先行きの読めないパンデミックに翻弄され、停滞を余儀なくされた東京のナイトシーン。これまで数々のムーブメントやリレーションシップを生み出してきたナイトクラブやミュージックバーからは光と音が消え、かつて当たり前だった夜の光景は、日を追うごとに薄れていきます。
そんな現状に一石を投じるショップ&バー「ピッキー ザ ショップ/バー(PICKY THE SHOP / BAR 以下、ピッキー)」が表参道にオープン。手掛けたのは、時代を捉えたハイトレンドなヘアスタイルを発信する「シマ(SHIMA)」。
美容業界を牽引し続ける人気ヘアサロンが、なぜこの状況下においてショップ&バーという営業形態に踏み込んだのか。その疑問を、「ピッキー」のディレクター・奈良裕也さんと「シマ」の取締役社長・嶋香緒里さんに尋ねてきました。
PROFILE
1980年生まれ。美容専門学校を卒業したのち、2000年に「SHIMA」に入社。ファッション誌や広告ビジュアル、ヘアショーで活躍する傍ら、サロンワークも継続中。レディー・ガガやオルセン姉妹をはじめ、海外セレブからも高い信頼が寄せられている。
Instagram:@yuyanara
PROFILE
1980年生まれ。大学在学中に美容学校へ入学し、ダブルスクールをスタート。卒業後は「SHIMA」に入社し、配属された青山店で奈良さんのアシスタントを担当。現在は父親の後を継ぎ、経営者の立場として「SHIMA」の取締役社長を務める。
Instagram:@shima_official_account
ーまずはお二人の経歴についてお伺いさせてください。奈良さんは美容師としてだけでなく、ヘアメイクアーティストや東京のファッションアイコンとしても注目されていますよね。
奈良:ぼくの学生時代は雑誌が主流で、ストリートスナップの全盛期。その頃カットモデルをやっていたので、そこから派生する形でフィーチャーされるようになったのがきっかけです。
当時から周りの友人にスタイリストやカメラマンのアシスタントが多く、ぼくがヘアスタイリストとしてデビューする頃にはみんなも独立して実力を付けていて。その繋がりで、サロンワークとは別にヘアメイクの依頼がくるようになりました。最初のお仕事が、梶谷好孝さんのジュエリーブランド〈ヨシコ クリエーション パリ〉のルックビジュアルだったんです。しかもカメラマンがアラーキー(荒木経惟)で、初っ端からガチガチに緊張したのを覚えています(笑)。
ーご友人との繋がりが、仕事の幅を広げていったんですね。もともと周りにファッション関係者が多かったとのことですが、アパレルではなく美容師を志した理由はありますか?
奈良:服はもちろん好きだったのですが、販売員やデザイナーになりたいかって言われると、そうじゃなかったんです。あと、絵が好きで美大に通うか迷っていたんですけど、アートも売れないと生活できない。意外と堅実思考なんですよ(笑)。でも、雑誌を身近に感じていた分、華やかな世界への憧れも強かったので、そういったフィールドでも活躍できる美容師という職業を選びました。
ーでは、香緒里さんが「シマ」の取締役社長になるまでの経緯を教えてください。ご両親が創業者だけあり、小さい頃から美容師志望だったんですか?
香緒里:そんなこともないんです。私は美容師になるつもりはなかったので、高校卒業後は普通の四年制大学に通っていました。一年生のうちは、勉強に精を出すわけでもバイトを頑張るわけでもなく、なあなあな学生生活を送っていたんですね。そんな私を見かねたのか、ある時父から叱られまして。そこから奮起し、大学と美容学校のダブルスクールを始めました。
当時は美容の美の字も知らなかったのですが、あれよあれよと3年が経つうちに美容師免許を取得して、大学も無事に卒業。「さあ、これからどうする」ってタイミングの時に、両親の勧めで「シマ」に入社したんです。すぐマネジメント側に回れると思っていたのですが、父から「まずは現場に行きなさい」と言われ…。それが私の美容人生のスタートですね。
ー経営者への道のりは甘くなかったわけですね。
香緒里:それから入社して5ヶ月が経つタイミングで青山店への異動が決まり、当時デビューしたばかりの奈良のアシスタントに就くことになりました。
奈良:3年間アシスタントをして、やっとデビューしたよね。社長の娘だからっていう気遣いも全くなかったし。ギャル世代だけあって根性があるんですよ(笑)。それに要領をつかむのも上手だった。
香緒里:スタイリストデビューして現場を経験した後、11年前にプレスになりました。6年前より父とバトンタッチする形で、取締役としてスタッフ教育やサロン全体のマネジメント、ブランディング、新規出店などに携わり、今年、社長に就任したんです。
ー長い下積みがあったんですね。お二人はもともと師弟関係で、現在、奈良さんはプレイヤー、香緒里さんは管理側の立場でご活躍されていると。
香緒里:そうですね。奈良とは20年来の付き合いで、いまは仕事上の良きパートナーって感じです。駆け出しの頃からすべての過程を横で見てきたので、奈良の強みや人間性は人一倍理解しているつもりでいます。真面目だけど飲み歩くのが好きで、交友関係も広い。若い頃から業界のVIPに対しても臆せずにコミュニケーションを取っていたし、誰からも好かれる性格なんです。だからこのお店も、「そろそろ、こういうこともやってみない?」って奈良に相談を持ちかけたところからスタートしました。
ーお二人についての理解が深まったところで、昨年11月にオープンした「ピッキー」についてお伺いします。単刀直入に、ここはどんなお店なんですか?
