長岡さんは、いつも音が鳴っているような家庭で育ったそうですね。

長岡 父の趣味でブルーグラスがよくかかっていました。カントリーとよく並べられる音楽ですが、もう少しプリミティブ。ドラムはなく、バンジョーやマンドリンにフィドルが入っていたりする。子どもの頃はどれも同じように聞こえて「もう曲変えてよ」って思ったりもしましたが今は大好きです。

ギターに傾倒するようになったのは、いつでしたか？

長岡 中学に入ってから簡単なコードを父に教えてもらって、というのがギターへの入り口でした。それからはバッチリハマッてしまい、目が覚めたら弾いて、朝食を食べて登校して、帰ってきたらまた弾いて。時には学校でも弾いて…。二年生になってバンドを組んで、文化祭に出て、という感じでしたね。

ギタリストのピート・アンダーソンが好きだとお話しされていたことがありましたね。

長岡 聞いたらその人だとわかる音って、いいですよね。音色の作り方にその人らしい癖があり、もうそれが隠せてなくて、ちょっとクスッとしちゃう感じ。上手い下手の前に、そんな際立っている音が好きです。もちろんピート・アンダーソンは癖がありつつも巧いのですが。

ペトロールズだけではなく、プロデューサーやコンポーザーからゲストミュージシャンまで、色とりどりの身ごなしですが、どんな気持ちで過ごされていますか？

長岡 誰かとの現場は自分のものではなくて、その時々に自分をどのようにフィットさせられるかという面白さがある。一方で、ペトロールズは自分の場所。どちらもあるから音楽やギターに対してニュートラルに向き合えていられるんだと思います。

11月8日にペトロールズのニューアルバム「SUPER EXCITED」が出ましたね。

長岡 ライブができないのを辛くないといえば嘘だけど、こうなったらしょうがない。そんな時もやはり変わらず在るのが「ペトロールズ」。そういえばこの前、久しぶりにメンバーでリハーサルをした時もみんな変わらずで喋ってばかりだったような。演奏と雑談の時間が半々くらいでした（笑）。我々はいくぶん緩やかなつながりで、フリーフォームな感じなんです。そうでないと15年も続かない。

環境にそう左右されないバンドなんですね。長岡さんご自身は最近、黒沢清監督の「スパイの妻」という映画の音楽も手がけられていました。

長岡 画はまだないところで脚本をいただき、読みながら考え、曲のスケッチみたいなものと音色のイメージが出来ていきました。面白かったのは、依頼をくださったプロデューサーが黒沢監督に僕を紹介した時。「音楽家として尊敬しているけれど、ギタリストとしても素晴らしいので、是非、彼のギターでこの映画を彩ってもらいたい」と仰って。黒沢監督は「この時代に、ギターは鳴るんでしょうか？」と答えられた(笑)。確かに映画の舞台になった1940年代、エレキギターはまだポピュラーな存在ではないんですよね。

結果、新鮮ながらもある種、オーセンティックな映画音楽が出来たんですね。

長岡 どんな音のイメージかと監督に尋ねると、スタンダードなものがいいと仰ったので。なるほど、弦や管でいくしかないな、と。自分のスイッチが入ってからは浮かんでくるものが多くなって面白かったですね。ただクラシカルな音作りに対するノウハウがないものだから、イメージを実際の演奏に落とし込んでいく部分では苦労もあったかもしれません。そんな中でもシンプルさは大切にしました。楽器は少なく、必要なものだけ置いていくような…。

劇中、音の鳴っていない時間も多いですね。制作で、自分らしさは意識されましたか？

長岡 黒沢監督の映画は音が少ない印象のものが多いと思います。そのかわり鳴る時にはドンっとくる印象。だから音楽を大事に使う監督だと思っていました。作る上でとくに遠慮などはせず、音楽というよりは音としてシーンの一部を担うこと、ただそれだけを考えていましたね。

長岡さんの音楽は情緒的でも削ぎ落とされている印象。親和性がありそうです。　

長岡 ゴージャスな音楽で映画を彩るのももちろん良いと思いますけど、それは僕の持ち場じゃないのかな、と思っている。さらっと聴けて、でも耳を澄ますと行き届いた設計になっている、そんな音楽がいいですね。ペトロールズの曲を作る時は、３つの楽器と声のみをパズルのようにはめながらも全部を埋めはしません、行間のように。空白も音だと思っています。ちなみに最近は、車や自転車に食べ物も、何でもシンプルなものが好き。もっと簡単でいいのにという気持ちが強くなりました。

ここで車のお話を…。車好きとしても知られていますが、英国にいらっしゃった影響は大きいですか？

長岡 車に関してはどうでしょうかねえ。たまには日本ではまず見られないような珍しいのが道に停まっていたりして、そういうときは写真を撮りまくったりしてましたけど。車に反応してしまうのはどこにいても一緒でしょうね。

古い車がお好きですよね？

長岡 まさに。設計に対する思想が独特なものが好きです。形だけでなく中身も大事で、不思議なデザインが実は乗り心地に反映されてたりすると最高。当時の人が一生懸命考えてデザインしたんだろうと考える面白みがある。車ってトレンドに翻弄されているプロダクトで、車体はトレンドに合わせて大きくなったり小さくなったり、角ばったり丸くなったり。昔は木や金属だったインテリアがプラスチックになり…その侘しさも、またいい（笑）。

併せて自転車も、何台かお持ちだとか。自転車好きはいつからですか？

長岡 小学生の頃から。自分の思い描く自転車を絵に描いたりして。マウンテンバイクで林道を走ったりしていました。ギターを始める前は自転車ばかりでしたね。今、うちにはギターと自転車でゴチャゴチャになった部屋がひとつあります。まるで夢のようです（笑）。いいのか、悪いのか…ですが。

好きなものが変わらないタイプなんですね。ではファッションの話も。長岡さんはいつもオシャレですが好きなお洋服は？

長岡 いえいえ、オシャレじゃないでしょう！（笑）　ファッションはよく分からないです。でも同じ服を着ている人とはすれ違いたくないんですよね。だからか色ものは好きです。全身黒なんて凄くお洒落な人でしか成立しないと思っています。今日もニンジンなのかエビなのかよく判らないような柄のシャツになってしまいました。ライブの衣装にしても、スーツで決める人もいればジーンズがいいという人もいて…その間で、ただ彷徨っているくらいがいいですね（笑）。

とはいえメイカーズの革靴やエナロイドのメガネなんかをお持ちですよね。オーセンティックなものがお好きでしょうか。

長岡 唐突に奇抜なものではなくて、冒険もするけど、過去の文化に敬意があるものがいいのかもしれません。

ちなみにお笑いは好きですか？ 長岡さんはユーモラスなので。

長岡 だって、そんなに気張っていられなくて(笑)。話はそれますが、少し前にとある現場で著名な写真家の方に撮っていただく機会がありました。その写真家さんは年齢も80歳で大先輩なのにとてもフランクで、僕のことなんか知らないはずだけど朗らかな空気がそこにあった。その人がスッと入ってくる感覚がありました。「ああ、こんな感じになりたいな～」と思って。そんなことがありました。

そんな朗らかな長岡さんに、最後の質問を。毎日が良くなるように、やるべきことはありますか？

長岡 一つ一つのことを頑張る。例えば仕事に行ったら全力を尽くすとか、何かを丁寧にやるとか、嫌なことも一生懸命するとか。そこに気付きがあって…。そういうことじゃないかな？