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【FOCUS IT.】写真家ウエマツタケシが捉えたベルリンのリアル。一度死んだ街が発する、鼓動の正体。

「タバコでも吸いながら話しません?」そんな一言からはじまった予想外のインタビュー。

その声の主は、写真家ウエマツタケシ。数多くのメゾンブランドのランウェイを歩くなどトップモデルとして活躍する一方、彼は第三世界へと赴き、まだ見ぬ世界にファインダーを向けています。そんな彼による初の個展『Berlin is Berlin』が、「Studio 4N(FourNation)」で開催されています。

個展のテーマに選んだのは、“壁崩壊から30年が経過したベルリン”。国から国への渡航、人と人との接触が規制されるようになったウィズコロナの時代。見えない壁で分断された現代社会に対して、一度死んだ街はなにを伝えようとしているのでしょうか。ベルリンで生きる人々の足りることのない自由への渇望は、閉塞的な時代に生きるぼくらにサバイブする術を教えてくれているような気さえしました。

PROFILE

ウエマツタケシ
写真家/モデル

1985年山梨県生まれ。〈ルイ・ヴィトン〉、〈ランバン〉、〈ポール・スミス〉など、一流メゾンのモデルとして活躍する。その一方、3年をかけてタイ、インド、バングラディシュ、ベルリンにて現地の人々と生活をし、自身のフィルターを通してその土地の文化とくらしを写真に収め、現在はモデルに加えて写真家としても活動の幅を広げている。
オフィシャルサイト
Instagram:@tksu1023

人も、犬でさえも鎖に繋がれない自由の街。

ー写真を始めるきっかけはなんだったんですか?

モデルをしていて自分の仕事に違和感を感じたんですよね。なにをやっても宙ぶらりんというか、敷かれたレールの上を歩いているだけというか。それで自分が知らない世界を旅しようと思ったんです。で、せっかくだしとデジカメを買ってインドやバングラデシュなど、東南アジアを7ヶ月くらい旅したんですよ。それが最初ですね。

ーモデル以外の世界を見たくなったと。

そうですね。モデルとして海外のショーにも出させてもらってたので、ニューヨーク、パリ、ミラノみたいな華やかな世界は経験できたから、整理されていない、いわゆる第三世界ってところに行けば、自分の中で何かが変わるかなって感じで。

ー東南アジアでの7ヶ月間はバックパッカーとして現地で生活しながらだったんですか?

そうですね。東南アジアを転々としながら、最後はバングラデシュの造船所に3ヶ月間くらい住んでました。(その写真は)まだどこにも出してないんですけど。

ーその東南アジアの旅を経て、今回はベルリンへ。どのくらいの期間、滞在されたんですか?

撮影自体は3回していて、トータルで3ヶ月くらい。最初に行ったのが2013年で、メインは18年と19年。ベルリンの壁が崩壊してちょうど30年のタイミングでした。

でも最初は撮影するつもりはなくて、ベルリンに住んでる友達から「めっちゃおもしろいクラブがあるからおいでよ」って誘われて行ったんです。もうそのときの体験がセンセーショナルすぎて。駅もボロボロだし、渦巻いた有刺鉄線があちこちに設置されているし。今はだいぶ綺麗に整備され出してるんですけど、その荒廃した雰囲気がカッコよくて。クラブの中でも服着てる人より裸の人の方が多かったりするんですよ。しかも土曜の夜からスタートして、月曜の夕方までぶっ通しで。 ヤバイっすよね(笑)。

ー一夜限りじゃないんですね(笑)。

そう、それに喰らっちゃって。あとデモとパレードが混ざったようなものがあって。それがとにかくめちゃくちゃなんですよ。トラックにスピーカー積んで、大音量でテクノを流して、しかもそれが何台も繫がってて。昔ドイツで行われていたラブパレードが少しコンパクトになった感じです。そのパレードも「もっと解放しろ!」みたいなスローガンを掲げてたりして。お前らもう十分だろ、どこまで自由になりたいんだよって(笑)。

ー2013年に一度訪れて、再びベルリンの地へ行こうと思ったきっかけはなんだったんですか?