香緒里:簡単に言うと、2つの空間からつくられる複合施設です。入ってすぐが、オリジナルアイテムに加えてドメスティックブランドのウェアやアクセサリーを売っている「ピッキー ザ ショップ」。奥はイベント会場やギャラリーとしても使えるバースペース「ピッキー ザ バー」になっています。そのディレクションを担当してくれたのが奈良です。
奈良:「ピッキー ザ ショップ」では、定番品として「シマ」のヘアケアプロダクツや「ピッキー」のオリジナルTシャツを置いてます。それに加えて、〈デラックス(DELUXE)〉やアイウェアブランドの〈イナリ(INARI)〉といった、ぼくの周りにいる友人たちのブランドもセレクトさせてもらってます。コラボアイテムも定期的に展開したいと思っていて、オープン時にはコラージュアーティストの河村康輔くんにデザインをお願いしたTシャツもつくりました。
「ピッキー ザ バー」は、むかし南青山にあった「ル バロン ド パリ(以下、ルバロン)」をイメージしています。ストリートキッズからファッション業界人まで、いろんな人が集まるラウンジで、ぼくも香緒里も20代の頃はよくそこで遊んでいたんですね。「ルバロン」で憧れの人とも話せたし、カッコいい大人たちにもたくさん出会えました。
でも、ここ数年でそういう刺激的な社交場がどんどん減ってきてるじゃないですか。ぼくが若い頃味わってきたような経験をいまの若い子たちにも提供したくて、カルチャーの発信地でもある表参道・原宿エリアにこのお店を開いたんです。
香緒里:大学生がいる一方で、アーティストや芸能人も来る、人種のるつぼのような場所を目指しています。ピッキー(PICKY)は“選り好みする”という意味ですが、来る人にとって“特別感のある場所”にしたいという思いからネーミングしました。
ー内装のこだわりはありますか?
香緒里:デザインの根幹にあるのは、トレンドサロンの「シマ」らしい、モダンかつクールな世界観です。ナイトクラブやバーって、デコラティブなヨーロピアン調のつくりが多いじゃないですか。でも「ピッキー」で表現したかったのは、シンプルで洗練された空間。
だから、ネオンサインやコンクリートの白壁、メタルなど、いろんなテイストをミックスしつつも、無駄な装飾は削ぎ落としています。荒々しすぎず、ギラつきすぎず、世代や性別問わず居心地の良い空間になったんじゃないかなと思います。
奈良:あと、このキャパシティも気に入ってますね。席数は26席、スタンディング込みで50人くらい入れるんですけど、ラウンジより広々と過ごせるし、カラオケ付きのVIPルームやDJブースもあるので貸し切りのプライベートパーティにも便利。それに、バーカウンターからフロアを見渡せるので、トラブルも防ぎやすく、クラブよりも落ち着いて飲めるんです。
ーお二人の嗜好と「シマ」らしさが反映されたお店が「ピッキー」というわけですね。イレギュラーな状況が続くコロナ禍で新規出店した理由を教えてください。
香緒里:この企画が走り出した2021年は、「シマ」が創業50周年を迎え、私たちも40歳になる節目の年でした。そこでサロン業以外の新しいビジネスにチャレンジしたいと考えた時、シャンプーやヘアオイルといった「シマ」のプロダクトにフィーチャーしたショップと、奈良のコミュニティや集客力を活かしたバーを融合させる営業形態を思いついたんです。
奈良:ぼくはこのタイミングでオープンできて良かったと思っています。コロナ禍になってからコミュニケーションに飢えているという声も聞くようになったし、友人の話を聞いていてもこういう社交場を求めている人はやっぱり多いんです。いますぐに昔の日常に戻ることはできませんが、「ピッキー」でそのきっかけづくりができたらなって。
ーオープンして3ヶ月が経ちましたが、今後の「ピッキー」の目標はありますか?
香緒里:先ほど人種のるつぼのような場を目指していると言いましたが、「ピッキー ザ ショップ」ではもっと選り好みして、インディペンデントだけどイケてるアイテムを増やしたいと思っています。あとは東京に来れない人のためにECサイトを整えていったり。ようやくお客さんの求めているモノが見えてきたので、奈良と試行錯誤を重ねて、もっと完成度を高めていきたいですね。
「ピッキー ザ バー」のゴールは、「東京の夜といえばここ!」と言ってもらえるようなお店にすること。実は当初、VIPだけが入れる会員制のバーを想定してたんです。でもそうしてしまうと、一般の若い子たちに華やかな世界を見させてあげられないし、リアルなナイトシーンもつくっていけない。世代も職業もバックボーンも、何もかも違う人たちが交わることで、新しいカルチャーが生まれるような空間にしていきたいです。
ー奈良さんはどうですか?
奈良:よく、雑誌のインタビューで「何から影響を受けてますか?」っていう質問を受けるんですけど、リアルな場での体験でしかないんです。SNSやネットの世界だけで生きていると視野が狭まってしまうし、ある景色を画面越しで見るのと肉眼で見るのとでは、感じ方がまったく違う。それと同じように、実際に足を運んで得た繋がりは、その人にとっての財産になると思うんですよ。ぼくが「ルバロン」で遊んでいた頃のように、「ピッキー」でいろんな出会いが生まれていったら嬉しいですね。
Photo_Naoki Tomita
PICKY THE SHOP / BAR
住所:東京都渋谷区神宮前5-50-3 B1F
電話:03-6805-1837
時間:
PICKY THE SHOP 12:00~20:00
PICKY THE BAR 19:00~26:00
Instagram:@picky.the.shop_bar
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