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ザ・ノース・フェイスの創業者、ハップ・クロップの普遍的な価値観。

1966年、たった一軒のスキーショップからはじまった〈ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)〉。いまや世界的なアウトドアブランドへと成長しましたが、その軌跡に大きな変革をもたらしたのは、ケネス・ハップ・クロップです。1968年、彼はダグラス・トンプキンスに5万ドルを支払い、〈ザ・ノース・フェイス〉を引き継ぎました。

現在投資家として活動する彼は、1994年に〈ザ・ノース・フェイス〉の商標権を獲得して以来、日本で独自の商品開発を行う「株式会社ゴールドウイン(以下、ゴールドウイン)」をどう見ているのか。ハップと定期的に情報交換をし、スタートアップへの共同投資も行う「ゴールドウインプレイアースファンド(Goldwin Play Earth Fund)」の協力のもと、オンラインインタビューを実現。穏やかな口調で話す彼の言葉からは確かな重みと共に、〈ザ・ノース・フェイス〉の創業時から変わらない普遍的な価値観が感じられました。

PROFILE

ケネス・ハップ・クロップ
ザ・ノース・フェイス共同創業者/ビジネスコンサルタント/投資家

1968年から20年以上に渡り〈ザ・ノース・フェイス〉のCEOを務めた後、コンサルティング企業「HK Consulting」を設立。そこでの活動に加え、大学の講演やスタートアップへの投資など、さまざまな領域で活躍。最近楽しんでいるアクティビティは、スキー、散歩、ハイキング。水辺で過ごすのも好きで、お気に入りのドライブコースはモントレー湾の「17 マイル・ドライブ」。


製品と店舗を拡大しながら、ブランドコアを貫く。

ー 改めて、ハップさんのキャリアから教えてください。

ハップ:はじめまして、ケネス・ハップ・クロップです。私のキャリアは、ダグラス・トンプキンスがスタートさせたスキー用品店「ザ・ノース・フェイス」を買収したところから始まります。当時は年商30万ドルほどの小さな店で、独自の製品はつくっていませんでしたが、アウトドア市場には大きな可能性があると感じていました。そこから自社製品の開発に取り組みながら店舗を拡大し、ブランドを「人々を自然の奥深くへ導く」という哲学に基づいて再構築しました。自然との繋がりを育むことで環境に対する意識を高め、忘れられないアウトドア体験を提供する。当時、この考え方は過激に思われることもありましたが、年月を経て多くの人々に共感されるようになったと感じています。

ー 〈ザ・ノース・フェイス〉での活動中、インスピレーションを受けたブランドや会社はありましたか?

ハップ:創業から少し時間が経ってからですが、〈パタゴニア〉は素晴らしい理念、特に環境への配慮をもって登場しましたし、〈ヘリーハンセン〉も素晴らしかった。ただ、〈ザ・ノース・フェイス〉は他社と違い、“善を行い自然を守る”という哲学を掲げていました。当時、この理念は投資家から狂気的だと言われましたが、私はマーケットに良い影響を与える会社でありたいと考えたのです。最終的にその思いが顧客に響き、マーケットは私が当初想像した以上に拡大しました。

ー ハップさんが思う、良いブランドの基準とは?

ハップ:自分たちの理念を貫いているブランドです。〈カーハート〉はまさしくそれで、本物のワークウェアをつくり続ける一方で、ファッションラインも丁寧に運営されていますよね。〈ヘリーハンセン〉や〈エル・エル・ビーン〉、〈フィルソン〉、〈レッドウイング〉などもそのひとつです。〈コトパクシ〉や〈ホカ〉のような新しいブランドも興味深く見ています。

大切な書籍として、自身が執筆した『Conquering the North Face』を挙げたハップ。アウトドアを例に、成功とは何かが記された一冊。


投資とは、前向きなビジョンを共有すること。

ー ありがとうございます。そこから1988年まで〈ザ・ノース・フェイス〉のCEOを務めていましたが、それ以降は、どのような活動をされてきたのでしょうか?

ハップ:主に3つの分野に注力してきました。ひとつは、私の会社でもある「HKコンサルティング」を通じた、ベンチャー企業への戦略、ブランディング、資金調達のアドバイス。次に、大学でイノベーションや起業、ESG(環境・社会・ガバナンス)、サーキュラリティといったテーマを教えること。三つ目が、革新的な事業に積極的に投資をすることです。

ー なぜ、投資に力を入れているかを教えてください。

ハップ:多くの投資家は、ユニークなテクノロジーや大企業に注力するので、アウトドアやESGに特化したスタートアップへの投資が不足しているんです。それらの企業を私が支援することで、単なる資金提供以上の価値を創出でき、成功へと導くことができる。そのやりがいはなにものにも代え難いのです。

ー これらの分野への関心は、以前からお持ちでしたか?

ハップ:もちろん。〈ザ・ノース・フェイス〉を創業したとき、私はスタンフォード大学でMBAを取得したばかりでした。その頃から平等性や持続可能性、包括性といったテーマに興味がありましたし、女性の同一賃金を実現したり、偏見なくグローバルな採用活動を行ったりもしていました。そして、若い頃からアウトドアで過ごす時間が多かったので、これらの価値観と事業を結びつけることは、ごく自然なことだったんです。

ー これまでのキャリアの中で、何社に投資してきたんでしょうか?

ハップ:ESG主導の事業やイノベーティブな業界を中心に、おそらく35社ほどだと思います。その多くはすでに売却されていたり、次のステージに進んでいたりします。例えば、以前CBD入りの水を扱う会社に関わったことがありましたが、彼らもいまでは独立して、大成功をおさめています。私は主に戦略的なサポートから関わり、彼らが自立できるようになったら手を引く形が多いですね。

ー ハップさんは、投資する際に企業のどのような部分を重視しているのでしょう?