最初に行ったときに疾走している犬の写真を撮って。一番最初にレンタル暗室で現像したのがあの写真なんです。でも半年くらいかけて何回やっても納得いかなくて。しまいにはレンタル暗室のおっちゃんにも呆れられて。何枚も何枚も焼いてようやくあの写真ができた時に、「あー、この写真に合う他の写真が欲しい!」って思ったんですよ。この靴買ったから、このパンツも欲しいみたいな、そんな感覚で(笑)。

ーあの一枚が最初のピースだったんですね。

他を埋めたくて、また訪れたって感じでしたね。あの犬もおもしろくて、ドーベルマンかシェパードなんですけど、放し飼いなんですよ。ベルリンは犬の放し飼いがOKで、電車にも普通に乗ってるんです。でも、しつけが厳しいから、どの犬もいい子で。人も自由なら犬も自由みたいな(笑)。

ー誰もリードに繋がれてないんですね。

そう、そこがまたいいですよね。

滞在することはできても、存在することはできない。

ーウエマツさんの写真を見て思ったのは、美化されたベルリンの姿ではなく、ゴミが散らかって荒廃した街並みやフラストレーションの溜まった人の感情だったり、ありのままのベルリンの姿が映されているように感じました。

どんな表情であれ、ベルリンはベルリンだなって思いながら撮ってたんですよね。技術やコンセプトとかは二の次で、ただシャッター切りたいって感覚だったんだと思います。(シャッターを切る)理由なんかなくてもいいと思うんですよね。そこを複雑にしすぎるから世の中めんどくさくなるんすよ(笑)。

ーそして写真を見て、アナーキズムな印象を受けました。そういった思想の人たちが多いんですか?

ベルリンはアナーキーが多いですね。それはベルリンの壁が建設されて抑圧されてた反動からなんでしょうね。政府に裏切られたような人たちだから、個々人のパワーが凄まじいんですよね。他人に自分のことは任せてらんねえって。

ー30年以前の傷跡はいまだにベルリンに深く残ってるんですね。

おそらくそうだと思います。ベルリンの壁によって東と西が分断されて、東側が共産主義、西側が資本主義だったんですよ。それで壁が崩壊してから東側で抑圧されていたほとんどの人たちは西へ流れていったそうなんですよね。自由になれるチケットを手に入れたわけだから、東側を捨てていい暮らしがしたいと。当然ですよね。

でも、東側に残った人たちもいて。だけど金も資源もないから、さらに廃墟化は進んでいく。でも東の人たちは「何もないけど、自由と未来だけはある」っていう強いエネルギーだけは人一倍持っていて。で、廃墟の中でパーティしたり、絵を描いたり、写真を撮ったりっていう、そういうものが東ベルリンの地盤になってるんだと思います。

こういうことを目の当たりにすると、結局は自分たちの未来は自分たちでつくっていくしかないって思うんですよね。だからベルリンはベルリンなんですよ。ドイツにある街ってだけでは語りきれないんですよね。

個展で販売される3種類の形態のZINE。収録された作品は同じでも綴じ方の違いでまったく異なる印象を受ける。

ーある種、独立国家というか。独自のカルチャーを形成しているし、そこにいる人たちもまた違っていましたか?

うん、どこの国の人たちとも違いますね。とにかく自分を持っていないと、ベルリンっていう場所では消えちゃいそうになるんですよ。滞在することはできても存在はできないというか。

見えない壁が形成されたコロナ禍は30年前のベルリンを思わせる。

ー日本やアメリカなんかの先進国とは何もかもが違ってそうですね。

ほんとにそうなんですよ。なんでベルリンを撮ろうと思ったかっていったら、日本の管理社会や、しがらみとかそういう一切合切に息苦しくなっちゃって。「モデル」っていう肩書きだけを聞くとすごく華やかなイメージを持たれるかもしれないけど、それだけでカテゴライズできないじゃないですか。

ー確かに、いろんなタイプのモデルさんがいますし、それぞれにアイデンティティがありますよね。だけど、そこにスポットを当てず、綺麗なイメージだけを伝えようとする傾向はありますね。

そうなんですよ。モデルだけじゃなく、みんなそうだと思うんですよ。そういうフラストレーションが溜まってた時期に、ベルリンと出合って、衝撃を与えてくれたんですよね。ベルリンにいたときに、こういうのを東京の人たちに見て欲しいなって素直に思えたんすよ。

ー破壊衝動や自由への探究心めいたものにウエマツさんが共鳴したというか。

ベルリンという街がそうさせたのかもしれないけど、僕自身がそうだったのかもしれないですね。いらない壁なんてもう壊しちゃえばいいじゃんって。

ーご自身の気分とリンクする部分は多かったですか?

めちゃくちゃリンクしてましたね。なんか、今のコロナの状況も30年前のベルリンと似てませんか?

