サッカニーにはまだ色を書き込む余白もあるし、タコマフジの良さを生かしてくれる確信があった。
〈タコマフジレコード〉ではジェリー鵜飼さんや五木田智央さんなど、錚々たるメンバーがグラフィックとして参加しています。どういった経緯でブランドを立ち上げたんでしょうか?
渡辺 僕はもともと10年前までレコードメーカーでCDジャケットを中心とした音楽ビジュアルの製作を担当してたんです。クライアントに提案する複数のアイデアに対して、A案がオススメだと思っててもクライアントがB案を選んだら当然B案でアートワークを構築する。それが当然の話だとは分かっているのですが、作ってる人間がA案が一番良いと思ってるのに、なんでだろう。それなら自分が仕事をやりたい人たちと一緒にA案だけを作れるクリエイションの現場が作れたら、と思ったのがきっかけですね。
今回の〈サッカニー〉とのコラボレーションは意外でした。この企画に関しても同じくA案だけだったんですか?
渡辺 今回のコラボレーションでは2型を企画させていただききました。“TACOMA JAZZ”に関してはもともと自分が好んで履いてたモデルがベースということもあってコンセプトが明確に見えてたので、頭の中でイメージができていました。もう1つの“HOPS & BARLEY”に関しては今までに履いたことがないトレラン用モデルがベースだったので、自分の周りでトレランをやってる人に話しを聞いたりしました。ただ結局「ナベさんが頼まれたんだから、ナベさんが好きにやった方が絶対いいから!」って突き放されて(笑)、最終的には自分ならどういうモデルが欲しいかって点に落ち着きました。
SAUCONY × TACOMA FUJI RECORDS 左 XODUS ISO GTX “HOPS & BARLEY” 、右 JAZZ ORIGINAL “TACOMA JAZZ”
コラボレーションに至った経緯について教えてもらえますか?
渡辺 ちょうど僕が米国に留学してた頃、現地では全然だけど日本ではヴィンテージスニーカーがメチャクチャ流行ってた時期だったんですよ。僕もディーラーの真似事をしていたので、買い付けで倉庫に行くと〈サッカニー〉がいっぱいあったんですけど、その頃は〈ナイキ〉一辺倒で価値を見出していなかった。それが、おっさんになると屈折してきちゃって人と同じものに響かないようになってくる。そうなった時に〈サッカニー〉と〈ホワイトマウンテニアリング〉のコラボモデルを見つけて気に入って履いてたんです。それがきっかけで友人から「サッカニーの担当者が会いたがってるよ」って言われて。てっきり何かで怒られるもんだと思ってたらコラボの話でした(笑)
スニーカーのコラボレーション相手としてTシャツのブランドが選ばれるのは、かなり異例なことだと思います。
渡辺 まず、今まで〈タコマフジレコード〉でスニーカーを作ってこなかった理由は簡単なんです。生意気な言い方だけど、Tシャツだったらタコマで作ったほうがいいモノができるって自信もあるし、キャップも今の生産背景を使えば面白いものを作ることができる。だけど例えばパンツなら「俺なんかがやらなくても〈リーバイス〉の「501®」とか〈ディッキーズ〉で十分」と思うし、スニーカーに至っては生産背景もなければ、製作に関わるなんて想像もつかなかったんです。要はスニーカーは作らないんじゃなくて作れないと思っていた。だけど、今回はアメリカのランニングシューズブランドのなかでも歴史があるメーカーの屋号と生産背景を使いながら好きにやっていいですよというオファーだったから、まさに渡りに舟みたいな感じですね。
渡辺 Tシャツをデザインする時もそうですが、デザインのインスピレーションの1つは映画に出てくる役名もないようなエキストラの人や、ライブ映像に映っている観客やローディーの人たちです。演者やステージに立っている人よりも、そういう普通の人たちが着ているものの方がリアルでしょう? まず今回の“TACOMA JAZZ”に関しては『バックトゥザ・フューチャー』みたいな、ガキの頃に観ていた映画で通行人とかが履いてるスニーカーがイメージです。ただの懐古主義にならないよう意識しつつその頃のプロダクトの雰囲気・イメージを着想にして、毛足の長いスエードや編み目の荒いメッシュをアッパーに使っています。さらにステッチの数も全部1本ずつ増やして4本針を使ったり、履き口のところにもスエードを配して補強してもらいました。おかげでヘビーデューティーな見た目に仕上がりました。それと当時のスニーカーみたいにもっと重さを増やして欲しいとリクエストしたら「軽くしてくれと言われることはあっても、もっと重くしてくれなんてリクエスト聞いたことがない」とビックリされましたね(笑)
〈タコマフジレコード〉のブランドネームが入るオリジナルタグ。紐はヘビーデューティーな丸紐が採用されている
毛足の長いスエードに目の粗いメッシュのコンビアッパー。ステッチに4本針を施したスペシャル仕様
渡辺 僕はファッションの人間ではない、というか、なりたくてもその為の素養が脆弱だと自負してるので、ファッションデザイナーとは違う、乱暴な言い方をするなら無邪気な素人って立場でガンガン提案させてもらったんです。逆に本職だったら絶対に確認する部分とか豪快にスルーしたりしながら(笑)ずいぶん無茶を言ったはずですが、リクエストした通りに出来上がってきて感動しました。 本当にやって良いのかなって思いましたし、わからないからこそちょっとだけワガママにやらせてもらいました。
“HOPS & BARLEY”のほうはどうでしょう?
