〈ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)〉のプレスの方から電話でお誘いを受けた。聞けば、〈ザ・ノース・フェイス〉アスリート・河野健児さんは普段は長野県野沢温泉近くの北竜湖を拠点にSUPやツリーハウスを楽しめる施設を運営しているが、今回はSUPのために、北海道の積丹半島までわざわざ飛ぶという。最近鎌倉や江ノ島界隈でSUPが人気というのはよく耳にしているが、SUPを積丹半島でやるというというのはさすがに聞いたことがなかった。
7月初旬。天気はあいにくの曇り空。東京を飛び立ち、1時間半後、飛行機は新札幌空港に着陸し、そのまま河野さんと一緒に車で3時間ほどかけて一路積丹半島へと向かった。
雪のない道路は、本州と変わりはないけれど、そこから見える自然はやはり雄大だ。自然のかたまりとも言いたくなるほど繁茂した木々や植物が絶え間なく続いていく。
まずは今回の案内をしてくれるHokkaido Backcountry Guides・塚原聡さんのオフィスへと到着。
塚原さんは、積丹半島や余市周辺の土地を熟知していて、たとえば冬の場合、圧倒的経験と知識により、あらゆるレベルのお客さんやケースを想定して、バックカントリーの場所を提案できるという。冬山はもちろん、SUPで遊べる海岸線についても詳しく、自然と戯れることがそのまま生活になっているようなひとだ。
積丹半島の岸壁は、長年の風によって削られたその岩肌が独特だ。本州の海では見たことがないその屹立した岩は、北海道特有の雄大な自然美になっている。数多くの島が集まっているのが日本であり、「本州=日本」というのは間違っているということは承知の上で言えば、積丹の風景は日本のものとは思えなかった。
SUPについて改めて説明すると、空気で膨らませたボードに乗り、基本的には立ったままパドルで推進や方向転換をする。波の力を利用するサーフボードとちがい、自力でパドルをこぐので、海はもちろん、川や湖などさまざまな場所と遊ぶことができるのが何よりも大きな魅力だ。そして、スノーボードや登山、トレランと同じように、自然の地形を利用して遊ぶスポーツだから、場所ごとによってその楽しさも変わってくる。
そして、その門戸も非常に広い。たとえばサーフィンの場合は、沖までのパドル移動がハードすぎて、やめてしまうというひともいる。しかし、浮力の大きいボードを使うSUPは、いわゆる “スポーツマン・ウーマン”でなくても楽しめる。もちろん、自分への負荷のかけ方次第ではアスリート的な楽しみ方もできるが、場所や景色をゆったりと楽しむ“ファンライド”ができる。そんな玉虫色的な楽しさこそSUPの魅力だ。
海岸へと着き、準備として、ボードに空気を入れるのだが、ブロワーを使うとあっという間に空気がふくらむ。こういったスムーズに準備が完了するのも〈ピークス5〉のようなプロに頼むメリットだろう。大きさに似合わず、ボードは一人で運ぶことができるの重さになっている。
ボートを波打ち際へと運んで着水する。
そして、水平線まで続く海原のなかをパドルで漕ぎ出す。ふらふらとはするけど、海に落ちない程度には安定している。
その透明度は高く、ブルーが結晶化したかのような、その海の色は美しすぎて、怖くなるほど。透明度が高いので、海底に転がる大きな岩石まで見通すことができる。その岩肌には真っ黒なウニが模様のようにいくつも張り付いている。
この岩は一体いつくらい前からここに留まっているのか。都会とはちがい、ここではそんな悠久の時間に対する思いも自然に頭に浮かんでくる。
河野さんに話を聞くと、やはりこの美しい場所でSUPをすることに大きな意義を見出していた。四万十川でキャンプをしながらSUPで川下りもしたそうだけど、それぞれの場所にそれぞれの面白さがあると言う。
そして、大空の下での“ブルー”ともひと味違ったブルーが楽しめる “青の洞窟”にも案内してくれた。
雄大な景色のなかで体を動かして、ときにリラックスもできるSUPは、都会での情報量の多さによって鈍くなった感情のアンテナを、ニュートラルに戻してくれるような感覚がある。それは、標識も広告もなにもない海のうえを、自分の思いのままパドルを使って優雅に進むだけで、自分の人生や生活を自分の手に取り戻しているような気分になるからだろう。それは他人や公共交通機関などの流れにそって都会で暮らす自分にとって最高のリフレッシュになる。
誰でも楽しめて、自由度も高く、冒険心を満たしてくれる。そんなSUPを積丹ブルーの中で楽しめたこの夏。この非現実的ともいえるこの美しい海でのSUP体験は、いわば最初にして、生涯最高のSUP体験だったのではないかという予感がしている。