと制作したMIX CD『TENDERLOIN』を発表したり、現在は不定期でアパレルなどをリリース。KID FRESINOやSPARTAなど友人のマーチャンダイズも手がけています。
Instagram:@marfa.by.kazuhiko.fujita
05_LIL MERCY(J.COLUMBUS/WDsounds/PAYBACK BOYS)
理由。
街に出る時、トラスムンドからどこかに向かうことが多い。今週も素晴らしい一日があってそこにはトラスムンドがあった。でも、それはコンコ堂に寄ってから行ったから二つ目の場所がトラスムンドだったんだった。THEE LAKESIDERSのPARACHUTEのJKT付きの7インチを宮田さんが納品に来て、それとBLAH-MUZIKのCD-Rを「これどっちがいいですかね?」「もう、どっちも音楽を形容し難いんだよ。」という毎回のやり取りを経て(浜崎さんのコメントは前はもう少し、音楽を形容していたから、BLAH-MUZIKの音楽が日々を重ねて行ってるのだな。と、コメントから感じ取ることが出来ると今、改めて思った。)一枚買う。浜崎さんに最近聴いてる音楽や観た映画の話をして、浜崎さんの見解を聞く。浜崎さんが別の誰かが話していて、すごく残った言葉を聞くこともある。それはすごく日常の大切さをフィードバックしてくれる時間で、誰かに話したくて何かを聞いたり観たりするのもあるのだよなと思う。自分が作ったものを、CD-Rに焼いて初めて持って行く場所は、トラスムンドで。レコーディングする前からその話は伝えている。でも約束してるわけじゃなくて。ただ持って行ってるだけで。そういう日々が重なったそれぞれのCDやCD-Rが折り重なりあってる。これからも自分の理由の一つでいて下さい。
PROFILE
20年以上街の音楽を伝え続けるレーベル&プロモーションカンパニーのWDsoundsのオーナー、ハードコアバンドのPAYBACK BOYSのボーカル、そしてJ.COLUMBUS名義でラッパーとして活動。他にもCOTTON DOPEの名で執筆やDJなどを行い、Riverside Reading Clubのメンバーでもある。
Instagram:@wdsounds
「トラスムンド」から京王線の踏切を渡り、下高井戸駅の反対側にはラッパーのCENJU(写真左)による古着&セレクトショップの「ダンシング ムード(DANCING MOOD)」が。お互いのお店を紹介したり、「ダンシング ムードで販売するMIX CD(お店をイメージしてレゲエやソウル中心)を浜崎さんが手がけたりと、音楽を通したご近所付き合いも。
06_平野太一(ミュージシャン)
静けさのなかで思い出す東京。
自衛隊の駐屯地となっている、ススキが群生する荒野を、森の方へ向かって国道469号線で独り突っ切っていく。
そんな時はいつも、静かな独りきりの感覚に襲われる。
カーステからは浜崎さんがセレクトしたミックスが流れている。BRENDA RUSSELLの「If Only For One Night」。
ここ数年、自分を巡る生活は一変した。その中でも大きな変化は、御殿場に越して、30代後半で初めて車の免許を取得したことだ。
いい加減歳を重ねてから車に乗るようになると、時々、自分がこの鉄の塊を乗りこなしているのか、それとも実はただこの得体の知れないものに運ばれているだけなのか、よく分からなくなることがある。
東京にいた頃は、今のように毎日自動車を使う生活をするようになるとは思っていなかった。
友人に池袋BEDに連れて行ってもらったこと、当時路上で起きていたデモのドキュメンタリーを作り、浜崎さんや他の人たちの助けで 代官山や原宿で上映させてもらったこと、ただのネットの活動家崩れだった自分に、白黒だけでは説明がつかない、いろんなことを教えてくれたこと、R.W.ファスビンダー「13月の新月のある年に」のこと、金が無さすぎて昼職と夜の2丁目のバイトで毎日酔い潰れていたこと、下高井戸のTRASMUNDOへのあの細い階段を上っていくときのことー自分にとってのそういった東京の記憶は、もうバックミラーにも映らなくなってしまった。
またあの階段を上ったら、あの時のように浜崎さんといろんな話ができるだろうか。
時間が押し流してしまったものの中で、また何かを手繰り寄せることはできるのだろうか。
今でも、よくそんなことを考える。
ダッシュボードからCDケースを取り出す。ジャケット写真には、あの変わらないTRASMUNDOの店内、下高
井戸の路上に佇む浜崎さん。そのミックスの背帯には、こんなタイトルが書かれている-「静けさの中で思い出される感情、ひとりではないと知ること」。
PROFILE
大阪出身、現在は静岡県御殿場市在住。2018年にTwitNoNukesの活動をまとめたドキュメンタリー映画『STANDARD』を発表。大阪時代から曲づくりをしていて、ミュージシャンとしても活動。『SELL FEE』と題したZINEもリリースしています。
Instagram:@hiranota1
07_ATOSONE(RC SLUM RECORDINGS/COMMA VIOLETA)
HappyDays.
