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課長 渋谷直角 Mou Sou Poetic Column

2014.04.11

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渋谷直角、34歳。肩書、課長。出世にあくせくする気もないが、新しい椅子の座り心地はなかなか悪くない。そんな渋谷が日々の業務をこなす中で出会った、マスターピースで働く女性たち。ハードボイルド漫画家が放つ、試みの地平線とは......。時代を鋭く斬りつける、Mou Souコラムがスタート。

Kacho_Chokkaku Shibuya
Edit_Jun Takahashi

「女とカバンは、使い込まれた方が魅力的なんだよ」
販売促進部の高橋部長の言葉である。そう言ってガハハと笑う部長に、まだ若かった俺は、とても下卑た感じに思えて嫌気がさした。
しかし今は、部長の言葉もわかるようになってきている。加齢のせいだろうか。若くて、キラキラした女性と話すのは疲れる。自分の知らないことや理解できないことを、「つまらない」「キモい」と切り捨てていくような空虚な会話に、乗れなくなってしまった。接待で行かなくてはならない水商売の店なども、少し苦痛になってきている。
30代を越えた女性たちと話すほうが心地良いし、魅力的に感じる。
色々な経験をしてきた女性の持つ、憂いや深みが色気になると思えるようになった。
銀座を歩くのは久しぶりだった。
趣きのある古いビルはどんどん取り壊され、大型の店舗や外資系の店が建ち並ぶ様を見て、俺は高橋部長の言葉を思い出したのだった。銀座という街も、どんどん新品のような街になっている。小綺麗な顔をして、お洒落であろうとしている。
個人的に、銀座という街には、人が年を重ねて、興味や嗜好が変わってきたときに興味を持てる街であってほしい。たとえば歴史。たとえば礼儀作法。たとえば親や祖父母が愛したもの。いつか自分がそういったものに興味を持ったとき、「銀座に行こう」と思わせる街であってほしいのである。「今、興味を持てる街」でなくても良いのだ。そんな街は、他にたくさんある。
「銀座マロニエゲート」というショッピングビルが出来ていたのを、俺は寡聞にして知らなかった。
 ユナイテッド・アローズやアーバン・リサーチなどのアパレルショップが入っているB1F~4F。その上に東急ハンズが9Fまで。10Fからはレストランだ。タイやフレンチ、琉球料理まである。
「なんだ、便利じゃないか」
さっきまでの銀座への思いとは裏腹に、そう思ってしまった。職場の近くにハンズがあるのは有難い。俺は調子の良い人間である。
マスターピースも、4Fにあった。白い重厚な扉が印象的な、落ち着いた内装。
「マスターピースもあるなら、もっと便利じゃないか」
ますますもって、俺は調子の良い人間だ。そして、落ち着いた感じの女性店員のアテンドにつられて、財布の紐も緩む。20周年記念だという限定のリュックを衝動買いしてしまった。黒の深い色合いが気に入った。
25,920円(MSPC プロダクト ショールーム 03-3796-1296)
眺めていると、一人の店員が声をかけてきた。
「とてもおすすめなんです、コレ」
__だろうね、格好いい。今日はスーツだから、包んでくれないか。
「あら。スーツにも合うと思いますけど」
__好きじゃないんだ、スーツにリュックという格好は。個人の趣味だけどね。
「こだわりなんですね」
__そこまで強いポリシーじゃないけど。
女性店員は微笑んで、丁寧に商品の説明をしてくれた。
__こんなところにマスターピースがあるなんて知らなかったよ。
「あら。07年にオープンしたんですよ」
__そうなんだ。申し訳ない。
「いえいえ。普段はどちらの店舗に行かれます?」
__特に決めてないんだ。お店を見つけると寄るような感じさ。京都でも、大阪でも。出張が多いんでね。
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「まあ。ありがとうございます」
__でもこれからはココをひいきにするよ。職場から近いんだ。
「嬉しいです。お待ちしています」