渡辺 アスリート向けラインの「XODUS ISO GTX」というモデルがベースになっているんですが、僕が一番好きだったスラッシュメタルバンド「XODUS」と同じ名前だったので決めました。申し訳ないんですが、冗談ではなく本当なんです。 僕は積極的に運動するほうじゃないし、毎朝1時間半くらい犬の散歩をする程度なので、どうせなら自分も履きやすいものにしたい。それに僕みたいな運動に興味のない奴が〈サッカニー〉に興味を持つきっかけになって欲しい、これは今回僕に与えられた大きなミッションの1つだと思っていたので、そのあたりも踏まえコンセプトから入りました。運動しない大酒飲みでもこれを履いてブリュワリーまでビールを飲みに行こう、一歩一歩ビールに近づくって意味で右足にHOP(ホップ)、左足にBARLEY(麦芽)ってロゴを配しています。モデル名はズバリ“HOPS & BARLEY”。しっかりとエクササイズに向き合う人は勿論、そうじゃない人でも「履き心地いいな」くらいのカジュアルなスタンスで履いてもらえたらって思っています。いつもふざけているわけではなく結構本気で考えてますよ(笑)
シュータンに注目。右足には「HOPS」、左足には「BARLEY」の文字がそれぞれ配される
配色がグリーンとベージュなのもホップと麦芽のイメージなんですか?
渡辺 あ〜、なるほど。それ、僕が言ったことにして下さい(笑)。「XODUS ISO GTX」の配色に関してはジェリー鵜飼さんに相談しながら決めました。ヴィヴィッドな配色は若干食傷気味だったので自分達のアウトドア・ギアに合うようにミリタリーオリーブをイメージしています。この色出しが難しくて、なかなか満足のいく色にならなくて何回もサンプルを作り直しました。ただ、この部分のやりとりが個人的には今回一番勉強になったところでしたね。「JAZZ ORIGINAL」、「XODUS ISO GTX」両方とも「フェスに履いていけるようなスニーカー」というリクエストがあったので、気軽に履けて、汚れたら洗って、ダメになったらもう一足買える。そういう風な使い方を意識して作っています。
リップストップナイロンを配したミリタリーオリーブのアッパー。ソール以外は全て同色に統一している
ライニングには「GORE-TEX®」を配しているので完全防水。ヒールカウンターのプラスチックパーツなど、テクニカルなディテールが随所に光る
初のスニーカーブランドとのコラボですが、もし違うブランドからの依頼だったらどうだったでしょう?
渡辺 その時の状況もありますが、少なくとも今回は〈サッカニー〉だからこそやりたかったし、ふたつ返事で引き受けたんです。僕のなかでは〈サッカニー〉はオルタナ(Alternative : もう1つの選択、代わりとなる、異質な)だったんです。重厚な歴史を持つ反面、まだ色を描き込む余白もあるし、タコマと親和性が高い確信もあった。アメリカでは〈サッカニー〉のランニングシューズってシェアが多いけど、失礼ながら日本ではそうでもない。少しでもその状況を変えるきっかけになるのが僕の役目かなと思ってます。“TACOMA JAZZ”、“HOPS & BARLEY”ともに面白いスニーカーが出来上がったと思います。ぜひ手にとってもらいたいですね。