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神奈川県内でも指折りの観光避暑地である箱根。東京から車を西に走らせ、相模湾の小田原から箱根山を登っていくと、老舗の温泉宿がどこまでも立ち並ぶエリアに行き当たる。その坂道をさらに奥まで登っていくと辿り着くのが、強羅にある温泉ゲストハウス「HAKONE TENT」だ。
玄関をくぐると、味のある板張り廊下から奥まで見渡すことができる。「いらっしゃいませ」の挨拶で出迎えてくれたのはオーナーの本庄 深さん。廊下正面、バーカウンター端のエントランスでチェックインを終え、まずは2F客室へと向かうことに。
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建物の造りがやや複雑なのには理由がある。元々は平屋だったのが、傾斜の急な斜面ゆえ、増築を何度も重ねて今の構造になったとのこと。歴史を紐解けば、戦前から旅館として営業していたそうで、それを数年前に本庄さんが引き継いだ。場所によって廊下、壁、天井、部屋の作りや飾りが異なる佇まいなのはそんなわけで、要所要所に時代ごとの旅館の面影が残っているのが面白い。本庄さんは、そうした古き時代の香りをなるべく生かした空間に仕上げた。
客室は和室がほとんどで、2〜3名部屋が多く、景色のいい東側は個室になっている。ほかにはベッド付洋室が1つ、2部屋ある3名のドミトリー和室は布団で、2段ベッドはない。2つあるドミトリーの一つは1室貸しにもなり、合計で30名が宿泊できる。
建物中央には、ウッドデッキバルコニーがあり、晴れた日には心地よいスペースとなっている。正面にみえる明星ヶ岳は、毎年8月16日の夜には大文字焼きが、そしてここからは花火も一望できる。
雰囲気の異なる空間が融合した館内。地下には天然温泉付き!
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1Fのバーはガラリと雰囲気が変わり、新調した木材を随所に使用したアーティスティックな空間となっている。剥き出しの鉄張り、曲線のコーナー、楽器や植物がモダンな雰囲気を演出している。地酒やクラフトビールなどリカーを楽しめるラウンジでもあって、ここで朝食も提供されるそうだ。夕方からは宿泊以外のお客も訪れて、賑やかになるそう。ラウンジに料理を提供する調理場とは別に、宿泊者専用のキッチンも完備されている。
ドリンクは全て500円と価格帯はバックパッカー向け。ビールは本庄さんが好きな銘柄が。 箱根の日本酒「箱根山」も呑める。時々ライヴも行われるそう。
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そして地下には、このゲストハウスの魅力のひとつである天然温泉がある。24時間解放している“石の風呂”と“檜の風呂”は、どちらも宿泊客なら時間貸切制。元はどちらも石の風呂だったそうだ。地下と言っても急傾斜の下側なので、窓からは日の光とともに、セミの音や野鳥のさえずりが風情よく入る。
「HAKONE TENT」のお湯は、強目の酸性で箱根でも希少なpH2.2(※1)。ここ強羅は大涌谷から引き湯した乳白色(濁り)が特徴。風呂湯を掻き混ぜると白濁色になる。この建物脇に走るケーブルカーを挟んでこちら側は白濁、向こう側では透明のお湯が供給されている。ちなみに湯本は透明、山を昇るにつれ白濁になるため、「HAKONE TENT」の濁り湯は源泉に近いという現れである。多種多様の温泉湯が堪能できる強羅温泉は、その色合いからパステルカラー温泉とも呼ばれている。
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※1:水素イオン指数。含有する温泉によりpH2〜4程度を「酸性泉」、2未満を「強酸性泉」などと区別する。酸性という特性から、殺菌効果や新陳代謝の促進などが期待できる。
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箱根は都心からも近い人気の温泉地。「HAKONE TENT」に来る道すがらにも、温泉宿を数多く見ることができた。この地の至る場所で温泉が湧き出ていることがあらためて実感できる。その中でも強羅は、高級旅館、高級別荘の地として有名だ。地下には温泉パイプが供給されており、この辺り一帯の建物ほとんどには温泉が付いているそうだ。「HAKONE TENT」は温泉付きで3,500円という驚きの価格! オープンは2014年6月とまだ歴史は浅いが、初月から好調に推移しているそう。
