vol.35
山口淳
モノ書き、山口淳。
新刊から見えるライターとしての矜持とは?!
ライター、エディターとしてメンズ誌を中心に活躍する山口淳氏。そんな氏がこの度『ヘミングウェイの流儀』という書籍を上梓しました。今までとは異なる視点で記されたこの本の制作秘話を中心に話を伺いました。
プロの仕事として今回は久々に面白いものだった。
ー今回の題材はヘミングウェイという有名な文豪ですが、この本が生まれたきっかけはどういったものだったのでしょう?
山口淳さん(以下山口、敬称略):ボストンにあるJFKライブラリーで、テーラーの領収書の裏に書かれたヘミングウェイの未発表の詩が見つかったという情報を偶然、耳にしたんです。詳しく話を聞いてみると、どうやら未整理の遺品がいっぱいあって、研究家たちが今でも新発見をし続けているっていうんですね。
ー死後半世紀になろうというのに、まだそんな発見が続いているんですね。
山口:ええ。ただ、ぼくは未発表という詩ではなく、テーラーの領収書の存在に興味が湧きました。そこで、その詩を発掘された日本におけるヘミングウェイ研究の権威でヘミングウェイ協会の会長である今村楯夫先生(本書の監修兼共著者でもある)にコンタクトを取りました。そこで知ったのは、JFKには領収書だけでなく、ヘミングウェイの遺品、手書きの原稿、膨大な写真などが眠っているという事実だったんです。
ーでは、そこからは実際に渡米して実物を見たりするような取材をされたんですか?
山口:そうですね。見切り発車でしたが、ヘミングウェイの愛用品というのは前から気になっていたテーマのひとつでしたから。彼の人生や愛用品と作品の関連なども、遺品を検証することで証明できるのではないかとも思っていました。となると、もう行くしかないでしょ(笑)
ーJFKではすんなりと取材できたのでしょうか?
山口:国の施設なので警備は厳重なんですが、ヘミングウェイ研究のために門戸は広く開いている施設ですし、今村先生の紹介もあって閲覧自体は難しくはありませんでした。ただ、書籍なので予算がタイトで(ロバート・)キャパの素晴らしい写真などは見送らざるを得ないのは辛かったですね。著作権に抵触する写真のなかでも、マグナム(※キャパが創設した写真家集団)の写真はとくに高いので、すべて諦めました。構成上、どうしても見送るわけにはいかない写真に関しても通信社経由ではなくカメラマン本人や著作権管理者に出版社から直談判してもらってなるべく安く使えるように交渉したりとヴィジュアル面ではかなり苦労しました。
ー現場ならではのアドリブを効かさないと大変そうな感じがします。
山口:たとえば、遺品は持ち出せないので、その場で撮影したんですが、いつもの要領で物撮りしようとすると責任者の方から「NO!」って怒られちゃう(笑)。最初、なぜ彼女が怒っているのかまったく分からなかったんですが、考えてみると研究者は普通、資料として撮影するので僕のような商業雑誌のような撮り方はしないんです。つまり、「ここではコマーシャルな撮り方はするな」っていうことだったんです。そういう小さなトラブルは僕の語学力の問題もあって、一週間毎日通ったなかで何度かありました。
ーそういう取材ならではのハプニングは印象深くなりますよね。
山口:でも、そのおかげで今回の書籍は自分では90%満足できるデキになったと思っています。久々にライターって面白いなぁと思える仕事ができたんじゃないでしょうか。何年かに1度でもこういった仕事ができるから、ライターは止められない。
ー拝読して、まさにプロの仕事なんだなと感じました。
山口:いえいえ。ライターを生業にしてるなら当たり前ですよ。今って、性能のいいデジカメやブログ用のツールが普及したこともあって、プロとアマチュアの境界が曖昧になっていると思うんです。でも、僕らプロは読者から金を取る。
ー今はライターもメーカー側のリリース文をほぼ丸写しなんて人もいるみたいですね。実際に見ても触ってもいない人間が生きた原稿を書けるもんなんでしょうか?
山口:書ける書けないという部分もあると思いますが、そういうスタンスでする仕事ってそもそも楽しいのかなって疑問はありますよ。同じ題材でも、それに伴う切り口やアプローチってあるじゃないですか。ネタを発掘する能力、リサーチ力、取材力とか。インターネットもメールもあくまでも道具のひとつ。ひとつの道具に頼りすぎたらアマチュアと変わらない。ぼくはやはり現場ならではのライブ感や発見にこだわりたい。というか、ライターの仕事の醍醐味ってそこにこそあると思うんです。だって、取材現場は宝の山じゃないですか。たとえば、僕らにとって基本中の基本ともいえるプレスへの取材ひとつにしても、直に会って聞くのと、メールやアンケートで得る情報では質も量も違う。同時に次へ繋がるリサーチだって直に会えばこそできる。いくら効率的で便利でも道具はしょせん道具でしかない。
ーまさにその通りだと思います。
山口:ちょっとジジイの戯言みたいになっちゃいました。こんなんだと若い編集の子からの仕事が減っちゃいますね(苦笑)。でも、今回は現場ならではの遺品や写真の検証を通じてネットで検索してもヒットしないような発掘がたくさんできた。職業ライターとして、とても達成感のある仕事ができたと思っています。
膨大な資料の中から、服飾に関するものをピックアップ。山口さんだからこそ可能だった仕事でしょう。