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日本人が知らない “アメトラ” 誕生の物語。

INTERVIEW WITH W. DAVID MARX

日本人が知らない “アメトラ” 誕生の物語。

昨年12月に出版された『AMETORA』という本をご存知だろうか。著者は、アメリカ人のW・デーヴィッド・マークス。いまでは当たり前の “アメリカントラッド” というスタイルが、どのように日本にもたらされ、独自の進化を遂げたのかをまとめた一冊だ。戦後の洋装化からみゆき族の出現、雑誌『ポパイ』などの創刊、不良や暴走族のスタイル、裏原のムーブメントに至るまで、アメリカ人が日本のアメリカンスタイルを考察した、かつてない試みについてデーヴィッドに話を聞いた。

  • Photo_Tohru Yuasa
  • Text_Maya Nago
  • Edit_Ryo Muramatsu
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日本人の “本物” に対する執着から生まれた “アメトラ”

 

アメリカ南部、大学教授の息子としてフロリダのカレッジタウンで育った少年にとってアメリカントラッドは、“スタイル” と呼ぶにも、ましてや “ファッション” に類するにも値しない、あまりに当たり前の装いだった。その彼が昨秋、『AMETORA』と題した本を上梓した。サブタイトルは「日本はいかにしてアメリカンスタイルを救ったか」。

ハーバード大学で東洋学部に在籍していたW・デーヴィッド・マークスは、インターンシップで滞在していた東京で、ファッションの洗礼を受ける。

「それまでぼくは、アメリカこそ世界で一番クールな国だと信じて疑わなかった。でも日本に来て、そうじゃないと知ったときは少なからずショックを受けました。日本で出会う人たちは総じておしゃれで、アメリカなんかよりもずっと先を行っているのだと気付いたんです」

そして、あの “猿” との衝撃的な出会いを果たす。日本のインディミュージックが好きだった彼は、ある音楽雑誌で最高にクールなTシャツを発見するのだ。

「『猿の惑星』のコーネリアスみたいだと興奮しました。それが〈ア ベイシング エイプ〉というブランドのものだと知って裏原にあるショップに急ぎ、3時間も並んでようやく手に入れたんです。Tシャツが “ファッション” になるなんて、あるいは、それが “レア” であるなんて、日本に来るまでの僕には考えも及ばなかったことです。僕が知らないファッションの世界が、ここ日本にはあるのだということに驚きました」

その後、ハーバード大学に戻った彼は、「裏原」をテーマに卒論を書き上げた。そしてリーマンショックが起こる少し前、デーヴィッドは日本のユースカルチャーの歴史を一冊の本にまとめることを決意する。

「けれど、なかなか核となる視点が見つからないまま時が経っていきました。そうこうするうちに、アメリカでも『TAKE IVY』が出版され、瞬く間に話題になったんです。同じ頃、かつてヴァンヂャケット社で働いていた友人の知遇を得て、創業者・石津謙介さんの息子で彼の右腕だった祥介さんに会う機会に恵まれました。彼はぼくに、ほんとうにいろいろなことを教えてくれました。ジーンズの歴史から裏原文化まで。ぼくの中で、『アメトラ』執筆に至る道筋が立った瞬間でした」

デーヴィッドの『アメトラ』に対するアプローチは、メンズファッションによくあるスタイルやディテールについての “マニアックなハウツー” や “薀蓄” とはまったく違う。「アメトラの本当の歴史を紐解くこと」こそ、彼が本書で目指したことだ。

明治時代初期の洋装化から「みゆき族」の出現、メンズファッション誌の礎となった’60年代の『メンズクラブ』や『ポパイ』のこと、ミュージシャンやカルチャーアイコン、横須賀の不良と’80年代の暴走族スタイル、渋カジや裏原ムーブメント……。緻密なリサーチに基づく文化学的観点から、アメリカントラッドという彼にとって気にも留めなかったスタイルが、どのようにして日本にもたらされ、独自の進化を遂げていったのかが丁寧に紐解かれている。われわれ日本人が知らない、壮大な「アメトラ」誕生の物語だ。

『AMETORA : HOW JAPAN SAVED AMERICAN STYLE』(BASIC BOOKS刊/英語版)

 

「僕は社会現象としてのクロージングに興味があります。デザイン要素としてのセルビッジよりも、なぜ日本人がセルビッジというディテールにこだわるのかというストーリーに興味があるんです。

日本のアイビーは、あくまで消費者によるムーブメントであって、本来のあり方、つまりある特定の大学に紐づくスタイルではありませんでした。ファッションのレイヤーのひとつだったんです。しかしぼくは、それこそが日本のファッション史における重要なテーマであると思っています。

アメトラは、本来、日本の文化ではないため、日本という風土の中で有機的に育まれたスタイルではなく、“人工的” に輸入された文化だったんです。その後、“本物” に対する執着から独自の進化を遂げ、最終的には、日本のアメトラがオリジナルを凌駕しています。アメリカ人は、日本版のアメトラを着ているんです!」

 

「ジーンズもそうです。これまで、さまざまな日本のブランドやデザイナーが、ジーンズの理想形とされる〈リーバイス〉の501を、より “オリジナルに近づける” ための試行錯誤を繰り返し、革新してきました。中には、ステッチの数まで忠実に再現する人もいたくらいです。これを『ただの真似であってクリエイティブではない』と断じる人もいますが、それはプロセスの話です。揺るぎないのは、そうして完成された日本のジーンズはオリジナルをはるかに上回っているという事実です。

日本がアメリカンスタイルを救った、というサブタイトルは物議を醸すだろうと予想していましたが、いまでは、日本のデニムは世界一で、日本のアイビースタイルはオリジナル以上にオーセンティックであるというのが『世界の共通認識』です。これには僕自身、とても驚いています」

日本語訳版の発刊を目前にしたいま、デーヴィッドは、本書に記した考察のさらなる発展形とも言える「文化の移ろいと真贋」をテーマに、次作の執筆に取り掛かろうとしているそうだ。

最後に、日本がアメトラやジーンズで実現してきたイノベーションについて、彼は興味深い持論を展開してくれた。

「アメリカでは、ものごとは常に前を向いて進化すると考えられている。一方の日本では、現代が失った “過去の理想” のようなものに対する憧れが根強く残っていて、過去を振り返ることから革新を起こそうとする気風を感じます。過去の理想に近づこうとする精神こそが、日本人がものを見るときの哲学だと思います」

W. DAVID MARX

ライター。1978年、アメリカ・オクラホマ生まれ。2001年にハーバード大学の東洋学部を卒業後、’06年に慶応義塾大学大学院の商学部で修士号を取得。現在はライターとして活躍。日本のファッションや音楽などについて、『GQ』『ブルータス』『THE NEW YORKER』などで執筆するほか、『ポパイ』で連載を持っている。2017年、『AMETORA』の日本語版をDU BOOKSより刊行予定。東京在住。
neomarxisme.com

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