ー確かにそうですね。実際の壁が建設されたわけではないけど、国の渡航や人との接触が規制されていたり、見えない壁みたいなものを感じてしまいますよね。

ほんとにそうなんですよ。まさに分断されている。逆に言えば、このタイミングにできてよかったなって思えるんですよね。ベルリンはつい30年前まで実際に分断されていて、その壁を壊して自由を手にしたわけじゃないですか。そこに学ぶべきことはたくさんありますよね。

根深く残る、西と東のコントラスト。

ーウエマツさんのストーリーズを拝見して、警察がグラフィティをしてる姿に驚きました。

あれ、おもしろいですよね。グラフィティに関してはかなりユルいですよ。廃墟時代の名残で東の至る所にあって。というか、描いてない場所を探す方が難しいかも。公共の壁とかも自由に描いていいんですよ、そことかは日曜日の朝から描いてる人がいたりして。それも若い子だけじゃなくて、おっさんとかがやったりしてるんですよ。

牧田耕平さんがタクト振るブランド〈ザ ユニオン(THE UNION)〉とのコラボフォトTも数量限定でリリース。タイトルは“ダンス”。

ーすごいですね。代々木公園でおじちゃんが写生してるような感覚で、スプレーでグラフィティとかやってるんですね(笑)。

そうなんですよ、日本だと絶対ありえない(笑)。でも西側には全然ないんですよ。

ー壁がなくなったとはいえ、いまだに西と東で格差はあるんですか?

いまだにあるみたいです。僕も少しだけ西側に住んでた時期があったんですけど、雰囲気は全く違ってました。それに移民も多いです。物価が安いので、自然と若者が集まって来やすいんだと思います。アーティストもめちゃくちゃ多くて。だけど、買う人はそんなにいないからみんな好き勝手にやってる(笑)。だからベルリンで作品をつくって、別の街やアムステルダムとかに売りに行く人が多いみたいですね。

ーそのノスタルジックな芸術の流通経路もいいですね。

そうなんですよ。彼らは古き良きを大切にしているんですよね。とにかく瓶が好きで、ビールもコーラも瓶。広告もデジタルじゃなくて、ほとんどが紙でした。電柱のポスターなんかは上から何枚も重ねて貼ってあるから木の年輪みたいになっていて。

こちらは“ネズミ”。牧田耕平さんとは、銭湯好きが高じて関係を深めたそう。

世界がどんな方向に向かっても自分は自分だし、ベルリンはベルリンだ。

ー彼らはそういったアーティスト活動をカッコつけてやっているのではなくて、ある種シュプレヒコールの一つとして捉えているのかもしれないですね。

言われてみるとそうかもしれないですね。パンクスだったりとか、ただ金がないからやってるだけじゃなくて、そのなかでも自分の中の正義やスタイルを持っている姿がすごくカッコいいなって思います。「自分たちのやりたいことは自分たちでやるから、あとはほっといてくれ」っていう考え方なんですよね。

ーそれぞれが自由を求める姿勢というか。

うん、それが強いんだと思います。いまは家賃が上がっていて、家賃デモみたいなことをよくやってました。それに元々ベルリンに住んでいた人たちが街を離れていったり、徐々に変化していってる気がしましたね。壁崩壊から30年という節目であり、街が生まれ変われようとしている転換期を写真に収められたのかなって思っています。

ーキービジュアルとともに綴られた「世界がどんな方向に向かっても自分は自分だしベルリンはベルリンだ。」という言葉は今の現状にぴったりハマる言葉だと思いました。あれは滞在していた時に思い付いた言葉なんですか?

そうです、向こうにいた時ですね。原付が燃えてる写真があるんですけど、その燃え盛る様子をボーッと眺めてたら、知らない奴がその原付を指差して「This is Berlin」って言ってきて。そこで咄嗟に「Berlin is Berlin(ベルリンはベルリンだよ)」って言い返したんですよ。街の人たちは口ぐせのように「Berlin is Berlin」って言ってて、その言葉がポロッと出た感じ。その瞬間、自分でもハッとして。ようやくベルリンに存在できたって思えたんですよ。

ーこのキービジュアルの中指立てたパンクスもベルリンを象徴しているように思えます。

この写真、最初はメインに使うつもりなかったんですよ。ただ撮影した写真を眺めてたら、群衆が前を向いてパレードしているのに1人だけ逆方向を向いている姿がすごくベルリンを体現しているような気がして。長ったらしいステートメントは書かず、とりあえず見てなんか感じ取ってくれって想いもありましたね。見てくれたらわかるって。「自分は自分」って気持ちを持つことがより大切になってきた時期だから、そう思えるきっかけになれたらいいですね。

Photo_Hiroshi Nakamura

INFORMATION

TAKESHI UEMATSU photo exhibition『Berlin is Berlin』

会期:〜8月10日(月)
場所:Studio 4N(FourNation)
住所:東京都渋谷区猿楽町2-1 アベニューサイド代官山III3F
時間:13:00〜20:00
入場:無料
ウエマツタケシ公式サイト

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