裕福な暮らし、家族、親戚、友達、CDプレイヤー、新車、大型テレビ、マイホーム、出世街道、住宅ローン、保険、老後、健康、低コレステロールも何も持ってない我々が「どうも、失礼ハマさん、初めまして。」と挨拶をすると、ハマさんは言いました。「おい、お前たちの目は死んでるが新鮮だ。だけど時代は陰険で間違いだらけだぞ。」僕たちは答えました。「それは僕たちの内面です。」と。するとハマさんはタバコを迎えに行くように顔を動かし、「きっと世界がお前達を白い目で見る人生も楽しいだろうな!」と煙で目を細めながらとても眩しそうにこちらを見て笑っていました。その様子を見て僕はこの人のことを大好きになると同時に向かいにあるくたびれた赤いラーメン屋がマジで美味そうだなって。
ハマさん。
あなたに会えて良かった人は
大名古屋にもどえりゃあおるでよ。
これからもあんばよろしゅうやってちょうよ。やっぐい、にすいやつらはまぁええでこれからもどうかRCをよろしくなも。
PROFILE
大名古屋の大不良にして大音楽家。名駅六沙亜縫二代目。TYRANT、A.BC、 RCSLUM RECORDINGS、METHOD MOTEL、COMMAVIOLETA、Gallery & Bar COMMON、 THEODORE LINUS、FLATTERY GANG、UNCAKE。
Instagram:@commavioleta
1956年に開設され街のシンボルのひとつだった「下高井戸駅前市場」も、京王線の連続立体交差事業や老朽化などを理由に、2024年3月末で68年の歴史に幕を下ろしました。その他にも多くの街と同じように、個人経営のお店が閉店しチェーン店が増えていく中、24年間も同じ場所で同じようにお店を続けるすごさを感じずにはいられません。
08_山口伸子(下高井戸シネマ)
浜崎さんに会いに行く。
最初に出会った時のことはあまり覚えていない。文化的なお店があまりないこの町に中古レコード屋さんができると聞いて、オープン早々に訪ねたのがはじまりだったかと思う。下高井戸シネマの上映する映画のポスターの掲示やスケジュールの設置に協力してもらうなどのお願いをして、話しているうちにすぐに打ち解けてしまった。浜崎さんは映画にも詳しくて話がすごく広がったし、いろんな音楽もおすすめしてもらった。サブスクで音楽を聴いたり映画を観たりしない時代はこうやって人から教えてもらって好きなもの探していたものだった。
それからもトラスムンドは、定期的にポスターを貼ってもらって毎週のように訪ねていたし、仕事以外でもちょこちょこと行ってはお話しをして、楽しいひと時を過ごす場所になっていた。
忘れられない思い出は2011年3月11日のこと。下高井戸の店舗や駅に設置してもらっているポスターを貼り替えにいつものように回っていたところに、大きな地震が発生した。たびたび揺れがあったものの状況が分からず町を歩いてトラスムンドのそばを通りかかったら、浜崎さんが道路に出てきていた。「すごいね揺れ、大丈夫?」「棚のCDが全部落ちてきちゃったよ」などと話していたら、向かいのラーメン屋木八にいたピエール瀧も通りに出てきて「ちょっとお店の中見せてよ」と言って、二人でトラスムンドに入って行ったのだった。浜崎さんに会えたので私はなんだか少しホッとしてしまってポスター貼りを続けたが、劇場ではその日の上映は中止となっていた。トラスムンドはその棚を元に戻すのが大変だったろうけど、震災の後もコロナの時もあまり変わらずに淡々と営業し続けていた気がする。
いつも映画の話しをしていたものの、なかなか一緒に上映企画をすることができなかったのだが、ついに昨年やっと浜崎さんを下高井戸シネマの上映後のトークにお迎えすることが叶った。『ルードボーイ トロージャン・レコーズの物語』英国のレゲエ専門の音楽レーベルを巡るドキュメンタリー映画の上映で、浜崎さんと宮田信さんと今里さんの3人で音楽について語ってもらえた。映画と音楽が繋がっていく素晴らしい夜だった。
ここ数年は私がポスターの貼り替えには行かなくなったり、夜まで仕事をしていることが多くなってしまい、トラスムンドに行くことがずいぶんと少なくなってしまった。けれど、たまに顔を出すと変わらぬ様子で出迎えてくれる。そして映画と音楽の話しをして、ついつい話し込んでしまう。
私も下高井戸シネマの上映プログラムを組む仕事をするようになり、どんな作品をどういう風に届けられるかというような話が出るようになった。世界中の様々な、新しいものも、古いものも、繋がりとか、広がりとか、懐の深さとか、いろいろな側面を紹介できたらなと思っている。すると、浜崎さんが音楽も映画も一緒だよねと共感してくれる。
下高井戸という小さな町の隅っこで、同じような方向を眼差しながら音楽やら映画やらに向き合っている気がする。トラスムンドのオープンから24年。気がつけば、ずいぶんと長い付き合いになった。月日が経っていろいろと話しているうちに、浜崎さんの姿勢にとても影響を受けていたようだ。これからもたまに立ち寄ってはお話ししに行こう。
PROFILE
昭和30年代前半に「京王下高井戸東映」としてオープン。昭和55年に名画座の「下高井戸京王」になり、昭和63年に別企業が引き取る形で現在の名称へ。さらに平成10年に新会社(有)シネマ・アベニューを設立。市民参加型として映画の魅力を発信し続ける「下高井戸シネマ」のスタッフとして、「トラスムンド」と同じく下高井戸の文化を支えています。
Instagram:@shimotakaidocinema
09_宮田信(BARRIO GOLD RECORDS/MUSIC CAMP, Inc.)