 店を出ると、もう辺りは暗い。今日は直帰の予定にしてある。ひさしぶりに銀座の街を歩いて楽しんだ。
「そうだ、ひさしぶりに、あそこで軽く飲んで行くかな」
銀座一丁目に、三州屋という昔ながらの大衆居酒屋がある。いつもサラリーマンたちが集まっている居心地の良い店だ。カキフライが美味しい。
「あら?」
三州屋の前で、さっきの女性店員とバッタリ会った。
__仕事終わり?
「そうなんです。買い物ですか?」
__や、買い物は済ませて、ここで軽く飲んでこうかと思ってね。
「え? わあ! こんなところにお店が?」
三州屋は、ビルとビルの隙間の、路地の奥に入り口がある。一見では見過ごしてしまうような佇まいなのだ。彼女はぜんぜん知らなかったらしい。
__よかったら、一緒に、どう?
俺が誘ってみると、彼女は一瞬「えっ...」と戸惑う表情を見せる。
__ああ、ゴメン。美人を誘う店じゃなかったな(笑)。
そう言うと、彼女は「ふふ」と笑い、「一杯だけ、飲もうかしら」
「中島賀奈子といいます。34歳です」
__えっ? とてもそうは見えない。マスターピースは長いの?
「去年の6月からですね。それまでは営業事務をやっていました」
__そこから、なぜマスターピースに?
「販売がやりたかったんです。でもアパレルって、若い人じゃないとなかなか受かりにくいでしょう?」
__確かに、女性の転職は特に大変らしいね。
「ダメもとで受けてみたんです。そしたら採用されて。正直、受けるまでMSPCのこと知らなかったんですけど(笑)」
__良い会社だね。
「ええ。私の子供も"受けてみればいいじゃん"って後押ししてくれて」
__えっ、子供がいるの?
「はい。もうすぐ12歳の息子が。シングルです」
あっけらかんと笑う賀奈子に、俺は少なからず驚いた。だが、賀奈子と妙に心地よく話せる理由もわかった気がする。
__そうか。マスターピースのカバンと一緒だね。
「? どういうことですか?」
__女とカバンは...、いや、なんでもない。
「?」
さすがに失礼だと思い、言葉を飲み込んだ。
__君くらい魅力的なら、恋人もいるだろう?
「今はいないです」
__へえ。それも意外だね。
「子供にも"モテないの?""大丈夫?"って言われます(笑)」
__ははは。
「お母さんモードと彼女モードの切り替えが難しいんですよね」
__なるほど。
「好きな人ができても、時間を作らないと会えないから、それも大変です」
__確かに。何よりも大事な存在がいるんだからね。
「息子がいちばんです」
__俺はラッキーだな。
「え?」
__きみの時間に、一瞬でも入り込むことができたから。
「まあ...。ウソばっかり(笑)」
賀奈子は酒が飲めなかった。カシスソーダくらいしか飲めないという。そんな洒落たものはこの店にはない。名残惜しいが、早めに切り上げた方がいいかもしれない、と俺は思った。でも、まだ注文した煮付けも、鳥豆腐も来ていない。
__銀座という街は、好きかい?
「好きです。落ち着いてるし、新しいものと古いものが両方あるところが」
__古いものは減ってきてるけどね。この店は続いてほしいが。
「銀座、お嫌いですか?」
__好きだよ。きみがいると知ったら、もっと好きな街になった。
「ふふふ。またウソばっかり」
__本当さ。魅力的な人だからね。
「シングルで、子供もいる女ですよ?」
__だからさ。それがきみを魅力的にしてる。
「......」
ムツの煮付けと鳥豆腐が来た。「これを食べたら、出ようか。悪かったね、つき合わせて」と言うと、賀奈子はガラケーを取り出し、息子に電話をかけた。「ごめんなさい。今日はもう少し遅くなりそうなの。良い子でいてね」
いいのかい? と俺が訊くと、賀奈子は一度ため息をついて、妖しく微笑んだ。
「私も、ウソばっかり」
賀奈子の時間には、もう少し長居できそうだ。彼女の息子には悪いと思いつつ、俺はやっぱり調子の良い人間だ、と苦笑した。
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この物語はフィクションであり、登場する課長・店員さんのキャラクターは半分妄想です。女とカバンは使い込まれた方が魅力的です。

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