この本を通してヘミングウェイやモノに興味を持って欲しい。

ーこの書籍を通して山口さんが伝えたかったことという部分も教えてください。

山口:ヘミングウェイは、どちらかというと長編作家として知られていますよね。乾いた叙述的な文体を用いたことからハードボイルド文学の始祖ともいわれています。レイモンド・チャンドラーなどもその系譜に位置する作家ですが、彼をはじめとした後の作家たちが影響を受けたのって、実は短篇なんです。確かに処女長篇の『日はまた昇る』は村上春樹も認める傑作ですが、埋もれがちな短篇作品の中に秀逸なものが多いんです。「清潔で、とても明るいところ」「殺し屋」「世界の首都」といった短篇はもっと読まれてもいいと思います。ヘミングウェイは、商業的には長篇で評価されましたが、本質的には短篇作家だったと僕は思っています。できれば本書をキッカケに短篇にも興味を持ってもらえると嬉しいですね。

ー短編の方がとっつきやすい感じもありますもんね。

山口:日本で馴染みのある『老人と海』も長篇というより長めの短篇ですよね。主人公に自身を反映させる傾向が強いヘミングウェイの作品ってとくに後年はマッチョイズムが過剰になったり、自慢話めいた話が長篇はとくに鼻につくんです。ところが初期のニック・アダムス物や中期の短篇は、とても繊細さが際立っていたり、自己抑制が効いていて素晴らしい出来です。『移動祝祭日』と『エデンの園』は晩年期の長篇にも関わらず例外的にいいと思いますが、前者はパリ時代初期の古い覚え書きや日記が元になっているし、後者は死後、編集者が大胆にリライトして完成したものだからでしょうね。

ーなるほど。今度ちゃんと読んでみようと思います。あと、『ヘミングウェイの流儀』を読了して感じたのは、彼が好んで愛用していたものってどれもが質実剛健な機能美があるものだという点です。多くのモノを見てきた山口さんなので、そういった優れたプロダクトを伝えたいというような意図もあったのでしょうか?

山口:ヘミングウェイの選んだ服飾品は、現在のファッションのベースとなっているトラディショナル的なものを知るキッカケになり得ると思います。また狩猟や釣りを愛し、戦場を体験した彼の機能、実用を重視したモノ選びの精神は現代でも指針になりえるとも思います。この本を入り口にして、モノや服に興味を持ってもらったり好きになってもらいたいって気持ちは強いですね。

ーそれでは最後に読者へのメッセージをお願いします。

山口:雑誌と同じような感覚で読んでもらえる書籍です。言うなれば貴重な写真が満載のビジュアルブック、あるいはペラペラとめくって興味のあるページから読んでもらえれるコラム集として気軽に見て読んでもらえると嬉しいです。とにかく立ち読みでもいいから手に取って一読してみてください。そこから何かを感じてもらえれば、送り手としてこれに勝る喜びはありません。

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愛蔵版として本棚に置いておきたい装丁。とはいえ気軽に読める構成になっています。

常にメンズファッションの第一線で活躍されてきた山口さん。インタビューは3時間を超え、ライターや編集者としての仕事の在り方を教えていただきました。これからも、その骨太で本質を突いた文章を楽しませてもらいいつつ、勉強させていただきます。

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