下高井戸のバリオ。
商店街の最も明大前寄り、あのうどん屋『ジャズ・ケイリン』を営む高校時代の悪友、栂野からお客さんとして来ていた浜崎さんのことを聞いたのはもう随分前のことだ。駅の向こう側でレコード屋をやっているから俺に紹介したいと。いやいや無理でしょ?チカーノ音楽なんて相手にされないから!
『トラスムンド』店内、アンダーグラウンド・ヒップホップと「タイマンを張る」チカーノ音楽コーナーのきっかけはそんな感じだったのだ。最初はお試し的に数点のアイテムから、いつの間にかウチが扱うほぼ100%の商品を入口奥の左側に置いてもらえるようになった。日本ではほとんど誰も知らなかったチカーノ・バットマンやエル・ハル・クロイも、あの棚から始まったのだ!
大半のお客さんのお目当てはローライダー系とされる甘いソウル。しかし、ジャンルやスタイルに縛られないオルタナティヴな音楽にこそチカーノ音楽の神髄があることを知るのが浜崎さん。鋭い審美眼と広く音楽を愛するハート、さらに何よりその反骨の精神が、バリオから届くインディペンデントのチカーノ音楽と共鳴共振している。
「家賃高騰でいつのまにかチェーン店だらけになった!」周辺で育った『ジャズ・ケイリン』の店主がずっと嘆く。それを考えると『トラスムンド』と『ジャズ・ケイリン』は下高井戸レジスタンスの拠点なのではないか。京王線の高架化に伴うジェントリフィケーション(再開発)が迫る駅周辺。闘いはこれからなのだ。笑
宮田信(BARRIO GOLD RECORDS/MUSIC CAMP, Inc.)
PROFILE
チカーノ系の音楽を伝え続けるレーベルのBARRIO GOLD RECORDSと、洋楽を中心に演奏家やクリエイターの顔が見え、街や文化の息吹を感じる音楽を伝え続けるMUSIC CAMP, Inc.の代表。6月23日(月)〜7月11日(金)には代官山の「晴れたら空に豆まいて」にて、『晴れたら空にジャズ!』と題したイベントを5日間開催し、最終日は浜崎さんもDJで登場します。
Instagram:@shin_bg_records
10_今里(SFP/LPS/不死身亭一門)
SUMMER IS JUST AROUND THE CORNER.
そもそも、「商店街の入口にある老舗の文房具屋の店先にSOLMANIAのポスターが貼られている」という事実だけで、下高井戸は素晴らしい街だなと思う。
趣のある小さな映画館や、美味しいうどん屋さん、仕事が丁寧な床屋や、街一番のラッパーが営む古着屋の他にも、まだまだ自分の知らない魅力的な場所がたくさん在るのだろう。
そんな街で何よりも人と人の繋がりに重きを置いて、24年もレコード屋を続ける浜崎さんは、「スモーク」でいうところのハーヴェイ・カイテル、もしくは定点カメラ、のような存在だと思っています。日が暮れてから訪れると、2Fの階段の踊り場にお店から洩れるオレンジ色の明かりが見えて、灯台のように感じる。開店早々のタイミングで行くと、お店の守護神かさがわ会長に会えるのも最高。これからも末永く宜しくお願いします。
今里(SFP/LPS/不死身亭一門)
PROFILE
ハードコア・バンドSTRUGGLE FOR PRIDEとしての活動に、DJ HOLIDAY名義では『不死身亭コレクション -TROJAN ORIGINAL ALBUMS-』シリーズ6タイトルや、ARIWA音源を使用したミックスCD『Ariwa’s Tunes From My Girlfriend’s Console Stereo.』と『Still Listening To Ariwa’s Tunes From My Girlfriend’s Console Stereo.』などをリリース。
TRASMUNDO
住所:東京都世田谷区赤堤4丁目46−6 2F
営業時間:12:00~
定休日:毎月第3木曜日