ステレオタイプのヘミングウェイ像に疑問を抱いていた。
ー以前からヘミングウェイ自体には興味があったんですか?
山口:いえ。そこまで傾倒してはいませんでした。彼の作品や評伝も有名なものを数冊読みかじった程度ですし。でもヘミングウェイ研究家の粗野で身なりには無頓着という論調に以前からかなり違和感を感じていたというのはありました。
ーと、いいますと?
山口:だって大谷木さんも含め僕らはそう思ってなかったでしょ? とはいえ、これまではヘミングウェイをこだわりの人だったと主張する我々の間でさえ、ヘミングウェイには漠然と服にこだわっていたのではないかというような不確かなイメージしかなかったワケです。具体的に出てくるのは、決まって〈アバクロンビー&フィッチ〉のサファリ・ジャケットだけでしたし。裏付けがなかったんですよね。今回のリサーチで分かったんですが、彼は接客されるのが苦手だったようです。だからこそメールオーダーのできるアバクロやL.L.ビーンをよく利用したんでしょうね。それに銃、釣り具、ナイフなど実用性が求められるものにはめっぽううるさかった。ショッピングは苦手だったけど、服もモノも好みはハッキリしていた。決して考えなしに身の回りのモノや洋服を選んでいたのではなく、逆にかなり厳選して彼なりの審美眼でモノ選びをしていたことが分かりました。
ー今まではそういった視点で考察された文献などはありませんでした。なんだか都市伝説のような感じで伝え聞くレベルだったので、確かに裏付けは曖昧ですね。
山口:本当かどうだか眉唾物の情報が氾濫しているのが実情ですよ。ヘミングウェイというネームバリューを利用されている部分もあります。だって彼は葉巻なんて吸ってないのに、キューバと関連づけたイメージだけでシガーの広告塔に奉られている。実は彼はタバコの類は食べ物の味が分からなくなるからという理由でかなり若い時期にやめているんですよ。名前を冠した家具のシリーズなんかもありますが、それだって本当は奥さんが選んでたものですし......。
ーなるほど。〈モンブラン〉のペンとかも文豪シリーズといって売り出してるだけで、実際にヘミングウェイが使っていたわけではないですもんね。
山口:ヘミングウェイは本当に気に入ったものに関しては、同じものばかりを偏愛していました。また、彼のマッチョなイメージと〈ルイ・ヴィトン〉なんてあまり結びつかないでしょうし、検索してもヒットしません。でも、実際には愛用していて、作品でも小道具として使っている。今回はメーカーのホームページの情報もネットでの情報もハナから疑ってかかって、あくまでも、現存する領収書、手紙、写真、作品などを照らし合わせて証明できるものだけを取り上げました。
中身は貴重な写真も大量に掲載されています。これだけでも見る価値アリですね。