ハップ:非常にシンプルで、最も重要なのは「人」です。企業への投資において、人と共感できなければ投資する理由はありません。次に、その分野が自分が貢献できる領域であるか、そして興味を持てるかどうかです。また、ESGは常に念頭にあり、特にアウトドア、アパレル、テキスタイルに関連するESGは重要だと考えています。

ー 「人」とは、会社で働く人々なのか、顧客なのか、それとも関係者全員を指しているのでしょうか?

ハップ:いい質問ですね。両方ですが、主に会社で働く人々を指しています。その人たちが信頼できるか、そして前向きなビジョンを共有できるか。根本的にやり方に賛同できない相手とパートナーシップを結ぶことはありません。会社の外に目を向けると、市場の心理的側面、つまり「人々がどう考え、どんな価値観を持っているのか」も重視しています。単なる年齢や性別といった人口統計ではなく、心理的な特性を見ていますね。

投資先である、イギリスのバイオベンチャーで働く研究員との一枚。


失敗からは価値ある教訓を得られる。

ー そんなハップさんからみて、〈ザ・ノース・フェイス〉の日本国内の商標権を持ち、モノづくりだけでなく自然との共創にも取り組む「ゴールドウイン」という会社はどう映っていますか?

ハップ:深いリスペクトがありますし、理念や価値観をともにしている企業です。さらに「ゴールドウイン」は日本のマーケットに適応しつつ、〈ザ・ノース・フェイス〉の核心的な原則をしっかりと守るという点で、素晴らしい仕事をしてきました。日本人のニーズに合わせた独自性のある製品をデザインしながら、ブランドの精神性を貫く姿勢は、素晴らしいお手本だと思います。

ー 「ゴールドウイン」が2021年に発表した長期ビジョン「PLAY EARTH 2030」について、客観的な意見をお聞かせください。

ハップ:この取り組みは、〈ザ・ノース・フェイス〉が今シーズンに掲げる“We Play Different”とも見事に一致していますし、「PLAY EARTH 2030」は、単に製品を売るだけでなく、自然のなかでの変革的な体験を提供することを目的としていますよね。地球の保護を促し、人々にポジティブなエネルギーを与えるものです。「ゴールドウイン」のこうした先進的な姿勢からは、会社の覚悟のようなものも感じます。

私は〈ザ・ノース・フェイス〉を立ち上げたときから「野生の中に世界は保たれる」というヘンリー・デイヴィッド・ソローの言葉を信念としてきました。人々が自然と繋がれば、地球の保護者になれる。その点、「PLAY EARTH 2030」のような取り組みはとても重要だと思います。教育も大切ですが、それ以上に自然を直接体験させるほうが勉強になりますし、実際に体験することで、守りたいという気持ちが湧き上がるはずですから。

ー 「ゴールドウイン」の子会社「ゴールドウインベンチャーパートナーズ」が運営するCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)である「ゴールドウインプレイアースファンド」の活動をどのように見ていますか? 「アパレル」「未来(子ども)」「自然」を投資領域とするこの組織について、同じ投資家としての意見を聞かせてください。

ハップ:「ゴールドウインプレイアースファンド」とは、日頃から密に情報交換をしています。2024年には、地球上で最も軽い断熱素材の開発を行うアメリカのスタートアップに共同投資しました。

いまは価格や価値だけでなく、環境への影響や社会的責任といった、より包括的な観点に人々の関心は移行しつつあります。さらにZ世代やアルファ世代のような新しい世代は、地球の未来に深く関心を寄せていますよね。「ゴールドウインプレイアースファンド」の活動は、子どもと自然に焦点を当てることで、持続可能性や長期的な視野を重んじる世代を育て、地球の健康を次の何十年にも渡り守っていく基盤になると思っています。

ー 「ゴールドウイン」のようなメーカーがCVCを立ち上げる意義は、どのような点にあると思いますか?

ハップ:大企業は常に効率性を追求しますが、イノベーションというのは本質的に混沌としたものです。なので、構造化された企業がイノベーションを起こすのは難しい。ですが、そこでCVCを活用すれば、基幹事業に影響を与えることなくイノベーションに投資できます。失敗するリスクはあるものの、失敗からは価値ある教訓を得られます。こうした取り組みは、新しいアイデアを刺激し、最終的には親会社にも利益をもたらす可能性があるのです。ただし、それらのイノベーションは、親会社のニーズだけに縛らないことが重要。ときには、思いがけない場所で新たなチャンスが生まれることもありますからね。

ー 「失敗からは価値ある教訓を得られる」ということですが、ハップさんは自身の人生で失敗したとき、どのように向き合い、成功に変えてきたのでしょうか?

ハップ:シリコンバレーが盛り上がる初期の頃に身を置いた経験が、いまの私の考え方を形成しています。そこで、失敗は避けるべきものではなく、学びの機会として受け入れるべきものだと考えるようになりました。失敗は、自分を振り返り、改善するきっかけを与えてくれます。

また、私が大事にしている哲学のひとつに、ジェフ・ベゾスの「2枚のピザルール」があります。チームを小規模で、機動的に保つという考え方です。小さく始めて、計算されたリスクを取り、方向転換の準備をしておく。このマインドセットがあれば、恐れることなく大きな目標を掲げることができます。失敗は終わりではなく、次へのステップへの踏み台になるのです。

ゴールドウインが企画した〈ザ・ノース・フェイス〉のインサレーションジャケットを着用するハップ。「アグロウダブルウォールジャケット」というモデルで、アルパインクライミングなどの過酷な状況下を想定して開発された一着。

Text_Keisuke Kimura

INFORMATION

ゴールドウイン

オフィシャルサイト

ゴールドウインプレイアースファンド

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