「宿泊に天然温泉が付いて3,500円は安い。そう思って始めました。奥地なため、夜営業するお店もあまりなく外食のチョイスが少ないのですが、シェフが作る食事もオプションでご用意しています。外国人からの要望が多かった、広めのシャワールームも今年の夏にようやく完成しました。まだまだこれからですが、自分的にはいまのところけっこう満足しています」
開業のきっかけは、自身の経験から。
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海外旅行が趣味な本庄さん。若い頃はタイなどを中心にアジアの国々を訪れていたそう。当時、旅の宿としてよく利用していたのが低価格の“ゲストハウス”だった。しかし、帰国してみると日本ではそうした業態の宿泊施設はほとんど存在していなかった。そんな折、「鎌倉ゲストハウス」の存在を知り、この業界で働くことを決めて早速移住、みるみるのめり込んでいったとのこと。「いつかは自分の理想のゲストハウスを持ちたい」。その一心で資金を貯め、学び、ゲストハウスの立ち上げを目指して辿り着いたのが、箱根の温泉付きゲストハウスだった。
「箱根・湯河原・熱海で温泉付きのゲストハウスをやりたかったんです。というのも、鎌倉ゲストハウス時代に出会った外国人のお客さんのなかには、箱根へ行きたいという方が多くいらっしゃって、よくご案内していたんです。ですが、実際行くとなると宿代の高さがネックになっているようで。それなら自分でやってみようかなと思ったんです」
ラウンジの棚には、外国人利用者からの贈り物が飾られている。
変わりつつある日本人。そして、これからの箱根。
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当初は宿泊客のほとんどが外国人だった「HAKONE TENT」だが、最近は日本人のお客さんも増えてきているそう。「ゲストハウス=安宿」という文化が、日本人にも認知されてきていることを、日々実感しているそうだ。特に今年の夏は日本人客が多かったようで、そのうち20〜30代のカップルや女性客が多くを占めた。
「ここを利用される方は電車が圧倒的に多くて、次に車ですね。下の国道1号線から自転車で登ってくる外国人もけっこういます。箱根山の文化として、ここまで坂道を一度も足をつかないで登って来るのがステータスにもなっているんです。夏場は東京から自転車で来て、疲れた身体を温泉で癒して泊まられる方が多いですね。外国人だけではなく、日本人のお客さんに満足してもらっているのがとても嬉しいです」
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「箱根の人口は少しずつ減ってきていますが、住むのではなく、別荘として持っている人たちは多くて、週末や休日には人々が集まって来るような場所なんです。旅行客も増え続けていますし、箱根もこれから少しずつ変わってくると思いますよ。私事ですが、先日めでたく子供が生まれまして、役所へ届けると、『10年ぶりだよ』って驚かれたりしました(笑)。探せばいい家もまだまだありますし、自分のようにここへ移住したり、商売や何かを表現をする仲間が増えていったら嬉しいですね」
高級温泉街としての歴史を持つ箱根の宿屋は、常に宿泊者が絶えない。ただ、いいホテルにはきちんとした食事が付き、ファシリティやサービスも完璧で、ついつい出費がかさんでしまう。温泉を利用したいだけの学生や、外国人のバックパッカー、サイクルツーリングの人にとっては、宿泊代の高さがネックになって、日帰りを選択することも多いと聞く。そんななか、海外旅行やゲストハウスでの体験に基づき新たなニーズに対応した、温泉ゲストハウス「HAKONE TENT」はオープンした。いつまでも旅行者の気持ちを忘れずに、お客さん目線のサービスを提供し続けていく、新たな箱根の名所になってゆくのではないだろうか。
強羅からは、箱根の名所「大涌谷」へも近い。取材日は多くの外国人で賑わっていた。強風なので帽子やスカートはしっかり抑えよう。
近くのカフェ「そううん」のモーニングプレートは、カリカリに焼いた自家製ベーコン&エッグと生野菜に、自家製ジャムとコーヒー付き。雲の動きが見られる窓側席が素晴らしい。モーニングとランチのみの営業。「HAKONE TENT」には開業当時朝食サービスがなく、宿泊客はよくこの店を利用していたそうだ。(Lunch Café そううん 0460-82-2268)