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スティーブ・ジョブズ追悼企画。 「ジョブズの死」について、我々が想うこと。

2011.10.14

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vol.7 小林節正(. . . . . RESEARCH主宰)
vol.6 加賀美健(アーティスト、STRANGE STORE オーナー)
vol.5 高木正勝(映像作家 / 音楽家)
vol.4 安全ちゃん(アクティビスト)
vol.3 鈴木芳雄(編集者 / 美術ジャーナリスト)
vol.2 ςκ⑧十hΙℵƓ
vol.1 蔡 俊行(フイナム発行人)

vol.1 蔡 俊行の場合
 こういう編集やWEBなどの制作プロダクションをやっている者からすると、Appleは特別な存在だ。Mac無くして我々のような会社は今日存在しえない。特に仕事上大きく関わるデザインという作業においてMacが果たした役割は果てしなく大きく、革命的だった。

 ぼくの編集者時代、雑誌デザインはケント紙と定規、ファーバーカステルのTK9400と紙焼き機で作られるものだった。いまではお目にかかれないそれらの道具は瞬く間にMacに取って代わられた。最後まで抵抗していた重鎮のデザイン事務所でさえ、印刷屋からの要請でやむなく抵抗を諦めた。

 デザイン業務にAdobeからリリースされているアプリケーションは不可欠だ。いまはそれがクイックやロットリングという道具の代わりになっている。そうしたソフトを制作するAdobeもきっとMacが無ければ生まれなかった。

 スティーブ・ジョブズは、カリグラフィ(飾り文字)ではアメリカ国内最高水準の教育を提供する大学に入学したと本人が語っている。そこにはポスターから戸棚に貼るラベルのひとつひとつまで手書きのカリグラフィが施されていて彼の好奇心、探究心を大いに刺激したようだ。結局その大学を退学することになるのだが、その後も友人の寮に泊まったりしながらカリグラフィのクラスをこっそり受けていたという。

 その後、ガレージで最初のMacintoshを設計する際、カリグラフィ作りの経験から美しいフォント機能を盛り込むことは当然のことだった。この文字を美しく見せるということが、Appleのモノづくりの哲学の基礎になっていると思われる。きっと家電メーカーなどでは機能が使い勝手が重視されてそこに表示される文字のスムーズさや見た目なんて後回しにされる。ディテールに神は宿る。こんな言葉は経済合理性というロジックとカリスマのいないサラリーマン役員会の前には何の力も持たない。

 しかしAppleは違う。その後出てくるiPhoneやiPadなどのなめらかで優美な画面ディゾルブはカリグラフィの哲学が綿々と続いていることを確信させる。

 デザインに多少なりとも関心のある人たちにとってAppleは特別なブランドだ。それはスティーブ・ジョブズの哲学の信者である。ぼくもその多くの人の中のひとり。最初にMacintosh Classicを購入してから、これまで何台のApple製品を使ってきただろう。もちろん会社にあるパソコンのほとんどもMacで、自宅は言うに及ばない。

 奇しくも昨日iPhone4Sが発表された。iPhone5を期待していた市場はそのニュースに嫌気をさし、株価は一時5%下落したという。今日のニュースのインパクトは昨日のそれを遥かに凌ぐ。それくらいの経営者であり、エンジニアであり、クリエーターだったんだと改めてその大きさに圧倒される。

Appleの哀悼の文に「世界はひとりの素晴らいい人物を失いました」とある。この文にぼくも含む多くの人たちが共鳴していることだろう。まるで青春時代を捧げた偉大なロックスターが死んだかのように。

 残念なことに誰も死からは逃れられない。しかしさらに残念なのは彼が生きていればこれから実現しそうな革新的なアイデアはもう見ることはできないことだ。彼の描く未来像は彼の棺と共に葬られてしまった。

 今日ぼくがここ拙文を書けるのも、あなたがいたからだ。あなたがいなかったらこんな会社を立ち上げることもなかったし、そもそもこの仕事自体をやっていたかどうかもわからない。ぼく以外にもそんな人は少なくないと思う。

 さようなら。ありがとう。

蔡 俊行
フイナム発行人。
www.houyhnhnm.jp/blog/daikanyama/

今後もフイナムとの所縁の深いクリエーターたちによる「ジョブズの死」に対する声明を順次公開予定。乞うご期待。
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