vol.32

UNITED ARROWS RENEWAL

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UA原宿本店が4月22日にリニューアル。
ストアディレクターの小木さんの思惑を探りました。

22日にリニューアルオープンするユナイテッドアローズ 原宿本店 メンズ館。 移ろいゆくファッションシーンの中で、常に中心的存在であり続けるUAが打ち出す次の一手に注目が集まっています。今回はキーパーソンとなる小木さんに話を聞きました。

自分が明らかな責任者になって、原宿本店を変えていく。

―まずは、小木さんのプロフィールを簡単にお願いします。

小木基史(以下、小木。敬称略):1976年、北海道札幌市出身、1997年、20歳の6月に入社しました。最初は〈ユナイテッドアローズ〉有楽町店のアルバイトからはじまりその後、新宿のフラッグスのユナイテッドアローズ(現ビューティ&ユース)のオープニングスタッフで異動になって。次は渋谷公園通りに「CYT」っていうお店があったんです。そこに異動になって、当時プレスだった酒井に「メンバーがスケボーに乗ってファッション誌に載ってもいいんじゃないですか」って生意気なことを進言したんですよ。 それがきっかけで酒井にちょこちょこ雑誌の撮影とかに呼んでもらえるようになりました。それから当時のブルーレーベルストア 原宿店(現ビューティ&ユース 原宿メンズストア)に異動になったんですが、その時プレスをやってたもう1人の先輩に「そんなに雑誌いっぱい出てるんだったらプレスになればいいじゃん」って言われたんです。それまで全然そんな事考えてなかったんですけど、それからですね。もうその気になっちゃって。でもなかなかプレスにはなれなかったので、もう辞めようかなって思ったこともあったんです。その時に相談したのが〈ノンネイティブ〉の藤井でした。彼に「なりたくてもなれる可能性が全くない人だっているし、せっかくなれるギリギリのところなんだからもうちょっと頑張ってみたら」って言われたんですね。その言葉のおかげで続けることが出来ましたね。2002年からプレスをやらせてもらって、それから約3年後〈リカー、ウーマン&ティアーズ(以下、LWT)〉の立ち上げに至りました。

―とてもスペシャリティの感じるショップだった印象です。惜しまれつつもクローズするということで、その部分も関連していそうですよね。

小木:2006年の秋冬に〈LWT〉をオープンして、今年の2月14日にクローズしました。本部長に、結果がちゃんと出てないところからクローズするのはしょうがない、と告げられまして。特に最後の半年は結果が少しずつ出てきたので、存続のために何度も粘りましたが、最終的には納得せざるを得なかった。その時に、だったら原宿本店を僕にやらせてください、って言ったんですよ。そこからまた企画書を書いてっていう感じですね。本部の中でもマーケットや世代の変化、時代対応への一手として原宿本店の改革をちょうど考えていた時期でもありました。今思い返すと、生意気ですが自分でいろいろ言って食らいついてきたというのはありますが、周りの人の助けがなければ実現できなかったことばかりですね。

―ではリニューアルする原宿本店の話にまいります。どんなブランドが入るんでしょうか、またどんなお店にしていきたいですか?

小木:最初は全フロアを改装しようって話をしました。館自体を「ユナイテッドアローズ&サンズ」っていう名前に変えて、地下1階は、「The son (息子)」っていうフロアコンセプトでミーハーなものをどんどんやっていきましょう、と。1階は「息子もいつか父親に」で、ストリートの匂いをもったスーツスタイルを提案して。2階は「父親から息子へ」っていうテーマで、いつになっても廃れない王道を提案しようとしていました。最終的にはそれを地下1階に凝縮した構成になります。キモになるのはストリートの匂いのあるスーツスタイルですね。階段を下りると〈ザ スタイリストジャパン〉とか、〈ワコマリア〉とか〈ミスターベイシングエイプ®〉とか〈ジョンローレンスサリバン〉とかの中にUAのオリジナルがあるっていうイメージですね。

―この中では今まで扱っていないブランドばかりってことではないですよね。

小木:そういうわけではないです。LWTをやっていた時に原宿本店を外から見ていて、ミーハーさが足りないなと思ったんです。あとは王道をきちんと次の世代へ伝えていく必要性を感じていました。だからこの商品は置かなくていいと考えたりもしました。あとは、今までは誰が責任者か分からない部分があったので、自分がなろうと考え始めました 。

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プレスルームで行われたインタビューは小木さんのポジティブなオーラに包まれていました。

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